ミエネット王国トロックラ領
【ミエネット王国 トロックラ領】
「地図をもらったよ」
御者台に乗ったままだったレナが、馬車の小窓から、室内にいるロマン・ティブに声をかけた。
入国案内所で説明を受けているのはノアとキーユウなので、待っている間、レナはあれこれと係員から貰い物をしたのだ。
小さな羊の”ぬいぐるみ”を抱えていて、総合的な可愛らしさがアップしていたレナに、暇な係員はかまいたくなったのかもしれない。
「こんなところで地図をもらう……? んーレナちゃんそれってね、普通、ギルドに入って自分で取ってくるとか、観光客は100リルで買う、とかそんなものよ。係員、ひまそうにしてたかしら?」
「そうでもなさそう……」
「わざわざ近寄ってきてくれた?」
「そうです」
「……。……まあ、大丈夫か。金持ちそうな旅人への歓迎は係員の仕事の範疇だし、ここは治安がいいトロックラ領だからね。もし何かあってもキーユウ様が上層部に顔が効く、捕まりそうになったら私たちの顔が効く」
ロマン・ティブが若干のジト目でレナを見上げて言ってやると、
「お姉さん頼もしい」
と、ちゃっかり好意は受け取るレナであった。
(もしかしたら賄賂的なものだったかもしれないんだ。そのへんの感覚は私はまだにぶい。知らなきゃ、従魔にも教えてあげられない。保護者が後ろ盾してくれてる間にいっぱい失敗をしとこう!)
▽ちゃっかり!
レナは地図を眺める。
ミエネット王国・トロックラ領。
領土ラインはくつしたのような縦長の形をしていて、レナたちがいる現在地は、縦長くつした真ん中あたり。地図によると、下の方はあたたかい海にも面しており、船のイラストが描かれているので周辺国へ船で行くこともできそうだ。
ミレージュエ大陸最大の港はミレー港であるが、それほどでもない小さなミエネット小港は内海のようなところへと繋がっている。
(白くて四角の結晶、塩のイラストかな? 他にも特産品が描かれていて、洗練されたパンフレット。これは代金100リルなのも納得)
「スキル[伝令]アヌビスは周辺感知をよろしくね。キラと協力して」
そして地図読みを再開。
(えーと、”あらゆる通路が交わるミエネット王国。陸路にも海路にも補給拠点として優秀。しかしながら魅力的なわが国を欲するなかれ。ミエネット王国の運営はミエネット王族に、ミエネット国土はわれらが神のためにあるのだから。”…………んんん?)
レナは入国案内所の屋根を見上げる。
気になってはいたのだ。
見かけないシルエットが屋根の上に。
(なんか聖なるものっぽい、三日月を模したようなオブジェがあるんだよな……)
パンフレットの表紙に戻る。
(こっちにも三日月のマーク。もしかしてここには独自の宗教のようなものがあるのかな?)
