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【オペレーション:夢の世界】

 


 ──夢の世界。


 心を持つものたちの夢が、藍色の道端にころりころりと落ちている。

 心が豊かで複雑な人のような夢は大きくて、ただ生きるだけの虫のような小さなものは夢も小さい。


(だが、心を失ったまま暴れているようなものは観測することができない。夢の入れ物が小さいからといって見誤らないように気をつけるんだ。そのような生き物の道を外れた存在がもっとも危険なのだから……)


(うわーい。教え方大サービスじゃーん。今日は機嫌いいわけー? ラッキーデーだなー)


(気の抜けた返事をするのはやめろ、こっちはいつもより真剣に教えてやっているだけだ!)


(かしこまって聞けばいいわけじゃなくー、聞いた内容が中に入っていくのがいちばん大事なんだと思いますー)


 ▽ああ言えばこう言う。


 がくり、と頭を落としたのは、夢属性の魔物ナイトメアの成れの果て、黒々とした夢が複雑に絡まりあいとぐろを巻く蛇のような化物になった、かつてのマルクである。


 ハマルは「パイセン」と呼んでいる。


 夢の世界にあっても、ハマルの星の輝きのような羊毛はうつくしい。


 人型でも獣型でもこんなに遠くても近くでも、自由にとびまわる。


 その様子に、マルクは希望を見出していた。


 いつか自分が夢の世界で暴走してもきっとこの類まれなる星の羊が殺してくれる。(……まあもう死んでいるのだが)精神だけがシヴァガン王国の塔の拘束から盗み出されて、死体をくみあわせて作り出された器に入れられているのだ。

 そして、夢の世界にアクセスできるように研究観察されている。


 もっとも、ガララージュレ・エリアの研究員たちはここしばらく活気がなく研究にも身が入っていない。

 それにマルクは彼らのために協力する気もなく、どちらかといえば反抗心を持って、この夢の世界に送りこまれようとも自分のところだけで情報を引き止めているのだった。


(世が乱れているだろう。こんな時だからこそ、私が持っている情報をおまえにすべて教えてやろうと決めたのだ)


(ひゅーひゅー。ぱふぱふー)


(その囃子はいったいなんなのだ!?)


(えー? うちのねー発表を応援するいつものやつだよー)


(……………………そうか)


(そうなんでーす)


 ハマルは恐れることなく近づき(マルクパイセン)と声をかける。

 最近、教えてやることが増えたからかパイセンと呼ぶようになった。そして(まだ、私のことをマルクと呼んでくれるのか)と感慨深く息を吐いた、それは毒のように周りに散った。


 ハマルは(あのさー。クーイズ先輩が作ってあげたマジカルスライムがこういう毒性浄化得意だって知ってるー?)と雑談をしながら、そのスライムが見たという夢をここで開花させて、空間を綺麗にしていく。


 マルクも気兼ねなくおれるというものだ。


 そして、(話が横道にそれそうだ)と、道筋を戻した。



(試してみてわかっただろう。はるかジーニアレス大陸から意識を飛ばしてくるなんて、かなりの魔力なり気力なり使うところだが、魔物使いの主人がミレージュエ大陸にいるとなれば、そうとう自由が効くのではないか)


(そだねー。動きやすーい。誘ってくれてありがとーマルクパイセン)


(なぜ誘ったか、わかるか)


(うち、あんましなぞなぞってやらないんだー。みーんな言いたい放題主張するよー)


(スイのことでな)


(そりゃ、わからんわー)


 すこーんとずっこける仕草をするハマル。

 すぐに、よいせっと立ち上がってから、正座の形に座り直した。人形として礼をつくそうというなら、これが見た目にも伝わりやすい。ただでさえ口を開くとゆるゆるの話し方になるハマルである。体で見せた方が話が早い。


 マルクはまた吐息をこぼした。


 それは、黒く丸い卵型だがぼんやりとしている。


([夢映し]だ。ここにいない者の夢を映す、影響は与えられないが夢属性の我々がこっそりと知ることができる。……。そんな目で見るな)


(パイセンの自意識ってだけですよー。ボク、元々眠そうな目をしているってよく言われるやつですー。けして呆れた半眼とかじゃないのでお気になさらずー。

 夢映し、かー。うちは誰かの様子がわかんなかったらキラ先輩が捕捉するなりルーカが遠視するなりモスラが物理的に飛ぶなりするから、あんましいらないかなー)


(スイの様子、どう思う?)


