どうするシマウマボス!
【ゆる旅的解決法 ──完了!】
(シマウマボスが制された。しかもあんな方法で。見たさ、後半を。ええ〜〜これを書くのお〜〜??)
研究者は己の手元を唖然と眺めた。
白い紙を前に恐れる日が来るとは。
いつだって自信があった観察眼と文章。
なんとか捻り出して書き、書き直すこと数回。
酷くチープだとも思う。
はたして自分のレポートは周りに信じてもらえるのか? 己が目にしたものが信じられないくらいなのに? いやそもそも、これは白昼の夢だったのでは──。
そんな気さえしてきた。
ああもしかして、黒い虫は自分のメンタルもおかしくさせているのかも。
煮詰まると現実逃避をしてしまうのは研究者の悪いクセだ。
ぼーーっと貧乏ゆすりを始めた初老の肩をコンコンと魔法使いが叩いた。
「いたって正常なんでしょ?」
「……なんじゃ、魔法使いよ、適当なことを言いよって」
「あんたが頭ン中全部ブツブツいうくらいにはたしかに錯乱してたのかもね。しかしだ、俺も同じものを見たっすよ。ここにいる冒険者たちもそう。となれば、現実だったんだよ」
「ううむ。あいまいなラナシュ、そのように教えられて育ったさ、しかし、例外が過ぎるだろうこれは……はたして再現性があることなのか……? ワシは研究者としてどう書けばよいのか、これでええのか……」
「あまりに多重な要因ゆえどれが作用したのか解明不可能だが、現実だけ示す。ってすればいいっす」
「なんだ、やけにこざかしいことを抜かしよる」
「魔法使いが魔法失敗したときの常套句。あんたにくれてやる」
「げええっ」
ケラケラと魔法使いは笑った。
どこか、モレラ・アッカーンに似て笑ってみせた。
あの男は捕まってしまったし、ハトモデルにされてしまった。
それでも、仲間でいるうちはあの捻くれた性格が面白かったし、なんだかんだ生真面目すぎるモレラのことが好きだった。よく一緒にいたから笑い方が移ったのだろう、と彼は思い馳せた。
横たわった巨大なシマウマボスはとても大きくてクマ二頭ぶんほどもある。それを怖がりもせず眺めている、三つ編みの少女の背中があった。
「で、レポートは? 見せてくださいよ」
「うむ……」
ーーーーーーー
虫と同じ混乱状態になったシマウマボス。
※通常時はシマウマの群れをまとめる理性がある。知能は群れを作る魔物程度とみる。
体を拘束する(冒険者ギルド)
アイテムを食わせる(商業ギルド系協力者)
内側からの浄化が成功(光が強すぎてシマウマボスは気絶した)
物理的負荷はほとんどなく、シマウマボスの体調は回復。
※ヒトへのトラウマが少し残った。
ーーーーーーー
「こりゃウソくせえ。シマウマボスがヒトを恐れただの……まあそうとしか見えないけど……信じてもらえるのかなあ。あと攻撃方法が意味不明だろ。いや攻撃ではないんだけどもさ」
「ほれ、おまえさんも署名しろ」
「なんでさ。あんたの名前で発表しないと注目されないだろう」
「ワシが評価されとるのは再現性のある自然的ルールじゃ。こっちはおまけのようなものだから、ほれ、おまえさんの名前でせめても説得力を増やせ」
「へんなことに巻き込まれてる気がする……」
「そういうな。研究レポートに名前を書けるのは名誉だ」
「へいへい。……あー、俺の母は研究者だったんだ。でもさ、父にバカにされてて本人も心折れて研究レポートなんて完成させられてなかったよ。息子の名前が載るなんざ、死後にでも喜んでくれているのかね」
「研究者をナメてるのか? 自分でもない血縁者の名前が載ったとて嬉しくもなかろう」
「クソジジイ」
「真実を一つでも見つけられたのか。それだけが研究者の全てだし、喜びだ。おまえの母は道半ばで折れたのかもしれないし、別の道で、おまえという喜びをみつけたのかもしれんぞ」
「……クソジジイのくせにやるじゃん……」
「ここは懐くところじゃろうが」
さて、この二人ですら気が緩んでいるように、先ほど大乱闘を終えた冒険者たちは、おのおのまったりと過ごしていた。
この姿だけ見たヒトがいるならば、だらしないと苦言を言いそうなくらいだ。
シャツのボタンを全て外している冒険者。
裸足になり木の根元で足のマッサージをしている冒険者。
ソロバンに似た道具をつかって早くもクエストクリア後の金勘定をしているものもいる。
しかし冒険者に詳しいものが見たならば、これは「仕事による体の疲れや汚れをリセットする大事な準備時間」というだろう。光景がだらしないだけで、効果覿面なのである。
レナパーティのだらけ具合はといえば?
