7話『The Beginning of The End』
夜の帳が下りた。
薄闇の天蓋が、ひとつの街を覆い尽くす。
同時に、数多の灯火が掲げられた。優しい橙色の光が、暗く、冷淡な世界に存在を主張する。風に揺らめきながらも、その火は闇に呑まれることなく、煌々と輝いていた。
深海に煌めく宝石の如き尊い光景に、人々の言霊が混じる。
小さな声は、やがて少しずつ膨らんでいく。あたかも、灯火が燃え盛る火炎になるかのように、人々は次第に声を張り上げ、賑わいを伝播した。空に、大地に、その手に持つ松明に。そして、隣に立つ大切な誰かに。彼らは明るい声音を届けた。
一際強い、一陣の風が吹き抜けた。
彼らの身体を包む長い外套が揺れ、顔を隠す仮面が、細かく肌と擦れ合った。金に銀に銅。様々な彩りに着色され、不思議な紋様を拵えたそれらは、更に形もバラバラである。けれど、目的はひとつ。今、彼らは自分では無い、他の誰かに成りきっていた。憧憬、嫌悪、憎悪、恋慕。彼らがどういった経緯でその結果に至ったのか、それを掘り下げれば、答えはまたバラバラになってしまう。だが、それでいい。今宵は「偽る」ことが許される日だ。真意を問い詰めることは、無粋である。
今宵は仮面舞踏会。
偽り、欺き、その末に、新たな何かを見つける日。
楽しもう。悲しもう。懐かしもう。訝しもう。数多の存在が、数多の目的で、数多の歴史を歩んで、この場に立つ。ただひとつ、偽るという資格のみを共有して。彼らは集い、宴を開く。咽喉が枯れ果てるまで、唄い続ける。
――さぁ、行こう。
誰かが言った。誰かが応えた。
賑わいの渦中で歩を進める二人。
鈴虫が奏でる音色に、喝采と柏手が調和する。闇に溶けた盛況は、また別の空気を呼び込んだ。蜂蜜のように甘い臭いと、焼いた肉のような香ばしい臭いが鼻孔を抜ける。
――さぁ、始めろ。
誰かが言った。誰かが応えた。
騎士と騎士。正義と正義。その間に潜む、昏い闇。
銀甲冑の擦れ合う音が、軽い足音をかき消した。足元に漂う朧げな砂塵は、すぐに夜風が吹き飛ばしてくれる。移ろう光景の中、掌の刃は、全てを悟った瞳を映していた。
――さぁて、どうなるかな。
誰かが言った。誰も、応えなかった。
それに応えられる者は、どこにもいない。