スカーレット・パレード!(終)
空には”シロノアール”。
流れるような曲線が美しい白竜である。
風をうまく読んで空中にとどまることができる。
それは、竜・龍人族の中でも珍しいギフトであるとされてきた。
竜でありながらまるで雲のように軽やかでもあった。
(……はあ。それなのに……今となっては、ミレージュエ大陸の超大型バタフライもそのようなことをするらしいし。レナパーティのメンバーであるし、よりにもよって、なんとも癇に障るもんだ……)
絶賛、もやもや中〜。
眼下にたのしげな遊園地があるのに空の警備を任されているところも、テンションを下げている。
ふと、首元がひやりと冷たくなった。
北風の一陣かと思うようなそれは、シロノアールにまたがる氷の精霊になる。正確には、元・氷の聖霊だ。そちらの要素のほうがまだ強い。このスカーレットリゾートの上空にいればなおさら、昔の感覚に引きずられてしまいそうになるのだ。
(行くか)
シロノアールは翼を動かそうとする。
尾をひねるようにして、方向を変えながら翼をふわりとさせてみせた。
『まだ行くでないぞ』
(……?)
シロノアールは白い翼を見せつけるようにする。行くつもりだったのに、という意思表示だ。
氷の聖霊はぐだり……とシロノアールにうつ伏せるようになり、しばらく無言で休んだ。<氷の楽園>が持つようなうつくしい白の色に包まれて、ようやく己が保たれたというような心地だった。
(……。……弱っている? こんなところは初めて見る。……ふん。……少し待ってやるか。こんなことに使われるのは御免だったが、使われるゆえの快感というものも知ったゆえ、少しばかりは許してやろう。精霊が乗っていると空中移動中に加護がかかり、快適なドライブができるからな。……それもまた、あのバタフライの能力の一つであることが腹立たしいが……)
『こら、興奮するでないぞ、熱いのはきらいだ』
(まだか?)
『……というような表情をしているな。まだ、待て。ほら……遊園地エリアを見てごらん。おそろしいものが動いているだろう。……わからないか。ただただ話すことにするから、探してみるといい。
屋根をすべるように走る獣人がいるだろう。あれが、おそろしいものなのさ。世界に祝福されている最中なんだ……。聖霊と族長の契りさえもなかったのに……。ただたのしみのために生まれたルールがあるんだよ……。そんなものどうやったらできるんだろう……。ずるすぎる……。これから、誰に、何度、どれほど、そのような気持ちを抱かれるのだろう……。怨念に等しい気持ちを集めたら、ああ、それはこわいものだろうに。すべてが儂を震えさせる』
へー、と聞き流すシロノアールである。
だって、勝手に話すって言ってたもん。
『世界のための力を持つものが生まれてな、それらは運命のとおりに生き続けるか消えるかというだけなのに、運命に色をつけることをたのしんでいるかのようだ。たのしんでみせるって、どうやるんだって、普通は聖霊は知らないんだぞ。ダンジョンマスターだってそうだ。……儂も少し前は知らなかった。今は知っているが……。楽しいという気持ちは精霊にさえ存在している。だからといってあのように力を振りかざしてもいいのか……。でも、いいとか悪いとか許可をもらおうとしても、誰に、アレは、そうしてもらうつもりなのだ。こんなの狂ってしまいそうだ。もうたしなめてくれるものが自分以上にはいないなんて』
(……レナ)
『ん?』
白竜の喉から、二回に分けて息が漏れた。
その視線と音から、氷の精霊は察した。
呆れたような、気の毒がるような、でも他の何よりもそれしかあるまいという諦めをもって。
『レナ、と思ったのか? そうか。レナが叱るか。アレを! 叱る! ヒトが! は、はははは。クック……』
氷の精霊はねそべった姿勢から上半身を起すと、口元に手を当てながらぶるぶると震えて真っ青な肌をしながらも、じりじりと口角を上げて笑い出した。
古の聖霊というものは、儀式とともに生きてきた。
芝居がかるものなのだ。
しかしながら、後ろに転げそうになる。
急に白竜が動いたからだ。
(レナーーー! 今、呼び笛を吹かれたのではーーー!?)
『ばっ、落ち着けええええ! そんな、屋根を速く移動してるから、風圧が笛の中に入っただけのことだろう? んわーーーっ! やめろ急降下をするなっ、帰れ帰れ帰るうーーーー!』
(あと、なあんか獣人に抱かれてるの気に食わねえーーーーーー!!)
『こいつを従属させておけばよかったのに、あンの魔物使いのバカーーーー!!』
▽暗闇様が 氷の元・古代聖霊を 見つけました。
『ヤダーーーーーっ!』
半泣きの声に、
『あら? 精霊? こんにちはー♪ ラララ~』
大精霊シルフィネシアだけが気付きましたとさ。
▽暗闇様が 大精霊 を見つけました。
▽暗闇様は 混乱している!
▽このものたちは なんなのだ?
