鶴は恩返ししたい
当作品を読むにあたり、注意点
・従来の『鶴の恩返し』の世界観を、崩壊させる危険があります。
・題などにも在るとおり、そもそも結末も異なります。
・以上、引き返すなら今のうちです。
誤字の指摘や感想などがあれば、遠慮なくお寄せ下さい。
「困ったわ、どうしよう・・・。」
一軒の古ぼけた山奥にたたずむ家、そこに居る年若き娘(私)は顔をしかめ、考え込んでいた。
言っておくが、悪さをして罰を受けている訳ではない。
むしろ逆。
ちょっと良さげの事を思いついたんだけど、『現実』というモノを突きつけられ、心が折れかけているだけです。
え、そもそも私が誰かって?
あー、そういえば自己紹介がまだだったわね。
名前とか無いんだけど・・・そうね。
便宜上、『鶴子』とでも呼んでもらいましょうか。
名前にあるとおり、私の正体は人間ではなく、『鶴』でございます。
数日前にドジっちゃって、猟師の罠に掛かっていたんだけど、そこに通りかかったある、優しげなお爺さんに救われたわけ。
マジ、感謝感激ですよ。
でね、警戒されないように旅途中の人間の娘に化けたの。
お爺さんの家で、受けた恩を返すため。
健気でしょ、チミも見習いたまへ。
「その、はずだったのよねぇ~~~。」
考えれば考えるだけ、現実を直視すればするだけ、悲壮感は増大する。
最初はご飯の支度をしようと思ったが、なんと米びつは空っぽ。
米もみそも、家中どこを探しても、食べ物は何も無いのだ。
涙が出そうになったのだけど、悲しんでも仕方がない。
そして考えた、どうしたらご飯が手に入るか。
ようは何かを売って、それを金に換えれば良いのよ。
おあつらえ向きに、家には『機織り部屋』もあった。
ここで布など織り、それを売れば・・・!
・・・って考えたのよ、思えばアホだったわ私。
「糸も何も無いのね・・・」
糸がなければ、当然ながら反物など織れない。
私の羽根を使えば良いって?
アホかい君は、鶴の羽でどうして糸を作ろうって言うのさ。
それしきの量では、マフラーも作れやせんです。
だいたい機織機はクモの巣が張っており、満足に使えるかすら怪しい。
詰んだわ。
何も無ければ、何も生み出せない。
このままじゃ恩を返すどころか、私はタダの居候よ。
なんて事を考えているウチに、時間は矢のように過ぎていたようだ。
いつの間にか朝日が差し込み、部屋を仕切っていた戸がおもむろに開かれる。
「あんれまァ、こだ所にいなさったんかね?」
「あっ、おはようございます。」
起きたら隣で寝ていた私が居なかったので、心配を掛けてしまっていたらしい。
頭を下げて、迷惑を掛けてしまった事をお詫びする。
でも2人は優しいので、笑って許してくれた。
うぅ・・その優しさが、逆に胸に痛い。
こうなったら、なりふり構ってはいられない。
ともかく困っていることや、して欲しいことがないか、それを直球で聞いてみる事にした。
「あの、私にできる事はありませんか? 何でもやります。」
「お前が居てくれるだけで、ワシらは満足じゃよ。」
「ずうっといてな、鶴子さんや。」
「・・・。」
ダメだ、ラチが明かない。
いよいよニート街道まっしぐら。
やる事が、無いなら作ろう、ホトトギス・・いやツル。
薪は幾らでもあるので、今は不要。
家事仕事は家が狭いこともあり、する事はあるようで無い。
ふーむ、どうしたものやら。
ちょうどその時、外からはドカンと言う大きな音が鳴り響いた。
一瞬、戦乱が始まったかと思ったが、そうではないらしい。
この辺りは雪が多く、屋根に厚く積もる。
限界以上に積もると、その雪が軒下に落ちるのだ。
・・・軽ーく言ったけど、直撃したら死にますよね?
目下、私がする事は決まった。
「鶴子さんや、大丈夫かいの~?」
「はいっ私、高いところは好きですからァ。」
わらぶきの屋根なので、角度がきつい。
よくよく気を付けながら、積もった雪を下ろしてゆく。
恩返しには程遠いが、おじいさん達は喜んでくれているので、素直に嬉しい。
ただし屋根はそう広くも無いので、あっと言う間に作業は終了した。
いや、この言い方では語弊がある。
この様子を見ていた隣の家の方にお願いされ、そちらの雪下ろしも手伝うことになったのだから。
なんだろう・・・選り好みするつもりは無いんだけど、なんだかねぇ・・?
私、何の為に居るんだろ。
「いんや助かったよぅ隣さん、ええ娘やねぇ。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
感謝する隣人に、お爺さんたちはホクホク顔。
その時、私は思いもかけない光景を目にする。
雪下ろししたお礼にと、食べ物を分けてくれたのだ。
ただそれだけと言う人も居るだろう、だがそこは学ぶ女、鶴子。
雪を下ろしただけで、『お礼』をもらえる。
これは、ビジネスの香りがする!
