【進化】
▽従魔ゴルゴ[クワガタフェアリー]が仲間になりました。
▽という通知に マリアベルが荒ぶりました。
この会議場の片隅にいる記録影蜘蛛が黙々と書いていく。
ただただ正確に記録するのがこの仕事だ。
宰相サディスはそれを横目で見ながら(あとで読み返してもわけがわからなさそうだ)と内心呟く。
(今期の宰相になってみたら忙しすぎる。ならない方がよかったのではないだろうか)とコンマ一秒考えて、(けれど他に誰が適任だというのだ。影蜘蛛女王が生きるこの時期を保つためならば私の命を削っても無駄ではない)と己を納得させた。
そして宰相の目が座った。
(あっ)とマリアベルも異変を敏感に察知し、荒ぶってリリー様の素晴らしさを熱弁していた口を閉じたのだった。
グルニカが手を挙げる。
「せっかく面白かったのにナ! もっと聞きたかったのにナ〜!」
「却下。ほら……マリアベル、あなたが語りすぎれば良からぬ者に目をつけさせることになるわ。気をつけなさいね。普段はもっと抑えがきく妖精でしょうに……」
「うう、面目ないよぅピーチィ嬢」
「皆様。このマリアベルをご覧になって分かるとおり、レナパーティの面々には魔人族をも熱狂させてしまう素質がありますわ。
【スカーレットリゾートの見守り】の重要性に異を唱えていた方々もお考えが変わったのではないかしら。ハイレベルの魔人族でもこの有様ですもの。見守りについては必要経費ですわ」
ピーチィに念入りに活用され、マリアベルは机に撃沈した。
数人が「うーむ」と唸る。
シヴァガン王国の職員を持ち出してまで国有地外の警備をしてやるつもりか、と腰が重かった者たちだ。
シヴァガン王国が「後ろ盾」を約束したのはレナパーティが初めてのことではない。例えば魔人族の集落があり、頭数が増えたから、国家として成立させるまで後ろ盾になってくれまいか、という相談をされたときなど。資金貸し出しや人材提供をしたことはある。
しかしスカーレットリゾートは「シヴァガン王国が見守りを自主的にしているだけ」という形になり、レナに申請されたわけでなく、前例のない動きかたになるのだ。
ここに集う魔人族は、魔人族であっても働き方はヒトに近い。前例については気にかけている。
何を、どれだけ、どれくらいの期間、労力を割くのか?
各部署、各族長たちによってそうとう意見が分かれた。面倒ごとを嫌い「そもそもしなくてもいいのでは」という主張も出始めた頃であったのだ。
▽マリアベルの 錯乱!(事後)
これにより(錯乱の魔人族や魔物がシヴァガンの近くに増えるならば、もっと面倒かもしれない……見守っておいた方がラクかも……)と「理解った」ようである。
ピーチィの熱弁のあと、よそよそしい咳が複数回響いた。
魔人族たちは直球勝負。
反対意見が出なかったならば、それは承知されたに等しい。
マモンが手を挙げた。
「予算でしたらスカーレットリゾートの開発計画段階で経済がまわり、リルの在庫が増えております。リゾートの見守り出張費と特別手当てを与えられます。
さらにスカーレットリゾートの後ろ盾としてシヴァガン王国の名称が載せられているため、現地での売上の一部分を税金として収めてくれるそうです。この税金は魔王様の一時預かりとしてもらおうかと」
「いらぬが」
「ありがとうございます。リルを使い込むタイプの方ではないため、安心して魔王様のところに預けさせていただけます。
後ろ盾専門の部署はないため、余剰資金として集まったリルは来年度会計の時にそれぞれの部署に振り分けさせていただきます。みなさん部署の予算をたっぷりと派手に使っていただき、来年の予算が足りないということをマモンに教えて下さい。秘書課が項目のチェックはしますがね」
マモンとヘラが共にメガネを光らせている。
金色のオーラを彼らは背負い、威圧感があった。
(マモン様ものぼせているようだ。いけない)
ロベルトが手を挙げて、沈静化を図る。
「レナパーティのような団体が国家でなくてよかったですね。立ち位置としては、身元の不安定なポッと出の富豪というところでしょうな」
「ロベルトだけ感想文?」
「茶々をいれるなマリアベル。ただ富の出どころが文化面に寄っているという部分が特別でしょう。世界情報の解読、各々の従魔の技術、古代石版の解読まで。
先ほどまでは富の話でしたが、ここからは古代の話などいかがですか」
「なにか新しいものが見つかったのか?」
