夢羊アルテミスのおやすみ
▽ハマルの[とりかえっこの夢]
▽ガララージュレ・土偶が 来訪した。
▽戦闘開始!!
土偶の形は、それぞれ違うものらしい。
そう認識したときには、かなりの速度で体当たりをされていた。
巻き上がる土煙で視界が封じられてしまっていたためだ。
わざわざそのような機能を備え付けられていたらしい。
足の風魔法により滑るように動くだけでなく、加速を攻撃力に足すように。
ハマルはこれを、頭を捻りながらの頭突きで受けた。
[鈍感]ヒツジのダメージの少なさに加え、ヒト型になっているときに最も硬い「角」を盾のようにしたのだ。
(わざわざ頭を狙ったなんて、殺意の高いことー! 次は〜……)
土偶の腹が開いて、鋭利な切っ先の黒曜石の刃が現れる。
それはハマルの心臓を狙っていた。
ヒト型の時、どのような魔物であっても心臓は一つにまとまり胸の中心に収まるのだ。土偶は知っている。
「スキル[体型変……、…………っとおー!」
小さなヒツジになろうとしたところ<ハマルさんストップ、胸元に力を込めて!>とキラの通信。
言われた通りにしてみれば、鈍感であっても全身に響くような衝撃に襲われた。
しかし貫かれてはいない。
キラの分身体が砕け散った。
これでキラ本体もダメージを負ったはずで、音声サポートも期待はできない。
(キラ先輩……。さっき体型変化をしようとしたときー、違和感がありましたー。魔法を使おうとしているのに魔力が全身に広がっていかないような。つまり、妨害をしているんでしょうねー。
あの土偶はミレージュエ大陸からきたものでー……。
あっ、ジーニアレス大陸は魔物が変化しやすい土地柄だから、どぐりんはこの土地に合わせながら支配権を握ろうとしてて、ミレージュエ大陸の土偶は自分の支配権で押さえつけるようなしくみなのかもしれませんー)
刃のラッシュが続き、ハマルは頑丈な白金羊毛のケープを胸の前に持ってくることでしのいだ。
穴は開かないが衝撃はダメージを蓄積させ、地面にはふんばる足の跡がめりこむ。
土偶は形をハリネズミのようなトゲまみれに変化させ、そのトゲ先にハマルのケープを引っ掛けるようにしてギュルギュル回転した。
ケープは剥ぎ取られてしまい、ハマルはスカーレットリゾートの制服姿になる。
「これだけは傷付けさせないよー」
距離は開いた。
ハマルは接近戦で技を繰り出し合うのではなく、遠くから渾身の一撃をお見舞いすることの方が得意だ。
土偶の針が引っ込むと、その穴から毒ガスらしき紫色の空気が噴出される。古代の時代から舞い戻ったさまざまな細菌が紛れているかもしれない。
ヒトにとっては紛うことなき恐怖の戦闘兵器であり、しかしこれはゾンビ地域となったガララージュレ・エリア、清浄なるシルフィネシアとは相性が悪かったに違いない……とハマルは「やれやれ」首をすくめた。
「いつ気づくのかなー青の女王様はさー。最悪の悪運をいつまでもお兄ちゃんが背負ってくれてることー。感謝してあげてよねー」
ハマルは一瞬の考察のあと、覚悟した。
「スキル[夢の世界]…………だめかー」
かたくなに土偶は別の世界を認めない。
眠る必要もない人形は、連れ込めない。
「スキル[夢吐き]」
古代のあらゆる厄災を身に纏う人形兵器が向かってきたが、ハマルはそちらにゆったりと両手を伸ばして、羊毛でつくられたようなやわらかな夢で包み込んだ。
誰かの見た夢を現実に現す魔法──。
凶悪な現実なんてかすんでしまうほどの理想──。
スライムがシャボン玉のように楽しく飛び跳ねて、プリズムの光を空にキラキラとさせる。
蝶々たちは翅を大きく広げて見惚れるほどに優雅なダンス。
飛び入り参加のように蝶々の影から出現したのは、自由を叫ぶようなジャンプをするウサギ。
恐ろしさすら感じるほどの立派な狼はあちこちを散歩しては見渡して、番犬でありつつ穏やかな幸せを堪能する。
金色の文字が流れてくるのは、金色猫があちこちで調べ事をしているから。
銀色の文字が流れてくるのは、銀色小箱がこの世界を鏡のように映しているから。
蛇の姫君はその鱗を煌々とさせながら炎と戯れて遊んでいる。
イカの少女は己の身を焦がしてはきゃあきゃあとさわいだ。
囲まれている雌ライオンはやれやれという表情でありながらも自らの炎をさらに燃え上がらせれば、雄ライオンにだって負けない太陽そのもののように地上で光る。
甘いチョコレートの香りまで漂ってくるスウィートな空気が満ちた。
およそ誰も見たこともない小さな樹木はやがて可憐な花を咲かせる。
子馬と大蜥蜴と消えそうな幽霊は、きちんと手を繋いでまどろむ幸せを知っている。
