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霧のカーテンの罠

 


 ▽霧を抜けた。


 ▽海面はひとつのさざめきもなく静止している。

 ▽驚くほどに透き通り クジラの尾も浮いているかのように見えた。

 ▽シロノアールの影は映らない。

 ▽ゼリーに浮かんでいるような奇妙さだ。


(さっきまでは、大海の真ん中ってかんじの風景だったのに?)


 レナは誰かに相談しようとした。

 最も客観視することに長けているのは、キラだ。


「返事をちょうだい。とにかく少し話したいの。──環境が変わりすぎているよね……こういう時って不安だなあ……海上だから助けにきてもらいにくいしね……」


<モスラさんにも繋がらないでしょうね>


「そうなの!?」


 レナは空を見つめ、そこにも霧がかかっていることに気づく。

 景色の果てまでも空気のある部分はかすみがかかっている。

 まるで、わたあめの中にいるみたい。


 わざと楽しいもので例えて考えた。

 おどろかされてたまるものか。


<空気が停滞しているからです。音を遠くまで響かせるには、空気を震わせることと、空気の隙間を魔力が通っていくことが必要です。試しに白竜の呼び笛を吹いてみてください。──鳴らないでしょう>


「本当だね」


<ルーカティアスさんが集めておいて下さった古代記録の石板から、このような現象と関わりがあると推測します。聞きますか?>


「頭の中で聞く。だからキラ、教えて」


 少しキラがためらっているような気配をレナは感じとった。


 ふ、と肩の力が抜ける。

 従魔がレナを大事にしているとき、途方もなく勇気が込み上げてくるものだ。レナのラナシュでの何よりのエネルギー源である。


(言いづらそう〜。まったく、やりたくないならそう言ってもいいのに。でも言いたくないですね! そこをなんとか私のお願い! ってふざけられるだけでもラクになれるだろうに。

 キラは、私に似て成長してる。マシュマロの教育を任せてからはとくにそう)


 大勢の命運を、預かっている、という気持ちになるのだろう。


 言ってしまえば大きな責任なので判断をためらう。

 できるだけ正解をあげたいと思ってしまうのだ。

 自分の決定ですべてが定まってしまいそうな重責。

 状況が悪いときほど、ためらわされる。


(どうせここはラナシュなのにね! 判断だけでいい未来はやってこない。誰かの運が作用する。起こった出来事についてどんなふうに対策していくか、それだけだよ。

 じょうずに失敗する! を繰り返す! だね)


 レナは泣いたフリをしてから、すぐにパッと顔を明るくした。


「怖くなって泣いたりしないよ〜。私はもうすっごく成長してたくましくなったんですからね。えへん!」


<わかりました。では、言います>


 レナは気持ちをそちらに傾ける。


 少しだけ意識を横に広げる。


(ルーカさんはまだ不安定そうだったのに、あちこちに足伸ばしてる動きがどうにも繋がらなかったけど、そっか、”こういうこと”が、将来私たちに必要だろうって推測していたのかもね。

 猫は成果物を持ってきたがる。赤の聖地に懐いてくれているんだね)


 キラは予言じみて伝えた。


<”迷いの海──[?????:真宵の海]を制するものありけり。すべての音は波へと吸われて、かの王の知るところとなる。かの王は聖霊を求めている。それがこの海に近づいたならば、呼び寄せて喰らってしまおうと大口を開ける──”>


 ▽レナは 思わず 空に叫んだ。


「深海ダンジョンのダンジョンマスター、仕事してくださいよ!? すっごいよく似た商売敵がこんなところにいるでしょうが! ちょっと! 統一してください、手間なのでッ!!」


<あらーマスター・レナ、お元気ですねー>

<ねー>


「だってほぼ同じじゃん……。あんなに、海は我輩の領分なんて思わせぶりな言動をしておいて、いろんな海にいろんな海のダンジョンマスター系がいるんかいって話だよ!? しつこくない!? しつこいー!」


