【オペレーション:妖精の歌】
♫花の花弁にその足つけて はたらき回る小さな虫の
その足の先のとこ こすり合わせて祈りませ
その薄く儚い翅の二枚を こすり合わせて祈りませ
小さき虫どものその祈り 集めて捧げてふくらませ
みつけてみせよう 妖精の── ♫
「ん。なんか、聞こえた?」
レナが空の方を見上げながら首を傾げる。
アネース王国の建物の屋根の上、吹き抜ける淡い空にはどこからともなく巻き上げられたのであろう青葉がひらひらとしていた。
急に立ち止まったので、後ろを歩いていたキサが「あら抱きしめちゃった」とレナの肩に腕を回した。
そして従魔たちみんなで耳を澄ませた。
「妾には聞こえなかった。レナ様よりも耳がいいはずなのじゃが……ミディは?」
「聞こえなかったノヨー。なんにも」
『『我らもまったく』』クレハとイズミがレナの上着の下でもぞもぞと言う。
アネース王国の街中では、できるだけ(※できるだけ!)目立たないように自分達の客観的な注目度低下に努めているので、そろってシンプルな服装をしている。
今朝、パトリシアの花屋に立ち寄ろうと宿を出た。
そうしたら前にもましてそわそわとした不思議に湧き立つ空気を感じとったから、レナたちは街の人ではなく旅人なのだしと、余分に身だしなみに気をつけた。
何がそこまで空気をそわそわとさせているのか? その理由がわからないうちは、誰かの癇癪に触れてしまわないように、地味にしようと心がけていますよ?と、外観から訴えかけるのがちょうどいい。
(それにしてもなぜだろう。肌の表面のあたりが落ち着かないような。ざわざわ、そわそわと……)
レナの疑問は思いがけず早く解消された。
モスラが自分の尖り耳を指差したのだ。
「私には聞こえましたよ。おそらく虫の性質を持つ者にだけ聞き分けられるものではないでしょうか」
「モスラは蝶々だから……? で、私はあなたの主人だからなのかも。もしかしてモスラははっきりと聞き分ける事ができたの?」
「ええ。これは妖精の歌のようですね。ははあ、リリー先輩とルーカティアスが企んでいた物事かもしれません」
「そうなんだ。最近、うちの従魔たちって世界を股にかけて遊んでるよね。いやー元気いっぱいでよろしい」
「黙認してもらえるからこそ伸び伸びとやれるというもので」
モスラは笑った。
彼にもまた、企んでいる事があるに違いない。
レナはモスラを見上げた。
この存在を従魔にした頃と比べたら、ずいぶんと肩の力が抜けているようである。やらねばならないことを乗り越えて、進化後の力の使い方にも慣れてきて、やってみたいことができて、そのためにどれくらい今の自分のままでいけるのか、それとも最終手段としてレナの体質の助けをかりるのか──スライムキングが誕生したように。
そのような部分の、やってみたいことを試すという段階にいるのだろう。
クレハとイズミの成長をみて、何かまた吹っ切れたような顔をするようになったのだ。空の王者のようなところまで早く育ってしまい、モスラは己の到達点を見失っていたのかもしれないとレナは思う。
どのように変わるのか。
また、希望通りに変われること。
では、自分の希望とはなにか?
そのように新しく考えることが楽しいのかもしれない。
総じて力が強い従魔たちだから、その対象が小さな街の中に収まってしまっているならば被害を出してしまう心配があった。
だから安心安全な赤の聖地を保ってあげることがレナの大きな一つの役割だと感じていた。
しかし、むしろ大きな広い世界を遊ばせてやるのだとすればかえって身の丈に合っているのではないか、とも思う。とくに最近の従魔たちは落ち着いている。ただおとなしいだけでなく自分の成長により、成熟にさしかかった。
まあ、クーイズのように、反抗期は通りそうだけど。
レナは再び歩きながら従魔の顔を見る。
……うん、リラックスしている、よし。
パトリシアに頼まれていたおつかいの紙、人数分のおひるごはんを購入。今回はゴルダロの実家の肉屋の肉サンドだ。
アネース王国の街並みになじんでいる【フラワーショップ:ネイチャー】そしてエプロンをつけて手を振るパトリシア。向日葵のような花が店先で太陽みたいな色を放っている。
その箱庭感のある様子に、モスラが近づいていく背中。
それはどうしても「違うもの」と見えがちだ。
街に馴染むパトリシアたち街人の雰囲気に対して、モスラのオーラが突出しているためである。
それでも両者がぶつかることなく会話ができているのは、モスラがこの街を壊すような存在ではなく、大きな翅を広げて守るような存在であると見てもらえているからだろう。
モスラ自身がつくった「居場所」だ。
いつのまにか従魔は世界を舞台に遊んでいる。