三つ編みの少女が。
赤いマントをひらりとさせて。
手には運命の導きによる鞭を持ち。
それを握る手には覚悟があるのに優しくて。
ハマルを守るように前に出る。これがレナがいかにも幸せそうにみていた夢。
にっこーーり、としたハマルがとろけそうな頬を両手のひらで包んだ。
もっちりつるり。大切にされてきた艶がある。
「もーいいかな」
ハマルは息を吐き出すとともにそう言った。
「アガッ……アガっ……アガがッッガガガガガガ」
「調子悪くもなっちゃうよねえ。支配するためにここにいるのにねえ。幸せが溢れちゃっててすみませんねえ。最後に見る光景がこんなに幸せそうなものだなんて、ぶっちゃけキミはついてるよー」
土偶にヒビが入って割れてゆく。
【強力に支配するための土偶】として作られている、情報のシンプルさゆえ、実力者のハマルに対してもあれほどにダメージを負わせられたのだ。
その情報が「そうではない」と打ち消されてしまったとき、土偶が土偶であることは消滅する。
「エリア 最上位 排除 排除 排除ッッ」
「あがくのー? それキミのポリシーに入ってるー?」
「アガがガガガが」
「心がないみたいだねー。量産品なんだろうなー……ミレージュエ大陸専用の。場が自分に向いているかどうかって大事なんだなー。今まではレナ様が場を整えてくれていたからボクは気にしたこともなかったやー。
……。
……どぐりんは、あっちの水は合わないだろーけど、マルクパイセンがなんとかフォローしてくれるでしょー」
土偶は崩れていく。
幸せの夢の真ん中にいてもなにも感じることが出来ず、始まったばかりのこの世界での活動は塵芥になってゆく。
「あとー。金毛の商業ギルドへの納品は終わったでしょー。予備の羊毛もちゃんとあるしー。スカーレットリゾートの人員補充は魔王国からしてくれるー。レナ様の移動の足は陸ならアグリスタ、海ならミディ、空ならモスラかシロノアールがいてくれるー。あの人が穏やかに眠れるように、今回はこのプランがいるはずだから……」
ハマルは指折り数えていたその手を、パッと広げて、スカーレットリゾートの方に向けた。
ぶんぶんぶーん!と大きく振った。
あまり長くかけないつもりだったのに、もう陽が傾きかけている。
日中のうちに戦いを終わらせられてよかった、ということ。
夜になったらさらに土偶が強化されるかもしれない、ということ。
データは取れた。
そして、あの土偶は複数体作られているのだ。
増えるのかもしれないが、もし容易に作れるならば数の力でガララージュレ・エリアを制圧したはずで、しなかったならば「出来なかった」「大量生産はできない」と見るべきである。
ハマルの背後で気配が完全に消えた。
ジーニアレス大陸に歩み寄るそぶりも見せなかった、ミレージュエ大陸の土から作られた古代土偶は、その粒の一つも残さずに消滅した。
「ねーっ。レナ様ーっ」
ハマルは声を上げる。
あなたに届かなくたって、言うことには意味があるのだ。
ラナシュ世界にハマルの気持ちを刻もう。
いつか届いたなら素晴らしい。
「……。……。……ボク、レナ様の従え方がやっぱり好きだよーっ! 最上位を排除してしまうんじゃなくってー、ついて行きたいって思わせられるあなたでいてくれるのーっ! だからボクの人生の主導権を譲って、でもボクだけで生きていた頃よりも楽しませてくれるのーっ! ボクね、一人ぼっちで生きているのが一番いいと思っていたんだけどねーっ、レナパーティにいる時間はもーーっと楽しかったんだあー。いつもありがとうございますーっ」
ハマルの足元が背後の景色を"透き通らせてゆらぐ"。
それはラナシュ世界に認められていないデータの[レナパーティの夢]を現実にしたからだ。
(後悔してない。だって、ボクは見ておきたかったんだもんー)
ハマルは美しい夢の羊[夢羊アルテミス]となる。
そして自分の体をぐっと丸めてふわふわの形にまとめた。
これはハマルの夢の殻の代わり。
このまま[夢の世界]をたゆたうためのものだ。
──淫魔のホテルにて、ズーズーが頭を上げた。
──ガララージュレ・エリアにて、名前を奪われた夢魔物がため息をついた。
二人は[夢の世界]を訪れて、ふわふわとした夢の殻を眺めた。
現実世界の方にはもう、ヒツジの姿はなかった。
「ズズッ」ズーズーは鼻を啜り、わんわんと泣き出した。
「そういう奴だよ。合理的で、情けなくすがることをどこまでもしないのだ。プランを用意していたって適切ではなかったら、労力に執着せずに、新たな最適なものへと切り替える。
どぐりんは使えそうだぞ。フォローくらいはしておくさ」
