伝統工芸飾り屋さん
【トロックラ領・街の下見】
商業ギルドに馬車を預けたあと、レナたちはギルド横の提携ホテルに泊まることにした。
ホテルといっても、三階建ての大きめの民家、といった外観だ。玄関扉の向こうはこぢんまりとしたロビーになっていて、いかにも雇われといったおばさんが頬杖をついていた。
入ってきたレナたちの服装をみて("いい"お客の予感)──にっこりとしてみせる。
「はいこれ、チップです」
ロマン・ティブは、おそらく多めの金額を渡したのだろう。
受付番はさらににっこりとして「疑問があったらあたし、この街のことを教えてあげるからね」と言った。
(ビジネスライクだな〜。とはいっても、やる気のないビジネスライクだ……)
レナたちが二階への階段を上がって行き始めた瞬間、早々にまた頬杖をついてしまったおばさんを横目に見て、レナは思った。
(あ、でも、なんだろう? 椅子に座ってるけど、座り方がおかしいような……足が悪いのかな?)
部屋に入ってから、レナはロマン・ティブに尋ねる。
もう一人の大人枠(たまに暴走老人枠)キーユウはまだ商業ギルドにいるからだ。
ここにいるのは、レナ・ノア・ロマンティブ、そして従魔たちとしもべ蜘蛛だけであった。
「ロマンさん。受付の方、体の調子が悪そうでしたけれど、治してあげてもいいんでしょうか? それとも、余計なことしないほうがいいですか?」
「うーーん、そうきたか」
ロマンは「まあ、相談してくれただけいいかな」と帽子を手遊びした。
「”自分はこんなことができる”ってバレちゃうよね? この場合だと、治癒系の魔法が使えるとか、道具作成が上手いとかね。そして無料で治してあげるつもりならね、”この優しい子たちは無料でいいことをしてくれる”と相手に思われちゃうわけ。そこから起こるトラブル、イメージしてみようか?」
練習よ練習、と言って、会話のボールをレナたちに預けてロマンは上着などをコート掛けにかけた。
「イメージだけでトラブル経験がつめるんだから、イメージしておいて悪いことはないわよ〜」
「そうですね。うーん、あっ、また無料で頼まれてしまう」
「あるでしょうね」
「ノアは、治り切らなかったら叱られる、かもしれないと思いました。完璧にできないのなら手を出すのはリスクなのかもと」
「あるある」
「えー! ちょっとでも現状が良くなったら嬉しいものなのにね」
「助けてくれなかったヒトには怒らないのに、助けてくれたヒトには”助けが足りない”と文句を言う。覚えておいてちょうだいね」
「「都会のヒトって……」」
「ずる賢いのよね、どーしても、ヒトだらけのところでいかに生活の糧を得るか、なかなか苛烈よ。分け与えられたら、もっともらえるはず、って思っちゃうヒトがいる。ゼロから増えた、と感謝するだけではない。ヒトって一番複雑な生き物かも? ノアさん、その辺り、どう?」
「そう思います。魔物でよかったです、ノアはそのような複雑な街で生きていける気がしません……。いずれ、ガマンの限界を迎えて”ぷちっと”潰しちゃうかもしれませんもの」
「……おお!? でもそうしたら、ヒトは法律のもと集団になってあなた一人を追いかけるわよ。そうやって秩序を保っているんだもの。ほら、馬車の中に入ってきた一人に対して、私たちは複数人で絶対に逃しませんでしたし」
ロマンはさりげなく話題を変えた。
「あの馬車乗り込み野郎の処理をしてくるわ! あなたたちは関わっちゃダメ。せめてキーユウ様がいらしてからにしなさいな。そして、外でも見ていらっしゃい。
観光客として、リルを介した売買だけすること。
約束は契約書をつくること。
けして、善意の無料をあげてしまってはだめだからね」
「「はい」」
「それから……。……あちらから先に何かをもらったならば、あなたたちは適量を返してあげなさい。そのほうが交流が楽しくなるでしょうし」
少ししょぼくれていたレナとノアの表情が、ぱあっと明るくなった。
「きゃわいい」とロマン・ティブはだらしなく頬を緩めた。
キリッとして「可愛くない部下に会いに行ってくるわ」と部屋を出ていった。
レナとノアは相談する。
「宿の受付のおばさんにも、先に何かしてもらったら治していいってことだよね」
「そう言ったように感じます。その時を待ちましょう」
「じゃ、みんなで買い物にでも行こうか」
「荷物、守っていなくても大丈夫ですか?」
「みんなで街を見て回りたいし、アヌビスは周りへの警戒のため連れていきたいし、重要な”手紙”はキーユウさんの懐の中だから、こっちの荷物は部屋に置いていこう。鍵もかけられるし」
「鍵、機能するんでしょうか」
「ま、信じるしかないかな。チップの力を」
レナたちは一番地味な服装に着替えた。
従魔たちのキラキラ光る美しい髪は、帽子やフードの中に隠した。スタイルの良さは服装の着崩しでカバーする。この辺りは風がよく吹くので、髪を隠したヒトが多くいた。悪目立ちしないコーディネートと言えるだろう。
「ハトモデルは?」
「持ったよー。あとは、アヌビスサーチで暗めのところに行かないようにしよう」
「帰ってきたら、ロマンさんから、侵入者の言い分を教えてもらうくらいのスケジュールですね。ノアにおまかせください。今のうちにキラさんにも休んでもらってくださいね」
「……だってさ。キラ、聞こえてた? あ、スリープモードのところをピカピカ光らせたからきっと声が届いてるよ。ハーくんの物理計算したことでけっこうバッテリー減ってたもんね……おやすみ、キラ。よし、いってきます!」
▽行くで行くで行くでーーーーッッ!!