実は、だらけるのが苦手なのだった。
ちょこんと座るレナ。
その周りの従魔も、行儀がいい。
(ま、まずい。周りのヒトたちがリラックスしにくくなっちゃうよね、私たちだけこんな感じだと……。でもいつもみたいに折りたたみ椅子やハーくんベッドを広げるわけにもいかないし。みなさんほどはダラける才能がない……。ヒトとの集団行動、空気読むのがけっこう難しいかも……)
そう思っている中、魔法使いが「レナちゃんたちはさすがお嬢様って感じですよねー」と声をかけてきたので、少し申し訳なく思った。そんな顔させるつもりじゃなくってね、とあちらも困ってしまい、二人でしょんぼりとした。
だから「休憩おわり、そろそろシャンとしろよー!」とのドナルドの声に、レナはホッとした。
(でも、もしかして私たちに配慮してくれたなら、やっぱり悪いことしたなあ)
(そうではないらしいぞ、レナ様よ)
(バニラ? あ、レナ様って呼ぶことにしたのね)
(う、うむ。目を合わせて、伝えたいことを念じれば、言葉を選ぶ間もなく、伝わってしまうのだな……)
(どう呼んでてもいいよ。でも、アイツとかオマエは駄目。配下と主人の間柄を守ることは従魔契約魔法において大事らしいからさ)
(いいだろう。あのドナルドの急ぎようはな、どうやらロマンだ)
(ロマンさん? 美形フェチの?)
(近くの虫にチェックさせたからまちがいない。おそらくクエストを収束させるつもりだろう──)
バニラの予測は正しかった。
クエストが終わってからのこのこと現れたロマン・ティブは、冒険者の一部から「今更きて成果にありつこうったって」とにらまれてしまったものの、ドナルドなどロマン・ティブの裏家業を知っているものによってスムーズに迎えられた。
ロマンは隠さなくてはいけない事情があったり。
ドナルドがロマン・ティブに甘いのを、色恋沙汰だと勘違いされていたり。
ドナルドにひそかに恋焦がれていた女子が涙ぐんでしまったり。
そのせいでしばらくグダグダした。
この辺りでは、研究者も(アホらし)とペンを放り投げていた。
(ヒトが集まると、いろいろ揉めるもんだなあ……)
レナは従魔やハトモデルや世界のことで手いっぱいなので、この手のヤジウマ☆ヒトコミュニケーションには関わりたくないところである。
が、ロマンのメガネの向こうの目がキランとする。
「あっ! いたいた! レーナーちゃーん。みーなさーん」
「どうされました?」
▽レナは 従魔を 背中に隠した!
▽クーイズが レナの前に立った!
▽さらにその前を ドナルドがガード。
▽女の子が泣く。
▽どうしろと。
「……フッ。話、早いとこ終わらせちゃいましょ」
さすがのロマン・ティブも面倒くさくなったらしい。
泣く女子は誰もが無視できないものだ。であればそちらに労力を奪われるよりも、話をパパッと済ませて、あとで可愛い子を愛でるほうが時間を有効活用できる。
「シマウマボスを"こちら"で預かるわ。ここはまかせて、報告に行ってよいですよ」
「そりゃあ助かる」
(……え、ホントにこれで終わり!?)