(シクシクしていますねー。……ん? ……んん? ……ちがうなー笑いを堪えてる?)


 スイは口元を押さえているようなふうに見えた。

 そしてその手をのけると、大きく笑った。背中が反って顔は上を向いている。なんだか明るい女の子にすら見えて、ハマルは驚いたくらいだ。


(笑うとかわいーね?)


(違う)


(さっさと言ってよー。あ、レナ様のお兄様じゃーん)


 黒い卵型の中に、黒い鎧がわずかに見切れた。


 それがレナの兄の現場であるとハマルは実は知っている。


 レナの兄のことをずっと探してきたからだ。まずはレナの夢の中で、懐かしい兄の姿というものを発見した。ハマルはその夢に入り込めるようになってからは、兄という人格と話をしたりなどした。台所に共にたち、包丁を握って料理も手伝った。一緒に漫画を読んだ。ほがらかな人柄、すくなくともふと現れた子供を邪険にしないような人柄だということを知っている。


 そのあとは、夢を取り出すという魔法を手に入れたと思ったら、レナの夢の中に兄の姿が忽然と消えていて、それからはどうしても接触できなかった。


 やがて別の夢の殻の中にその姿を見つけた。しばらく警戒しつつ遠目にその夢を観察する毎日だった。

 どういうことだろう、もしかしてその夢の主なんじゃないか、とハマルが成長して気づいたときにはその夢はうつろになっていた。


 そして今回、マルクに誘われてミレージュエ大陸にまでハマルは夢を渡り、レナよりも一足先に黒い鎧の人を見つけた。

 アンの話も従魔で共有されたので考えたところ、レナの兄は人としての精神性が乱れているらしいので夢もおぼろげなのではないか、とハマルは導き出した。


 彼の夢の中に、妹の姿もおぼろげなのがハマルにとっては悲しかった。


 ……どれも言わなかったけれど。

 ……誰にも言わなかったけれど。


 なぜなら、確定させたくはない情報だったから。

 現実がそうではないならいいと祈っていた。


 ハマルのこの方針は従魔のみんなもなんとなく「検討中のものがあるらしい」と気づいて放っておいてくれた。

 無理に遠くの夢を見に行こうとしてぐったりとしてしまったときには毛布をかけてくれた。その毛布は元々ハーくんの羊毛だけどね~と笑いかけてくれた。

 自分だけがわかることがあるってどういう気持ち?とルーカに聞いたときには「一人きりの時はどうでもよかった。誰かに言うことの方が嫌だった。相手は情報欲しがってる大臣とかだったし。仲間に関わることだなってわかるようになってからは苦しかった。でも、世に出すことだけ責任をもって選んでる」と毒を吐きつつ教えてくれた。


 ハマルは体重が1日で4キロ減ってしまったこともある。


 そんなことをみーんな、隠していた。のに。


 それでも、その点については、悪運側に秤が傾いてしまったようだ。


 ぼーーーーっとしていることがハマルの目の前でマルクがとぐろをまいた尻尾の一部を振っている。


 はた、とハマルの回想が終わった。


(ま、ボクらは確定地点からよくしてくっきゃないですよねー)


(?? そうなんだ。よくしていきたいのだが……)


(このスイさん楽しそうにしてるじゃんー? お兄様に嫉妬?)


