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ミッドナイト(3)

 ──気分が悪いでしょうか?

 ──お疲れでしたらぜひ……これをどうぞ。

 ──体力を回復するポーションです。スカーレットリゾートのサービスでして~


 軽やかにはずむ少女の声を理解するために、黒髪の青年……ドグー=ルーカは耳を「創った」。


 見せかけの黒猫耳モドキには音を拾う機能はない。体を構成している砂が空気の震えから状況を知らせてくれるためだ。体の元になっているルーカティアスの言い分なら、共感で分かるものだし。さっさとルーカティアスを倒して、また別の強者になるつもりでいたので、備えはなかった。


(よその生き物の声をとなれば、授声機関がなくてはならない。世界のルールというものだ)


 ヒトの声を解りたいなら、ヒトの耳。

 だから魔人族というのは、揃ってヒトのような耳を求めたのかもしれない。


 レナの声を聞こうとするアパールのように、ドグー=ルーカは顔の側面のあたりに手のひらを当てた。


 創ったばかりの耳は先端がやわらかく尖っていて、それは、丸いヒトの耳にしようか尖った獣人の耳がよいのかと、まよいが生まれたためだった。


(さて)


 ドグー=ルーカはこの容姿が持つ価値観を理解している。


 すなわち、顔が良いこと。

 男性個体であり、女の子にモテるであろうこと。

 それを効果的につかえばこの場をごまかせるであろうこと。


 ヒトにはヒトの、良い美形。


 形のいい口の端が、にこり。

 それだけで効果テキメンだ。


 見つめ返してきたのは黒髪の少女。

(やはりこの気配は、ヒトだな。ジーニアレス大陸では珍しい)

 彼女のそろえられた前髪は汗で少しひたいに張りついて、おそらく縛った髪を帽子の中に入れている。やわらかい夕方の光が差しこんだ大きな目。

 とくに媚びるでもなく、さっぱりとした笑みを浮かべてポーションを差し出してきていた。


(ちっ。こりゃだめだ)


 魅了が効かないであろうことを、ドグー=ルーカは理解する。


 まだ、そのような成長時期にいないらしい。

 幼すぎるか、と考えかけたが、おおらかな母親じみた空気も感じられ、おかしな雰囲気だ。スコンと思春期だけがすっぽぬけているような、ちぐはぐな印象を受けた。


 ドグー=ルーカの常識はといえば、ルーカが最も嫌がった頃の記憶が元になっている。それをぶつけることが現在のルーカにもっともダメージを与えるため。


 ドグー=ルーカは、レナを知らない。


 レナの後ろから、ヌッと青年が顔を見せた。


「あんた、左足、引きずってるように見えたけど」


 立派な青年獣人だ。

 ヒトの美形がルーカとするならば、獣人もしくは獣型魔物の美形として勝るとも劣らない。魔物の遺伝子優位がヒト型の美しさになるならば、この青年は、どれほどのものだろうとゾッとするものを自覚する。


(怯えた? 僕が……?)


 形成していた心臓を砂にする。


(そんなはずはない。ただの基準値だよ。大きな情報数値を持つものが現れたから、警戒するべきだという判断に感情を錯覚しただけさ。

 たとえ強敵であろうとも、この、よく動く体を使えばかなり力を削ってやれるしね。夜に、暗闇様が現れるまでにやれることはある)


「オズくん、ほんとう? それは大変だっ。お兄さん、怪我を治すためのポーションの追加もどうぞ~」


(あーしつこいな。長いことからまれてもめんどうだ)


 差し出されていた小瓶は三つ。

 それをすべて一気に受け取った。というより、乱暴に取った。

 なぜだか、一瞬だけ少女が悲しそうな顔をしたことを瞳は映したが、気に留めるほどではないと判断した。


 しかしなんとなく自分に嫌悪感がある。

 どうやら過去のルーカティアスとかけ離れた振る舞いであったため、違和感を感じたらしい。


「もらうね。ありがとう」


(うわ。てきとうに口を開いたら、これだ。”あの過去”でもこんなこと言うのか。なんならもっと気を利かせたことを言おうとするような、口の疼きさえあるし……。ばかばかしい奴をコピーしちゃったもんだなあ。

 容姿元の癖をここまで拾うとは予想外だし)


 小瓶三つ分、一気に蓋を開けた。


 なぜだか、少女はワクワクしているような気配があった。


(ははあん)と気づく。


(惚れてるな? 今になって。ようやく僕のことを気にしたらしい。そんなふうに楽しげな目で見るならば、かっこつけてやるくらいするか。後ろの獣人が憐れむような目をしているが……なぜだろう……まあいいさ)


