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街の壁を直しながら

【街の壁を直しながら】




 翌日から、レナたちは街の壁などの修復作業をまかされた。


 これもまた虫退治とおなじく「お手伝いクエスト」だ。


 レナパーティのことは「おのぼりさんの上流観光客 兼 その立場の責任を自覚するヒト」と周りからはみられている。

 そのようにローランド辺境伯がしこんだ。

 ロマン・ティブ(こちらにも怒られが発生している)がせっせと街の声の印象操作にはげみ、おとずれた旅の子ら……──という視線を生んでいた。



 作業着に着替え、髪を帽子の中にしまい、いつもよりおとなしい格好のレナたちは、ヒトの街にさらに馴染んでいる。


 近くにいるクーイズがレナよりもせっせとはたらき、目立っていたのも原因かもしれない。とにかく、レナは「お手伝いにきてくれたえらい女の子」としか見られていなかった。冒険者ギルドからきましたというささやかな腕章がなければ、街の子が手伝っているのかと思われるくらいだ。


 せっせ、せっせ。


 せっせ、せっせ。


 崩れた壁を直していく。


 虫の突進でレンガの壁が一部壊されるという、なんともすごい事態だ。


 もともとこの街外れの地域は古くからの壁をそのまま使っていてもろかった(ノア調べ)という事実を抜いても、ただの虫がそこまでしたことは街の人を震え上がらせていた。


 さらにこのあたりでは、もしやヒトが矢を打ってきたのではないか、と紛争経験者の老人たちがパニックになっていたのだ。崩れた壁の近くでは、家の奥から出してきた木の板でバリケードが作られていた。


 それらをまだ片付けたくないと不安を口にする老人たちを、若者がなだめている声が聞こえる。


 ローランド辺境伯がきちんと守ってくれるから、と。


(信用されているんだな)


 と、レナは思った。


 せっせ、せっせ。


 せっせ、せっせ。


 バニラとチョココが手伝っており、ギルティアは「昨日はヒトが多いところにいて疲れた」とおやすみして研究者ギルドにこもっている。

 今頃はハマルといるだろう。いや、クーイズとハマルが交代している頃かもしれない。それならば羊毛ベッドからウォーターベッドに代わりスヤスヤかも。


 レナは額の汗をぬぐった。


 軍手のような手袋は、ブレスレットなど高級品が光るレナの手首までをしっかりと隠している。


「お! 修復が早いねえ」


 仕事の昼休憩らしい大工の男が、道具を抱えて家の扉に手をかけながら、ふと見かけた小さなお手伝いさん(レナ)に、声をかけた。


「えへん、頑張りました。ローランド辺境伯からどのような作業をするか明確に教えてもらえましたからね、私でもやれてます」


「あの人はよく見てくれてるぜ。怖い雰囲気だけどな」


「んー。ノーコメントです」


「それ、同意しとるっていうんと同じじゃからね」


 ワハハと彼は笑う。


 このあたりの住宅街の雰囲気はすっかり明るい。


 なんなら、うっすらした暗闇の影響がまとめて駆逐された緊張からの緩和で、テンション高めなくらいだ。


 彼に手を振り、作業に戻ったレナは、周りの風景について考えを巡らせた。


(服装の傾向が違う人たちまで距離が近くなってる。仲良さそうに。入国した時はあんな雰囲気じゃなかったのにね。

 もしかして、緊急事態にケンカしてるどころじゃねえ〜! って手を取り合うことにしたのかな。意外とやっていけるじゃん?って思ったのかも。──これまで旅をしてきていろんなヒトにも魔物にも出会ったけど、生活している流れはほとんど一緒なんだもんね)


 落ちつけるように壁が必要で、水道が必要で、美味しい食べ物が必要で──。


「あ、鐘の音。ふう。休憩時間だ〜」


 休憩中のレナは、修復用の資材が入っていた木箱に腰かけて水筒のお茶を飲んだ。


 もともとその木箱に香箱座りをしていたアヌビスは、ピャッと飛び降りて離れていった。レナに声をかけられたので、周りの家々をちょっと見てくるだけ・自分も休憩をするのだと言っておく。


 実のところ、尻尾が触れてレナの思考が流れてきたのが気に食わなかった。


(”ほとんど一緒”だって?)


 落ち着くための壁も、水も、食べ物も、アヌビスには必要ない。


 だからレナの落ち着きが、アヌビスにはみょうに気に食わなかった。


(俺たちは違う。だからわかりあえないさ)


 ▽きら──ん(メールの着信音)


<わかりあえますよ? わかりあうっていう言葉の意味は広義なので>


(チャンネルジャックや め ろ)


<同感する、ということは不可能。しかしながら、相手の希望と自分の理解の境界線を探すことはできる。生活が維持できるのであれば、そこではともに暮らすことができますよ>


 ▽まろ──ん(メールの着信音)


<キラママのいうことは教科書のようだとマロは思うぞ>


(チャンネルジャックが多い!)