<しつこいです>

<ですー>


 このレナの剣幕には、従魔たちも笑い出した。


 緊迫した空気に殺気を漂わせていたノアたちも、ポカンとしてから、クスリとする。

 影蜘蛛の部下たちはみながまだポカンとしていた。攻撃指示があれば動けるが、あんまりにも急にレナパーティが騒ぐのでびっくりしてしまったのだ。いや、一名、そこに潜んでいたイラだけは、そういうもんだよな……と納得していた。


 レナは海面を指差す。


「キラ。ここにいるのはダンジョンマスターみたいなものだと私は認識しているんだけど、合ってる?」


<いいでしょう。ダンジョンマスターの古代版です>


「じゃあ攻略法は深海ダンジョンと同じでいいかな。ボスがいるだろうから倒す、もしくは意識の和解をする」


<いいでしょう。プラス、逃げ去ることも可能ですよ>


「そうなの?」


<ダンジョンのように固定範囲の箱に入ってはいません。この霧のカーテンくらいであれば抜けられます。どうやら古代のものが蘇ったばかりで情報が曖昧なようだ>


「ラナシュ〜〜」


<突っ切る! これも選択肢の一つです>


「それにしよう。だって私たちは万全の対策をしてここにいるわけじゃない。クエストを受けたのは海洋プランクトンについて。だから、ここに古代ダンジョンの名残が出現していることを、シヴァガン王国の冒険者ギルドに情報共有するところまでを、今回の目標にする」


<イエス・マスター!>

<イエス・グランドマザー>

<私のことキラママって呼んだの引きずってるんですか!?こら!>


「海に適性のあるミディ、耐久のあるキサ、変幻自在のクーイズ、空をゆけるシロノアールさんを呼んでいてよかった。私って運がいいね」


<それはもう>

<この事態に遭遇するのは運が悪……?>

<くないです。運が悪くはない。運が良いのっ。どうせ起こることを、まだ対象が未熟なうちに、現状のベストメンバーで挑めるならばラッキーなのですよ。いいですね>

<価値観のおしつけ>

<おだまり>


「ノアちゃんたちがいてくれるから証言の保証もされる。影蜘蛛さんの手助けと、クジラの推進力。……クジラの……もしかして、聖霊と間違えているんじゃないの?」


<ありえます>


「じゃあそれもラッキーだ。ダンジョンマスターが聖霊を手に入れてしまうとなんか強化されるっぽいじゃん。そうはならない。この逃亡劇、もらった」


<マスター・レナに改めて、[逃亡者]の称号をつけることができますが>


「つけて」


<承知いたしました!……>


<称号[逃亡者]を取得しました!>

<ギルドカードを確認してください>


「ギルドカード、機能縮小中だけどね」


<そこはお約束ということで。この世に確立している制度を使えばなめらかに物事が進むのは世のことわりでございます。──前方、海面の盛りあがり!>


「私たちのテンションは盛り上がってないっつーーの〜!!」


 レナが叫んで前方に指を向ける。


(((それでーーーーーー!?)))


 と、影蜘蛛たちが思ったのは内緒だ。

 どうみてもテンションが盛り上がっているように見えるレナパーティであった。



 ここで影蜘蛛たちは個人的な思考をやめ、ノアに指示されていたように働く手足に努めた。


 ・クジラの周りに敵の影があれば排除すること。蜘蛛の毒針。海中に刺すように沈めたら、麻痺や機能不全を引き起こす。

 ・クジラの尾の働きを補助するように蜘蛛糸で左右上下に動かす補佐をしてやること。


 実のところ、クジラの状態は港にいた時点で、悪くなっていた。


 急激に環境が変わった影響が現れたのだ。

 海戦で無茶をさせられていたこともあり、けして自然発生した生物ではないその体は脆く、ほころびかけている。


 ノアはレナに知らせていなかった。


 レナに言ったところで、保護した冒険者ギルドの規定などがあるので、レナがクジラに力を尽くしてやることはできない。もしくは、レナは力ある冒険者・赤の聖地の管理者として他にもやるべきことがあるのに、クジラに時間をかけてしまうかもしれない。


 クジラはノアの預かりになっている。


 ジーニアレス大陸までいくのは問題ないはずだった。海洋プランクトンくらいは余裕なはずだ。シヴァガン王国まで帰ったら、海洋系魔人族とともに分析をして治療をしてやればいい。


