ミッドナイト(2)
ルーカは服装を変えた。
動きやすいブーツに、仕立てのいい紺のスラックスとホワイトシャツ。帽子を被ってネコミミをその下に隠した。
抱えられたクレハとイズミが、変わるがわる話しかけた。
心配しているのだ。
仲間の不安そうな心臓の音が、スライムボディにぷよんぷよんと反映されて振動しているから。
『ルーカ、気分転換したかったのっ?』
『赤の女王”君”ファッションも似合ってたのになあ』
『我らのお仲間ってば、わりとなんでも似合っちゃうのよね』
『あらあら、それは我らがお仲間に好意的だからじゃなくって?』
『『きゃー! アイラブユー!?』』
「そんなふうにお子様っぽくしていても、心も成長しているであろうことが、僕にはわかるんだけれども」
『『ぎくり』』
「でも気にかけてもらえて嬉しいよ。いつもありがとう」
『安定したわよね。主人に似てさ〜』
『よく教育されているわよね。好意の表し方についてさ』
『ルーカってば成長したよねえ。感慨深いわあ』
『で、その服装に戻したのは、どーして? なあんか、意図的なものを感じるんですけれどもー』
かつて、ミレージュエ大陸のダナツェラからアネース王国までを、一緒に旅したときの服装である。
そのときのルーカは今振り返ってみれば、城を抜け出してきたゆえのカラ元気と虚栄心がいっぱいの状態だっただろう。レナに声をかけたのだって、嫌っていたその魔眼の力を使って悪者ではない確認をしてからだ。それほどに。
旅路では衣服洗浄をしつつも城を抜け出した時の服をよく着ていたけれど、ルージュの館にレナパーティが定住するようになってからは、見られなくなった服装である。
クレハとイズミ──クーイズは、密かにそのことに安堵していたのだ。悲しかったときのことを思い出さなくなったらしい、と。これからのルーカになっていく試行錯誤をしているのかも、と見守っていた。
従属が外れちゃったときなど、乱心した瞬間もあったけど……洞窟を拠点にしながら、ルーカなりの未来を探していたはずだ。
そう、思っていたのだけれど。
クレハとイズミは、なんとなく、抱えられた姿勢から、上を見るのがこわかった。ぷるぷるした。
ルーカはどのような表情をしているだろうか。
恐怖とか畏れではなくて、悪いことになってないといいなあ、君のためにと祈るような、そんな気持ち。
ところが返事は、思いのほかさっぱりした声だった。
「昔の僕のフリされたんだよね。ドグーに。……で、お前はどうせネガティブ野郎だって言われてしまったわけなんだけれども。レナのふりしてポジティブなふりをしてたんだけれども。今だけ元気なだけだろって思われているの、癪だったんだ。なんか嫌だった。
もしもまたアイツに会ったら、”この”僕でも笑えていますけど? って見せつけてやるつもり」
『『逆にやる気いっぱいだった?』』
「過去の服装になることで心のすり傷くらいは負ったけれども」
『『Mだ!』』
「そーいう言われ方をすると、……、羊が悔し涙を流しちゃうんじゃないでしょうか」
『『変な例え。きゃはは! ……』』
そう言いながらも、クレハとイズミはなんだかさみしさを感じて、少し黙った。不思議そうに、くるりとスライムボディをひねった。
そのときに、うつむいて自分たちを眺めるルーカと目があった。
前髪の影が上半分の顔にかかって、まつげは瞳に影を落として、いつもよりも色が濃くなった紫色の瞳は、しかし明るいかがやきに光っていた。
「でもね。すり傷と元気を天秤にかけたときに、僕はこれでいいやって思ったんだよ」
クレハとイズミは嬉しくなった。
腕の中で、きゅっきゅっきゅ♪ とダンスをしてみせる。
「こらこら、暴れないで。あはは」
『『むぎゅっと抱きしめてくれてたらいいじゃない〜♪』』
そんな三名の後ろで、わなわなと震える影が。
「おまえたちは、何を、通じ合っているというのだーーー!?」
▽そういえば モグラもいたのでしたね。
▽バニー=モグラとしましょうか。
▽モグラ=バニーがいいですか。そうしましょう。
▽モグラ=バニーが 怒った!