(……え、なにこのチャンネル……? うっ……)


(混ざるなバニラ! ややこしい!)


<頭が痛いなら受信だけにしておきなさい。負荷が軽くなりますよ。ってリリーさんが心配してる可能性>


(そうしよう)


(バカ)


<聖霊や神候補と、ヒトや魔物は同感はできません。しかしわかりあうことはできますし、やっていかなくてはなりません。それができないためにラナシュが何度も1000年周期のリセットをくり返しているのですから>


 ▽キラは長文レス傾向。


(それどこ情報?)


<ルーカティアスさんがやっと一次情報を読み取りましてね>


(あいつそのうち目が潰れるのでは?)


<運命的なものが彼の目にもあるのでしょうし、それであれば、役割が終わるまでは保つはずですよ。役割が終わったらどうなるのか、ふつうは寿命が尽きたら肉体が滅びるようなものですが、しかし彼の場合、周りにいるものが助けるでしょう。世界のためになることをしたものが、搾取されるようなものってキライなんですよね私>


<やっぱりキラママは教科書のようだなあ>


 ▽きら──ん。


 ▽まろ──ん。


 ▽きら──ん。


 ▽まろ──ん。


(……。ややこしっ)


 アヌビスは考えることをしばし放棄した。


 これ以上、あちらの思想を流し込まれては自分が洗脳されそうだ。


 まだされてない。されてないったら。




 レナの前に水の小瓶が差し出された。


「あ、魔法使いさん」


「どうぞ。ふつうのポーションですが」


「助かります。いただきますね。……ぷはーっ。そちらは、お仕事いかがですか?」


「どうもこうも。研究者ギルドと冒険者ギルドの往復で気が休まらないったらないですよ〜。ま、嬉しい悲鳴です。仕事がないことに比べたらね。そうだ、シマウマボスのこと聞いておきますか?」


「言ってもいいことなんですか……?」


 レナは小声で聞いた。


 そうしてくれるレナだからこそ、魔法使いは声をかける。

 この少女はまだヒトの常識に詳しくなくとも、気を遣うし勘がいい。


「ふつうダメですねー。でもヒトって根回しするじゃないですか? 会議の場でいきなりドーンと議題を持ってくるヒトってここらじゃ嫌われるっていうか〜。会議の場では”私も同じ気持ちです”をサッと書類に書き、あとは業務の時間にあてる時間配分をヒトは好みますねぇ。魔王国側は違いそうですけど」


「あー。あちらは会議の場でいかに相手をビックリさせるか、みたいなところがありますよー」


「レナパーティのみなさん見てたらなんかわかりますわ」


「どういうことでしょうかね??」


「新鮮で面白いってこと。大変だけどね」


「……シマウマボスのこと、急ですみません」


「なかなか無いくらい気分がいい結末でしたよ」


 魔法使いもまたポーションを飲んだ。


 レナはその匂いに違和感を感じた。


 ……酒では?


 研究者ギルドの自由すぎる雰囲気に染まったか?


 しかしにおいだけかもしれないので、言及はしないでおこう。


「シマウマボスはおそらく研究者ギルド預かりになるだろう。ペットダックと同じように。

 そして隣国への言い訳としては、”環境的脅威の解明のため協力を要請する”あたりでしょうね」


「おカタいかんじ……」


「えらそうな雰囲気を出してナンボですからね」


「じゃあカタいほどいいんだ」


「対上流階級についてはそうですよ。ちゃんと考えてんだなーって感じが出ます。対平民にしても、なんかすごそうだなーって感じがします。よくわからんけど専門家が一生懸命知恵を絞ってんだろ、まかせとこーって」


