クレハとイズミのお願い
トトン… トトン…
心地いいリズムの中、クーイズも眠っていた。
体をスライムボディにすれば、体勢に気をつける必要もない。
ゆらゆらと、ぷるぷると揺れながら、どこも傷つくことのない弾力の中、宝石の核は安全に守られていた。
硬くて頑丈な核になる前って、どんなんだったっけ。
普段思い出さないだけで、忘れるはずもないものだ。
黒くてドロドロしていてさっき見たアンデッドが這いずっていた地面のような、そのようなものが意識の底からあふれそう。
まどろみながら少し不安定になった。
けれど、夢の中にいるならば頼りになる後輩がいる。
『あっれー。めーずらしー。クーイズ先輩やっほー。何かありましたかー?』
『ハーくん。なにもないよ。なにも変なところはない、よね?』
『いやいやー。なんだか悲しそうですしー。元気ないですー』
『すぐに解決できそうもないことが気になってるの。どうしたらいいのかなんて考えても、そうしたくもないかもしれないのに、ぐるぐるって心が嵐なの』
『そーなんだー。ボク鈍感羊だからわかんないですけどー、つらそうな先輩のことは助けたいしー、それにはまず解決しちゃうのがいいんじゃないですかねー』
『え。ちゃんと考えを出す前に?』
『だってー。すぐに解決できないからよけいに悩んじゃってるんでしょー? 解決できちゃったら、悩まなくてもよさそうなんですもんー。あ、それともー、悪巧みですかー? きゃーこわ〜い』
『そうではないかなあ。もちろん万人に受けたりしないけど、悪巧みのつもりはないよ』
『万人のこと考えるなんてー、変なのー。そりゃあ疲れちゃいますよー。ボクらはボクらのこと考えてたらいいと思います〜。もし間違っていたらレナ様が止めてくれますよー』
『それは、そうだねえ』
『解決だって、レナ様におまかせあれじゃないですかー? あー正しくはー、ボクらがなりたい姿に願いを込めたら、レナ様が叶えてくださるでしょー』
『体質だもんね』
『そうですよー。そういうのが好きなお人ですものー』
踏まれたい、とハマルは呟いた。
なにかといえば、主人の重みを感じることで自分にかかる責任的なものを自覚できるかもしれないそうだ。商業ギルドで糸の納品をするときに、ゆるすぎて経済崩壊するって叱られちゃったんだって。
そのような世間話を、クーイズとハマルは夢の中で語った。
パチン! とクーイズの目が覚める。
ハマルがそのあとのことを告げることはできなかった。
どうやら道に小石が多いところを通りかかったようで、馬車が強く揺れたのだ。
ガタガタガタガタ……ガタタン……
「あ。クーイズ起きちゃった? どんまい」
『おはよーレナー。なんかいい夢見たんだよー』
「へえ。どんな?」
『夢ってほとんど覚えてないじゃん? だからピンとこないけど……すっきりしてるからいい夢みたのかもなあって』
「よかったねえ」
『うん!』
▽アネース王国東門に辿り着いた。
アネース王国にはぐるりと外壁ができていた。
レンガ調のどっしりとした外壁だ。
アリスによれば、以前レナたちが立ち去ったときには、あえて威圧感を出さないようにしていたようなものだったらしい。木造りで隙間も施していた旧・外壁のやわらかな印象は、今となっては思い出しづらいくらいである。
その代わり、というように、高くそびえるレンガ調の外壁の外側にはたくさんの木や花が人工的に植えられていた。
このしかけのおかげで、好意的に見ようとすれば、まるで巨大なガーデンのように捉えられなくもない。
「レナ。これ見てどう思う? 印象の話」
「ん? ネッシーたちがいるアネース王国っていう場所として、違和感のない景色だと思うよ。ものものしさはあるけど、いやな感じはしないね」
「よかった。ここ私も手入れを手伝ってんだよね。だから旅人から見たらどんなもんだろうって、聞いておきたかったんだ」
「色々手掛けてるねえ」
「まーね……」
▽マッチョマンフラワーが 咲き誇った!