キーユウとノアが案内所から帰ってきた。
ノアはレナの服の裾を掴んだので(話したいってことだな)とレナは御者台から室内に戻り、キーユウに最前列を頼んだ。キーユウはロマン・ティブの部下とともに、馬を動かして宿まで向かってくれるそうだ。
ノアは隣に座ると、やっと緊張が解けたというように肩をかるくまわした。
「レナさん。二つ言いたいことがあって。ハマルさんと黒猫のことは伏せたまま、入国の申請をしました。一応、またハマルコースターを使いたくなった時に備えようと思いまして。狙われるなんてよくない兆候ですもの。ハマルさんのことは快眠枕として、それがないと眠れないレナお嬢様として振る舞ってくださいませ」
「は、はい。合理的ではある……」
「ご理解ありがとうございます。黒猫さんも同じく座布団として使ってください」
『おい。この宰相娘、恨みが長引くタイプだよな。ちょっと魔王国付近を乱しただけなのに』アヌビスが毒づく声が遠くからかすかに聞こえた。
レナに連絡を義務付けられた手前、声を通しやすくしているそうだ。
どのようにか、キラとはまた別の回線を使い、従魔契約の魔力をさかのぼるようにしてレナに声を届けてくる。このような感覚がレナにばれていることまで、アヌビスは知らないのかもしれないが。レナは従魔のこととなればめざとい。
レナには、キラの負荷を軽くしてやりたいという思いもあった。ハマルの称号の調整をしてからというもの、少し弱々しい。
「ノアちゃん。あとでバレるかもしれなくても、嘘をつくことになっちゃう方がいいって判断したんだね?」
レナが念を押した。
「はい。ロマン・ティブ様もいらっしゃるので、前よりも、やらかした時のリカバリも効きますし」
「あンのイケオジジ様ったら~」と言うロマン・ティブは笑いながら額に青筋という器用なことをした。正解、キーユウが彼女に押し付けたのである。
馬車が動き出した。
するとロマン・ティブは閉口する。
(あら。いつもより馬車の操縦が上手い……。ふうん……。キーユウ様が気を遣ったらしいわね。私の部下にとっておきの技術を教えてくれたらしい)
スゥ──、トン。
スゥ──、トン。
街中の石畳の道だというのに、やわらかい絨毯の上を歩いているかの如く馬車の揺れは優しいものである。ロマン・ティブはだらりと背もたれに体重をかけた。
レナは気を取り直して軽い調子で、ノアに尋ねる。
「もう一つの言いたいことは?」
「あ、そうです。宗教ってレナさんお好きでしょう?」
「お好きではない……かな……!?」
赤の教団とかノリと勢いで建っちゃったものであって。
赤の教典とか、赤の信者とか、赤のマントとか、女王レナ様とか、芋蔓式になっちゃったものであって。
「まあご存知ではありますよね。それでですね」
▽ノアの スルースキルは 磨かれている!
「ノアにはよくわからないんですけれど、もしよろしければ入信しませんかってパンフレットをいただいたんです。説明も簡単に受けました。
わたくしの所感ですと、魔王国における魔王様を信じることのような──そんな感覚が宗教にはあるのかしらって。この国限定ではなく、別の国に宣教師がいたりなど、魔王国で魔王様に従うほど絶対的なものでもないようですけれど」
「あー、そういう雰囲気なんだ。ひとまず強制ではなくてよかった。パンフレットに月の模様が書いてあるよね?」
「ありますね」
「さっきこのオブジェも見たんだよね。それって宗教関連じゃないかな。ロマン・ティブさん、何か知ってますか?」
「あなたたちが言ってたことであってるわ。そっか、この辺の出身じゃないとわかりにくいわよね。白魔法に[聖なる……]ってあるでしょう。あれは、ヒトの宗教史が由来だと言われているの。パンフレットを開いてみて。あった、この部分を読むね。