 ▽ドグー=ルーカはかっこつけた。

 ▽レナは 反応に困った。

 ▽そうじゃなかったらしい。


「……」

「……」


「……で、なに? あ、別のポーズがよかったとか」


「えっとー。見過ぎちゃっててすみません。ポーション一気飲みするのかなって。それならこう、楽しくなるような掛け声とか……どうでしょう?」


「やめておくんだレナさん。このヒトを笑いむせさせる可能性があるし」


「楽しそうでいいのでは」


「そこで、ウケるねーってすませてくれるか分かんないじゃん。恥をかかされたくないタイプの性格だったらどうすんの」


「それを僕の前でいうのも、常識としてはどうかと思うけれどね。ふふふ」


(……は!? なんで今、僕笑ったの!? この体の持ち主の性格、どうなっているんだ? おいおい、戦闘モードから離れてコミュニケーションモードになってからというもの、調子が狂うったらない)


 この体、会話をする環境への対応が早すぎる。息をするよりもなめらかに、言いたくもないことをすらすらと口に出してしまうようだ。オートモードで暮らしていたのだろう。誰か心開ける者もおらず、誰にでも無難にやりすごせるような社交辞令を、ただただ音楽のような声で流して。


(さっさと飲んでしまおう)


 ドグー=ルーカは一気に飲み干した。

 シュワッと喉が刺激される。

「あ、一気コールが遅れた」と少女。(ザマアミロ)と思った。


 しかし、注がれている液体ポーションはおどろくほどの精製技術で作られていて、ドグー=ルーカの体内に入ってなお、分析しきれなかった。あまりのおどろきで、ドグー=ルーカは三秒ほど固まっていた。


(このような戦いのない後世などすっかり弱りきっていると暗闇様はおっしゃっていたが、はたして、得体の知れない技術。見たこともないような美形の魔人族の数々。そもそもこのフィールド……。

 このようなものが古代に作れただろうか……そんなこと……成せば、成せたはず……。暗闇様よりもここが堅いなんてことはあってはならないのだから……。あってはならない……? あるはずがない、ではなく……?)


 自分の頭の中で、別の誰かが話したような気がした。

 ルーカティアスの思考回路なのだろう。


 ”真実を見ることもできるはずだよ?”


 どこか自虐気味な紫の瞳が瞬いた気がした。


 すごーーく嫌な予感がしたので、黒髪を振って思考を追い出した。


「それでは、僕はこれにて」


 逃げ足は、自然でありながらすばやかった。

 舞踏会にひっぱられて行かされたときなど、煙のように消えてしまうのがルーカティアスの得意技であったらしい。

 こればかりは、ドグー=ルーカは感謝した。


「いえこれからで」


「?」


 ▽ルーカ属性は 運が悪い!


「──砂に染み込んだわけじゃないですか。うちの開発した、自然にはおよそ生まれなかった特別な水が。そのようなものが内包されたとなれば、あなたはもう、ユニークな”個体”になったと言えるのですよね」


「……。なん、て?」


 ふと、獣人青年の金の瞳が三日月のように曲がっている。


「──さっきのポーションはたしかにあんたを回復させたよ。体の調子がいいだろう、頭のはたらきもいいだろう。信じられないくらいに調子がいいんじゃないか。そんなふうに見える、俺は生き物の動きを見ることには自信があるぜ。つまり生き物の動きをしているんだよ、あんた」


「なんか、パレードの最中は、人間離れしたへんな動きのときもあったもんね〜。関節とか」


「ゴムヒト族かと思ったわ」


「ちょ、オズくん。よからぬ称号を与えかねないからやめましょう」


「けっこう苦しめばいいんじゃないの。レナさんのこと好意的に見てないしさっきも乱暴だったし、ほら、ポーション取る時にすこし引っかかれてるじゃん。イラッとしてさ……」


「うーん、好き嫌いはそれは個人の自由だからねー? それに私は怪我するのが嫌なんじゃないよ。自分で演技して動いていたからさ。私、大事な従魔たちがすこやかにいてくれたらそれでいいの。ねっ、心配しなくても大丈夫だよ。でもありがとう」


「レナさん……」


「オズくん……」


 レナがピースサインをして、オズワルドは尻尾を振っていた。


 ごほん、咳払いを一つ。

 ここで言わねばならぬことがオズワルドには、ある。


「主さん。従魔とかここで言わないの」


「しまった。いつもの流れで、つい。すみませんでした」


 ドグー=ルーカが即座にレナを指差し声を出す。

 周りに周知されるように。


「お前が、魔物使いだ!!」



 ▽ミッドナイト・ライト点灯。

 ▽シロノアールの光が全体を照らしていく。


 ▽どこかのモグラ「お前が魔物使いか!」「いやあなたが魔物使い!?」

 ▽偽物のレナ「ヒト族ではあるが職業花屋だ」



 光がおさまってゆく。



 ドグー=ルーカは光が苦手なはずだった。

 暗闇様の魔力で作られているゆえに、その影響を受けている。


 はっきりとまぶしい光の中なのに、ドグー=ルーカは平気だった。


(暗闇様にお伝えしなければいけない、が……)


