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[マリ・どぐりん]幕間

 

 プツン──と、魔力の繋がりが切れたことが紙面に表れていた。


 まず、大元になっている司祭の名前がある。

 その下に、位の少し下がるものたちの名が連なっていて……今、完全に消えた。


 書面による魔法契約は終了ということだ。


 リラックスした服装に、裕福なでっぷりした体をしたヒトたちが集っていた。

 窓は開放的に開けられており、彼らはなにも恐れるものはなかった。


 それでも室内が薄暗いのは、月光教会という名称に少しでも倣うためである。光を遮る黒のカーテンがひらりとする。そのあたり、きめ細やかに行う隙のなさがあった。


「月光協会の幹部のはちゃんと始末したか」


「はい。始末させるように……しました」


 かつては同等だったのに、今回の後始末のせいで出世に差が開いたと男は悔しそうだ。声は爽やかを装いつつも、つっかえた。


「誘わせて……作戦通りです。奴らを捕まえさせたらこの組織まで辿りつかず終わりです。私は暗躍しました」


「ふーーむ……貴殿が言うのであればそうなのだろうな。こそこそするのは得意だったものな。あの計画は、やられたか! まぁもともと期待してはいなかった……」


 ざわざわ、男たちは雑談を始めた。


「だいたいミエネットの立地は難しかった。太陽の光がよく降り注ぐ土地では、脳天気なヒトが多いのだよな。もっとこう鬱々とした曇り空のところで、神経質なヒトが多い方が、救いにすがりたくなるものだ」


「もともとあった街の組合を解体するところまではうまく動いていたじゃあないか。うむ、うむ。……えぇ、しかし、能天気な町民どもは、気まぐれで目の前の相手を助けてしまうことがあったと。相互扶助を消せたらよかったなあ」


 ──内心、なにが月光教会プログラムかと男は悪態をついた。太陽のさんさんと注ぐ土地で、不毛な開拓をやらされたのだ!!

 と……。


「あっ、あの土地ではときに、ふらっと訪れた旅人でさえそのように動くこともありましてな。今回はたまたま高ランクの冒険者が街を訪れていたらしく……!」


 そう、これなのだ。

 さらにローランド辺境伯の名も出そうとした。

 そこの追求を上手くできなかった男もこの場にいる。いかにも(余計なことを言うな)というふうに。そうはいくか。


 ここで男は饒舌に話そうとした!

 この事件に興味を移してやることで、自分の失態をわずかでも軽くできないかと思ったからだ。


 説法はお手のものだ。

 詐欺まがいの演技力を磨いてきた。

 より魅力的に、より大胆に、語るつもりだったが──……。


 横やりが入った。

 可憐な声だ。


「高ランク冒険者? そんなの今かなりの数がいるでしょ。詐称しているものもいる。ギルドカードそのものの信憑性がないじゃない。だから何?」


「おお……孫娘よ……」


 最高司祭の孫娘は、車椅子に腰かけて壇上にともにいた。ひざに趣味の悪いぬいぐるみを置いて、病人服からは折れそうに細い手足が覗いている。


 病弱だったはずの彼女は、最近目に見えて気を持ち直し、爺さんのいる場にしゃしゃり出て口を挟むようになった。


 ラナシュでは現在、逆転現象が見られる。

 情報が曖昧になりすぎて生物が消えてしまうと事件の裏で、数少ない難病にかかっていた者たちの病気が「なかったこと」にもなったのだ。

 これは、重症であろうと世話をされて生きられた上流階級に限ったことであった。


(うぐぐぐぐ。くそ!)


 責任者は、罵倒を喉に流し込む。

 余計なことを言う娘など死んでしまえと言う目でにらみつけ、そして一瞬で表情を変える。


「このたびの事は誠に申し訳ございませんでした!! 計画が途中で終わったこと、私が責任を取ります。次の作戦で……」


「おお、よいぞ、うん。次はどのようなことを起こして見せるか聞こうではないか? 我々は寛大である。そなたが責任として私財を寄付するならば、再びのチャンスすら与えよう」


「……ありがとう、ございます……」


「まあ面白い見せ物であったよ。我々は退屈しているのだ……! 見たこともない仕組みや芝居を視聴するぐらいしか、もうこの世界でやる事は無いからなあ。ラナシュ破滅の兆候もみられるのだ。まったくやれやれという気分さ。最後ならば、はしゃがねば損ではないか。そなたら、引き続き頑張りなさい──これは神託であり──、────」