程なくして私は家の多くある下界に出た。
「雪下ろししますよ、ご入用はありませんか?」
「ほう、そりゃ良い。」
「ウチ頼むわ。」
「おお、ウチにも来てくれ。」
結果は大成功、村中の人たちからオファーが来るまでに。
その見返りとして、食べ物などを分けてもらう。
おかげで当面の食材には、困らないまでになった。
だが一芸光っただけでは、いつか廃れるのを待つだけ。
雪下ろしをしながら、次なるビジネスチャンスを探る。
すると再び、私は聞き捨てならない話を小耳に挟んだ。
「困ったのぅ、雪のせいで荷や手紙が届かん。」
「ほんに、こんなに降ったのは何年振りじゃろか。」
「それは本当ですか!」
新たなるビジネスチャーンス!
私は鶴、雪がどれだけ降ろうと、空を飛べば関係は無い。
この飛翔能力を活かせば、手紙ぐらい運ぶことが出来る。
こうして私は、『ツルコ急便』の創業を開始した。
ただしこれも一過性のもの、私の能力にも限度があるので、すぐに次なる一手を考えておかねばなるまい。
「なァ鶴子、ワシらは何にもいらん。 お前が居てくれるだけで十分なんじゃ。」
「そうじゃよ鶴子や、ずぅっと家に居ておくれ。」
「いぃえ、そうは参りませんわ!」
これまでの収入は、実に微々たる物。
『急便』の仕事がてら、次なるビジネスを求めて町で情報を得る。
恩返しをするためなら、私は努力は惜しまない性質の鶴だ。
「一攫千金と言や、富くじ(宝くじ)だべさ。 ウッヒヒヒ!」
「そうだなー、城主の妾にでもなれば・・・。」
「ごちになりました。」
もたらされるのは使えない情報ばかり。
人間社会で生きていくと言うことは、思いのほか難しいことのようだった。
だが、私は諦めない!
「そうだわ、糸を買えば良いのよ!」
今こそ、家にあった機織機の活躍チャンス。
ただし何十年も放っぽっていたアレが使えるか分からないので、糸は少なめに。
最初に模擬商品を織り、その後に身の振り方を考える。
我ながら、良い将来設計であると自画自賛する。
「鶴子や、もう遅いで休まにゃ。」
「いいえ、試してみたいことがあるんです。 お二方は先に休んでいて下さい。」
キートンカラカラ、キートンカラ・・・
軽快でリズミカルな機織の音が、家中に木霊する。
・・・程なくして、布は織りあがった。
が。
「うーん、地味。」
織り上がった現物は、しかし私の思っていたものとは掛け離れた仕上がりだった。
試す目的とはいえ、質の悪い糸を買ったつもりは無い。
別に機織機が不調、と言う事でもなさそうだ。
つまり・・、そういう事である。
ま、元々は鶴だしね。
「修行しなくちゃ!」
私の取り得は、めげない事。
出来ないなら出来ない、無理ならムリで、できる事を探す。
機織りだって、練習すれば、必ずや上達するはずだ!
程なくして、村にある旧家の一つで、機織りの指南を受ける事となった。
その娘さんと言うのが、村でも評判の機織り名人で、勝手の分からぬ私に、丁寧に教えてくれた。
おかげで私の腕前も、みるみる上達。
だが、そこで思ったことが。
村には彼女がおり、反物を織っても売れないだろう。
私の自慢の羽根を織り込んでも、太刀打ちは難しい。
そこで私は、私の鶴としての飛翔能力を発揮する。
そう、町で売るのだ。
「私が織りました。」
「君がこれを? 実に見事だ、金子は出すから譲って欲しい!」
結果は思った以上。
反物は高く売れ、家で入用だったものを多く購入する事が出来た。
これを続ければ、恩返しをする事が出来る!
そう思ったのだが・・・
「鶴子や、頼むから、もう何処にも行かないでおくれ。 ワシらはお前の、その気持ちだけで十分じゃ。」
「でも・・・っ!」
ただの1回きりで、それは中断となった。
私は恩を返す為に居るのであって、2人の困った顔を見るのは本懐ではない。
残念だが、他の手を探すことにする。
いつの間にか、季節は冬から春へと移り変わっていた。
果てしの無いニート生活に気持ちが萎え始めた頃、お爺さんが何やら支度を開始した。
「おじいさん、どちらへ・・?」
「少し下ったところに畑があるでな、家で食う分だけなんで小さいがの。」
「お手伝いします!」
かくして私こと鶴子は、お爺さんたちに恩を返すため、家庭菜園で野良仕事を開始した。
お爺さんたちは嬉しそうだが、私の心境はフクザツである。
でも、私は諦めない。
きっと何処か思いがけぬところに、何かのヒントはあるはずである。
いつかきっと恩を返すため、考えるのだ。
そのために、努力を惜しむつもりは無い。
出来ることは、何でもやろう。
・・・ついでに、正体がバレると帰らねばならない掟なので、そこも気をつけないとね♪
なにせ私は、『鶴』なのだから!
今回の投稿は、全5作品です。
「マッチを売りたくない少女」 (マッチ売りの少女)
「桃太郎 ―鬼ヶ島奪還作戦―」(桃太郎)
「人魚姫が恋焦がれた王子が、思ってたのと違う件」 (人魚姫)
「鶴は恩返ししたい」 (鶴の恩返し)
「はだかの軍隊」 (はだかの王様)
よろしければ、どうぞ。