いってらっしゃい、よろしくね
「さて、どこにいる?」
ガラヌスは、やってきた使者の執事に尋ねた。
さすがの彼でも、モスラにはただならぬ気配を感じ取って慎重な物言いだ。
「案内します」
「──まるで子供のしわざの後片付けだ。散らかしておいて大人にまかせる。甘い匂いの粉、目撃証言のごまかし……」
モスラが先頭、ガラヌスと従者があとに続く。互いにうかがいながら軽口を叩く。まるで世間話のような声で、重要な内容を。
「粉はそのうち自然消滅したでしょう? 従魔の管理エリアから出ればやがて消えてしまいます。屋根での目撃証言はたいそうな広がり方をしましたが、夢か幻だったのではないかと、収束も早そうですよ」
「……。三名の曲者の後始末もほったからしだ」
「いずれ処分されるおつもりだったでしょう。それこそ勝手に散らかされるより、よかったではありませんか」
モスラは明るい通りを進む。
ここは細道で、ずっと月光協会の旗や布がいくつもはられていたのに、今は、青空がみえている。
レナたちを見たがった街の人々が布をとっぱらってしまったのだ。
"本当に楽しいもの"が裏通りまで降りてくることは極端に少ない。いつも中流階級以上のための娯楽だった。
天上の祭りに、心躍らせていた人々の、さわさわと落ち着かない会話が耳に入る。
モスラたちを気にもとめないくらいだ。
しばらく歩いて薄暗い道に着いたとき、ぽつりとガラヌスが挑発する。
「自分は、イレギュラーを受け止める器がまだ小さいのかもしれん」
「おや。お気づきになられましたか?」
ガラヌスの護衛がにわかに殺気立つ。
主人への侮辱は許されない。
モスラはそれを(よく信用されている主人だ)
とみた。
「──レナ・トードー様はもともとイレギュラーの塊です。ですが、しだいに世に馴染んでもいらっしゃいます。あなた方が許容し、レナ様が上手くふるまえば、挨拶くらいはできるようになるかもしれませんね」
ははーん、とガラヌスは片眉を跳ね上げた。
「親愛の挨拶であれば、もう済ませたが?」
「は? 決闘を申し込──」
▽モスラ ぷっちん。
▽執事経験の我慢は 従魔契約の引力に破れたり。
ガチャ。
ちょうど、レナが内側から扉を開けてひょっこりと現れた。ふりふりと手を振る。
一見民家のような秘密の打ち合わせ室。裏側がカフェになっているあそこだ。
モスラの腕をぐいーっと引いた。
格闘家にどつかれようが鉄柱のように微動だにしない完璧な体幹を持つモスラだが、この世に2人だけ、やわらかく彼を動かしてしまえる主人がいる。
「まーた乱心してる? そういうとこも可愛いけどさ。公の場で、そういうことしないんだよ。やな事があったなら、従魔とみんなで聞くから。さあ、モスラは案内おつかれさま! 入ってらっしゃい」
「……ご心配をおかけしました」
「まったくだよ。何言ってたのかしらないけど。ほら、ガラヌス様もおいでおいで」
「……!? ……プライベート、だからか」
「そうです。まだ楽しいお散歩の途中ですよ?」
「……お散歩、か」
レナから香るココアの甘いにおいに、ごまかされてやるかと、ガラヌスはふと息を吐き、眉をやんわりとハの字にしたのだった。
▽入室!
▽出オチで ガラヌスを混乱させよう!
▽ノアが 爆太りしている!
▽ハマルが アフロになっている!
▽ギルティアが 花冠をしている!
(……いやいやいや、花冠はどうだっていいだろ、この際。少し気になっただけだ。しかし、このビジュアルはなんだ!?)
(せっかくの可愛らしさが台無しじゃないのぉぉ……!? 芸術点駄々下りよぅ。レナちゃ〜ん……!)
▽ロマン・ティブ 参入。
▽レナは 従魔をみてニコニコしている。
▽なんならちょっと笑いを堪えている。
((通常運転……ってコト!?))
愛の差を感じたガラヌスとロマン・ティブであった。※たぶんそれ以外の理由もある。
ロマン・ティブの懐には魔法手紙がある。レナがよこしたものだ。
わざわざ執事の招待があったガラヌスとの差に少しムッとしたが、モスラは彼のほうをより信用していなかったのだ……と態度でわかり、溜飲を下げた。
今や、モスラはガラヌスアンチである。
(で、進化は……?)