▽元気はありまぁす!
▽でもちょっとだけ休みますね。
▽すやぁ……。
トロックラの街は犯罪が少ないらしい。
先ほど馬車の襲撃にあったのはなかなかのレアケースだ。
交番らしきものがあちこちにある。
ロマンたちは地方交番より立場が上なので、あちらの報告書がまとまってから、街の交番に話が届くだろう。
レナたちは大通りしか歩かないことで、屈強な護衛なしでも大丈夫だろうと判断した。
それぞれがブザーを持っている。
いざとなったら、従魔はレナの指示がなくとも自己防衛のために戦うこともできる。
これは、レナが従魔の従属よりも育成を重視した結果の、良い点である。
ギルティア、チョココ、バニラが先頭をとことこ歩く。
その行き先に合わせて、後ろにレナとノアがまったり歩く。
ハマル(腕にアヌビス)は一番後ろをほどよく歩いた。
大通りはかなりの横幅があり、線引きはされていないものの、道の半分が馬車の通り道・半分はヒトが歩く道と、なんとなくみんな分かれて利用していた。どっちがどっちの道なのかは、道に車輪のあとがついているかで判断する。
街についてからの馬車は減速を命じられているので、危なくない。
「あ。ウマ、この街の中では減速して休憩できてるみたいですねー」
(意識同調していた名残なのか、ハーくん、ウマの気持ちがなんとなくわかるみたいだ)
不思議だなあとレナは思う。
種族が違っていて、言葉の学習がされているわけでもないのに、魔力で繋がったことがあれば、他人の言いたいことがわかってしまうなんて。
魔力が万能であるのか、言語が不便となるのか。
「お。なんか、馬車の休憩時間っぽいですねー」
「そうなんだ? だから馬車の道をヒトが渡り始めたんだね。さっき鐘が鳴ってた。私たちも、向こう側の店を見に行ってみようか。ギルティアが気にしてるもんね」
「なんでわかるんだよっ……」
「そりゃ、ごしゅ……うちの可愛い子のためでしたら」
「……雑な周りへの配慮ッ」
「まあね。やれるぶんだけやるって感じ」
「強者の余裕ってか」
「ゆるくいられるように強くなろう、ってことであれば」
レナは、ふあーあ、と小さくあくびをした。
その余裕は、結果的に良かったようだ。
と、アヌビスは判断する。
鋭い目で周りを警戒するものは、自分は周りを恐れている弱者ですとかえって主張してしまう。そのようなものはまっさきに小さな犯罪の対象になりやすい。スリや詐欺。犯罪を行うものからすれば「つかまったとしても、訴える先のコネも心当たりもなさそうな孤立した弱者から狙うのだ」である。
治安が良くても、乾いたような雰囲気は街にある。
アヌビスは落ち着きを感じてもいた。
レナパーティのようなものと静かな自然の中にいると、天秤は片方にばかりかたむいて、どうにも収まりが悪かったのだ。
アヌビスという名称で呼ばれるようになってから、天秤を気にかけない日はない。
「げ、小さい店」
「ギルティア、そんなふうに言わないの。いい店だなって気になったんでしょ?」
「中の商品が気になっただけだし」
「見せてもらおうよ。オープンって札になっているから、入っても良さそう。木彫りのモチーフのお店なのかな?」
「……木の声が。……して。心地良さそうだった」
ギルティアは、ぷいと顔をそらしながら言って、レナの視線から逃れるように、チョココの影に隠れた。反対側のバニラからガン見されてしまい、デリカシーがないと怒る。デリカシーを問題視されたバニラは、ガーンとショックを受けて対リリー用マナーについて問いただした。そんなもん知るかよと、ギルティアとの口論が始まる。
やれやれと、レナはそれをおさめた。
しかし、これだけ店頭で待っても、店主が出てくる気配はない。
ここは店前のぶんの歩道は確保されているとはいえ、また馬車が走り始めたら、なかなかの至近距離になってしまい危なそうだ。
(古めで小さなお店の並び、わずかな歩道、すぐそばに馬車と人通りの大きな道、反対側にはりっぱで新しい店の並び。
