大型馬車と薄暗い通り
▽ローランド辺境伯の文書の証明をしよう!
身支度を終えたガラヌスが、商業ギルドのホテルの前で待っていた。
レナたちの方が支度に時間がかかっている。
あちらは人数が多かったし、女子供の身支度など手間がかかって当然だからな……とのんびりと待つ。
ガラヌスの隣に部下が二人いたが、やがて帰らせた。
かわいい女の子たちと出かけるというのに、護衛は邪魔だと思っていたし、何よりガラヌス自身がミエネット王国の剣士であるためだ。彼をわざわざキーユウが選び声をかけたのは、適当ではなく適切であったためだ。
剣の腕なら近隣諸国の三本の指には入るし、冒険者ギルドSランクの値を持っている。──もっともこの値は、ヒト国家特有の忖度があり、王族の血があることを加味されたのも大きいが。それを自覚しているため、ガラヌスは己の技術磨きに抜かりはなかった。努力や汗臭いところなど貴族は好まないので、わざわざ表には出さないが。
手袋に包まれた手には、今朝も戦いの練習をしてきた豆がある。
(それにしても、キーユウ様は変わられた。少なくとも俺の目から見たならばそうだ。あちらが本質で、これまで隠していらしたのだとしたら、引き出した女の子たちはたいしたものだ……。あの可愛らしさや、人懐こさは俺も気に入ったが、ただそれだけとも思えない。愛想がいいものも見目麗しいものも上流階級にはごまんといる。ローランド辺境伯が手紙を託すほどだから、冒険者ギルドのSランクというのも、ただの血筋の忖度でもあるまい。実に不思議な女の子だなあ)
ホテルの受付の女性が玄関先まで出てきて、ガラヌスと話そうとするので、今は少し1人にしてほしいとその手先にキスをしてチップを握らせて下がらせた。
ガラヌスは時に大胆不敵に振る舞うが、平民を怖がらせたり突き放すようなことはしない。もともと気兼ねがない性格だったからこそ、都を出て今の仕事をしているのだ。
(レナ嬢のことについて、いま思案を巡らせても答えが思いつくわけもないだろうな。不思議な少女たち、それだけでとめておこう。これからどのように証拠を見せてくれるのか、それによって判断する)
ガラヌスはいつも明るいが、楽しみな気持ちは久しぶりだった。
ここしばらく、ヒトの国にはうっすらと悲壮感が漂っている。明日の生活がいきなり変わってしまうのではないかという心配と、逆に、これまで社会のつま弾き者だったヒトは自分の犯罪歴がうやむやになることを期待して浮き足立っている。治安の良いミエネット王国にもこの雰囲気はしだいに色濃くなっていた。
それにあわせて、
(また、月光協会の印がみえる。そこにも、あっちにもだ。増え方が尋常ではないな)
不安があれば、ヒトは時に祈りにすがる。とくに、国政だけではどうしても救い切れないこぼれ落ちたヒトなどは、たとえ確実でなくとも「あなたを救う」とうそぶく集団に流れてゆく。体力がある者であれば犯罪組織に、体力がない者ならば祈りの組織に誘われる。止めてくれるような家族がいれば良いが、全員が貧乏ならば抗う術はほとんどない。
そのように落ちるだらしのないものが悪い、という貴族もいるが、ガラヌスはこれに反対だ。
さらにどんな妄言であろうとも、大勢が信じれば今のラナシュ世界では実際に力を持ててしまうところも始末が悪い。
あちらが本物になるのが先か、自分たちが踏みとどまるのが先か、それとも全部ひっくるめて洪水のように世界が新しくなるのだろうか。
ガラヌスは、とりとめのなくなってきた思考をぷつりと途切れさせた。
レナたちが出てくる、にぎやかな足音がしたのだ。
(この子たちは足音を消すという事はしない。ロマン・ティブを始めとする秘密組織の心得は無いようだ)
隠していても、そのようなものの足さばきには癖があり、ガラヌスのような経験を積んだものの耳は聞き分ける。
手を挙げて、快活に声をかけた。
「待ってたよ」
「お待ち下さってありがとうございました!」
さりげにうまいなとガラヌスは思う。
上流階級に浸りながらも平民と話をする機会も多い彼だ。このような場合、平民ならばガラヌスにすみませんとかごめんなさいとか謝ってくる。それに比べて、レナたちは自分を安売りしないらしかった。
「どこに行こうか? こちらから招待したほうがいい?」
「たしかに私たちは街に来たばかりで、あまり詳しくはありませんけども」
レナの返答を聞きながら、ガラヌスの視線は自然とレナを通り過ぎてキーユウに1度届いた。今回は彼はうしろに控えており、レナに任せるつもりのようだ。
メンバーは、レナと幼い綺麗な子供たち、品のある美少年に、浮世離れした美女、顔見知りのキーユウとロマン・ティブ。それから魔物使い旅団というならば、レナの連れている黒猫も、おそらくそれに違いなかった。入国の時は魔物であるとは言わず、飼い猫だとでもウソをついたのだろう。
「地元の人にお勧めの場所を聞いていきましょう」
「もう友達がこの街でできたのかい?」