▽従魔の会話は 従魔にしか通じていないぞ。
▽そうとう焦らされているらしい。
▽言葉が分からないのは ダンジョンマスターだったとき 弱いスライムを作らなかったからです。
▽ダンジョンマスターが衰退したのは 強い魔物を作ろうと それだけを増やし始めたことが原因でありました。
▽ダンジョンマスターが ダンジョン内に誠に生態系を作ることができれば …… ダンジョンから生まれた新たな生命が 外の世界にも飛び出していけたのかもしれませんね。
▽すべては 仮の物語。
▽知らされない もしもの話。
「まだ、これから何をするのかも知らされていないし」
土色のウサミミがぴょんぴょんと、折れたり跳ねたり。
「そのものたちが何かを明かされてもいない」
まっすぐな長い髪は、ハーフアップにまとめられ、細く垂れ下がった一筋が三つ編みにされている(マダムミディ作。その後イカ焼き屋台に行きました)
苛立たしげに頭を振れば、毛先が揺れた。
「何より、ついてこいと命じるだと、ヒトごときがこのッ……モグラに!」
歩みを強めたら、想定よりもピョンと高く跳んだ。
マシュマロの試作品にされたモグラは、"ウサギ土竜"となったからだ。
<なんだか窮屈そうな性格になってしまっているし、広く外の音を拾うようになればいいと思うのだ。幸いにして拠点を離れ旅の途中なのだし>というコンセプトである。
なあにあれぇ、と噂をする声がウサミミに届く。
楽しみ方もわからない種族なのかしらー、教えて差し上げる?とか。
余裕がなくてお可哀想ですこと、もったいないわねえ、とか。
ここでは誰も、プライドを持ち高貴であることを評価しないのだ。
モグラはどうしていいのか分からなくなり、動揺の地団駄をふむ。
イカ焼きの匂いにつられた魔王が視界のすみを走り抜けていく。
二度見しかけたモグラだったが、もう見えないくらいに魔王の歩みは早かった。こうなったら強化魔法かけて行脚に付き合いますよちくしょうー!という妖精の声が、やれやれとしつつも楽しげだったことにも気づかされる。
やつあたりしたくなり、ルーカを睨んだモグラである。
なぜに、そんなにもゆっくり歩いているのか。
目的があるならば、急ぎ足になるべきである。
やらねばならぬことを、やるべきときに。
やらねばならぬことから、逃げぬという決心もしたばかり。
その情熱の結果が、このようにウサギ土竜にされておわりだなんて、あんまりではないか。
モグラは一歩、大きく踏み出した。
得意げですらあった。
押さえつけられていたところから、反発した気持ちよさだ。
「あ、そこの前方に白竜のライトドラゴンブレスがきますので、気をつけて」
「なっ、なにーーーーーー!?」
シロノアールの光が視界を真っ白に染めてゆく。
シロノアールは本来の名前を失ってしまい、弱体化されているため、存在は幻かのように淡く在り、ドラゴンブレスとはいっても、威力はなくただ通過する純粋な光があるのみだ。
しかし、暗闇がジュッと音を立てて「ぎゃっ」と削られてゆくのを、モグラはその耳で聞いた。
聞き間違えだったなんていいわけもできないくらいに、耳はよく音を拾いあげた。
(図っていたというのか……?)
▽ラッキーだよ!
足から力が抜けていった。
「はいはーい。腰を抜かしたりしないようにね。みんなこの光で遊んでるよ。面白いね、って──。そのような招待客を今日は選んでいるからね。さまざまな魔物たちにこのスカーレットリゾートを楽しんでもらえるように、今日は地固めをするんだ。
よそで悪行をしてしまった者がいるとする。けれどここでは、悪行を行うよりももっと刺激的な喜びが、しかも楽しんだほど良く評価されるような環境ができあがっている……だからここでは悪さをしなくなる。それを目指しているんだよね。さまざまな魔物を呼んでも、彼女が安全であるように。
さて、ビビっているそこの君も、理屈がわかったらもう立ち上がって踊る時だよ。緊張するのはキャストにまかせちゃっていいからさ」
ずーりずーり、ルーカがモグラの腕を掴んで立たせながら、歩いてゆく。
光の中を。
遠くの方に目を細めてみせれば、キャストの服を着たレナが手を振っていた。
近くにオズワルドらしきものがいるから、安全面は保証されていると言える。
(あ、しまった、レナがあっかんべーした……ってことは、怒らせてしまっているらしい。うーん、心当たりはあるなあ)
シロノアールの飛び去る風が、スカーレットリゾートの赤い旗を軽やかに巻き上げて、影のあるところを嵐のようにかきまぜた。
きらきらと降ってくる雪は、ひんやりとさわやかだ。
それにつられて、来場客はフェアリーが雪のアクセサリーをつくって隣にいる客にプレゼントしてみせたり、メデューサ系統のものが念力でドローンがそうするように空に絵を描いたり、北の僻地の樹人がめずらしい花を咲かせたりなどしている。
『我らも踊りたくなっちゃうわ〜♪』
『ネッシーじゃないけど、ルララーって気分になるね〜』
「じゃ、働きはじめよっか。踊ることと、依頼のために体を動かすこと、楽しいならばどちらも似ているはずだ。
では、楽しい狩りのお時間です」
「そんな話をしていたか!? 最後の一言でずいぶんと流れが変わったような気がするのだが!?」
「おや、言葉の雰囲気に気がつきましたか。さすが優秀な頭脳を持っているだけありますね。その能力をさらに広げて世界のすがたを”まことに”見ていきましょう、地中に引きこもっているよりもよっぽど有意義ですよ。ってキラが言っていました」
「誰だ!?」
「うちの……宰相、なのかなあ? どう思います?」
「知らんわ!」
「二番手ってことです。一番手はいつも、一番綺麗な魂を持っている人ですからね」
むぎゅ、とルーカはイズミを押しつけた。
やーん、と気の抜けるような音がした。
怒っていて気づいていないが、モグラ=バニーは、早くもスライムの声が聞き取れるようになってきているのだ。
ルーカはクレハを持つ。
「スライムを溝などに”ぺったん”して、土をくっつけるんですよ。どのような土に対してそうするべきなのか、あなたはもうわかりますよね。僕はこの目で、あなたはその感覚で、スライムの吸着力で、砂を集めるんです。いらない砂は[溶解]されるので、残った砂が異物です。
これをくりかえして敵を小さくしていきますよ」
しゃがんでまでやることがそれかい、とモグラは思った。
そして、変な動きをしているスカーレットリゾートの中であれば合理的な姿なのだろうと理解した。
自分が選ばれた理由も、分かりはした。
けれど「地味でださい!!」というのが本音である。
あんなに覚悟をキメて、輪の中心に現れてみせたのに。
地中のモグラにとっては一大決心だったのに。
しかし逆らうことはできないので。
▽ルーカと モグラは 砂集めを始めた。
▽たまに 「ミ、ミツカッター!」という砂が 収穫できたそうな。
▽一方その頃。レナたちは……
「体調が優れないようですが、大丈夫ですか? 黒髪のお兄さん」
読んでくれてありがとうございました!
4月になりましたね。今年度もよろしくお願いいたします♪
今週もお疲れ様でした。
良い週末をー!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