今も、レナの知らないところで、遊んでいるのかもしれない。
実際、ハマルが夢の世界を──。シュシュが雲の上を──。ルーカが世界の秘境を──。
(頼もしいよねー。危なっかしさもあんまりないし。みんなきっと無茶な怪我はしないだろうな。自分が傷付いたら悲しむ人がいることをいつでもわかってくれているからさ。主従契約で意識させちゃってるところはあるけどね……。
またみんなの挑戦が終わったら、私にも話を聞かせてくれて、連れて行ってくれるかな。みんなが見てきたものを私も聞いてみたいな。そういうときに、私だってどんなことを聞いても大丈夫だよ!って受け止められるくらいの人になっていこうっと)
レナは、よいせっと駆け出してパトリシアの肩をとすとす叩く。
また、しばらくのお別れだ。
そして、離れている間にもそれぞれの物語が進んでいき。
きっと大事な友達のためにもなるはず。
話してくれる時をきちんと待てる。
楽しみに待てる。
信じて、覚えておこう。
例えばパトリシアと触れ合うこの感触の確かさ、髪の色に肌の日焼け、笑い方、あなたの好みのシャツと仕事用の服装、どのような誇りを持っているか。話す時の声とその名前を、たしかにはっきりと。
(よし!)レナはにっこりする。
レナは「ちょっと距離があるけど港に白竜便が来てくれるらしいの。クジラとクラーケンを引っ張ってもらって水上スキーをするんだ! そして赤の聖地に帰って、スカーレットリゾートのオープン日に備えるんだよ〜!」
宣言した。
「それって水上スキーっていうよりも、カテゴリエラーの新しい競技なんだと思う」とパトリシア。
「パワーが足りなければ笛で呼んでくださいね」とモスラ。
「これお土産の干し肉。美味しく食べてくれよな!」とゴルダロ。
「移動範囲広くてウケる。また東方の祭りにも誘うよ」とジーン。
「魔王様たちによろしくね──」とルルーが微笑んだ。
まだ、帰らないそうだ。
アリスはアネース王城に品卸しに行っている。シルフィネシアが付き添いを申し出てくれた。
傍らのシルフィネシアが壁を作って守っている中で「実はですね例の杖についてなんですけど」と状況を説明したところ、マナリオ国王は目を丸くしてからずいぶんと久しぶりに噴き出して肩を震わせた。マントを引き寄せて口元を隠す。
清らかな風が吹き抜けていく。
そこに杖の聖なる浄化が宿り空気を清めてくれているのかもしれない。
「もしもマジカルスライムのローズとマリンが発見されても手出しをしないように国属警備隊に通達しておく」との約束をとりつけた。
「そのようなスライムがいてくれるとは。見た目も綺麗なのかもしれないね。クレハさんとイズミさんみたいにツヤツヤとして。レナパーティのみなさんのように温かくて優しい朗らかな性格をしているに違いない」
アネース王城の水ガラスを通してみれば、遠くに見られる窪んだようなガララージュレ・エリアの黒く濁った色であっても、どこかきらりと光るようでもあった。
*
”ばああああああか!”
……とは、ローズとマリンが最初に覚えてしまった言葉である。
ヒトや他の種族が理解する声を発することができないため、体をラナシュ文字のように歪めてその意志を表している。
これについては、まず聖なる爆発に巻き込まれたモレックやらメルガが吹き飛びながら「ばああああか!」と言ったのであり、それはなんだろう? と首を傾げているような仕草を見せたいたいけな生まれたてのスライムに、デッドが「こう書く。このような意味だ」と解説をしたため学習してしまった。
倫理観が最悪のデッド先生が爆誕していた。
「やめなさい」
「覚えたての強い言葉を使いたがるのはダサいと聞いたことがあるが、確かにみっともないものだな」
「デッドは黙れ」
「俺にだけ語気が強くなるのは何故だ」
「長年生きてきた魂を突っ込んであるくせに社交力が絶望的なことに怒っているからだ! ローズとマリンについてはまだ生まれたばかりなのだから仕方あるまい。だから、適切な扱いをするように」
「納得した」
「……そうか」
理解力はあるなら情緒的なお察しをしやがれ。
っっっっっっったくもーーーーーーーーーーーー。
アンの心境を表すならばこれに尽きる。
しかし、とうしろを振り返る。
この弟はチクショーだし、ローズとマリンはやんちゃだけど。
ガララージュレ・エリアのどろどろの臭いヘドロ状になってしまった大地が、サラサラとした土に変わり、吹き付けてきた風が運んだ植物の種が今にも芽吹いてきそうなふうであった。
思いがけない速度で、また理想としていた夢のような景色が現実のものとして目の前に現れて、アンは、体は疲れていても心はかなり回復しているように感じる。