 しかし胸中でいくら唱えようとも、情報が届いたかんじはなかった。

 代わりに、砂になったはずの心臓が復活していて、とくとくと、興奮と焦りによる鼓動を再開していた。嫌な感じがする。あまりにも感情を感じている自分に混乱が生じる。けして情報エラーではないもっと生々しいものだ。


「そーだよ」


 レナがポンと手を打つ。


「いつもみたいにご主人様って呼んでみる?」


「だ、誰がいうもんか、ご主人様とか」


「はい言った」


「屁理屈、よくないぞ!」


「お前そうは言ってもさ、良くないことを散々俺たちのエリアでやってるじゃん。今更、自分だけ良くないことをしてくれるなっていうのはナシだ。仕掛けてきたのはそっちだからな。終わらせるべき仕事が発生したこっちが損してるんだぞ。まあ、レナさんと散歩できたのはよかったけど」


「オズくん喧嘩しないの。ちょっとはルーカさんなんだし」


「レナさんも辛辣じゃん。ちょっとしか従魔じゃないなんて、言われた方はかわいそうだな。主人に見放されそうな従魔なんて、胸の痛みがひどいだろう。まあ俺は知ったこともないし、知る予定もないけど」


「大事にするからね〜」


「うん。……そう、今はそれでいいや。……で、あいつは?」


「大事にしません」


「ウ、ウグーーーーーッ」


 黒髪青年が胸を押さえて、膝をつく。


 ▽従魔は 魔物使いに嫌われると 辛いよ!

 ▽レナは シュシュのことを思い出した。

 ▽あとでシュシュが可愛がられることが決定した。

 ▽棚からロールキャベツ。


「うわ。苦しんでなお絵になる奴……」オズワルドは引いた。だからルーカは苦しいところをできるだけ人に見せないよう注意してきたのかもしれなかった。


「それにしても、ほんとうにうまくいくとはねえ。ルーカさんに変身してるんだから、従属契約が届いちゃってるのかもしれないし、より強いだろう"元の"契約を切っちゃえば、こっちになびくかもって。ラッキー」


「レナさんは軽くそう言うけどさ。備えて演技したり日頃から徳を積んだり、ラッキーを引き寄せられる努力してるように見えるよ。

 さて、傷つけたりせず時間もかけず、建物を破壊するような戦闘もなく、夜の前に捕まえることができた」


「いえーい!」


 レナが片手をあげる。

 オズワルドはぱちりと手を合わせた。


 ▽建物の影から ルーカティアスが現れた!

 ▽なにやら 黒いオーラを纏っている!


「レナどいていて。そいつ今、アプローチかけて交渉有利にできないかといろいろ考えていたみたいだ。僕の容姿で、色仕掛けを? は、ははは、そいつを殺して僕も死ぬ……」


 ▽いっけなーーーい! 助けてご主人様!

 ▽レナの [従魔回復]!


「キミは子猫です! ほら変身しようねーっ! 安全ですよーっ! うわ黒い方も黒猫になった。連動するんだね。というわけで、子猫ちゃんはアプローチなんてしません! ふかふか羊毛毛布でおやすみなさーい!」


 レナは命じると、手早く鞄を開けて最高級のブランケットを取り出し、一匹に一包みずつ、くるんであげた。

 スライム爆弾としてルーカにかまえられていたクレハとイズミは、ヒト型になると、レナと一緒にわちゃわちゃと猫包みをかかえこんだ。

 そのうしろからバニーモグラが現れたので、レナは「うわっ!?」と言ってしまった。


 オズワルドは周りの警戒をしていた。

 獣耳は大きく、父親に似ているほど──まだ敵う気はしないけれど。いつかは。

 そんなことを考えているうちに、ふわりと体が軽くなる。


(……あ、タイムアップだ)


 身長は縮んでいき、元の少年姿に戻った。


(……いい夕方だったな)


 尻尾ははずみ、大きく伸びをした。



 ▽ドグー=ルーカ を確保した!

 ▽ドグー=プッチ の砂を集めた!


 ▽夜が来る。



読んでくれてありがとうございました!


暑くなってきましたね。

みなさま熱中症などお気をつけて〜!


今週もお疲れ様でした。

よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 ……何だろう? ドグーさんが被害者に見えるトリック(?)は……!?
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