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逃げろー!

小都市ダナツェラの冒険者ギルドには、粗野で下品な笑い声が響いていた。

声は中年女性のギルド員と政府派遣の門番、いかつい冒険者たちのもの。

ぎゃはぎゃはッ、とうるさく騒いでいる。

ここに昨日訪れた、やたらか弱そうな少女が話題になっているようだ。



「でもよぉー。

あんな小娘にゃあモンスターテイムなんて無理だろ…?

身体に傷付けられちまう前に、さっさと捕まえといた方が良かったんじゃねぇのー?」


門番の男が顔をしかめながら、ギルド員へ問いかける。


「なんでか測定不能だった[運]にちょっと期待してんだけどねぇ…

ギフトもあったし。

もしかしたら隠した戦闘力があるかもって思ったんだけど。

確かに、ありゃ駄目そうだね?

運動センスもなかったし、使えない子だねーー!」



「ぎゃはははッ!

無理言いなさんなって姐さん、だってあの小娘、ここに来てまず何て言ってた?

すみません失礼しまーす、だぜぇ!

そんな上品な登場するつよーい冒険者なんていねーよぉ!」


「さっさと売って金にしちまおーぜー」


「ほんとどっから来たんだろーな?

捨てられた貴族の娘だったりして」


「「「笑えねぇー!売れねぇー!ぎゃはははははっ」」」



「あのオドオドした低姿勢は貴族じゃありえないさね。

ほら、もう笑ってんじゃないよっ!」


ギルド員がパンパン!と手を叩いて冒険者たちの笑い声を止める。



「…娘が帰ってきたみたいだ。

いつも通りに振る舞っておくれ。

逃げる気無くすよう、ちょっと威圧もしておくこと。様子見は今日までかね?

…確かに、あの柔らかい体を傷つけられちゃ勿体無いし、成果が何も無かったようなら捕まえて売るよ」


「「「へーい」」」



…一通りの話は済んだようだ。

もっとも、自分たちの都合しか考えていないひたすら非人道的な会話だったが。




ギルドの扉を控えめに開け、話題のレナが帰ってきた。

整備も碌にされていない扉は、キィ、とわずかな音を響かせる。


昨日はやたら暗ーい表情で落ち込んで帰って来た彼女だが、今日はパッと明るい顔をしていた。

思わず面食らう、さっきまで騒いでいた面々。

もしや成果があったのか?


ギルド員の女性が、まず、レナに声をかけた。



「…おかえりー!

なんだい、嬉しそうな顔をしてるね?

モンスターテイムは出来たのかい」


「はいっ!

昨日はダメダメだったんですけど、今日はなんと、2人も仲間ができましたー」


レナがウキウキと笑顔で告げる。

ギルド内からは「おぉ」と感心したような声が上がった。



「!そうかい。

…それで、何をテイムしたんだ?」


「スライムちゃんです!」


「「「あぁ…」」」



歓声が落胆の声に変わる。

人間の心境とはかくも変わりやすい。

ギルド員の女性からは、生ぬるーい視線がレナに注がれていた。


見られた当人は「あれ?」とでも言いたげな様子で、こてんと首を傾げる。



「すっごくキレイな子達なんですよー?ほらっ」


『『じゃじゃーーーん!』』



ぽよん!と効果音がつく勢いで、レナの鞄から、グレープフルーツ大のスライム2匹が飛び出した。

室内の照明を浴びて、身体をキラキラと光らせている。

ジュエルスライムの名に恥じない見事な美しさだ。


目を丸くして固まっている一同。

こんなスライムなんて、見たことも話に聞いた事も無かった。


ギルド員が、バッと、レナの首から下げていたギルドカードを引ったくるように取って眺める。

ぐぇ、とレナが呻いて、ごめんごめんと慌ててカードを戻した。


そして、思い切りきつく、ぎゅーーっと彼女を抱きしめる。



「~~~ッお手柄だよぉ、レナ!

まさかアンタが、希少種のスライムをテイムしてくるなんて思わなかった。

ミニ・ジュエルスライムだって?

一日に1回宝石を吐くなんて、素晴らしい魔物じゃないかっ」


「く、苦しいですー…!

ええ、私もこんなキレイなスライムになるなんて思って無かったから、吃驚してます」


「!…クラスチェンジしたのかい?」


「はい。

最初はプチスライムだったんですけど、二つレベルを上げたら進化しました」


「それだけでクラスチェンジするスライムを捕まえたなんて……ほんと、よっぽど運が良かったんだねぇ」



感心したように呟くギルド員。

レナの[運:測定不能]のステータスを思い出して、こっそりほくそ笑む。

この希少種スライムの特性は素晴らしかった。

政府に献上すれば、きっととんでもない褒美が約束されることだろう。



優しく優しく、少女の油断を誘うように声をかける。

昨日のトゲトゲした物言いを思わず忘れるほどに、甘い声音だった。



「ほんと、よく頑張ったねぇ…!

私はね。

アンタが魔物使いとして魔物をテイムして来れるよう、あえて厳しい言い方をして突き放してたけど、きっと努力して成功をつかむって信じてたよ?

