ハイタッチ
【研究者ギルドの中庭】
クレハとイズミは交代ばんこでギルド内の庭を歩き回っていた。
身長は150センチほど。赤と青の髪を宝石みたいにキラキラさせて、まあこの場には自らの研究にしか興味がないヒトだけなので二人がいかに美しくても邪魔されず、ただただ自由にしていた。
しかし研究をしていたわけではない。
紙を持ちに行ってメモを書いたり、ときどき話しかけて文章のアドバイスをもらっていたりした。
「ほいよ。イズミちゃん。ハトモデルの計算がまとめられたぞ」
「あざっす、おっちゃん!」
「それは何書いてるんだ?」
「周辺のスライムのレポート」
「へえ。困ったことがあったら言えよ」
「うん、どーも。今のところ身内用だし汎用性もないから気にしなくていーよ」
「わかった」
これで、会話が終わる。
(細かいとこまで突っ込んで聞かれないって、ラクなもんだなー。あっちの研究の邪魔さえしなければいいんだもんな。それもこれも、レナがこの研究施設からの信用を築いたからだけどね)
主人のことを思い出して、イズミはにこーっとした。
そしてメモ作成に勤しんだ。
クレハは宝箱を守りながら、ぼーっとしていた。
ひとりで待機していると、たくさんのレナとの記憶が頭を通りすぎていく。
何も深いことを考えずについていったレナとの冒険。レナと離れたくないという気持ちが生まれたこと。後輩に譲ることを覚えた時期。そして、しばらく離れようと決めた気持ち──は、まだ揺らぎがちだ。
(だってこーーんなに好きなのに。うう、考えちゃうと、我らも行くっていっちゃいそう。だめだめ……暗闇様の鏡はここに置いて行くんだし、それは我らが守るんだ)
「クレハー。おまちどー」
「イズミ、やっときた。ねー、いいお知らせがある顔してるよ?」
「それはね。なんと、暗闇的な虫を退治したら、黒鏡がちょっと力を失ったことが判明したからなんだよね」
「まじか」
「ジャーン。計算してもらったレポートだよ」
「ふむ……。【黒鏡における”光の反射[逆]”が和らぐ現象】なんだか、わかりにくくなーい?」
「でもできるだけ正確な言葉を使うならソレなんだってー。光を吸収する暗さ、みたいなものの名称がラナシュに無いか、失われてしまっているから、該当する言葉として「光の反射の逆」なの」
「まっくらってことね。言いたいことはわかるけどー。言いたいことがわかるならいいのか?」
「そゆこと」
「でも、それはいいことだね。黒鏡を無力化できるといいね」
「それなー。攻撃的になる=暗い気持ちの部分がバカデカにされちゃった=社会性を失う=文化的ヒトではなく生物に退化する=生物としてひとまとめにされる=情報の圧縮=1000年周期のラナシュの刷新、こうなるらしい。これを防げるかもしれないね」
「ややこしいな。まるで陰謀論」
「今のところはね。他国にゃ相手にもされないかもしれない。研究者やキラやルーカがなんとか知ったことであっても、天才の実感ってその他大勢には伝わりにくいからね。これからレナパーティと研究者ギルドが信用を上げられたら、この説のためにみんなが協力してくれるかも」
「我らだけでやれたらいいのにね」
「このスコアみて」
「ふむ?」
イズミが持ち出したタブレットを、クレハが覗き込む。
頭がコツンとあたり、そこは溶け混ざって、紫色になった。
そうすると、イズミの聞いてきたことがクレハにもまざまざと感じ取れた。
「オズたち、スカーレットリゾートに観光客をたくさん呼び込んでいるんだ? すると”すごい体験をできる”を信じるスコアが上がってる。なるほど。これ、どーやって集計してるの?」
「たまに金の招き猫が受付にやってきて来場者を眺めるらしい」
「人力だった。よく働くねぇ、ルーカも」
「レナと冒険していないからトラブルも少なくて体力余ってるんじゃない?」
「それはありえそう。楽しそうにしてるよね」
「ちょっとさみしそうではあるけど」
「我らもそうなれるかな」
「なろうよ。それにレナは絶対に我らに会いにきてくれるからさ」
「クレハとイズミのこと大好きだもんね♡」
「そゆこと♡」
ぐすん、と鼻を擦った。
「今のラナシュにとって、大勢が信じる概念、っていうのはものすごい説得力を持つんだっけ。それなら、レナたちがうまいことやって黒鏡を無力化できたらいいよね。黒鏡なんて大したことないぞ、ヒトの方が強いぞって。逆に、黒鏡の力やべー負けるわってなったらいけないんだ」
「たぶんそうよね。なんとなく」
「直勘は大事」
「ここですぐ壊しちゃダメ?」
「かなりまずい。って、直勘がいってるんよな」
「同じく……。ついでにヤバイ魔道具を無力化するような方法を旅路で集めてきてもらおうよ。ヒトの国の方が、呪われた魔道具と付き合ってきた歴史があるでしょ」
クレハが言い、イズミは微笑んだ。
「ガララージュレ王国の宝物庫とかそれ系のブツがザクザクだったよね。あれ、国が滅びた後、ちゃんと管理されてんのかな」
「それはね、クレハが聞き取り調査してきたんだよね。されてません」
「あッッッッッ」
「むしろアンデッドダウンして管理放棄されたのを言い訳に、国に泥棒が入りまくって、あらゆる物品が周辺国の闇市に流されているみたい。呪いでとんでもないことになった地域や貴族もあるとか?」