”かつてこの世界にて病が猛威を奮っていた頃、浄化をまかせられていた団体が月光教会の祖であり、白魔法の聖属性として世界に認められるほどに、影響を及ぼした”とあるでしょう」
「「知らなかった」」
「……私たちだってふだんは気にしないものだわ。今、知ったならそれでいいし、なんなら忘れちゃってもいいくらいのものよ。ただ、宗教家って熱心すぎるヒトもいるから、からかうような火遊びはいけないわ」
「「はーい」」
「あなたたちは心配いらないでしょうね」
レナは馬車の窓から外の様子を眺め始めた。ノアも同様に、なかよく覗き込む。
少女二人がのぞいている窓の外の景色は、チュナ帝国とはまた違っていた。
草原も近い辺境だというのに、そろって家が建てられたような区画整理された町並み。漆喰のような質感の壁はさまざまな色をしていて、カラフルだ。水色、黄色、ピンク色。木柱がわざわざ模様のように組まれていて、華やかな外観はこれだけでも観光価値が高い。街がカラフルなためか、行きゆく市民たちはシンプルな白の服装が多かった。月モチーフのアクセサリをつけているヒトもいて、宗教国家であることと無関係ではないだろう。
ゆったりとした空気があり、ローランド辺境伯領よりも裕福そうに見えた。
レナは、ノアからパンフレットを渡された。
パンフレットには周辺国との差が書かれており、チュナ帝国領は「流通と傭兵の国家」とある。それに比べてミエネット王国は「祈りと受容の国」である。
道のところどころに露店があって、白い布を頭からかけたヒトがにこやかに座っていて、訪れたヒトに祈りを売っていた。看板には料金が示されており、金額によって祈りの内容が変わるらしい。
祈られたお客の体は、一瞬、白く発光した。
売っているのは[聖魔法]のようだ。
(体に魔法をかけられるのって、信頼がないとほんとうは怖いはずだけど、みんなが同じ教会を信じているのなら、安心できる……ってことなのかな。ふむふむ、うわあっ、聖魔法の祈りの最大料金9999リル。露店で? 教会でもなく? いいのかなあ……買っちゃった方の自己責任か……)
レナが首を捻ったり、驚いたりしているので、ロマン・ティブはにこにこと美少女の表情差分を鑑賞した。
ノアのただただ異国情緒を楽しんでいるような表情もまた視界が美味い。
(あ、でも物価が高い気がする。コンビニの商品もパン一袋で350リル……。……コンビニぃ? あれ? キラに……いや……)
<衝撃!!!!異世界ラナシュにコンビニが!?!?でもコンビニって名称と用途であるだけで現地の小商店そのもの!!しかし追求の余地あり。検討中……推測中……>
(忙しそうだ。びっくりして私にも思考が漏れちゃうくらいに。あとで結論を聞こうっと)
「あ、白魔法を売ってる店もありますよ」
「ほんとうだ。聖魔法までは至ってない修行中の店みたいだね。小さい子供が家の前で売るレモネードみたいな……(日本人が本屋さんごっこする同人誌作りみたいな……?)」
「小さい頃から熱心な教育ということでしょうか。ふふ、懐かしいです。ノアは教育をして欲しがったけれど、お父様は他の蜘蛛のような勉強をお許しになりませんでしたわね。雌ですから。レナさんにも懐かしいですか?」
リラックスしているらしいノアは、気軽にレナに問いかけてしまう。
ロマン・ティブの耳が集中した。
「えー、私かぁ」
(興味があるわ。みょうに鋭いところのある彼女の学びの源が)
「勉強、好きだったな。でもテスト前の追い込みの空気は苦手」
「まあ。テスト?」
「学んだことをちゃんと暗記しているか、調べるの。そうしないと、先生たちも”教え終わりました”って言えないもんね」
(先生”たち”……!? 何人も家庭教師を呼びつけていたということ? もしや、塔に隔離されて教育のみ潤沢に与えられた世間知らずのお嬢様……幼いレナちゃんの儚い微笑み(妄想)…………)
▽レナは 正直に回答してしまった!
▽なぜか ロマン・ティブは 誤解を深めた!