(違うわっ。むしろアラタには感謝している。なんというか、プライドがないというか、目の前の相手に全力を尽くそうとするようなところがあるやつでな。だから笑わせることに全力を使う、それはーーーにはできないことだ)


(自分の名前っつーか存在の重み、取られちゃったんだねー、マルクパイセン。まあここでボクが覚えておいてやんよー)


(スイは)


(うん)


(この者のそばにいると良くないんだ。あまりにアラタが楽しませるのでそちらに逃げていこうとする。これまでのことを全て忘れてただの観賞者になろうとしている。それは救いのように錯覚されるが、実はだめなんだ。この曖昧な環境では、ラナシュでは、そのように自分の痛みから逃げて自分を殺していると消えてしまうんだよ……それは、……嫌なんだ)


(うん。ボクらはねー、友達が”自分のため”って話してくれたほうが協力するタイプだからねー。んじゃ、続きをきこっかー)


(ああ。スイには楽しんでいてほしいが、スイとして楽しんでいてほしいんだ。それをーーーは望んでいる……。

 しばらく前まではそれでも、アラタが気分転換をさせてやらないと落ち込んで声の出し方も忘れてしまうようなところだった。

 今は状況が変わって、スイに気を張っているような者はいなくなりがララージュレ・エリアのそれぞれが自分を救うための娯楽に縋っているような状態だ。

 それでもスイは逃げ出さず、動かず、アラタが与えてくれる娯楽を待って停滞するばかりだ)


(あー。レナ様のお兄様はさー、そういうとこありそうだと思ってましたー。レナ様が育てる人だとすればー、お兄様は依存させる人ですよねー。ちょっとレナ様よりも心が弱いのかなー。親切にせっせと美味しい餌をくれるんだけどー、実はさみしがりの自分のためでもあるからいつまでも与えてー、やがて雛が肥え太っちゃってさー、お兄様に見捨てられるのが怖くなって束縛するんですよねー。マゾ系サディストを育てる才能があるんですー)


(まぞけいさでぃすと)


(スイさんは素質ありそうだったしなー)


(こら。やめろ。……やめてやれ)


(反論できないんかーい。スイさんの今の危険性はよくわかるよー。ボクらもさー、レナ様が昏睡しちゃって愛された思い出を抱きしめているだけの時間を過ごしたら似たような感じになっちゃってー。あれ振り返ってみたらやばかったもーん。

 うん、アラタは引き離すほうがいいだろうなー)


(お前たちは従魔だろう。それでも関係がこじれたのか?)


(あの当時はまるで契約解除されたような心地になっててやばかったんですうー。さみしくてー希望にすがってー妄想してーでも現実は悪いとこから変わんないしー方法わかんないしー。レナ様が目覚めてガツンと教育してくれてほんとーによかったぁー。あんな風にはなりたくないな。あんなボクたちがレナ様の結果だなんて、やだからさー)


(……うむ)


 マルクは黒い殻を見て、ハマルもつられてそちらを眺めた。

 スイの顔はたまにぐにゃぐにゃと動き、夢見ているのだから現実と違いおかしな揺らぎはあるものだが、それにしても健全とは言い難い不気味な雰囲気を醸していた。

 あ、たしかにねー、とハマルは言う。


(このままだとスイさんとシェラトニカ女王によるアラタの取り合いとか起きるかもねー。マルクパイセン、止められるー?)


(無理)


 ▽ここ、大きいフォントで断言です。


(じゃーさ、お兄様がガララージュレ・エリアから出ちゃうようにできればいいよねー。そうすれば依存からは抜けられるんじゃないかなあ。自分で考えずにお兄様になんかしてもらおーってぼーっとしてるのが原因なんだからさー。なーんか考えて一歩踏み出せたら前進なんじゃなーい?)


(それで、辺り一帯を攻撃し始めたりしないだろうか)


(それは無いとは言えないなー。でも遅かれ早かれいつか起こりそうなことじゃんー。分かってんでしょ、なんか空気がヒリヒリしてるようなことー。この辺り一体の夢の質も悪いしさあ。まずくて苦そうな夢がいっぱーい。ボクはズーズーと違って悪食じゃないんだよねえ。仲間の面白そうな夢を……だから、共食い?)


(それもどうなんだ)


(マルクパイセンは実は美食家だよねー。おっとと。だからさ、なんかあったらマルクパイセンが止めるんだよー。スイたちの三角関係を精神的に丸くおさめるよりも簡単でしょ?)