ハマルは今にも意識を無くしそうになりながら、その言葉を聞いていた。
(むむうー。土偶が思っていたよりも脅威だったんですものー。マルクパイセンは一番凶悪な土偶を選別してくれたでしょー? それをボクが倒せたわけだから、データも脅威もマシにできたのはよかったですー。しばらくのことは頼みましたよーう。
ふあああ……。むにゃむにゃ……。…………)
ラナシュ世界の生命活動に引っかからないくらいに深く。
ハマルは深く深く沈むように眠ってゆく。
「おやすみなさい」
レナがモニョモニョと寝言を言って、ヒツジの毛並みに埋もれるような毛布を腕に抱えたまま、ふとパッと目を覚まして、上半身を起こした。
「……あれえ? おはようじゃなくてえ?」
「まだおやすみの時間ですもの」
「……あっ、キラ。私、いつ寝たんだっけ?」
労わる微笑みとともにホットチョコレートのカップを三つ持ったキラが扉を開けて、薄暗いベッドサイドに新たな机を”作り”盆を乗せた。
配られたホットチョコレートをレナが口に含むと、なぜだかキラの方がほっとした表情をした。
「午後に倒れるようにお休みになりました。おつかれだったのでしょう」
「気持ちは元気なんだけどな」
「いいえ」
「そう見える……? そっか。私自身が気づかないようにしちゃってる疲れもあるだろうからね。いつもありがとう」
「いえ」
なんだか不思議な気持ち、とレナは溢した。
その吐息はホットチョコレートの表面を丸く揺らした。
レナはしばらくそこから目を離せなかった。
表面には、窓の外に浮かぶ月の淡い色が映されていたからだ。
「キラママ……」
「マシュマロ。あなたもおあがりなさい。こぼさないようにするんですよっ。さて、ここで今日は眠らせてもらいましょう」
「キラ。一緒に眠るの久しぶりだね」
「私も疲れました」
「って、ホットチョコレート一気飲み!? 毛布を頭までかぶってる!? 凄まじくもこもこになっている……」
「煮るなり焼くなり!」
「あー手も巻き込まれてるもんね。動けないプレイ? 煮るのも焼くのもしませんよーう。それにしても本当に疲れてるみたいだね」
「ええ、ええ。今日から従魔がこうしてあなたに代わる代わる寄り添うでしょう! みな、さみしかったり疲れたりしますからねっ。受け止めてくださいませっ。きっとヒツジの夢を見ることができます」
「また、私が忘れるような出来事があった──?」
「はい。けれど取り戻せます」
キラはまっすぐに伝えて、レナは頷いた。
「じゃあその時までの辛抱なんだね。わかった……。私がしっかりしていなくちゃあね、戻るところを無くしてしまってはいけないから。懐を深くしてその日を迎えうつぞっと!」
「お兄様と暮らしていた頃のようです。けれど、その頃よりも前向きでポジティブです。ええ、ええ、今は、従魔みんながあなたのそばに! どこにいても何をしてても──信じてくださいますか」
「もちろん」
この日のジーニアレス大陸の夜空はまなざしのように優しく、月は白金に光り、この大地に生きるものたちを包み込んでいた。
読んでくれてありがとうございました!
あけましておめでとうございます( *´꒳`*)੭⁾⁾
今年もよろしくお願いします!
>ファンノベル完結のお知らせ
>レアクラ書籍終了日のお知らせ
を下に書きますね。
↓
★ファンノベル【ドリームジョーカー 亡骸サーカス団の脱出】
全70話にて完結しました!
さらら様の美麗なイラストとともにお楽しみ下さい。
小説家になろうさんの黒杉くろんアカウントから読めます〜!原作動画はYouTubeにてぜひぜひ!
★TOブックス レアクラスチェンジシリーズの書籍終了日のお知らせ
・紙書籍 ……店頭分で販売終了
・電子書籍……期日までに買ったものはいつまでも読んでいただけます。
こちら【2024.01.07】終了とアナウンスしておりましたが、令和六年の事務処理上、【2024.01.31】に終了となります。
予定が変わってしまいすみません!
この期日までに、書籍版を手に入れたい方は動いていただけると幸いです。
色々ありましたが読者の皆様にも恵まれ、7巻を意のとおりに刊行することも叶い、ノベルを書き始めてほんとうに楽しい日々をいただくことができました。
人生でこんなにも長く必死に取り組んだことは他にないです。宝物の日々です。
ありがとうございました!!
WEB版レアクラスチェンジはこれからもレベルアップしながら続けていきますので、いつでも、読みに来てください!
これからも[楽しい物語]を書き続けてまいります。
【黒杉くろん】