 しかし目前の大波を前にして、クジラが目当てかもしれないと聞き、ノアは冷たい汗をかいていた。


 ノアはその内側に蓄えていた全てのカロリーを消費して、大量の蜘蛛糸を使いクジラの動きをサポートする。

 音の制御ができないのだ。

 ならば、代用をするまで。


「レナ様、あの波につっこむのー!? ミィでもびっくりしてるのに」


「海に出ているときに津波が来ていたらその波に向かって船を進めるの。そうしたら乗り越えられる。もし逃げようとして後ろを向いてしまったら、そのほうが呑み込まれてしまうんだよ……あっ、違います、逃げるために立ち向かいまーす! 逃げてる! 私逃げてるよラナシュさーん! 聞いてそう!?」


<称号発動継続中です>


「よっしゃ。今更だけど、私が直に走っているわけでもないのにこの称号意味あるのかなあ!?」


<逃げに関する運が良くなるでしょう>


「最強!」


 ▽ざっぱーーーーーん!!

 ▽海の盛り上がりを 走り抜けたーーー!


 海面があまりに上がるので、シロノアールの尻尾がクジラの目前にくるほどになり、シロノアールはこのままではクジラの体重に引っ張られると直感して、さらに高く上がってから降下した。

 その動きのおかげでクジラはなめらかに急加速しながら走り抜けた。


「やるじゃーーん!」


『『ヒュー! シロちゃーん!』』


 シロノアールがある程度育っていて自分で判断をする魔物でよかった、とレナは胸を撫で下ろした。

 そのままぶつかってしまうかもしれない!!、と注意をしようとレナは声を上げたのだが、その音さえもどうやら海が呑み込んでしまったらしく、届かなかったのだ。


 声を呑み込んだ海が、理解した。


 この集団のリーダーは「黒髪三つ編みマリンルックの少女」だ。


「レナ様」とやらが「王」である。


 王がやってきたならば、それは、王と王の「合戦」。


 あの白い聖霊を賭けた「聖戦」。


 さて、それでは名乗りを上げよう。今代の言葉はレナたちから理解した。


 海が轟く。




【びっくり! やるじゃん! テンション盛り上がりのお仕事!!】




(((なんてぇ!?)))


 ▽轟々・襲来・受けて立とう・いざ聖戦! かな?


 ▽レナたちから今代の言葉を理解したって言ったよね。


 ▽そりゃこうなるよね。


 ▽暗い雰囲気にさせないようにレナパーティがテンション上げていたのが仇になったよ。


 ▽クーイズに爆笑され、シロノアールにダサいものを見る目で蔑まれ、ノアに生暖かい目で見られ、古代海の王は困惑している。


 ▽思っていた雰囲気ではない。


 ▽逃げてるし!


 ▽王と王の合戦から逃げる!?


 ▽聖戦なのに!?!?


【逃げるな!!】


「”逃げる”? ご声援ありがとうございまーーーす! シロノアールさんクジラちゃん飛ばして! 私、今、とっても追われている逃亡者なの! これはもう逃げさせてくださいよねラナシュさん!」


【逃げるな!】


「ごめんあそばせーーーー☆」


 レナは煽りながら去った。


 これでも全力で周りの環境に目を凝らしている。

 海面はところどころがゆるく渦を巻いていたり、流れが逆向きになっていたりと、これから海が荒れる兆候が至る所に見られたのだ。

 シロノアールは気を利かせてクジラの進路を操ってくれているようだ。

 クジラが疲れてきたらしいところでは、レナが、


「緑魔法[エクセレントヒール]」


<従魔回復を繰り返してきたマスター・レナだからこそ使えるものだと判断しました。貴女の技能として使用可能です。しかし回数をこなしていない魔法を連発は危険です。しがみついたり判断する元気まで無くしてしまったら総崩れになりますから、お気をつけを>


「了解」


 レナは唇を噛んで、目を見開いた。


 やがてその目が潤い始める。


 泣いたのではない。


 霧を通った。


 ──抜けた!!