 その後、思いつきのような説法があった。

 彼の言葉はまやかしでも、組織から逃げられない人にとってはまさにお上からの天啓でもある。悲劇なことに。




 途中で孫娘は会議室を抜け出した。

 体調が悪いからと言って。


 6階。

 高みの視界で見下ろす。

 ミエネットに比べるとずいぶん自然が多い、しかし完璧に手入れのされた別荘地だ。


 あのガラヌスでさえここに足を踏み入れられない。気づいてもいないかもしれない。

 入念に結界で隠されており、[ワープ]でしか訪れられない。

 [トライ・ワープ]を部下に覚えさせるのは、物品の運搬のみならず、これらの地区へ移動するためでもあった。


(それなのに、結界を破るレナに、執事、ねえ)


 "少女"は思い耽り、やがて、立ち上がった。

 すたすたと歩く。

 車椅子は消えてしまい──……すれ違った世話係たちも彼女が妹であると気づかない。いつのまにか世話係の平均的な姿に変わっていたからだ。


 唯一、瞳だけは虹色を帯びている。


「マリ様!」


「今はその名前じゃないわ」


「じゃあ、なんと呼べば!?」


「呼ばないでよ……周りにバレやすくなるから……」


「勝手に連れてきておいて。ぎえええっ」


「そんな口を聞くな。拾われた暗闇のカケラでしかないお前……あっ……?」


「名前! 名前!」


「呼ばないと消えるのだっけ。まったく、脆いなあ。どぐりん」


 ぬいぐるみのようだった土のモチーフは粉々に砕けてから、かろうじて元に戻った。


 実は、このやりとりは定番となっていた。

 ここに至るまで、何度も何度も、壊しては再生されている。 

 内輪のお遊びというやつだ。

 レナパーティもよくやるやつ。

 最近では、少しだけ控えられているけど。


「もう、いいだろ!」


「離れたいって? ダメ」


「暗闇様が待ってる──」


「いないよ。あるのは名残だけ。さみしいの?」


「さみしい──」


「大丈夫だよ。みんな消えてしまうから。消えたら同じところにいるようなものでしょ」


 彼女の虹色の目はより輝く。

 およそ心の揺らぎなどなく純粋に研ぎ澄まされていきおそろしく冷たい。


「離れて暗闇様のために働きたい!」


 わがままな主張にひっぱられて、虹色の輝きは濁り……穏やかな知性を宿した。けして万物の理を知るというものでなく、俗物的な気持ちを帯びたような表情におちつく。


 気だるく、ため息。

 でも瞳は少し楽しげ。


「私はラナシュを歩かなきゃいけない。でも、どこに行きたいのかという夢や希望がないと足が止まっちゃう。どうでもいいと、うずくまって"その時"を迎えるだけ。

 やりたいことは分からないけど。

 違うな、ってことは分かるんだ。

 だからお前も捕まえた。レナパーティに執着もしているようだしね」


「違う。ハマル、ハマル……!!」


「ああ、そう」


(レナがその従魔を手放さないといいなあ。スライムを置いていった時は驚いた。魔物使いなのに、従魔と離れることに耐えられるなんて。それは自分の手足を預けていくことに等しいのに)


 どぐりんを紐で繋ぐと、ふうせんのように浮かばせた。しばし服従させるための恥辱だ。尊厳を削ってしまうのだ。


(ま、今はハマルを目指していけばレナに辿り着くから、いいや。レナのそれなりに近くにいないと、少し前に考えていたことさえ、どーでもよくなっちゃうから……たまには会わないと……なんだよね。面白いしね……)


 小部屋に入ると、車椅子の少女が寝ている。

 頭を撫でると、意識を取り戻した。


「姿を借りさせてくれてありがとう。しばらくこの組織の観察をしたいから、またこんどもお願いね」


「ああ女神様! そんな、どこかに行ってしまわれるのですか? わたくしとずっと一緒にいて下さい! 不安なんです、最悪の気分です、だから助けて欲しいんです……!」


(弱いヒトを助けるとこうなる)