▽出自発覚せず セ──フ。
「……ハッ。面白い話をしてるけど、二台目に乗っている幼い従魔ちゃんはそろそろ迎えに行かなくても大丈夫? 三台目に乗っている部下が、何かあったらすぐに対応をするだろうし、ここは街のど真ん中だから誘拐も起きないだろうけど」
「行きたいのはやまやまなんですけどね。んー。同じ年頃の子で集まりたい時期のようなので、親睦を深められるように私は距離を置くんです。主人がいたら話題の中心になっちゃうこともありますから」
「そうなんだ。あなたたちの関係っていいね」
(あと一瞬ハーレムに憧れちゃったお姉さんは反省します……)
「どうも」
レナだって従魔に会うのを我慢をしていることには違いないので、手元のハマルをムニムニムニっとしておいた。ハマルはご満悦だ。さいっこーに役得ー。
ハトモデルが反応をし始める。
黒い液体がチャポンと跳ねた。
「え! どうしてだろう」
「レナさん! 外、月の模様が描かれた布が建物の屋上にかけられています。屋上と屋上をつなぐみたいに、つまり、道には影を作っているでしょう。その影響などは……?」
ノアが観察をしつつ、あわてている。
「……[ライト]」
ロマン・ティブが小ぶりな杖を取り出して(よく見るとモレラの遺品だ)となえた。杖の先端には意図的な光が灯っている。
「そのハトの反応、街の中でブザーが大きく鳴ったら、不審よね。とくにまだ信用を得ていないのに大きな音を出して治安を乱せば、よくないことになる。私たちがフォローできることはあるけど、防げるならそのほうが現実的。
今回は少しの反応。
こうしているうちに、ひなたに出て、ハトモデルは反応しなくなったわね。
──そしてレナちゃんの未来、シミュレーションしてあげる」
「う、占い師?」
「経験と実力からくる助言だわ。報酬は投げキッスでよろしく。まずあなたは、どこかにたどりつくたびにハトモデルが反応するでしょう。トラブルが発生しやすい地なら、引き寄せるのではないかしら。それを解決することになる。あなたは切り捨てないヒトだし、助けられるだけの実力をもっている。繰り返したら上流階級にまでいずれたどり着くわ。そのときには、どうしたいのか自分の意見もあるのではないかしら。あなたの運命はきっとそういう手順よ。誰かに押し付けるのではなく、誰かを助けてしだいにわかっていくタイプなの」
「な、長い……えぇ〜……」
レナは一瞬悩み、しかしカオスを飲み込むかのように喉を鳴らした。
「……でも、ありえる! ハトモデルの一瞬の反応のぶん、悪いことが周りで起きそう。スキル[従順]こっちに来なさい!」
「「「うわ──ーっ!」」」
▽チョココ・ギルティア・バニラがそろって馬車の荷台のあいだをぶっ飛んできた!
「うわ──ー!? 口の周りにお菓子がついてる。おやつの時間まで待てなかったの」
「「「……(てへ)」」」
「それどころじゃないでしょう」
ロマン・ティブが靴の踵をチリンと鳴らして、後方に合図をする。
すでに、屈強な部下たちは二つ目の荷台にとびうつっていたところだ。
そこでは誰かが捕えられている。
(侵入者、だったりする?)
「く、くそっ……なんで……動いてしまったんだよっ……!ト、[トライ・ワープ]──できない!?」
声だけがレナには聞こえている。
一台目の馬車のうしろ・二台目の馬車の前の扉が、さっき飛び込んできた三人の通路として開いたままだ。押さえつけられている誰かは、ヘルメットのようなものを被っていて顔は見えない。どのような体格なのかもわからないが、声は青年のようだった。クセのあるしゃべり方。
周りからの注目を浴びないために、ロマン・ティブはヒソヒソ声を「飛ばした」。
「そのナイスガイたちはあなたの魔力を無効化できてしまう。逃げ場はない。しばらく大人しくしていなさい。罪を確定して、罰を受けるのよ。ご苦労様」
「……!!」
二台目の扉は内側から閉められた。
鍵がかけられる、がちゃん、という音。
あの箱自体が、犯罪者を閉じ込めておく檻になったのだ。
(…………追跡者からは、ハーくんのダッシュで逃げきれた。でも、誰かが馬車の中に入ってくることは起こった。誰がとか、時間は違っても、起こるはずのことが起こったような……そんな気がする……。なにか……大きな運命のようなものが感じられるよ……)
レナは胸に手を当てる。
(私をどうしたいの? わからない。でも、利用されるだけじゃないからね! できることは手助けするよ、でも自己犠牲はしない。そこんところよろしくね、私の運命──!)
晴れやかに笑ってやったのだ。




