スカーレットリゾート;オープニング
「刻まれている命令を遂行するしかねえ。強力な命令だ。だからこそ土竜ごときこのように野放しにしても問題ないというわけだ……。あー、胸糞悪い気分だっ。胸の中に何があるでもないからっぽでも、さ! 理由が二つもある。行くっきゃないね」
土の中にトンネルを掘って、会場近くまでやってきたモグラは、草むらに隠れて目までのみ出しつつ、入り口の様子を探った。
「”甘く見ればいい。元ダンジョンマスターほどのお前さんが甘く見るってことは、ラナシュ世界に[レナパーティは弱い]って印象付けられるからな。支配しやすくなるだろうさ”…………か。くくく。リヨンのやついいことを教えてくれたもんだ」
甘い、甘い、甘く、甘く。
そのようなことを唱えながら、モグラは来場者の数を数えていった。
「増える、増える、けれど、ここまでだ。なんだ。古代人が注目していたのだからもっと押し寄せるのかと思いきや、そんなにも大量に入場するわけでもないのだな……。モグラの支配していたダンジョンはこんなものじゃなかったぞ、もっとたくさんの冒険者がやってきて滞在した。もっとたくさんの時間彷徨ってその生気をダンジョンは吸収した。それに比べたら、ふん、どうってことないようなところだ」
得体の知れなさは感じているものの、モグラに怯えはなかった。
甘く見てやればいいのだ。
レナパーティなどなんということはない。
外の世界の大規模な催し物など、そもそもなんということはないのだろう。無限に広がり深く世界を反映したあの学術的ダンジョン創造に比べれば、地上に生きるものどものなんと矮小な活動だろう。
(モグラに求められているのはこのスカーレットリゾートの知名度をごっそりといただくことだ。暗闇様のためというのは癪であるが、レナパーティとやらがのさばっているのも腹立たしいのだからな。くそッ、くそッ、いらいらする。地上のおまえら、ああも能天気に笑いやがって。オレは絶対に笑ったりなんてしないぜ)
モグラはとある地上人──魔人族と同じような格好に変化した。
「せいぜい愉しませてもらうぞ」
▽スカーレットリゾートの入場証が盗られました。
▽一人の来場予定者が草陰で倒れています。
▽モムを派遣して 迷子センターに運んでいこう。
▽土色をした来場者が現れました。
▽入場証──ギルドシステム連携世界情報、認証されました。
▽土色の来場者の名称[シモン タツノオトシゴ海洋出身魔人族]
▽シモンは受付に笑いかけました。
▽【笑い】取得! ×1
▽金の招き猫が手首を曲げました。
▽受付三つ編み少女がスタンプを押しました。
▽シモン=モグラが 入場しました。
口元をにっこりと引き上げていたシモンは顔を左右に振り、すると、ハラハラと表面の薄い土の層が剥がれ落ちた。
わなわなと震えて、マジックバッグをさぐり一番浅いところにあった布を掴むと顔を擦る。険しい表情をしていることを悟られないように──。
(くそッ、くそッ、なんでこのシモンとかいうやつは笑顔で入場証に写ってやがったちくしょうめえー! こんなふうに出鼻を挫かれるとは思ってもなかった。いやしかし、笑ってはいないぞ、いないのだ、なぜなら土で作った層でカモフラージュしただけなのだから。ふん。
それよりも入場待ちの列から生理的尿意で離れたやつがいて、そいつがひょろっと細長い魔人族であるのは運が良かった。あまりにも形が離れているものは、たとえばでっかい犬種魔人族など、そういう変化は己の存在情報を曖昧にさせてしまうからな。俺が正体を偽りながらも地に足つけて動けているのは、モグラとシモンが似ていたからだ。
あそこに埋めてきたのだから誰も気づきはしないだろうし、たったの14時間程度誤魔化せないはずがない。見たところ入場者は地方がバラバラになるよう選んでいるようではないか)
シモンが顔をあげてみれば、さまざまな容姿の魔人族が歩いている。
僻地に引っ込んでいそうな独特の服装の魔人族や、ミレージュエ大陸では見たこともないような魔物に近しいギリギリ魔人族と言えなくもない……姿のものなど、近種や友人同士できているようなものはほとんどおらず、歩き方にも一貫性がない。
大股、小股、どすどす、ちまちま。
誰も彼もが、自分とスカーレットリゾートの遊び、それだけを見つめているようだ。
となれば、シモンの知り合いに声をかけられてボロが出るという展開はありえない。
この入場証に間違いがないようにだけ気をつければいいのだ。
(たったのそれくらいは造作もないことよ。どれ、まずは全体の雰囲気を把握しようではないか。何者が強く頂点に立っているのか、そして、どのようにすれば名声をこちらに引き寄せられるのかをじっくり観察させてもらうことにする)
花のアーチをくぐった。
懐かしい気持ちになる。
かつて、地中ダンジョンにもこのような植物地帯が生まれていた。
関心を引かれて静かに見つめる。薔薇は独特な形をしており、このような形状は自然に変質するものではないため、誰かが意図的に、樹人族もしくはヒトの職業スキルによって変質させたのだろうと見当をつける。
自然界に生まれるものならば生態系のどこかに収まるような形状になるものだ。このスカーレットリゾートに君臨するものはどうやら意のままに自然物を変貌させようというような、まるでダンジョンマスターに近しいエゴイストなのであろうとシモンは皮肉に目を細めた。
(それにしてもヒトの筋肉のような植物のうねりだ。ということはやらかしたのはヒト族という線が有力。ジーニアレス大陸の魔王国付近の土地を買うことができる、ヒト族の富豪……ここまで絞れたならばあとはたやすいな。
オープニング当日だという時に代表が現れるに決まっている。ヒト族ってやつは冒険者パーティに代表の名前をつけることも多いことから、とにかく誇示ってやつが大好き。近頃はラナシュ不安定期のために声をあげろっていう理由まであるのだし。
来場者は魔物の名残がある魔人族ばかりだから、ヒトを探すことはさらにたやすくなる。おそらくだが、この魔物どもに押し負けたりしない風格のある筋骨隆々のヒト族に違いない! レナ! レナパーティという名称! レナという筋骨隆々の、女商人か!? それともレオナルドとか男の愛称か!?)