▽一部 花が黒くなっている。
▽聖水をかけた!
▽浄化されて 赤く咲き誇る薔薇に戻った!
「一連の流れ、なに!?」
「私が手伝っている外壁の手入れ。言ったじゃん」
「言ったけども」
パトリシアは小さなマジックバッグから小瓶を出して、中に入っていた聖水を手のひらに出し水球にしてしまうと、振りかぶって投げた。
▽百発百中! ※百発もは投げていません。
小瓶にはアネース王国の旗のシールが貼られている。
正規品であるという証だそうで、これを配られた冒険者などは、花が黒くなっていることがあれば聖水をかけてやるのだそうだ。
レナは(でもマッチョマンフラワーだしなあ)と思った。
「悪影響があるわけじゃないの? いざとなれば戦うこともできる花なんだし、もしも、メンタルが汚染されて襲いかかってきたりとか……」
「それはもちろん植える前に討論されていてさ。花の献上に城に行ったときに王族と話したんだ。
まずは花そのものを頑丈にすることをお願いされた。汚染に抵抗力があり、花びらがあえて染まりやすいように品種改良してほしいって。そして一緒に作ったのが筋肉薔薇シリーズ【ガーディアン・アネース】だよ」
「筋肉薔薇シリーズ!?」
▽びっくり!
「よく王様がお花のことをすぐに理解してくれたね。アネース王国はネッシーが有名だからかな」
「……あー。そ! ネッシーやシルフィーネのみなさんが協力してくれることも決まっていたからなあ。ほら、深呼吸してみて。すー、はー。この壁付近って空気が綺麗だろう。定期的に浄化してることももちろんあるんだけど、精霊様たちの協力のおかげなんだよな」
「うん?」
レナはなんだか誤魔化されたような気がした。
けれどそれも気にならなくなるほどの、いい空気が流れてくる。
ひとまず、深呼吸。すー、はー。
パトリシアのことだからレナに不利な隠し事ならしないだろう。そこは彼女を信用して流しておこう。
ふわり。
透明な葉っぱが風に流れてゆく。
それはシャボン玉みたいに薄くてパンみたいにふっくらした厚みの透明な葉っぱで、レナは思わず目で追った。
すると次は、透明な葉っぱがいくつかくっついたボールくらいの大きさのものが飛んできて、レナたちの前でふわんと止まった。
葉っぱの間に、小さくてつぶらな瞳がある。
にこり、とすると、ふよふよと風に飛ばされていった。
この風がまたふしぎなもので、壁の周りにのみ吹いているのだ。その流れに乗るので、葉っぱと、葉っぱが重なったものたちは、壁の周りだけをくるくる周っているらしかった。何周もするのかもしれないし、どこかで消えてしまうのかもしれない。それくらい儚い綺麗さだった。
「パトリシアちゃん、あれは?」
「ネッシーたちの協力で生まれた【シルフィーネ・エリア】……この国周辺を清らかな風がパトロールしてくれるんだ。空気のよどみは悪いものを寄せ付けてしまうから、それを防ぐだけでも大きな意味がある。攻められて防御する前に、まず攻められないことを考えようって作戦だな。
やったのはエリアを作ることだけだったんだよ。空気を綺麗にすることが目標だったんだが、ネッシーが施したからなのかレナの体質が影響してんのか、生まれたのがあの……シルフィモム」
「そ、それは、魔物未満でいいの?」
「ネッシーたちの魔力でできているし、聖霊でもないから、いいんじゃないかね。そこんところどうなんだろう。キラに聞いてもいいか?」
<もっとも適切と思われます。命名した方はセンスがありますね>
「そりゃよかった」
<う”〜〜……>
「唸ってるな」
<情報処理が……新たなフォルダを作らねばなりませんので。うーん……マシュマロサポートがいてくれてよかった……>
<感謝してたもれ>
ふわふわ、シルフィモムが流れていく。
のんきそうに、人たちの心配も世情もなにも知らないままで、ただただ自然にまかせながらレナたちの前を通り過ぎていく。
自由で心地いい。そう感じるレナたちであった。
「「……あ」」
「どうしたの? クレハ、イズミ」
レナの服の裾を、クレハとイズミがきゅっとひっぱる。
二人が言いづらそうに唇をモゾモゾしているのは珍しかった。頭の回転も口の回転も早くて、いつだって軽快に話すことが多いのに。
レナは小さな声で「なあに」と聞いた。