こんなに早く結果を出すとは思いもしなかったけどね。

…とても優秀な冒険者さんだ!

ふふ、お疲れさま」


「ギ、ギルド員さぁぁん…!」



レナが感激して涙ぐむ。

ちょろい。

頼れる人が限られている現状は、彼女のギルド員に対する警戒心をより引き下げてしまっているようだ。

彼女に名乗られすらしてない事など、頭から抜けている。



「泣きやすい子だねー?もう。

今日の夜はテイム成功のお祝いに、ごちそうを作ってあげようね!

お腹、減ってるだろう?」


「はい…」


『『わーい!ごはんー!』』


「はは、恥ずかしがらなくていいんだよ!

もう夕方だから当然さね。

出来るまで、部屋で休んでおいでー」



レナのお腹はペコペコだった。

朝にパンとスープの軽い食事をしただけで、あの草原を歩き回っていたのだから当然である。


にっこりと笑う皆に見送られながら、ギルドの隣にあるボロい宿舎へと向かった。

美味しいごちそうを期待してしまい、思わず頬がゆるむ。

軽やかな足取りだ。


「あっ。カ、カバン置き忘れた…!」


そしてまたギルドへ戻った。

相変わらず、彼女はおっちょこちょいのようだ。




***




部屋に戻ってきたレナとスライム達は、戦闘で疲れた体をベッドで伸ばしている。

スライムには丁寧にも[従魔回復魔法]がかけられていた。

主人は早くも従魔を甘やかしまくっているようですね?

見た目も性格もラブリーなので、ついついペット対応で可愛がってしまうのだ。


「ごはん、楽しみだねぇー」

『『ねーー!』』


うつ伏せに寝転がるレナの身体をマッサージするように、スライムたちはぷよぷよ跳ねていた。

サイズが少し大きくなった彼らの重みが心地よく、レナは「はふぅ~」と息を吐く。



リラックス空間に、コンコン、とノックの音が響いた。

「はいっ?」

慌ててベッドから降りて、扉を開けるレナ。



「疲れてるんじゃないかと思ってね?

ごはん、持ってきたよー」



現れたのはギルド員の女性だ。

手には美味しそうな料理が大量に乗ったお盆を持っている。



「うわあ!ありがとうございます。

す、すっごく豪華…!」


「ふっふっふ。

従魔たちの分もいるだろう?

スライムはよく食べるからね。

レナもたくさん食べて、今日はもう早く寝なさい」


「はいっ。また明日も頑張ります…!」



ギルド員はレナを気づかってか多くは語らずに、食事を置くとすぐに部屋を後にした。



レナたちの目の前にはたくさんの料理。

コンソメスープに、シーザーサラダ、パンが3つにお肉料理まである!

嬉しそうにそれをまじまじと眺めて、うふふと頬を染める主人。

本当に親切だな~、なんて全力でギルド員に感謝しながら、手を合わせた。

食事前に手を合わせるのは、日本人として抜けない習慣だ。



「頂きます」


『クーもいただきまーす!』

『イズもいただきまーす!』


「ふふっ。……あっ!?」



スライムたちもレナを真似して頂きますを言った。

…ここまでは良かったが、料理を待ちきれなかったようで、主人より先に手をつけ始めてしまう。


テーブルの上を、あっちへぴょーん、こっちへぴょーん、と落ち着きなく跳ね回るスライム。

電球の光を反射して目に眩しい。

一つのお皿のものをちょこちょこつまみ食いして次のお皿へ移動するので、とてもお行儀が悪い食べ方だ。

好き嫌いがあるのだろうか…?



「ま、待って待って!?

私の分も残しておいてーー!」


『残してあるよー?』

『レナが食べられるのは、これだけだよー?』



スライムたちが食べ残したのは、ドレッシングのかかっていない部分のレタス+丸パン+お肉料理の付け合わせのじゃがいもと人参。これらのみ。


「ひどいよー…」


がっくりと肩を落とすレナ。

夕飯、楽しみにしてたのに…!

…従魔たちを最初から甘やかしすぎたのかもしれない。

でも叱ろうにも、豪華な料理はほぼ食べ尽くされてしまっていた。

仕方がないので、残りのパン中心のご飯を食べる。


それでも、食べ物の恨みは恐ろしいのです。チクリとスライムたちに注意しておいた。



「今度は、私にもお肉とか分けて下さい!!」


すごくレナさんな言い方だった。それで良いのか、主人。


『いいよー!』『今度ねー!』


スライムたちは楽しそうにぷよぷよ弾みながら、けふぅ、と満足気に息を吐いた。

ズルい……

さすがに、主人の目が半眼になる。




ご飯を3名でペロリと食べ尽くした、その時。



『ぎゃはははははッ!!』

「ひっ………!?」


鞄の中から、何やら野太い男の声が聞こえてきた!