 すがられながら、めんどくさく彼女は感じた。

 しかし憐れみもあり、ひんやりした体温を堪能する。


「まったく何も無かった時より、少しでも救いがある今の方がマシでしょう?頑張れ」


「無理ですぅ、良いことを知ってしまった後に無い方が最悪なんですぅ、無理ですぅ……」


「それはそうなのかも」


 ごろにゃんと縋り付く少女をよしよしと撫でてやりながら、虹の彼女はあと一日ここにいることにした。

 休暇中のレナに会いに行くことはあきらめた。


(シズル・タリアテッレの姉にでもなってやるつもりだったけれど、アレに成ると存在を消してしまうかもしれないし、そしたらレナに勘づかれて嫌われるかもしれないし……。従魔にはなりきれそう。あの一族、キーユウには絶対になれないしな)



 夜。

 暗闇の中で少女は眠っている。

 部屋には数ヶ月分の携帯食、本棚、思想の偏った選書、豪華なベッドと、どれだけでも清涼な水が出る蛇口、使用人が回収しに来るトイレ。


 トイレを使用人が回収していった。

 虹の彼女は見えておらず、気にも留めない。うまくやった。


「私はね」

「いま、暗闇に浸っていたのに!ぎえええ」


 ぱりーん。戻り、戻り……。


「私の勇者の担当がレナになるといいなって思う」


 どぐりんはしばらく沈黙したのち、言った。


「前に聞いたのと違うけど!?」

「そうだっけ。くそ、またフラットに戻っちゃってたのかな……。勇者候補を選ぶために作られているからさ……。まあレナに近づけば本音を思い出すかも」


 どぐりんが沈黙すると、再び虹の彼女は思い耽る。


 なんで、レナだったんだっけ……。

 なんで、旅をさせてるんだっけ……。

 なんで、ラナシュのリセットには勇者が必要なんだっけ……。




 *




 レナたちは商業ギルドに企画を持ち込んでキャンプ場をつくっていた。

 昼の太陽も素晴らしいが、夜の月夜もまた美しいのがミエネット王国トロックラなのだ。


 月光教会の屋上でそれは行われた。

 たまたま商業ギルドに月光教会藍の派閥がやってきていて、レナたちの企画を耳にしたのだ。


「トロックラの町に元気が出るのなら!!」と全面協力を申し出てくれた。


 それに、工芸の途中に出るしなやかな木で骨組みを作ればよく、布のかけ方は月光教会の得意とするところだし、頑丈にツルで縛るのはギルティアがやった。


 この夜、藍染めの旗は空を隠すためではなく、空を見上げる時のために使われることになったのだ。


 一階のキッチンで美味しそうなパンケーキがほっこりと山ほど焼かれて、ウインナーとベーコンが添えられている。野菜サラダもライトベジタリアンがいるレナパーティに欠かせない。


「……あ、流れ星。ハーくん?」


「いやさすがにボクでもそれはしないですー」


「モスラ?」


「はいここに!!……しかし流れ星は大空の愛子でもきびしいですね」


「そっかあ。こんぺいとうかな?」


「ご所望でしたらスウィートミィ♫」


「調子に乗ってごめん!」


「そもそも、なぜ星が落ちていったのを気にしたのだ? だから何?」


「んーとねー。ちょっと神秘的でしょ、レアだし、だから祈ったり願ったりするんだよ。おまじない」


「……あんたは、何を願うの……??」


 ギルティアが蚊のようなささやかな声で、でもレナの服の袖をひいて語りかけて、落ち着いた彼女のままで聞いた。


 レナはすぐ返す。


「みんなが楽しい日々を過ごしてたらいいなって。そうしたら私も嬉しいしね」


「ほんとにそれしかないの?」


「この日々を邪魔する不届ものは倒す」


「血の気!?」


 けらけらとノアが笑って、口笛を吹いた。酔ってる。連れの蜘蛛魔人族がひそやかに現れてあわてて介抱し始めた。


 さて、次の日も、このような楽しい時が大切な仲間たちに続くように、スケジュールをたててみよう。



 ▽Next! 雨が降らない雨季





読んでくれてありがとうございました!


よい週末を過ごせましたか?

来週もいいことがありますように₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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更新有り難うございます。 勇者が世界をリセット(滅ぼす)? 世界「⋯⋯もぅ常識はボロボロよ⋯⋯」
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