「誰の責任になるんだろ。なりもしないか。でも周辺国の自警団や国軍が、呪いの宝物の対処に詳しくなっていそーよね」
「ね! その対処法を、各地のギルドを巡って集めてきてもらって、順番にこの黒鏡にも試してみよーじゃないの」
「我らは知識量はあるけど、実験してみることが圧倒的に足りてないもんね」
「ここの研究バカのみなさんとか、何百年もの書物が詰まった書庫と比べたら、レナパーティは試行回数がまだ少ない。ひとつひとつはデカいんだけどさ」
「そういえばガララージュレ王国ってよく何百年も持ってたよね。どーなってんのさあの国」
「レナとアラタの出現地点であるとか、国の規模に対して不相応な宝物とか、代々魔眼もちが現れやすいとか……。あやしすぎるんだけど、我らの前世の記憶をたどってみても、ガララージュレ王国のキチンとした年表って習ってないんだよね」
「どこかで改変されたか、隠されてるよ」
「ヒステリーで資料燃やす王族と書いてもおかしくないしな、あの気質。というか魔眼ですり減ってしまって精神がおかしくなるんだ。ほんとうは自然物を見るようにして心を癒すといいんだけど。ルーカみたいにね。でもヒトとして崇められると体は嬉しくなっちゃうから、大勢が集まる舞踏会に積極的に出て疲れ切っちゃうんだろうな」
「我らは魔眼を受け継がなくてよかったよね。そのかわりに雑に殺されて、スライムに転生だけどさ」
「今がいいから、まあいいじゃん。あのとき死んだ以上に今がラッキーだもん」
「それはそうね」
「ローズとマリンから連絡はあった? アンに預けてあげたスライムたちだよ」
「わかってるって。その場合はクーイズにならなくちゃ、スライムキングとしてあの子たちの管理者になれないよ」
「それもそうね」
クレハとイズミは混ざり、一つになる。
そして、宝箱にしなだれかかるような格好で、目を閉じた。
紫の髪が檻になるように宝箱を覆い、キラキラと輝いた。
ここでは美しいクーイズがその美しさゆえに気に掛けられることはない。
研究者ギルドの庭、レナパーティが運んできた馬車、そして自分という形──そこからさらに内面へともぐる。意識を沈ませていき、レナとの主従の魔法を撫でて、その先にあるローズとマリンとの[縁]に意識を沿わせていった。
ローズとマリンは話すことはできない。言葉を理解しない、魔人族にまでなれない個体だ。これをレア進化させることは、アンやデッドにはできないだろう。レナとはまた違う運命をまかされているのだから。
必然的に、ローズとマリンからは、感覚的な更新を受け取ることになった。
クーイズは目を覚ます。
まだ現実味が薄いねぼけまなこで、ポツポツと確認するようにつぶやいた。
「おそらくレナの兄のアラタは遠ざかった。アンが嘘の情報を流して、嫌がったシェラトニカがアラタの腕をひっぱり、反対方向に連れていったようだ……。アンはレナたちの方にアンデッドを送らなかった……。シェラトニカがアラタを束縛してて、スイは出遅れている感じ……? ……ふう。……あっち、仲悪いなあ。……性格悪かったり、余裕なかったりするもんなあ。……ニンゲンカンケイがギクシャクしちゃうのって、やーね。我らは仲良しでよかった」
うーん!と伸びをする。
「心が仲良しで、体はちょっと離れてる方がいい。
体は近くっても、心がギクシャクしてるのは悲しい。我らは前世で心が泣いていてつらかったから、レナと会ってから笑えているのが嬉しい。
よーし、決断できちゃうもんね」
レナが遠くから駆けてくる音がする。
長く旅をしてきたのだ。もっとも近くにいた時間が長いはずだ。
レナが泣き虫だった頃から、立派に立つようになったところまで知っている。
ちょっとクセのある足音に気づくことができる。
「クレハ、イズミ!……クーイズ!」
レナの切なそうな表情を見て、これはハマルに何か聞いたな、と思った。
いったん、走ってきたレナをキャッチして受け止め、そのまま少し後ろにもたれかかる姿勢になり(宝箱はキチンと紫のキラキラで囲っている)「なーに?」と聞いた。
「行ってきます。また戻ってくるからね」
「お土産はチョコレートがいいなー」
おっと、これではスウィートミィされてしまいそう。
邪魔されたくはないので。
「言い直そう。お土産はレナがいいな! 早めに解決して、解決の途中でもいいから、帰ってきてね」
ご主人様だし、友だちだ。
レナとはそれから、なんてことない話をたくさんした。
この時間、わざわざ二人にしてもらえたのは、後輩や他のヒトたちの配慮だろう。
結局、小難しいレポートのことを話す暇はなかった。
それはタブレット端末の共有フォルダに放り込んだ。
きっとなんとでもなる。仲間は優秀だ。
夜になる前に、ハマルがやってくる。
宝箱を守る場所を一時的に交代した。
クーイズとハマルは、手をぱしんとハイタッチさせた。
読んでくれてありがとうございました!
感慨深さ、に似た気持ちです。
あ〜〜成長しちゃってまあ……(ハンカチを目尻に当てる)
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