こんなふうにわかれているのは、チュナ帝国でも少し見た。
区画整理と都市開発なんだろうなあ)
目の前の店は、一階では商店、二階が住居になっている。ベランダに洗濯物が揺れていたが、馬車の砂がついてしまっていそうだった。
日当たりのいい物件のはずなのに、雰囲気はどことなく暗い。
「ごめんください」
「まあ、レナさん、そんなふうに挨拶なさるんですね。ヒトの文化ですか?」
「ノアちゃんは聞いたことなかった? 店というより、家に対して声をかける言葉って感じかな。この国に適応されるのかはわかんないけど。いろいろ言ってみようかなって。こんにちは〜!」
「すみませーん!」
レナとノアが声をかけたものの、店はシンとしていた。
「……! あっ! これ欲しいなあ」
ギルティアがトテトテと前に踏み出してしまった。
ノアはびっくりしたが(そういえばギルティアさんはたまに幼さが前面に出ますものね)と思い出した。
レナは冷静に「すみません、失礼しますね」と店の中に入った。
ハマルが店先に残る。
「ギルティア、商品に触らなかったのはえらかったね」
レナは幼い子にそうするように声をかけた。
「これ、欲しいの! リル、払って〜」
「そうするつもりだよ。って、安いな。野菜一袋よりも安い。ギルティアのお小遣いの中から出せる?」
「うん!」
「じゃあ店員さんに聞こうね。それができなかったら、たとえば店に人がいなかったら、勝手にお金と商品を交換しちゃダメだよ」
「……えー」
「まずは、ヒトがいるか確認しよう」
「……うん」
「すみません! 店のエリアだけ、歩かせてもらいますね」
レナはギルティアと手を繋いで奥に進んだ。
これだけ人けのない店内なら、別のお客が来てギルティアと同じ商品を先に欲しがることもあるまい。
窓ガラスから、白い光が棚に差し込んでいる。
飾られているのは薄くスライスされた丸太に切り絵のような飾りを施したもので、丸太飾りを通った光はうつくしい形の影になっていた。
大きな一枚のものもあれば、数枚連なって壁飾りになっているものもある。
ギルティアが欲しがったのは、直径10センチほどで身につけることもできそうな飾り丸太だ。
ようやく、店主が出てきた。
灰色の髪をしている、とレナはまず思ったが、木屑が髪にたくさんくっついているからだった。職人なのかもしれない。地毛は白髪混ざりの薄茶色の髪だった。
ゆるい三つ編みにして、肩のあたりに垂らしている。
ゴシゴシとタレ目をこすって、一瞬ぱちっと目が開いたが、ほとんど開いていないくらい伏せてしまった。
顔に布を巻いていて、けほけほ、咳をした。
布で見えていないが、頬はこけていそうだった。
「いらっしゃいませ。旅の方かしら? いらしてくれて、嬉しいわ」
「初めまして。旅人ですが……わかりやすいですか?」
「ううん。服装はこの辺に合わせたのね。とっても自然な感じよ。すごいわねぇ」
パチパチと拍手をする。
体の元気はなくとも、心が明るい女性のようだ。
声の感じからすると、老け込んでいるのは外見だけで、まだ10代かもしれない。
「伝統工芸を扱っている店には、地元のヒトは来ないものよ。前は伝統工芸大会とかあって、そこで買ってもらうこともできたんだけどねぇ。……ケホコホッ」
移る病気ではないから安心して、と彼女は言った。
「しゃべるの好きなの。よけいに咳が出ちゃうのにね。だめねぇ、あたしったら」
「「……」」
レナとノアはそっと目を合わせる。
店主らしき女性は、しゃがんでギルティアに目線を合わせた。
「お嬢さんが買ってくれるの? 来るの遅かったけど、話は聞こえていたのよ。ありがとうね、うちの商品を欲しがってくれて、とっても嬉しいわ」
「う、うん」
幼いギルティアは初めての相手には緊張するところがある。
しかし、この女性の柔和な雰囲気のおかげか、またチョココの後ろからひょっこりと頭を出した。