「そうなんです。ミエネット王国って初対面の人にもあまり壁がない印象ですよね。旅人にたくさん会うからでしょうか」
「そうだな。一応聞くが、優しいフリをした悪いヒトにつかまってはいないだろうね?」
「大丈夫ですよ。キーユウさんの目利きを信じてもらえるならば」
「はは。まさかこちらに振ってくるとは」
キーユウは平然としているが、ガラヌスは少し焦っている。
キーユウの機嫌だけはそこねたくない。
彼と気易い会話をするようなものはめったにおらず、自分が主導権を持っているつもりだったが、これではレナのほうが場を引っ張っていた。
「レナ殿が友人を作ったというあの時、同行していなかったのに〜」
「キーユウさんが私たちの目利きを信用してくれていて、じゃあ私たちの目利きって、まぁキーユウさんの保証ありなのかなって。まぁあまり考えないでください。私も深刻じゃなく気楽に言いました。結局、もし何かあってもトラブルには対処すればいいだけですからね」
さすがに冒険者としての経験が多いらしい。
ガラヌスは安心してレナの横を歩いた。
少し距離が離れているのは、美少年の視線が気になったからだ。
レナパーティーはどうにもベタベタとして見えるので、間に入ってくるんじゃないぞと示されている気がしていた。おそらくプライベートではそれほどでもないのだろうが……。※ガラヌスの感想です。
「こんにちは!」
レナたちが入って行くのがさびれた土産物屋だったので、ガラヌスは不思議に思う。
このようなところは、排他的で、ガラヌスのような者たちが情報を集めようにも地元民じゃないからと拒絶される。進化もせず変わらないまま、朽ちていくような場所だと思っていた。軒並み店主が死ねばそのときこそ、この一帯を取り壊して町の再開発に入るはずだ。数十年単位の計画だった。
「聞いてきましたよ。”これから出かけるときにあまりオススメはしない場所”、あるそうです」
レナは軽くそう声をかけて、店を出て、歩く。
また全員でぞろぞろと……、こんなもの目立って仕方がないはずだが、レナたちの雰囲気があまりにもリラックスしているためか、ジロジロと見られるほどではなく、これまたガラスには不思議で、そして心地よくもあった。
「……もう、店主さんには聞こえないかな? よし、話しましょう。薄暗くて人々の目つきがなんだか不健康な場所らしいんですよ。地元の人たちの間では、近くを通りかからないほうがいいと声がかかっているのだとか。私たちも気をつけますって返事をしたけど、”目的が目的なので”そこに行きましょう」
▽ ローランド辺境伯の文書の証明をしよう!
「剛気だな。教えてくれた店主の気持ちを無碍にするものではないのか?」
行かないように、という心配だったはずだ。
レナは(コミュニケーションが上手なヒトだな)と思った。
「あの店主さんにわざわざ言ってはないけど、これでもランクの高い冒険者ですから。仲良くなったヒトのために不安を解消して差し上げたいというのも自然な流れかなと思います」
「報酬がないのに、そのようなことを請け負う冒険者など……、……意外といるか」
「へえ。心当たりあるんですね」
「少なくともSランク級の冒険者については変わり者が多い。そこまで己の技を磨いていると、金を儲けたり有名になったりするよりも、何かプライドを持っていないとダメらしい」
「じゃあガラヌス様もそうなんですねえ」
「聞いてみるか?」
正直、貴族と言う下駄を吐かされているので、あまり気乗りはしなかったが、まるで気の良い男を演じて、ガラスは返事をした。
「機会があればということで。──馬車が来ましたよ。しかも大型です! ラッキー」
レナは軽くスルーして、大きな馬車に手を振っている。
レナだけではただ怪訝な顔をされてしまったため、キーユウが隣につき杖を上げてフリフリと馬車を誘った。
馬車の男も長年ここで観光馬車をやっているだけある。どのような雰囲気のお客が金を持っていて、チップが多いのかわきまえていた。絶対に俺があのお客を乗せる!!という意地のような感じで、レナたちの横スレスレに見事なドライビングテクニックで馬車を横付けした。
「おじいちゃんありがとう」
「孫の為ならば」
ガラヌスが震え上がる。ロマン・ティブは頭痛がひどい。
(もしも、これがラナシュ世界におかしな固定のされ方をして、キーユウ殿の個人的な資産が、あの少女にまるごと渡るようなことがあれば……恐ろしい。あの一族からずっと睨まれるだろうし、世界の秩序ががらりと変わってしまう。事情を察してとめなかった俺も、だ。なんならミエネット王国が集中砲火となるかも)
「おたわむれは、ほどほどに」
声は堂々とさせていても、ガラヌスの汗を流し真っ白になってしまった顔色を見てみれば、余裕がない事は明白である。2人ともいたずらっ子のような顔をしてあっさりとうなずいた。
(くそっ、自分がペースを乱されてしまうなんて、いつぶりだ?)