(で、怪我は……?)
聞くつもりだったことは、2人の喉元にキュッとしまい直された。
従者が、「ガラヌス様、知らせが。王都への通行止めが解除されました」……なんて耳打ちするものだから(もう時間がないらしい)とわかったのだ。
であれば、必要なことから終わらせよう。
レナたちは飲み物を口にしながらリラックスして大テーブルを囲んでいる。その様子を、ガラヌスは目元を和らげながら眺めた。
(名残惜しいものだな。実に。物語の番外編に紛れ込んだかのような、非日常的な時間であった)
レナたちの後ろ、壁近くにたたずむシズル・タリアテッレをガラヌスは指差した。
(わずかな関わりの一般人のことを、苗字まですっかり覚えてしまった)
「まず、シズル・タリアテッレの罪は清算ということにする」
「ほんとにそうなるんす…………、ですか!?」
貴人の馬車への侵入は、相手によっては死罪にされることもあるのに、だ。
「ということにする、だ。いいな?」
それは同時に、貴人の一存──さらに上の決定によって自由にできることでもある。
この顛末に導いたレナパーティは手厚いことだと思い、シズルがハイタッチまでしてあちらに踏み込んでいる様子をジト目で見やり、あいつのほうが馴染んでいる……と無自覚な嫉妬をチリチリさせた。
ロマン・ティブは唇を引き結んでいる。文句を言わないように。
んもう!と、今にも口から出そうだった。
「シズル。大きなスキャンダルを掴んだのは君の貢献もあってのことだ。これにて愛の派閥が失脚し、街は静かになっていくだろうさ」
「……! ……っ」
シズルが目頭をギュッと細める。
わずかに涙が滲んでいた。
レナの心がピンとはりつめたようになる。
(あれ? この感じ……。……あ、まずい、落ち着かなきゃ……。私は大勢の主人だから、不安定になると従魔まで不安定にしちゃうからね……。……ふう。深呼吸〜。
あー、なるほど、シズルさんは従魔の縁の末端にいることにされてるから、彼の気持ちが流れ込んできたみたい。
でも、他の従魔のときはこれほどでもなかったのに。ヒトだからより私と近いのかな? でもルーカさんはちょっと違ったし……いやあのヒト隠すの上手いしな……。
ヒトと近くなりすぎるのは、要注意か)
レナはギルティアと手を繋いでいたまま、目を伏せて、すこしの間内面に集中した。
シズルの思い出がレナの中でうっすらと蘇る。
弟と姉は、祖父から伝統工作の店を受け継いだ。
たった2人、地域にも支えられながら細々と暮らした。
やがて、2人の元を訪れる住民は少なくなる。どうやら月光教会という場所に熱心に足を運んでいるらしい。
そこでシズル・タリアテッレは妙にチヤホヤされた。それが気分よく、月光教会に通うようになった。
姉は一人、伝統飾り作りに明け暮れた。ひとつ、ふたつ、廃業していった店の注文を受け継ぐことになったので、生活のためのお金はなんとか稼げたが、過労になった。
ある日、弟が数日ぶりに実家に帰ると、姉が倒れていた。倒れてしまってからずいぶんと時間が経っていた。
頼る先は教会しか思いつかなかった。
それでも、自信はあった。治るだろうと。教会は治療を得意とするものたちが集っているのだし、自分は気に入られていると信じていたから。
姉の診断がおわり、長い治療と高額なお金が必要だと告げられた。
シズルは自分に目をかけてくれた[愛の派閥]に頼みこんだ。まず、応急処置と、細々とした緩和治療はしてもらえることになった。
その先、完治に向けた魔法は「高難度なクエストをこなせたら支援してやろう」と冷たい目で言い捨てられた。
シズルは頷いた。
が、彼らの態度が急変していることに強い違和感を抱き、距離をとるように務めた。私的に情報を集めるようにもなり、生活は暗闇に染まった。
自分がやらされている[ワープ]に向けた特訓も間違ったことに使われそうだ。けして、悪童にも悪党にもなりたかったわけじゃない。貧しい町で姉よりも不器用な自分にも、よい眼差しでみられるような居場所が欲しかっただけなのだ。
言われたままに魔力を使い切るまで練習する日々だった。時折ぼーっとしていたのは、自分の心を守るための防衛反応だ。
[愛]の派閥と[藍]の派閥はよく揉めていて、結局、姉の元へ多めに通ってくれていたのは、藍の派閥のほうだった。
つく方を見誤ったことが悔しかったが、あちらの憐れむような目も嫌で、大人と言葉を交わすことからは逃げた。
いっそ、姉と心中してしまおうか?