二人が言いたいこと、聞いてみたいのだ。
「いーこと思いついちゃったの。でもいいことか、わかんないみたいな……」
「我らだけではちょーっと判断できないことっていうか。そうだ。ルーカに相談してもいいかなあ?」
「でもあの子、修行中に話しかけられるの嫌だったりしないかな」
「レナはご主人様だからいい効果があるだろうけど、仲間内が騒ぎ立てちゃうとねえ」
「騒がない自信はないなあ?」
「だってルカにゃん面白いんだモン」
「最近は特に面白いことになってるよね。迷走しててね」
「オッホン。それは、ちゃかしたらいけない領域かもしれない」
「ふーたーりーとーもー。まとめると、ルーカさんにお話ししても大丈夫かなって心配なのね? ルーカさんはなんだかんだ頼られると嬉しそうにしてるから、いいと思うよ。誰かの願いを叶えて徳を積むことをしたほうが、彼がアンラッキーの餌食にならずに済むだろうしね」
「「そりゃそうだ」」
クレハとイズミは、レナの手をキュッと握った。
「「ちゃんと気持ちがまとまったらレナに言うから、まちがっていたら叱ってね。それはいいねって思ったら褒めてね。そしてどちらにしても、ぎゅーっと抱きしめてほしいの!」」
「私に得しかないな。わかった!」
▽レナは キラの分身体を取り出した。
▽クレハとイズミは キライヤホンを 耳に装着。
<……接続中……接続中……テステス。聞こえていますか。クレハさん・イズミさん・ルーカティアスさんを繋ぎました。カンタンな文句を思い浮かべてください。交互にテレパシーを行いますからね──……>
「「ぞわぞわぁ」」とクレハとイズミが飛び上がる。
「「内緒話ができちゃうなんて。……」」
楽しそうだが、耳がそわそわするのか、人型になったまま手足の肌がスライムのようにプルプルした。
二人はそちらに夢中になってしまって、前に進むことができない。
魔物型になって入国することは現在では難しい、とアリスが心配そうに声を掛ける。
そのため、クレハとイズミは人型のまま、マダムミディに担がれた。
両肩に中性的美人を乗せた、巨大なレディ。
異国感のある豪華な服を着こなす美女。
ちんまりとした可愛らしさのある姉と妹
イケメンが二人
ど派手な一団であった。
アネース王国に入国してからは、最寄りの商業ギルドでアリスが手続きをして、長距離馬を預かってもらい、国内用のおとなしい馬に馬車を繋ぎ直した。
この作業が終わるまでの間にレナは冒険者ギルドに立ち寄り、この国内でも認められているギルドカードを持つという照明をした。経歴を見た職員が目を白黒して何度もレナを見たが、モスラを伴っていたので「ああなるほど、モスラさんの契約者の方なら……」と理解された。
▽レナたちは 手の甲に 入国スタンプを押してもらった。
求められたときにスタンプをきちんと見せるという約束をすることで、アネース王国内で馬車に乗って姿を隠すこともできるし、旅人として宿を借りることもできるそうだ。
少し前、アネース王国の上空も漆黒に覆われた。
その間は、ギルドでステータス確認がしづらくなるという事件があり、一時的にマナーが悪い旅人が増えたそうだ。中にはアンデッドが人のふりをして入り込むこともあったのだとか。
緊急施策でスタンプが導入された。
これが思いのほか有効で町の治安が良くなったため、空に晴れが戻ってからも、継続されているとのこと。
【ラビリンス[青の秘洞]】とも似ているシステムはアネース王国らしいなあ、とレナは思った。
アリスが「この東地区で宿を探そう」という。
「今はゆっくり行ったほうがいいんだ。東側の国門からトイリアまでは街を2つまたぐし、だいたい一泊見ておこう。道中に淫魔のお宿♡があるからレナお姉ちゃんはそこがいいだろうね」
「ルルゥが話つけといてくれてるよ」
「本当!? お宿♡チェーン店は設備が整っているから好きなんだよね。ポイントカードも溜まってるし」
「すげえな。各地をまたいでそこに泊まる冒険者はあんまりいないぜ。場所によっては高級料金がかかっちまうし。ルルゥの店はリーズナブルにやってるけどさ」
「旅の始まりに助けられたなあ。楽しみ。あ、でも、トイリアのルルゥさんのお店とはまた違うところなんだよね」
「そうなるな」
▽【お宿♡ ウォーレン店】に辿りついた!