すう、と吸う空気も、美味しいような。
ふと、歌を聴いた。
「警戒をしろ。誰かが近くで歌っているようだ。……いや、風か?」
「そのようなものは感じ取れないが」
「なんだと?」
「先ほど吹き飛ばしたモレックたちの呻き声などではないのか」
「おそらくそれはない。奴らは喜劇のようにふっとんでいったし、ローズとマリンは光と煙に紛れている間に私が抱えてダッシュしたからな」
「俺は置いて行かれたわけだが」
「逃げる時に縄を引っ張るのが大変なんだよ。自分で走れ」
「ところでだな」
「ん」
「歌の件は?」
「デッドが言いまくる他所ごとに対処をしていたから時間がかかったわけなんだが」
死んで血がほとんどない時でよかったな、などとアンは冷静に皮肉を思う。
もし、生きた人間がこの弟の相手をしたら、血が沸騰して血管がブチギレまくっているのではないだろうか。
「聞き分ける。周りの警戒を頼む。……鈴のような声……。……小さな……虫の……集まりが……、ちっぽけではないということを……。……きらめき……証明……?」
「なるほど。ところでアンは集中すると一点の音だけを聞くという芸当もできるらしい」
「……まあ体のどの部位を使うのかという微調整は効く。私の体もお前の体も、さまざまな部分の寄せ集めに王族の頭を置いたものだからな」
デッドはアンの後ろを指さしている。
アンは聴力の種類を変えた。
▽ブウウウウウウウウウウン……!
▽虫の大群が 現れた!
▽虫は 人型を作った。
▽追いかけてくる!
「言え、早く言え、バカ! 逃げるぞ!」
「早く言えと言ったな」
「っは、ハア、ッ……そうだけど? ……ハ、ハッ!」
▽アンは 息を切らさないデッドに イラついている。
「このまま進むとラビリンスに落ちそうだ」
「ばあああああ……!」
か、まで言わなかったのは、ダブスタにならないようにという、教育者アンのぎりぎりのプライドであった。
*
夢の世界。
珍しくハマルからマルクへと干渉があった。
そこに持ち込まれたのがこの映像である。アンがラビリンスに落ちて気絶中の悪夢、もとい、珍道中の記憶。眠ってすぐの頃には日中に遭遇したできごとがそのまま現れやすいのだ。
ハマルとマルクはチベットスナギツネの目をしていた。
もっと幻想的な妖精の誕生を想像していましたが。
(ねーマルクパイセン。なんかさー。思ってたのと違くない?)
(そうなのか……。アレがお前の想像通りならばなんて趣味の悪いことだろうと思っていたのだが……)
(ふーひょーひがいでーす。えーと、リリー先輩これわかってたはずだけどなー。妖精の本能のところでこーいうもんだろーって察するものがあったはずだけどー。それでやろうと思った経緯だったはずー。うーん、うーん。じゃあ、これでよかったんじゃないー?)
(恋の季節とやらはどうした)
どうみてもラブラブできそうにない虫柱であった。
(種族によっていろんな恋のしようがあんじゃんー。魔王様はバトルで負けたら番いになったし、蜘蛛と蜂はメスのハーレムだし、セミは鳴いて求婚するでしょー。
マルクパイセンさー、ヒトも混ざって想像力狭くなってんじゃないのー。あとの世に続くならばー、きっとどんなカタチでもいいんじゃないのかなー)
(それにしても特殊だという話をしているが……)
(そんなにこの話題について話していたいの? むっつりすけべー)
(やめろやめろ! 私の個性にそのような属性がつけられたらどうするんだ!)
(どうでもいいー)
(……これはそっちの想定内ということなんだな、うん。予想に反していたからとスイを助けないという契約保護はないのだろうな……)
(だいじょーぶだよー。んな気まずそうにしなくていいよー。リリー先輩がどのようなお考えか、想定内か想定外かはまだ分かりませんけどー。
んでも、もし間違っていたらごめんなさいしてやり直したらいいんですからねー。スイさんにもまたアプローチしたらいいしさー。ね、それが個人事業のつよみってもんですよー。最近ボク商業ギルドでお勉強してるんだー。えへん)
(そうか。助かった)
(よかったねー)
では、とマルクは切り上げようとした。
ハマルは、もう少し続き見てようぜー、と誘った。
アンの夢の鮮明な部分はまだしばらく続くようだ。
読んでくれてありがとうございました!
ダブスタ。その言葉使うなって私が教えたのに、私が口にするわけにはいかない! ……って意味として使ってもよかったですかね。使用例としてすこし迷います><
いろんなところが並行で動くのですが、わかりやすくなるように頑張りますね!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