 マルクは想像してみる。


 ……心のどうにもならなさは、死んだ今となってもグダグダと悩み巡らせる自分につきあってきて嫌というほど知っている。


 ……それよりは、もとより死んだこの体で突撃してゆくことの方がずっと簡単そうだ。


 頷いた。


(けってーい。アラタお兄様を出発させたいからー、ボクはちょっと手伝うよー。ガララージュレ・エリアが暴走しちゃったらー、研究所の最終兵器マルクパイセンがなんとか止めてみてねー)


(ああ。ところでそれは、どうやるのだ?)


(それはね)


 ハマルはニコーっとした。


 さすがにマルクもこの夢見る羊との付き合いはそれなりに長い。

 察するものがある。


 作戦完了までのやれることは抽象的なふくらみとして頭の中にあるのだろうけど、それをきっちりと論理的にいえるほどの言語化には至っておらず、そして、いいからボクを信じておけよ、という強者の笑みである。


 このヒツジは草食獣として弱者の側だったしマルクの後輩扱いなのではなかったか?


 そのように感じられても、ハマルから王者の輝きのようなものが感じられるのは確かだった。


 それに、もうマルクはこの現在に生きているものではなく、無念の心を残すだけの敗者だと受け入れていた。


(まかせる。こちらでやることはあるか?)


(話がわかるうー。スイさんにさー、なんとかアクセスしてほしいんだよねー。ストーカーするだけじゃなくてー)


(言い方。それで何を頼ませるつもりなんだ?)


(妖精の歌を歌うようにしてほしいんだー。スイさんの特別な声で歌われるから意味があるんだってー。えーとね、シルフィネシアのよく広がる風が吹いている今だから、スイさんの声で妖精の歌を歌ってもらえば、ミレージュエ大陸の妖精族の素質をもつ命が呼び起こされて、それはきっとリリー先輩のためになるんだって)


(それが対価か)


(そー。まあそっちのためにもなるんじゃないかなー。だって毒性・悪性の虫に変化しようとしてる個体がさー、妖精になれるかもしれないってことじゃんー。妖精になったら意思をもってどっかに飛んでいってくれるよー。そうしたら困るモノが増えなくなって、ガララージュレ・エリアの治安も落ち着くんじゃない?

 って、うちの参謀が言ってた)


(優秀だな)


(妖精の歌を伝えるね)


(それはどこかで見つけたものなのか?)


(そうだよー。うちの一人が歩き回っててねー、周りを探してそういう有益な遺物を探してきてるのー。妖精の目覚めの歌もその一つだよー。リリー先輩は相棒にする妖精王の器を探したいんだってさー)


(嫁入りか?)


(絶対婿取りでしょ)


(どこもかしこも色恋を気にし始めているというか)


(危機的状況におちいったら遺伝子を残そうとするもんだし、世界が不安定だからこそ世界的に恋の季節がやってくるだろうって魔王ドグマ様が言ってましたねえー。オズは父に恋バナをふっかけられて父様うざいってキレてたなー)


(ハマル。横道にそれすぎる)


(やっと名前呼んでくれた)


 ハマルはにこりとして、マルクに「妖精の歌」を伝えた。


 それをスイに伝えるところから、【オペレーション:夢の世界】は始まる。


 マルクは一字一句間違えないように自分の体に刻み込んだ。とぐろを巻くその体の表面には巻物のようにラナシュ文字が並んでいく。それをハマルが再度確認。その表面を撫でてやって(頑張ったねー。えらいえらいー。もういっちょ頑張れるよー、いってらっしゃい)と言ってあげた。




 ──夢の世界から二匹が離れる。


 ──そこには再び静寂がもどってきた。


 ──地に足をつき空が流れて海が波打つ現実は、朝を迎え、さわがしく生き物たちが動きはじめた。





読んでくれてありがとうございました!


夏を抜けたら忙しさが落ち着きそうなので、また、感想返信もさせてください₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

声をかけてくださったみなさま、ありがとうございます!


それでは、雨に気をつけて。


よい週末にしましょう。

今週もお疲れ様ー!

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 マルクパイセン登場! そしてアラタお兄(レナ兄)さんも!? ……甘やかし兄妹が居たら、世界が二人に依存してしまう!?
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