レナはびっくりしたが、ドナルドはずいぶんとロマン・ティブの事情に詳しいらしい。
どちらもローランド辺境伯領の有名部署の要職といった立場だから、話しあうことも多かったのかもしれない。
冒険者ギルドにおいて、リーダーが決定したことには必ず従う。
全員、立ち上がった。
泣いていた女子は泣き止んだ。
(((耐えられるんかい)))
周りはそう思ったが、乙女心は複雑なのだろう。
今のうちにやることを進めるぞ。
「預かるにあたって、容態を教えて」
「シマウマボスの体の状態ってことだよな。まとめて言うぞ。
俺たちが対処するまでのぶつかり打撲や小さな傷。体内から浄化したため、胃が荒れているかもしれない。そのあと水を飲ませたのは問題なかったが、食欲の低下には注意してくれ。シマウマボスの自力歩行は可能だが、あくまで平坦な道だけ歩かせるほうがいいだろう。こいつが弱ったことにより、これまでまとめていた他のシマウマをまたまとめる能力はないかもな。迂闊に近寄らせないほうがいい、新たにボスになろうとしてる奴らの戦いにまきこまれるかも。とりあえず、以上」
「わかったわ。では、行ってらっしゃい」
「手間が省ける。感謝する」
ヒラヒラと手を振るロマン・ティブと、その背後にはグッドマッスルガイが4名。合計5名が工夫して、シマウマボスに対応してくれるようだ。
立ち去る冒険者たちと、ロマン・ティブを交互に見たレナ。
少し考えた。
胸に手を当てて自分の気持ちを感じた。
そして、クーイズの服をクイっと引き、(ちょっとお話ししてくるね。後輩をお願いね)と言った。
レナはタタタと歩いていく。
クーイズはそれを見ていて、警戒しながらも危なげのないレナの足取りや、背筋の伸びた背中を(たのもしーね)と思った。
「ロマン・ティブさん」
「ひゃあ! 何かしら、何かしら! 握手する?」
「ははは、ご冗談がお上手でいらっしゃる」
「そんなキーユウ様みたいなムーヴやめて!?」
「わかりました。では代わりに教えてほしいのですが」
「Oh……」
「シマウマボスをどうするおつもりですか? どこかに運んだり、治療をするのに手伝えることはありますか? ロマン・ティブさん、無理していませんか?」
「!」
目を丸くするロマン・ティブ。
「どうしてそう思ったの?」
「いくらなんでも判断が早かったので。そろそろ日も落ちますから、この木々の中で過ごすのも危ないですし、急いで運ぼうとして足を滑らせるかもしれません。みなさんは実力者だと承知していますが、少しは周りの手も借りていいのではありませんか?」
「あははー!」
ロマン・ティブは高らかに笑い、手を叩いた。
それから冷たさのある真顔になる。
「レナちゃん、甘すぎる。ちょっとでも関わった相手に甘いのね。キーユウ様はそのように教えなかったでしょうし、あなたも”してあげすぎ”にならないよう我慢してるふうだったのに。んもう。もしや──そんなにお姉様が魅力的だったかしら」
「ハトモデルが反応しています。夜が近くなって、昼よりは危険ですよ」
「色仕掛けをスルー」
「未成年にやることじゃありませんよ」
レナ、防犯ブザーをかまえる。
「こんなところまで助けが来ると思っちゃってカワイイー!」
「隣におられるお兄さんたちはロマンさんより法律を守られると思いますが」
「「「そのとおりですね……逮捕の方が強いです……」」」
「ごめんって。すみませんでした。申し訳ソーリー」
言ってから、ロマン・ティブはガバッとレナに抱きついた。
「ちょっ!?」
「やば! 従魔ちゃんの殺気がやばい!! だから早めに言うね、このシマウマボスは処分する。手伝い無用よ」
「……!」
レナはぎゅっと眉根を寄せる。
「私、あのシマウマボスに介入したいのですが」
「……本気?」
「聞いてくれるつもりはあるみたいですね。まず、離れて離れてー」
「密談のフリして長くくっついてるつもりだったのに!?」
「ええ……いい歳した大人が何やってるんですか……うちの従魔のストレスになるからやめてくださいね。
私の従魔から生成されたものをシマウマボスは取り込んでいることや、草食獣の従魔がいるから情が移っているらしいこと。あの個体が悪意をもって私たちにぶつかってきたわけじゃないこと、対処法がありそうだから相談をしていること。この4点です」
ロマン・ティブはちらりと後ろを振り返る。
シマウマボスは静かな目をしていた。
「こんなに長い間話してても、シマウマボスは落ち着いている。すぐに処分を決めなきゃいけないような危険な害獣じゃないと思うんです」
ロマン・ティブは考慮する。
シマウマボスはたしかに待っていた。ヒトが自分の運命を決めようとするまで。まだ抵抗する気力も体力もあるだろうに、それでも空気の流れを読んでいるらしい。
「もったいない個体ではある」
「そう、私もそう思います」
「どうやるの?」
「獣のスキルに[体型変化]というものがありますから、体を小さくしてもらいます。抱えていけるようになれば」
「ふーん。できそう。──でもダメよ」
