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2話『アヌビスⅡ』

 魔王城かんこうち案内のバイトを終えたアヌビスは、早速暇を持て余した。

 予定はあるが、早めに仕事が終わったため、立て込んではいない。炭色の王城から出たアヌビスは、行き先を決めることなく城下町へ繰り出した。


「そうか。そろそろ仮面舞踏会マスカレードか」


 街中の賑わいに、アヌビスは本日の逢魔ヶ刻に開催される仮面舞踏会の存在を思い出した。終戦と、その立役者である二人の結婚三年目を祝う祭事でもある。

 仮面舞踏会は魔族の間では恒例の行事だったが、今回は人類も参加するのでかなりの大規模となる。開催される地区は限定されているものの、ほぼ街全体を覆うことになるだろう。後半日も経過すれば、街中が変装した者たちで溢れかえるのだ。


 変装道具を並べる露店に、アヌビスは視線を配る。繁盛しているようだ。

 文字としては"仮面"舞踏会であるが、被るのは仮面だけではない。特殊メイクに始まり、凝った衣装や、変声機など、様々な変装が用いられるのがこの祭りの醍醐味だ。特に最近は人類の技術力が流入してきたこともあり、質も向上するだろう。

 最も、変装の質が高かろうが、変装の対象となるものは時流から推測できる。今回の舞踏会だと、殆どが勇者か魔王だろう。


 既に、両者の変装道具は至る所で売買されている。

 その中に、ふと、アヌビスの目を引く売り物があった。


「……これ、僕か」


 アヌビスの顔は、前髪で半分近く隠れている。露店に売られているアヌビスの変装道具はそれを忠実に再現しており、遠目から見れば見分けがつかない程だった。勇者や魔王の変装道具がありふれる中、元四天王である四人の魔族の変装道具も、少なくはない。アヌビスとしては、終戦から三年が経過して、未だに注目されているという点に疑問を感じるが、これもマスコミとやらの力なのだろうと納得した。


「ふむ」


 顎に指を添え、思考したアヌビスは、思いついたそれを実行に移すことにした。

 神を拝むように、両手を胸の前で組む。そして、体内に眠る力の塊――魔力を、掌に集めた。この世界に存在する神秘、魔法を発動するための過程である。

 アヌビスが得意とするのは、錬金術と呼ばれる魔法だった。

 錬金術の基本は、工程を無視することである。素材に魔力を通すことで、設計図を見なくとも、また組み立てという行為に至ることなく完成品を生み出す。無から有を生み出すことはできないが、工期短縮という点では戦争でも十分に価値があった。

 最も、錬金術は、術者が工程の全てを把握していなければ行使できない。極論、この魔法は手で組み立てる代わりに魔力で組み立てるだけなのだ。鉄から武器を作成するには、実際にその方法を知識として収めねばならない。それには多くの時間を要する。

 この欠点が災いし、錬金術の使い手の数は年々減少していた。知識を養う必要性があるとはいえ、まだまだ利便性のありそうな魔法だが、所詮は理由の一端。錬金術が廃れた真の理由とは、それを上回る技術が広まったことである。

 人類の、産業機械だ。

 工程を無視することはできないが、機械はそもそも人手を必要としない。加えて、錬金術と違って設計の知識を得る必要もない。プログラムという形で、予め入力されているのだから。更に、消費するのも魔力ではなく電力であり、回復が容易いときた。……錬金術の地位は、この産業機械に奪われたのだ。


 実際の使い手であるアヌビスとしては、残念極まりない話である。

 錬金術の最大の利点は「工期短縮」であるのが世間一般の見識だが、アヌビスはこれを「作業効率の上昇」とより大きな解釈を得ていた。多くの人手を要する作業も、一人の錬金術士がいれば瞬時に終えることもある。これは、戦争で活躍した数々の兵器――例えば投石機や、破城槌などの製作にも大いに活躍した。アヌビスは、材料さえあればそれらを単独で、瞬時に作成することができる。