シモンは鋭く目を走らせた。
そこかしこに貼られているスカーレットリゾートのポスターに書かれているのは、冒険者ギルド登録レナパーティが開催者、協賛として各ギルドや魔王国、そして、パフォーマーであろう見目の可愛らしいイラストくらいのものである。
レナパーティの情報をギルドから見ることができたらよかったのだが、容姿については近頃では服装情報も表示されなくなるなど、ギルドカードに反映するラナシュ情報が混迷するばかりであった。
よって、レナパーティのレナ、の顔はわからない。
古代人が集めた噂も役に立たない。
人伝に聞いたものによると、赤の女王様だとか踏んづけて欲しいだとか、三つ編みを鞭のようにしならせて部下を従えるのだとか、金髪の男だとか男か女かわからない花屋だとか、青の女王様も同じようなものだとか、枝葉がつきすぎてまるで見当がつかなかった。
肖像画が残されていないあたり、急激に成り上がった貧乏人なのか、もしくは古代人のように用心深いのか。
そこまで一秒もかけず考えて、シモンは意識を現実に戻した。
今や、頭の中はからっぽで思考しているのはダンジョンの土に宿る魂の思い出だけだ。土を外に出せるように古代人がいじってもそれだけはなくならなかった。執念と呼ぶべきかもしれないし、ただ時間をかけられたものだから忘れられにくいのかもしれない。
シモン=モグラは全身で考えているのだ。
その体からしゅーしゅーと湯気が上がっていた。
「大丈夫ですか!?」
キャストらしき少女が声をかけてきた。
思わず目を見張るほど綺麗な造形だ。
それに、なぜそのような形状変化を遂げたのか、好奇心をそそられるありえなさを持ち合わせていた。
▽水をばしゃーーーん!
▽荒塩ぱっぱ!
「何をするんだーーっ!?」
「だって、すごく乾いていたように見えた。あなた、魚類か海辺の魔人族でしょ? この日差しで弱っているのだと思いました。違っていたらそれはごめんなさい」
「い、いや……驚いてしまっただけだ。ありがとう、ございます」
にこ! と少女が微笑むと、頭の側面に主張するように羽根が広がった。翼なのだ、と気づくのには1秒を要した。あれほどに考え込むことができる1秒も使ってしまったのだ。
(形状は翼なのだが、それでも用途としておかしいし骨格も伴っていない。ただただ羽が重なり翼のような形を形成しているだけだ。羽根は少し曲がるようにあり、音を聞きやすくしている効果もあるのか? そんなものがどのような生物を元にした魔物だというのだ?)
▽ウサギです。
▽わからんよね。
「元気になったみたいだから、私、行くね。スカーレットリゾートを楽しんで! 押忍!」
「ああ。待ってくれないか」
「悪いけど、仕事中なの。もし具合が悪いなら中央お客様センターで相談を受け付けてるよ、迷子なら迷子センターへ、そして私はアイスクリームショップの店員なの。もしも売店に用があるならそこで待ってる」
しかし、ひらりと空に踊るようにして少女は戻ってきた。
「はい、地図。パンフレットもらってこなかったんだね。ここ、中央センター。ここ、アイスクリームショップ。それからこれは難しい顔してるキミへの贈り物。シュ……私はキャストなので」
シュシュ、と名乗るのは個人情報をばらしすぎ。
少なくとも本日のところは警戒して、と言われたことを守っている。そして、来場者には親切に、ということも守っている。だってここにいるのは困っている土色の髪と肌のタツノオトシゴ魔人族なんでしょう? にこり。
言葉をかけようと思った。
けれど何も言葉が出てこなかった。
からっぽの胸なのに、このような胸の高鳴りを、シモン=モグラは経験したことがなかった。混乱。思考停止、1秒。
少女が遠ざかっていくその足取りの鮮やかさを、ひょろりと細長い魔人族風の存在はただただ見送った。
▽おや? シモン=モグラの様子が……
▽さすが古代勢力 思い通りにいかないものですね。
キラは管理人室でさてはてと首を傾げていた。
読んでくれてありがとうございました!
もしよろしければ【ドリームジョーカー 亡骸サーカス団からの脱出】こちらの小説も最近完結させましたので、読んでみてくださいまし♫
※レアクラスチェンジ書籍TOブックスシリーズは【2024年1月31日】終売です! せっかくならと記念に本棚に置いていただけると嬉しいです。こちらも7巻で【レナパの居場所見つけた・完結】と読めるように作られています。読者の皆様のお力添えがあり、また編集部も頑張ってくれました。
さて、今週もお疲れ様でした!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
よい週末を過ごしむしょう〜!