「ど、どうして?」
「あのねレナちゃん。このシマウマボスはきっと、そうしたくないの。ここでヒトに処分されることを待ってるの。さっきヒトに負けたのだから、ヒトの手で討伐されるつもりみたい。群れには戻れない。体型変化で小さくなるのも、彼のプライドが許さない。生き残ることじゃなく、プライドをつらぬくのよ、こういうリーダータイプは」
ロマン・ティブは、やれやれといったふうだった。
彼女だって殺したいわけじゃないのだ、とレナはハッとした。
「ごめんなさい。私、たぶん、あなたに気持ちをぶつけただけでした」
「そんな感じよね。いいのよ、若いエネルギー吸ってお姉様は若作りしてんだから」
「それはこわいです……」
「ゲヘヘ。ヒトの権力者なんてねぇ、キーユウ様もローランド辺境伯も上層部のクソ野郎どももみんなこんなだから、気をつけるのよ」
「はぁい」
「わりと実感あるわねこの子」
「目の前のお姉様が体現してくれているので」
「いうわね」
「言います」
ふざけた返事をしたレナに、ロマン・ティブは愉快そうに笑いかけて、四人のとりまきをどかすと「最期に声をかけてあげてもいいと思うわよ」とシマウマボスに面会を許した。
このとき、ドナルド討伐隊の報酬物だったシマウマボスの管理権がロマン・ティブに移されており、ただのお手伝いであるレナに介入権はなかったのだが。
しかし、彼女は許した。
それがアダとなり、仕事を増やした。
「ねぇシマウマボス。第二のウマ生、始めてみたくない?」
「やってくれるじゃん。勧誘とは。さては、おとなしい顔してプライドがある女の子だな? 嫌いじゃないしむしろ好物だけど、仕事相手としてはご遠慮願いたいね。……ええぇめんどくさーい。残業確定だな……。──次はないよ」
「やったー! ごめんなさーい!」
「ったく……」
シマウマボスはちょっと乗り気になっていたし(複数種族を従えるレナのご主人様力がそうさせたのだろうか)ロマン・ティブもやるせなさはあったので、このたびは処分保留ということにまとまった。
▽ローランド辺境伯の屋敷にて。
「遅いですよ……! でっっっっか」
とキーユウが出迎え、
「お疲れ様です。おっきいですわ~!」
とノアが目を輝かせ(壁クエストの報告書を持っている)、
「まったく、辺境伯をいつまで待たせるつもりかと思っていたよ。ずいぶんな夜分だ、屋敷に泊まっていくしかないだろう。まさか遠慮する選択肢はなかろうな。さて、今宵はそなたたちのスキルについてたっぷりと……。…………」
とは、ローランド辺境伯の言葉である。
ズラズラっと長いのは、いうべき言葉をあらかじめ用意しておいたからなのだろう。
そして、長話をさせてレナパーティから情報を得るつもりだった。自分が欲した情報を、遅れてやってきた無礼な冒険者に払わせるつもりだったのだ。
しかし、今。
目の前に、でっかいシマウマボス。
(どうやって運んできたというのだ)
「今宵は仕事の話をたっぷりとしましょう! 同じこと思ってました!」
(やかましいわ)
ローランド辺境伯はじゅうたんをみる。
汚されていない。なぜなら、スライム製のながぐつをシマウマボスが履いているからである。ペットダックを見た時と同じような頭痛が彼を襲う。
妙なところを気にかけるものだ。
しかしこれに気づくならば、もしや誰にも見られないようにシマウマボスをここまで運んでこれたのかもしれない。
シマウマボスはアホヅラをしている。舌ペローン。
ゴールドなシップを連想させる顔芸だ。
ローランド辺境伯の頭痛が加速する。
「フッ。はたしてこれがシマウマ"ボス"と言えるでしょうか、ね……?」
レナのドヤ顔に、ローランド辺境伯は嫌な予感がした。
(こいつ、シマウマボスとして処分させる気がない?)
レナの肩には、ぐわしーッとキーユウの手がめり込んだ。
「こういう時のために、アリス嬢にキーユウが選ばれたのだろうからね」
「あの、痛いんですが……頭ーーーーっ」
「申し訳ございませんーーーーー!!」
レナの頭の方をむんずとつかみ、キーユウもともに深く頭を下げた。
「このものの話を聞いてやってくださいませぬか。何卒ーーー!!」
「やめてくれやめてくれやめてくれ。頭を上げろ、頼むから!!」
上流階級の法外権力者にこんなことさせたなんて、ぜったいにどこにもつつかれたくない。何をしてくれやがるこのジジイは、みょうに楽しそうな空気でとんでもねーことやりやがって、しかもわかってやってやがる、子供をダシにした老後旅は楽しいかよちくしょうが!
などと、内心荒れるローランド辺境伯であった。
もちろんあとでロマン・ティブもレナも、ノアまで巻き込みめいっぱい叱られるのだが。
レナの胸になつかしく無音で響くクジラの声が──嬉しそうに響いていたのだ。
読んでくれてありがとうございました!
いやあ詰め込んじゃった。
ほんと、読み終えてくれてありがとうございます(深々)
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