スカーレット・パレードは終了の時間が近づいている。
太陽が真上に来ていたところからはじまり、傾きかけてそろそろ一時間。
日差しがやわらいで水辺の魔物たちも心地よさそうにしている。
ドリュー・マーメイド・キサが協力して空に浮かばせたドーム型の水の衣が遊園地エリア全体を包んでいたのだ。
インパクトたっぷりにはじまったスカーレット・パレード。
猫獣人たちの移動剣舞。
超大型土偶とチョコレート。
大道芸に、空から紙吹雪、スウィーツモムの大行進。ステージではウサギコスプレをした天使族がその美声でアニメソングを披露している(天界の老人会はのちに顛末を聞いて泡を吹いて気絶した)
これをシメるには、もっとインパクトのあることがないといけないのでは?
そこで[クリスタロスドーム]だ。
大精霊シルフィネシアを一時的に呼ぶことができる。
きらきらとした澄みきった水には美しい精霊乙女の微笑みが映った。
ときどきそこらをクラーケンが気持ちよさそうに泳いだ。ミディである。
『みーんなー。げーんきー?』
「何じゃあれ!?」
「大きく映した幻覚だろうか……美しい……」
「大きな美人っていいかも……」
「しかしこう、手出ししようと思えない、なんというか清らかでそっと見守られたい感じだ」
「あ、頬を膨らませている。表情が我々と同じって親近感が湧くなあ」
『げんきー? って聞いてるのにー! おへんじ ちょーだい♪』
「「「げんきー!」」」
「これでいいの?」
「元気かなんて、どうして聞きたいんだろうな。でも聞かれてみれば、なんだか気分が晴れて元気も湧いてきたような気がするぜ」
「元気だって宣言してるんだから、当たり前だろう。ラナシュのことわりってやつらしいじゃん」
「わからん。しかし、可愛い」
『やったあ〜♪ スカーレットリゾートのゲストの ネッシーでぇす♪ 今日はみんなのために 歌いにきたんだよー。ゆっくりしていってね〜♪ ラララ〜』
歌に包まれているような心地になる。
あわのように丸く弾けるような音であり、歌詞はなくとも自分のために祈られるようなたしかな”歌”であると感じられた。
獣人にとっての木々のさざめき、水辺の魔物にとっての波のゆらめき、空に生きるものにとっては思い出にある中でもっともきもちのいい天気がきたような心地だ。
さっきまでの沸き立つような興奮や、隣にいた誰かと小突きあって騒ぐこと、緊張しながらここにやってきたことも、仕事も、しばらく前には今後の生活が心配で寝苦しい日を過ごしたことも──すべて考えなくともよく、ただただ自分に届けられる祈りをたっぷりとうけとるだけでよい時間であった。
音はとぎれた。
音と自分を繋いでいたものがほどけて、はっとしたときに現実に帰ってきたような、結ばれていたリボンの端が頬を撫でていったような、ほどよい名残を与えてここからなくなった。
ちょうどパレードは終わった。
『またね〜♪』
乙女の声は、また会いましょうと告げていた。
我に帰ったそれぞれは、近くにいる知り合いと顔を見合わせる。
すると目を見開いているのだ。決してムリをしているのではなく、自然に、元気になって生きる気力が満ち満ちているように。瞳は潤ってきらきらしていた。
「なんじゃその目は。少年のようで気持ち悪いわい」
「すまんがオババも元に戻っているから鏡のようなもんだぞ」
「なんじゃとーーーっ」
という会話もされていた。
水のドームが夢のように消えてしまったそのとき。
建物には影が戻り。
その影には古代人がたたずむ。
いくつも。いくつも。いくつも。影の分だけたたずむ。
パレードが終わったというのに、それぞれが(人混みがひどくなったような……)と感じていた。
先ほどまでのデカ=ドグーは見られず。
先ほどまでのニャンコ大乱闘も見えず。
「……あれっ。今、わたしとそっくりの人がいなかった? 人混みに紛れちゃった……気のせいだったのかなあ──。」
▽シモン=モグラが 迷子センターに連れ込まれました。
「離せーッ」
▽連れてきたのは 猫耳版赤の女王君です。
「話してほしいのはこっちなんだよね。やれやれ、黒い僕には逃げられるし、変質者を捕まえることになるとは……。あ、子どもたち。これは紛れていた危ない人だから近寄っちゃダメだよ。警備員がちゃんと捕まえましたからね」
「えーーっやだーー」
「いくら人気の施設だからって」
「ねー」
「二人も変な人がくるなんてー」
「「……」」
▽ルーカは とばっちりを食らった!