ガラヌスは腹いせに、前払いのチップとして、馬車の業者に重い皮袋を渡してやった。じゃらりとリルの硬貨が擦れる音がする。ベテランの男はおおよその金額をはじき出した。最高の気分である。
これから、どのような珍事に巻き込まれるとも知らずに。
もちろんこの時は、ガラヌスにもわからなかった。
ただ、少し危険なエリアに足を踏み入れるだけのつもりだったのだ。
あくまで踏み込むのは己の足だと思っていた。
2階建てのようになった大きな馬車のことを、レナは「観光バスみたい」と不思議なものの言い方をした。そして黒猫に頭突きをされて、ごめんごめん、となぜだか謝っていた。魔物使いの主人だと言うのに、主従関係が反転しているではないかと……。ここでもガラヌスはヒヤリとする。
様々なところでヒヤリとさせてくる刺激のある女の子だ。
もしも主従関係が反転した場合、主人よりも力をつけた従魔が主人を食い殺した例を耳にしたことがある。
レナは御者とも気軽に話していた。
「あのー、お嬢様、観光地に向かうのはよろしいですが、道中ちょっと治安が悪いところはありますからね。あらかじめ伝えておきましたからねっ」
「わかってますよ。でも、もともとはフリーマーケットの場所だったんでしょ? 観光客向けじゃない、地元の人向けの食べ物とか部品とか何でもあるような。穴場スポットだったって聞きました」
「昔はね。今はわざわざ行きませんなあ。あそこは広い通りだからこの馬車でも行ける。けどね、ちょっと雰囲気が暗くなって商売してる奴らが減りました。かわりに怪我を治す白魔法屋が増えてるけど、路上でそんな商売してるってことは、怪我をしてたり元気がない人間がわざわざそこに集うってことで。あのー、お嬢様に嫌なものを見せてしまうかもしれない」
「元気がない人が少し元気になるところってなら、それは嫌なものじゃないですよ」
「ああ! すみませんね。思ってた感じじゃないとクレームが来ることもあるんで。ひどいときにはチップを取り返すとか、チップはくれてやるけど料金を払わない、なんてヒトには困りましたよ。と、すみません、わざわざお行儀よく観光してくださっている皆さんの前で言うべきじゃなかった」
「話しててたまたま言っちゃったんでしょ。気にしてないですよ。おじさんはおしゃべりだけど安全運転で、嬉しいです」
「……ありがとうございます。みんなお嬢様達みたいなお客さんだったらいいんだけどねえ」
馬車はもともとそんなに安全運転でもなかったのだが、レナにそう言われてしまうと……と、かえって今から安全運転に切り替わった。壁にくっつくようにして横並びに置かれていた椅子の上でポンポンと跳ねるように座っていた子供達が、くすくすと小さく笑っていた。嫌味な感じではなく、ガラヌスが見たところ、レナが技ありで嬉しかったような雰囲気だ。
レナはしなやかな心根の女の子だな、とガラヌスは思った。
そして、問題のある通りに差し掛かる。
馬車の速度がぐっと遅くなった。
安全運転ももちろんだが、通りが想像以上に散らかっていたためである。
かろうじて馬車が通るところにゴミは落ちていないが、両脇に布を広げ商売をするヒトたちは、ごちゃごちゃと物を散らかしている。さびた金属のモノ、ホコリをかぶったドライフルーツ、売り物かゴミかわからないようなもの。果たしてこれが商売かと目を疑う有様だ。空気も鼻をツンとさせる。
(俺が昔来た頃はこれほどでもなかったな。これでは、さらに西の国々のようではないか。ミエネット王国にまで、極地的とは言えこのようなエリアがあるといけない。中央に帰ったら知らせなくては)
ガラヌスがそのように思っていた時、レナはふとリュックサックからハトモデルを出した。
そして、それをしゃかしゃかと振ったのだ。
キラキラとした宝飾品のような容れ物に入った黒い液体が、粘り気をもってタプタプと震えていた ガラヌスは一瞬、この宝飾品に見惚れた。宝物庫に入っている宝物を様々見てきたが、その目にも信じられないような美しさを放っていた。どんな宝石職人が磨いたらあのように美しくなるのか見当もつかない。
そして頭をふり、あれが文書に書かれていた”人々の心を惑わす闇色”だとすれば、こんなに恐ろしい話もないと思った。