「突破〜〜! おつかれさまー!」


『『やったー! えらーい!』』


「ミィ、出番なくてもよかったノ?」

「海であって海ではないところだから、それでよかった。よしよし、覚悟を固めておったのじゃろう」

「……ミィ〜」

「泣いてしまった」

『『怖いもの知らずだったところから、怖がることを覚えたんだね。賢くなったんだ。いーこいーこ。ほら、レナも』』


「ぎゅーーーー!」


 ▽やいのやいの。

 ▽こうして、レナパーティたちは陸へと向かっていきましたとさ。






 ──遠方、洞窟内。


 ルーカがキラと通信をしていた。

 いつもはホログラムのキラと会話しているのだが、今回はレナたちの方にリソースを使うためにキラは音だけでの通信だ。


「レナ、無事に抜けられたんだね」


<なんとかかんとか>


「ふうーーーー」


 ルーカが額の汗を拭うような仕草をする。

 ひとりでいる間にどうにもオーバーリアクションが身についてしまった。クールに振る舞っていた頃が懐かしい。まあ、あの頃にいい思い出はそうないので、クールはモスラにまかせようと思っているルーカは当のモスラがすでに面白執事になっていることをまだ知らない。


 冷水でひとり乾杯をするしぐさ。

 頬杖をつきながら飲み干して、愚痴をいうようにキラに声をかける。


「この先の未来のひどいのったら……!

 できるだけ正確に予測をするために、イレギュラーを引き起こすレナがいないものとして”視る”ように努力をしてみたんだよ。うまくいったね。僕の未来視と、ハマルのストックの悪夢、それを程よく組み合わせてくれるアグリスタの共感。──悪い未来の予測ができる! というわけ! で、見つけたあの古代の文句と組み合わせるとね」


 レナがいなかった場合。


 大陸の間にある大海に、古代の海洋都市を統べていたダンジョンマスターが出現した。

 周辺の海洋プランクトンにやられてしまった船が、この海域に呼び寄せられたことから近代の言語を習得。瀕死の男に意識を注ぐかたちで受肉する。海水で作られた透明な船は海を渡り、両大陸の港に辿り着く。

 どちらもの港がダンジョン化し利用不可。

 頭にクラゲのようなものをつけたヒトや魔人族がゾンビのようにはびこる。

 この港の対処に手間取っているうちに、他の古代王の魂が各地に出没、ラナシュは混乱を極めてゆく──。


<うーーーーーわ>

<マロそういうのは将棋だけでいいや>

「はーーーーーあ」


 とりあえずキラも赤の聖地のサーバールームを脱出して、マシュマロと共に冷やしたハチミツレモンジュースを飲んだ。


「ネガティブな未来を視るなんて、正直心臓に悪いもんだね。けれど視ずにはおれないものならば、いいところを探すようにしてみよう。

 そうだな、少々寿命が縮まったならさ、レナを一人だけヒトの寿命に取り残さずに済むのかも。あの子がいまさら一人だけ老いていくことを嫌がったりするわけもないんだけど、近くにいるものが一人くらい同じ時を生きていたっていいじゃない」


<私に喧嘩売ってます?>

<マロも混ぜて>

<混ざらんでいい>


「ふふっ……。軽口が過ぎたね、ごめん。君たちの近くにいないとどうにもさみしくなってしまって、かまってほしがるようなことが口から出るんだ。少し帰ったほうがいいみたい。そしてまた旅に出るよ。僕が後悔しないように。古代の記憶巡りは楽しいことがあるのも嘘じゃない」


<人手が足りないんでできるだけ早くー!>

<早くー!>


「まかせて。働くから。……じゃ、レナに、頑張ってって伝えて!」


<ご自分で伝えたほうが喜ばれるのでは>


「それはそう。じゃあ、気分が悪いものを与えてしまったし、おわびに気分が良くなるようなものをお土産に探してみよう。猫みたいだって言われるかな?」


<もう思われていたかと!>


 ルーカはランプをつけて、日誌を書き、また靴紐をしめて外に出かけていった。









読んでくれてありがとうございました!


みんなそれぞれ達者に生活しています(`・ω・´)ゞ


お盆前にも書けてよかった〜!

みなさまも読んでくださりありがとうございます(二度目)( *´꒳`*)੭⁾⁾


いい週末にしましょう。

今週もおつでした!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 世はまさに大後悔時代に!?
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