でも姉はそんなつもりないかのように、弟にはとっておきのお守りをプレゼントしてくれるのだ。
ある日、目が覚めるような暴力的な衝動が起こった。姉と心中してしまおうか、という破壊的発想が火種となり、またたくまにシズルの心を黒く呑み込んだ。
そこからは、無我夢中に馬車に入り込み。
なにやらがむしゃらに文句を騒いで。
また、言われるがまま従うだけ。
閃光のように時間が過ぎて、今。
ヘルメットもなし、かろやかな装いで、なぜか手に羊のカチューシャを持ち呆然としている。
笑うべきだろうが、笑えない。
いじっぱりな意志とはうらはらに、あっけなく、口元はずいぶんつかれた苦笑を浮かべていて──。
「ぷ、ぷはあ!!……ギルティア?」
「……」
部屋中にうっとりするようなすがすがしい空気が満ちていて、窓からの光で光合成をする樹人族のギルティアは花冠をつややかにさせている。
レナと手を繋ぐだけではなく、ぴったりと寄り添ってくれていた。
……目を閉じている。寝たふりだ。頬は赤く、照れている。
レナは笑いかけた。
「ありがとう。優しいね」
「どうしたというのだ?」
「ガラヌス様。ちょっと意識が朦朧としてました」
「……大丈夫なのか?」
「はい。ギルティアが治してくれましたから。この子のおかげでハッピーです」
「それは気持ちの感想では」
「体調は気持ちからです」
「そのわりに、街でばら撒いた菓子のようなもので体が良くなったという報告があったが」
「治ってるならよかったのでは? 月光教会がもめて患者さんの治療も減るかもしれませんし」
「そなたなりに後始末したつもりなのだな。実際、とても助かるよ」
「……そうですか……」
もうしばらく言葉遊びするつもりだったレナは、ずいぶん素直に認めたガラヌスに肩透かしをくらった。
レナに驚いた顔をようやくさせられたことで、ガラヌスも満足した。
(時間がないのだ、もう。ハトモデルの検証が足りて、月光教会からなるトロックラ問題も消えた。むしろ、時間がもういらないと言うべきか。
文書をミエネット王城に持ち帰り、しばらく居ることになるだろう。ここより楽しくないのは確かだが、あの場所で我々だからこなせることもある。
やりたいことばかりやっていては、世は回らない。やるべきことをこなそう)
ガラヌスはレナの持ち物をふと見た。
ほどよい飾り気にみえて、そのどれもが王城の蔵で見るような魔道具ばかりであると目利きする。出会った記念品や、婦女子が期待するアクセサリーなどいらないだろう。
(でも、彼女の記憶には残りたい)
「ギルティアの進化のことは聞かないでおくよ」
「!」
ごまかすためにノアは太ってみせたしハマルは髪を盛りまくっていたのに。
「レナにとって大事にしたいことで、こちらの仕事上必要のないことだ。尊重する」
「お気遣いをありがとうございます」
「うん。これが一番、レナをいい顔にさせるんだ」
「たしかに気分がいいですね」
レナは少し考えるそぶりをみせて、モスラのほうにわずかに目配せした。モスラは涼しい顔をしていながら、額に青筋が浮かんでいた。
「もう帰るんですっけ。道中、お気をつけて! 文書のお届けをよろしくお願いします」
レナが腕を開いた。
彼女から、挨拶するつもりらしい。
レナを腕の中におさめてみるととても小さいのに、存在感がある。改めてふしぎなヒトだと、ガラヌスは彼女を評した。
──ガラヌスの馬車が去る。
レナたちは、もうしばらく観光をするという。
シズルが礼として案内人をかって出たのだ。
ロマン・ティブはというと……。
キーユウに呼び出されてとある豪邸に来ていた。
彼女だけではとうてい入ることなど許されない場所である。モスラにしばし護衛をまかせたキーユウは、彼だからできることを動かし始めた。レナパーティに引き続き彼が採用されるために。
モスラから(アリス・スチュアートの選択を間違いにさせるな)と美貌の微笑みの圧をかけられていたのである。
▽Next. それぞれの幕間
読んでくれてありがとうございました!
金曜日だけでなく土日のこともある不定期な時期ですが、読みに来てくれてありがとうございます。
今週もお疲れさまでした!
また週末に
₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