音源はスマホからだ。

…録音されていたもの?時間をチェックすると、レナが鞄をギルドに起き忘れていた時の音だった。



その内容を聞き、固まるレナ。

ご飯を食べて温まりかけていた体が、急激に冷えていく。

顔色が悪い…それも、仕方ないだろう。

聞こえてきた会話は、彼女を怖がらせるのに十分すぎるものだったのだから。

…………。

鞄の中のスマホで録音されていたからか、音は少し曇っている。



ザザザッ

『あの小娘、結局捕まえるのかい?』


『当たり前さね。逃がしゃしないよー!

娘は売る。スライム達は、政府に献上して褒美をもらうのさ!』


『それでまた豪華な飯作ってたのか。いつもの改悪眠り薬入りなんだろー?

あんたら役員もワルだねぇー』


『傭兵崩れの悪党に言われたくないさね。

ま、あの子は今夜はぐっすり熟睡して、数日は寝たきりだろうよ。あははっ!』


『おまぬけー』

『ぎゃはははッ!』




「な、何これ……!?」


震える手でレナはスマホを握りしめた。

ガクガクと膝が笑い出して、立っていられずぺたんと座る。

…騙されていたの…?

皆が親切にしてくれたのは、私に利用価値があったからなの?…売る人間として。

売るって。捕まえるってなに?

このままここにいたらどうなっちゃうの…!


人身売買。日本では考えられない会話だった。


狙われたのは自分だけではない。

その事実にハッとして、今日仲間になったばかりのクレハとイズミを見つめた。

ぷよん?と反応している。



「…もしかして。

さっきの料理に毒が入ってるって気付いてた…?」


スライムは、『レナが食べられるのはこれだけ』と言っていた。


『そうだよー?』

『レナが食べたら駄目かなーって思って、頂いちゃったのー』


「…………っ!」



どうやら、またしても従魔に助けられたらしい。


「あ、ありがとう…!」


レナは戦闘力にしても、こういう危機管理にしても、まだまだ誰かに頼らなければ、この世界では生きていけなかった。

ラナシュ世界、特にこのガララージュレ王国内は、平和ボケした異世界人にはきびしすぎる。


もう自分が信用できなかった。

今回、親切を与えられるがままギルド員を信じ頼った結果、このような誘拐未遂が発生しているのだ。

…私が無力で、弱いからだ。

…主人として従魔たちに申し訳なく、また一人の人間として、ひどく情けなかった。


泣いている場合じゃないのに、ポタポタと涙が床にこぼれる。



『『レナー。大丈夫?』』


「!」




ぷよぷよと踊り、キラキラの輝きで励ましてくれるスライムたち。

助けられてばかりだ。

…この子達を、捕まえさせてなるものか。



(…このまま、何もせずバッドエンドを迎える未来なんて絶対にだめだ。

逃げなきゃ。

私は、皆で一緒に強くなろうって、そう言ってクレハとイズミに従魔になってもらったんだから…!)



まだ震える手でぐしぐしっと目をこすったレナは、パン!と自分の頬を思いきり張った。

気合いを入れなければ崩れ落ちてしまいそうだ。


不可思議な行動に、びく!とスライムたちがつられて飛び上がる。


赤くなった頬で苦笑しながら、レナは彼らを手のひらに乗せた。

しっかり顔を見合わせる。

彼らの表情は判別できないけど、こちらを心配してくれる温かい気持ちが、きちんと伝わってきていた。

…守る、努力をしなくちゃいけない。



「一緒に逃げてくれるかな…?」


『『うん!』』


従魔たちの返事は早かった。


『レナと一緒にいくよー!』

『レナと、もっと一緒にいたいよー!』



「~~~!ぅぅ、ありがとうね…!

あのね。

私たち、ここにいたら捕まっちゃうの。

だからダナツェラの街から逃げて、どこか…この国の外に行きたいと思ってる。

どうかな?」


『『冒険だねー!きゃあー!』』


「…ふふふっ」




泣きながらも、レナは笑った。

…頑張ろう!負けたくない!



これからの方向性はしっかりと決まったようだった。

そうと決めたら、行動を早く起こした方がいい。

素早く自分たちの荷物をまとめる。


ギルドから支給された鞭やシャツなんかは、泥棒みたいで悪いなと思いながらも、鞄に詰め込んで持っていく事にした。

魔物使いなんで、ムチがないと仕事にならないんですすみません!

罪は、誘拐未遂案件と相殺でお願いします!




窓からこっそりと抜け出す。

さいわい与えられていたのは、寮の裏に面した部屋だったので、外に出たらすぐ目の前は荒れ果てた畑跡だった。

人影なんてない。

草や木がぼうぼうで、レナたちが隠れて移動するには持ってこいだ。


空が薄暗くなってきた事もあり、黒髪で地味なレナはなかなか発見されないはず。

息を潜めて中腰で、街壁沿いを門の方へと歩いていく。

スライムたちは胸元に仕舞った。



門の所までは問題なく進めた。

門番は相変わらずやる気がないようで、詰め所で、もう仕事が終わったつもりで酒盛りを始めている。

酔っ払い特有のガヤガヤとやかましい声が暗闇に響いていた。



その隣をすり抜けて、…レナたちは、とうとう夜の草原へと足を踏み出した。




ちょっと暗くなっちゃった(ノ_<)旅の始まりです


読んでくださってありがとうございました!

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