「こわい話してます?」


「ヒトの集団はこわいぞお。キーユウ様との雇用契約書を大事にしなさいね」


「えっ。結んでないです。お心意気での協力です」


「……魔王国文化こわいこわいこわい!」


 ▽お互いにこわい所があるねと結論をつけて、別れた。




 遠くの方がキラキラして見えた。


 帽子からもその豊かな金毛があふれて輝いているハマル(少年〜青年のヒト型)である。


「やったー。レナ様の隣あいてるー」


「ハーくん。おつかれさま」


「はーい。あとで褒めてくださいねー。たくさん働きましたからー」


 キラキラしていて清潔感があるから気付きづらかったが、ハマルの手は周りと同じようにレンガの粉などで汚れていた。服でさっと拭いたりするので服も汚れている。

 こういうクエストに参加させてこなかったからマナー教える機会がなかったなあ、とレナは思い、ハンカチと水ボトルを差し出して汚れた手の清め方を教えるのだった。


 手のひらはまだレナより小さいが、ふっくらしていた手が懐かしくなるくらい、頑丈そうで骨の太いハマルの手。


「前から獣人は力強かったけど、成体に近づいて、さらに力が強くなった感じがする。ハーくんはどう? 実感ある?」


「ちょっとありますー。でも研究者ギルドの庭にこもってたからー、まだなまってる感じ〜。これから旅路をいくときには成長を実感するかも〜?」


「シマウマボスがいなくなって野生シマウマが乱暴になってるらしいから、ハーくんに守ってもらおう」


「威嚇しますよー。がおー」


「あはは、それオズくんみたいだよ」


「離れてるけど元気にしてますかねー」


「してるよ。キラ経由でメッセージを送ってくれるし、私たちがここに留まってる間には手紙も届いたから」


「ですねー」


 ハマルはごく気楽に続けた。


「クーイズ先輩が、レナ様の旅路をよろしくねって。言いにきてくれたんですよー」


「……」


「レナ様がなにか話聞いてたらー、ボクも知ってる仲間に入りたいなー?」


「……。……聞いてたわけじゃないけど、察するものは、じわじわとあったかな……。聞いてくれるの?」


「そんなに深刻にならなくってもいいですもん。メッセージも手紙も届くことですしー、ボクたちはレナ様が育てた可愛くて強い従魔でしょ?」


 ハマルのとびきり可愛いポーズ。

 キュッと噛まれていたレナの口元が、少しほころんだ。


「最近、クーイズが私から離れて動くことが多かった気がする」


「言われてみればー? この街に来て少しした辺りから、様子が変わっていたような気がしますー。今は、必要最低限になっているのかもー。ノアもレナ様の近くにいるとはいえ、ボクと交代するために研究者ギルドまで来ましたしー。以前のクーイズ先輩よりまわりにまかせてる」


「うん。……それに言葉もね。私とクレハとイズミは絶対に友達だからねって意味のことを何度も聞いたんだ。わざわざ念を押したみたいじゃない?」


「今となってはそうかもしれませんねー。普段から、好き好き〜ってすなおな先輩たちですけどー。後輩の前では遠慮してるとこありましたのにねー」


「いろいろ、思ってたんだ。もしかしたら、って」


「決意してるのかなー。この街に残るのかなー……」


「たぶん、そうだと思う。あのね、さっき、根回しって文化のことを聞いたんだけどさ」


「ほうほう」


「いきなりビックリさせないためなんだって。でもそれ以外に、いつの間にか根回しになっちゃうこともあるのかもって、私は今思った。

 相手との関係を壊さないように、でも前に進もうとするときには、何度も確認をとって、手を繋いでいるからねって言葉を尽くして……それから……それでも、みたいなね……」


「レナ様泣いちゃいそうー」


「や、やば。そのハンカチ貸して。いやそれはハーくんのマフラー。……いいやもう、貸して! ありがと! ……ぐす、体はこうなっちゃう。でも心では、そんなにも泣き虫じゃないんだよ、私だって、しっかりしようって。前より頑丈になってる、ハーくん、わかるでしょ?」


「わかりますよー。だから安心して泣いてもらってもいいなあとー」


「公の場ではそれしちゃうと輪を乱しちゃうからさ」


「ちぇっ」


「ちぇってなんだよー。ふふ……。そうだなあ、今は涙も引っ込めておいて、今晩くらい泣こうっと」


「じゃあ、レナ様とクレハ先輩イズミ先輩を羊の夢の世界に招待しますよー。今夜は地域的にも明るい夜になりそうですからねー」


「ありがとう」


 レナはしばらくマフラーを借りていた。


 羊の白金毛が編み込まれたマフラーは軽くて早く乾き、でも涙の水分をわずかに表面にとどめている間には、スライムのひんやりした感覚とちょっとだけ似ていた。




「おや、お嬢ちゃん大丈夫かい? 真昼で太陽が高いから、熱にやられたか?」


「いーえ、いけます。休憩しおわりました!」


「まじめでえらいねー。無理はしないでな。よし、一緒に頑張ろう!」


「えいえいおー!」


 レナは足に力を込めて動かし、立ち止まることはない。





読んでくれてありがとうございました!


チュナ帝国ローランド辺境伯領。ここはクーイズが腰を下ろす中継地点になるようですね。予定していなかったので書きながらクーイズの心境に驚きました。なんとか本編から外れすぎずいけそうなので、キャラクターの意見をききました。

さみしいな……。



今週もお疲れ様でした。

よい週末を!



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更新有り難うございます。 バニラとチョココが居るんだから、あと一人ベリー系統でチームを組んで【ナポリタン】結成だ! *アイスの三種盛り事をナポリタンと呼ぶので。
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