 とは言え――残念なことに、錬金術の真髄は、それとは違うところにある。

 本当の錬金術は、効率化でも、最適化でもない。先に挙げた錬金術のアレコレは、全て出来損ないが生み出した定説だ。この下らない定説が罷り通っているせいで、錬金術は本懐を誤解され、今もなお衰退の一途をたどっている。


「便利なんだけどなぁ」


 廃れ行く錬金術を残念に思いつつ、アヌビスは吐息を漏らした。

 アヌビスは、魔力の帯びた両掌を自身の変装道具に向ける。そして、錬金術を発動した。繊維が解け、アヌビスの意識に応じて再び編み込まれる。

 そうして完成したのは、より精巧となったアヌビスの変装道具だった。


「店主」

「はいは……って、アヌビス様!?」


 今しがた客とのやり取りを終えた店主は、アヌビスの姿を見て驚愕する。どうやら彼も、かつてはアヌビスを崇拝していた魔族らしい。


「な、何でしょうか?」

「これ、ちょっと作り直してみたんですけど、どうでしょう?」

「どうと言われましても……うわ、凄い精巧ですね。これ、元はうちの商品で?」

「はい。一応、戻すこともできますが」

「いえいえ、折角ですし取り扱わせてもらいます。しかし代金は……」

「結構ですよ。と言うか僕が勝手に作っただけですし」

「そう言っていただけると、ありがたいです。では、こちらは商品として取り扱わせてもらいますね」

「よろしくお願いします」


 頭を下げ、店を後にしたところでアヌビスは満足気に鼻息を荒くした。

 出来栄えは完璧だ。あれを着用すれば、見事にアヌビスに成りきることができるだろう。本人としては需要が疑わしいが、折角なので上手に扱って欲しい。


「……っと、電話か」


 懐に違和感を覚え、アヌビスはその理由に気づく。取り出したのは金属製の板――人類の技術力が生み出した最新鋭の機器、スマートフォンである。

 三年という短い月日にも関わらず、魔族の文化には数多くの人類文化が流れ込んでいるが、中でもこのスマートフォンは格別の代物だった。情報媒体が書物しかなかった当時の魔族からすれば、とんでもなく画期的な道具である。

 驚くべきはその携帯性であり、膨大な情報を取り扱える割には掌に収まるサイズであるというのが良い。誰もが気軽に持ち運べることが功を奏し、魔族文化に浸透するのも早かった。通話やメール機能に始まり、今ではテレビの視聴やインターネットを介した操作など、様々な情報伝達を魔族はこの道具で実現している。


「もしもし?」


 震動しているスマートフォンの表面をタップし、アヌビスは応答した。


『よう、アヌビス。俺だ、ウェイグだ』

「言わなくても、画面見ればわかるよ」

『それもそうだな』


 スピーカーからは、男の小さな笑い声が聞こえてきた。

 ウェイグと名乗るその男は、アヌビスにとって親しい相手である。街の喧騒から距離を置くように路地裏へ身を潜めたアヌビスは、すぐに疑問を口にした。


「それで、何の用?」

『電話に出たってことはお前、時間あるんだろ。今から酒場に来ねぇか?』

「……まぁ、いいけどさ」

『よし。んじゃ、待ってるぜ』


 通話が切断されたことで、アヌビスはスマートフォンを懐に戻した。

 再び喧騒に満ちた城下町に足を向ける。幸い、ここから酒場までの距離は近い。石畳に足音を鳴らしつつ、アヌビスは「うーん」と唸った。


「厄介事、或いは相談事かなぁ……」


 ウェイグは活発な人間である。話し相手くらいなら、どこにいても現地調達できるだろう。にも関わらずアヌビスを呼んだということは、何かあるということだ。少なくとも、信頼できる相手にしか話せない何かが。

 色々と懸念を走らせつつ、アヌビスは歩き出した。


2016/5/11

加筆修正、錬金術の定説について。

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