「き……木が喜んでいたから! いい気持ちで扱ってもらえて嬉しいって! きっと私の故郷の木と似てるもの! あの場所だと良くない木だったのに、いい木になっててびっくりした……」
「そうなのぉ。あたしも嬉しいなあ。教えてくれてありがとうね。んん……」
女性は一歩下がって、横を向いて、ケホケホと背中を震わせた。
ギルティアは唇を噛み締めてレナを見上げた。
(ああ、ギルティアは他人に対して、こんな表情を見せられるようになったんだね)
レナは、
「ノアちゃん。いいかな?」
「範囲内だとノアも思います! だめだったら一緒に叱られましょう」
「あはは、ありがとう」
ノアとにっこりした。
「ん……?」
不思議そうに、しゃがんだまま見上げる店主に、レナは、
「旅人のやり方を聞いてもらえませんか。物々交換など、もしよかったらいかがでしょうか。私たちは咳にも効果があるポーションを持っています。商業ギルドでも認証されているもので、シールが貼られています」
「あ、本当だ。みたことある〜」
女性はチラリとポーションを見ただけで、そう言った。
モノを見る職人の目だ。
「いただけるの? けっこう高いでしょー。じゃあこの店の商品もっと持っていってもらっていいですよ〜。あれとこれと、それも〜、げほっ」
「ま、待ってください。話の途中でしてね」
レナは”とある葉っぱ”をポーションに入れた。
「このポーションは風味が苦手な人もいるので、香草を入れて飲みやすくします」
「そうそう。あまにが、って感じだから、ミントのような爽やかさをプラスするものだよねぇ。あたしも昔は飲んでたなぁ」
(今はあんまり買えなくなったのかな)
と、レナは考える。
「葉っぱ入りポーションとの交換はいかがでしょうか?」
「ギルティアの葉っぱなんだよっ」
店主は、頭にハテナを浮かべていたが(摘んできた大事な葉っぱなのかしら〜? 可愛いわねー)ととくに気にする事もなかった。レナがちょっとあわてただけだ。
「じゃあ、お嬢さん、うちの商品と交換してくださる〜?」
「うん! ちょうだい! はいどーぞ」
「まあありがとう〜」
「一気に飲んでもらうのがいいと思います、ひと瓶飲み干さないと効果がちゃんと出ないかもしれないので」
レナが必死に補足をする。少し残しておいて……とされたら、物議を醸す代物なので。
「わかったわー」
店主は飲み干し……──こほん、と喉を鳴らして、
「はい、この瓶と葉っぱはお返ししましょうね。だって旅人さんは、あたしのために特別にそうしてくれたんでしょう? 返した方がいいと思ったけど、洗ってなくてマナー違反だったら教えてね、もしそうならごめんなさい」
「これでいいです。お気遣いありがとうございます」
レナは(マナー違反なら、って時、怯えてた?)と少し気になった。
ギルティアは良い買い物をして、散歩がおわった。
結局お小遣いを使わなかったけど、それはまた今度。
宿に帰ったら、キーホルダーにするための紐などをつけてあげようと思うレナであった。
「お帰りなさい」
ロマン・ティブは鋭い。
「なんかしてきたわね?」
「すごいです、魔物の第一勘でもここまでのものはなかなかありませんよ。しかも結構正確に、どのような出来事の後なのか察していらっしゃるようです」
「だてに年齢重ねてません。何言わせんのよ。レーナーちゃん」
「はあい」
「注意の範囲内?」
「です」
「じゃあ、見逃してあげましょう」
ずっと警戒しているのも疲れるものだ。
ロマン・ティブは椅子に優雅に座り、レナたちに書類を渡した。
「レポートよ。馬車に乗り込んできた若者の証言も載せておいたわ。目を通してごらんなさいな」
読んでくれてありがとうございました!
来週、レアクラのサブタイトルを変えますね。
[魔物使いちゃんとレア従魔は異世界ゆる旅がしたい]となります。
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