「いいえ。あ、脱線させるつもりはありませんよ。ここは発掘報告会ではないのですから。
スカーレットリゾートの開催において、古代聖霊のカルメン・ソレイユは参加しないつもりのようです。氷の聖霊だった者も凍土に引きこもりになります」
ホッと空気が和らいだ。
(そういえば)というくらい頭の隅っこにあった問題だが、いざ参加がないと知れれば(トラブルが増えなさそうでよかった〜)とため息を吐くほどの事である。
近頃のカルメンはソレイユの付き纏いにうんざりしているので城屋上にいることが多く、ソレイユは昂る感情を散らすべくオズワルドを手伝ってやることがたびたびある。
その炎の威力を一度見てしまえば、自分には到底あしらえそうもない、という敗北感を抱く魔人族も少なくなかった。
『空から、我々も注目しておきましょうか。こちらからはシュシュ様がオープニングセレモニーに出られるので、天使族の個々人でファン活動をする予定でしたし。そのついでということで』
『おお、翼の者たちもか。ラミアの里からも、キサ様が出られるのでファン活動をしにいく予定じゃ。温泉施設では短期雇用が決まったラミアもおるし、せっかくなら見える範囲に目を光らせておいてやってもええよね』
外交部の水龍が一見微笑むようにしながらも眉間に皺を刻んだ。
その真意をロベルトは読む。
(こわいものだ。やれやれ、といった気持ちの、さらに根が深いところのようだ。しかし表立って批判するのは自分以外のものが言うのを待とうという老齢の龍の”狩り”だ。ここはひとつ……)
マリアベルに視線を送る。以前ペアで仕事をしていたこともある同僚は鋭い。
「いや、ついでかーーい!」
▽ツッコミが鋭いぞー! よっ、マリアベルー!
『ああすみません。ついで、という言い方はだめでしたね。私たちは、どれくらい踏み込んだら失礼になるのか、どれくらいひかえめにするのが常識なのか、まだわからなくて。【同盟】させていただいたばかりのものですから……』
『我らドワーフもそうじゃ。ずっとシヴァガン王国と取引をしておったけれど同盟という言葉は使わなんだ。協力者、仲魔、作業契約、そのような言葉だから関係が分かりやすかった。なんじゃい、どーめい、て』
『複雑なラナシュ文字を書くものよねぇ。同盟、短い発音ではあるけれど、そこに込められた意味が複雑すぎて分かりにくいわあ。サディス宰相がくださった書類の分厚いこと』
ぶーぶーと文句が語られる。
「それについては[ヒトの言葉]です。長らく大人数で使われてきた[ラナシュ世界に刻まれた言葉]ですから……この基盤の上に立つものたちの存在が保証されやすい。
支えあってゆかねばなりません」
宰相はゆらぎなく言った。
感情の含まれた声だったので、遠く離れたところにいる魔人族の心にも届いたようだ。
半透明の光でつくられた族長たちは、こっくり、首を頷かせた。
「──では、配置について決めていきましょう。これには時間が必要になるでしょうね。それぞれが部署内の仕事をする時間以外、プライベートが侵されないように、空いた時間を、見守りスケジュールに当てて下さい。
部署の成績にはしてあげられませんが、出張と特別手当を出します。
あと珍しい食べ物や遊具をまっさきに見ることができますよ」
宰相がいえば周りは、フーンという顔から、リルだけあってもしょうがないと興味の薄そうな顔をして、最後のところにピンと惹かれたようであった。
ジーニアレス大陸は個性的な土地であるとはいえ、新しく珍しいもの・しかも面白く美味いときたら、誰もが興味を惹きつけられる。
マモンが机の下でガッツポーズをした。
「環境部から質問しますわ。国周辺の環境について荒らされたりなどしないかしら」
「ゴミの処理方法についてはグルニカと共に開発成功しています。[溶解]をアレンジして細かく無害なものになるまで細分化するのだとか。土を掘って移動する魔物がやってきた場合には閉園後に地ならしをするとレナパーティから申請がありました。例のG-レックスに時間制限・主人同伴での外出を認めてあります」
「なるほど……」
「【観光部】からの質問です。スカーレットリゾートに魔物が向かうということは、その間はシヴァガン国内に魔物が減ると思われますか。もしくはリゾート目的にやってくる遠方のものが増えると思いますか」
「やってみなければ分かりませんね。しかしシヴァガン国内で人口過多になっている部分に変化はあるでしょう。スカーレットリゾートはホテル事業もやっておりますし、まさに【観光部】の淫魔族も契約をしており、部屋を広くするスキルを使う方々もいるそうで。