「赤ドレスにスラックスに仮面をつけてるヒトがいたら距離を取る。自衛が行き届いていて何よりだよ……」
アンニュイな背中である。
「”それ普段は私がかぶってる風評被害なんですからねえっ”て、レナママが言いそう。あと”今更風評って訴えにくいですけどおおおっ”とも言いそう」
「マシュマロ」
「うむ。苦しゅうない」
「「わーっ、もちもちー♪」」
「……子どもに人気のぬいぐるみ役?」
「現世の子に触れるという経験学習の最中なのだ。えへん」
マシュマロがおこさま対応業務で忙しそうなので、ルーカは視線を合わせて、テレパシーを使うことにした。テレパシーがここでは驚くほどすんなり通ることには今、気づいた。
氷の聖霊がいたらこう教えただろう。
『古代の空気感があるゆえ、原始的コミュニケーションのアイキャッチは効果的なのだ』と……。
どのように追いかけっこが終わったのか通じた。
ドグー=ルーカは散々傷つけて去ったらしいと。
「ここにご主人様がいると思ったんだけど」
「……お前が主人ではなかった!?」
「違うんですよねえ。あ、なんか適当にコスプレしてきてってご主人様に伝えないと。シモン=モグラの目に映ったら伝わっちゃうだろうからね。マシュマロは自分にスキミングかけてあるでしょ」
「無論」
「……今、モグラと言った……なぜ、知っている……!?」
「そりゃ調べるでしょ。あなたが乗り込んできた敵だからさ。元のシモンさんはもう治療をして、遊園地で遊んでもらっている。こんなことになってしまってすみませんと謝ったら、海の世界ではよくあることですから気にしないでセンキュー、と言われてね。いい方だよ。いい方が酷い目に遭うのは、僕はいやだな。
そしてあなたはシモンさんに会ってしまわなくてよかったね。もしも顔合わせをしてしまっていたら、自分よりも情報が堅い本物のシモンさんが優先されるわけだから、きっと、あとかたもないほど細かい砂になって消えていたんだろうね」
ルーカはブレスレットを使って着替えた。
王子様の休暇というふうな、質のよいブラウスとスラックス。
このような格好がいやだった。
けれど、あの”黒いの”が現れたことで、向き合うつもりになれた。
「おにーちゃん、今は不審者じゃなさそう」
「いい人そう」
「ふふふ、ありがとう。けれど見た目はどれだけでも偽ることができるものだからね。それだけで油断して近づかないように気をつけてね」
「うん。でも見た目だけじゃないもん」
「表情、優しいから」
「そっか」
ルーカの猫耳が嬉しそうに揺れた。
ルーカの肩にマシュマロが乗り、シモン=モグラを見下ろす。
シモン=モグラは鞭でぐるぐる巻きにされていた。
さすがに物のあつかいが器用なものである。
「ご主人様は気持ちが悪いものも見慣れているから、コレくらいは見せても大丈夫だろうと思って連れてきたんだけどな。まさか席を外しているとはね。こっちのほうにいる感じがして、きたんだけど……」
「さっきまではいた。今は飛び出していってしまって、そなたたちを追いかけていたはずなのだ」
「うーん。ここまですれ違うのはおかしい。作為がありそうだ。ボクたちが認識できる視界のひろさよりも、もっと上のほうから全体を見回すことができて、駒が理想的なところにくるように、動かしている力がありそうな……」
「だから、もっとも理想的では”なさそうな”ここにきたということなのだな」
「マシュマロは賢いね」
「えへん。ルーカママの読みを想像したらたやすいのだ」
「僕はママじゃない。ぷっ、冗談まで上手だ」
いいこいいこ、とルーカはマシュマロをひとさし指で撫でた。
そしてルーカはこんなことをマシュマロに持ちかけた。
紫の目を瞬かせて。
「この土竜には罰が必要だと思うんだ。善良な命を傷つけたという罪がある」
「シモン青年の傷は痛そうだったものなあ。ということは、スカーレットリゾートの管理者がフォローしなければなるまい」
「以前、ネコミミをつけていたゆえ獣人判定されたヒト族がいたんですよ」
「前例があるというわけ」
「現在、ウサミミをつけているゆえ獣人判定できそうなヒト型がいるんですよ」
「なあにぃー。マロ、上手にできるもん」
▽良い子は見ちゃいけません。
▽情報をねんどのようにこねて、こねて、こねて〜
遠くから心配そうな通信。
<あの〜。悪いようにはしないって信じてますからね!?>
「これはこれは、海底ダンジョンからどうも。もちろんですよ。彼にもプライドがあるらしいので、それほどの気持ちがあるならば、手伝って差し上げようという心意気でもありまして……。罪のぶんの罰、彼のためのプライド。どちらも満たすことができるのですから、スカーレットリゾートはいいところですよね。そう思うでしょう?」
<宣教師って、こわいっ>
上空では氷を割るような声で「こわーーーーーいっっっ」と叫び声があがり、ジェットコースターの「ふはははははーーーーーーっっっっ」と笑い声と相殺されていた。
読んでくれてありがとうございました!
今日はあったかかったですね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
桜が咲くのがたのしみですね。
今週もお疲れ様でしたー!
よい週末を♫