なにせ上流階級がこぞって欲しがるような見た目をしていて、宮殿に暮らす面々といえば後暗いところのある連中ばかりなのだから、手にしようものなら──、大混乱は必至である。
「業者さん、少し魔法を使いますね」
「はあ。どんなものですか?」
「興奮した子を眠らせるような魔法です」
「それならいいよ」
どうやらレナと一緒に乗り込んできた幼い子供たちへの対応だろうと思われたみたいだ。子供につけるささやかな薬を、白魔法か緑魔法で補うようなイメージをしたらしい。
「ハー君。真ん中の空いたスペースに、空間を固めるような形で、眠くなる効果をつけて」
レナは、椅子の間の足を伸ばすところを指差す。馬車の壁にくっつけるように長椅子があり、電車の移動スペースのように真ん中は空いているのだ。
「わかりましたー」
そのような魔法があるのかと御者は不思議に思いながらも「必要だったら御者台の後ろに置いてある箱から毛布を持ってって、床に引いても構いませんよ」と声をかけた。「洗濯はしてあるけど古いものだし、もし子供が吐き戻しちゃってもこちらで処理をしておきますからね」と言ってくれた。
さっきの大量のチップが効いていた。
「ご配慮ありがとうございます」
子供たち三人は、プクッと頬を丸く膨らませていて。
ギルティアは、嫌な言い方をされたから。チョココは、チョコレートプリンスがゲロを吐くなんて品がない。バニラは、虫が体液を吐いたら負け。それぞれの理由がある。
ガラヌスはそろそろレナに理由を聞こうとしていたが、わざわざ言葉を選んで取り組まずとも、すぐに結果が”現れる”ことになった。
「わッッ!」
▽男が 現れた!×1
「ととと[トライ・ワープ]!……!……?……!?」
大混乱したまま、男は白目を向いて即寝落ちした。
▽男が 現れた!×1
「[トライ・ワープ]!……?…………!?」
大混乱したまま、男は重なるようにして意識を失った。
▽女が 現れた!×1
「[トライ・ワープ]、…………えええっ!?……!ぐう……」
大混乱したまま、お腹を抑えるようにして横向きになり、眠りこけてしまった。
これが6人連続で起こったあと、レナはおもむろにハトモデルをカバンにしまった。
一人だけ2階に上がっていたロマン・ティブが声をかけてくる。
1階と2階を繋ぐハシゴのところから聞こえた。
「また薄暗いところですわね。上に振ってきた太陽光を室内にも届けましょう。よろしいですわね?」
「あ、あぁ、問題ないよ」
ロマン・ティブの質問に(何かがおかしい)と冷や汗をかきながらも、業者は上や後ろを振り向いたりせず、これまで通りの安全運転で答えてみせた。
ガラヌスは、指をパチンと弾いた。
「ロマンの報告書にあった例と同じだな。なるほど、こうだったのか。…………マジで?」
「マジですよ。疑ってたんですか? ロマンお姉様ショック受けちゃいますよ」
「レナちゃんそれ後でまた言ってね!」
「ダメです」
「ガーン!なんでそんな一時的なイジワルを」
「このヒトたち、ちょっと怪我してるかな。いったん治してもいいですよね? 緑魔法のかんたんな治療を私は使えますから。ギルティアもおいで」
「このようなものたち実験してやるといいさ」
「ガラヌス様、そんなこと言わないんですよ。なんか悪いことしたヒト嫌いっぽいですけど、まだ侵入くらいしか悪いことしてないですからね。私、ハトモデルの使い方って、我慢してやばいくらい悪いことしちゃう前に、小さく発散してつかまってやり直せることにしたいんですよね〜」
「……、……きみ、ホテルにいる時より気やす過ぎないか?」
「あっちは公、こっちは私事。プライベートですからね」
感心したガラヌス。
そのあともレナたちの治療の手際をよく見ていた(一般的なヒールだけだったが)。
ぶっそうな通りを走り抜けて、その先の海風の近い丘までやってきたときには、ガラヌスはすっかりレナたちのことが気に入っていた。雑談がことごとく面白かった。このように健やかな子たちの暮らしを守るために、日陰の仕事を自分やロマン・ティブがしているのだとしみじみ感じ入るのだった。
▽N ext! たくさんの報告書。
読んでくれてありがとうございました!
あけましておめでとうございますー!!
今年もよい一年にいたしましょうね。
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