あちらに泊まってもらえれば、シヴァガン国内の空き部屋待ちが路上に寝ころぶという現状は変わってくるかもしれませんね」
「もし最悪の結果になったら」
「あなたがたの力を借りて眠らせて元いた土地に送り直します。眠っている間にどこかに移動しているなんて、魔物間ではよくあることです。昨今流行りの夢遊病かもしれませんし、ただただ風が強くて鳥が飛ばされたり地割れで獣が落っこちることもありますものね。
どれほどの魔物でも眠れば抵抗はできませんし、眠らない魔物でもそちらのズーズーは眠らせてしまえるのでしょう。紹介していただいても?」
「ええ、こちら契約書でございますわ! 観光部の期待のルーキーを、ぜひ重用していただきたく!」
水龍が蒸発した水のようなささやきで、誰もに聞こえるよう呟いた。
「そこまで制御してあげねばならんものかね。ち〜と、手をかけすぎなんじゃないかね。最近の国はえろう丁寧じゃのう。まかしてやれば、自然淘汰になるのでは」
「……」
とりあえず宰相サディスは魔王ドグマの口を塞がせる。
ここで「わかる、めんどうだぞ!」などと同意させないためである。
▽はい、魔王様お気に入りのウインナードッグだよ。
「ぐらぐらとした足場の中でなくなってはならない支柱があると考えております。我々は魔人族であり、魔物です。足場のひとつには[進化]の存在が大きくありますね。
あらゆる魔物がレア種族に進化するというレナパーティ、もしもそれが自然淘汰されてしまったら、はたして”しかたのないことだった、そういう未来もありだろう”と我々は言えるのでしょうか。その時、はたして我々は今の我々なのでしょうか」
「……」
今度は、水龍が黙らせられた。
抽象的な物言いは、時としてはっきりとした説明よりも、おのおのの価値観に広く響いて、もっともそのものに合う「納得」を引き出すことがある。
(このようなものの言い方も[ヒトの国]から学んだものではありますが……。……テクニック、そればかりなのは好ましくない。……しかし我々には一個人をはるかに超える身体能力があり、その身体能力を保っておくためにレナパーティの実在はおそらく必要なのだ、と。……)
宰相は鉄面皮を貫く。
そして「解散」を言い渡した。
あとはそれぞれがシンプルな言葉と「気持ち」を持ち帰り、心に刻まれることが重要だからだ。
まるで自分が考えたことのように受け止められたとき、宰相に押し付けられるよりも、もっと自然にレナパーティを見守ろうとするだろう。
水龍はこの議題が気に入ったようで、いたくご機嫌に帰っていった。
その手にはお土産まで持って。
──”プラネタリウム型通話システム”の電源が切られる。
遠方の各部族長に挨拶も済んだ。
影蜘蛛が蜘蛛糸をつたってもってくる書類にはスケジュールが書かれており、この思い思いの主張をパズルのように組んでいくのが、秘書部のトップであるサディスの役割である。
しだいに心は落ち着いていった。
書類仕事は彼を没頭させてくれる。
頬杖をつきあくびをしたドグマが、またしても崩しにかかってくるまでは。
どうやら、宰相サディスが安心している保守的な状態を、良く思っていないらしいのだ。
「【進化】は魔人族にとって重要だとみなが知っている。けれども所属部の名称をちょうどよいものに換えることができたように、もし【進化】という言葉よりもふさわしいものが潜んでいたら……」
「……ニヤニヤともったいぶらないで、続きを」
「【進化】には別の言葉があるのではないか」
「あなたはそう思うんですね?」
(ということは真実なのでしょうね!!)
[野性の勘]でここまで登り詰めてきたドグマである。
「っきゃーーーー!?」
書類を持って再びやってきた女史ヘラが見たのは、掴みかかり合う魔王と宰相という修羅場であった。
喧嘩するほど平常時。
読んでくれてありがとうございました!
レアクラもながーくなってきたので、さかのぼるのも大変とか、初期の文体が今はよみづらいとか、ご意見をいただきます(。>ㅅ<。)
そのうち区切りのいいところで、二部スタートしようかな、と思っています。
冬フェンリルシリーズみたいに。
読者さんたちが読みやすいようにしたいですから、いろいろ考えてみますね!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