▽名称表示のルール化により 種族名と個人名を載せられなくなったそうです。
▽ライトアップも控えております。
「普通だ……」
「普通だな……」
「”あれ”を想定していたのでかえって見つけにくかったね……」
レナたちは驚いたあと、馬車を結界倉庫に入れて、馬たちを休憩スペースに入れてもらったのち、チェックインした。
内装は予想通りのショッキングピンクだったのでかえって安心してしまった。
最近巷ではやっているというゴスロリドレスのツインテール淫魔・ミミリンが広い部屋を案内してくれた。
旅人が選別されるようになり安全になったが、部屋の利用者はゆるやかに減少傾向なのだという。この淫魔ミミリンは建物をホームスペースとして移動させる能力があるため、このウォーレンで仕事がしづらくなったら移動するつもりだと話した。
どうりで、こぢんまりとしたお宿♡だと思った、とレナが鍵をもらいながら相槌を打つ。移動しやすいように設計されているのだろう。
1日だけでなくまた別の地方で利用してもらう機会があるやもしれませんね♡とウインクしてミミリンは夜食を置いていってくれた。
ホットプリンだ。
それをぺろりと食べたのち、クレハとイズミがレナに囁いた。
「「話し合いが終わったの」」
「おおー。聞かせてくれるの?」
こしょこしょと、ベッドの布団をかぶって秘密基地のようにして話す。
「まだみんなに内緒にしてね」
「世界に認知されないようにこっそり話すからね」
「「スライムキングになりたいんだ」」
レナは頭が一気に冴えた。
(従魔から”こうなりたい”と自分の姿をお願いされたときは、それを聞いてあげたいって決めてた。それが今私がやることなんだって。旅の初めからずっと助けになってくれた最初の従魔、クレハとイズミの気持ちなら、もちろん頑張りたい)
レナは二人のことを抱きしめた。
想像する。きっと素敵な姿にしてあげられるように。
「ねえ、それはどうしてなの?」
「きゃっ。門のところにいたモムを見て思いついたの」
「まるで自分の領域でモムをもてるチョココみたいだなって思ったからね」
「「それなら、我らも、できるかしらって」」
「──アンさんは大丈夫かなあってレナも言ってたでしょう。我らもそう思ったんだよ」
「──どうしたらいいかなあって、少しだけ手を貸してあげられたらいいのにって思ったんだよ」
「「変? だめ? やめた方がいい?」」
レナは、このパーティにとって危険度がどれくらいだろうかと考える。
そして、少々危険でも叶えてあげることが二人の心の糧になるか考える。
「変じゃないよ。アンさんがしようとしてるのは、大変なことだろうって思うもんね。彼女の志には私たちみんなが納得して聞いていたと思う。そして、苦しいことや悲しいことが起こりませんようにって願いたくなるような人だったよね」
「「……ん」」
「クレハとイズミがやりたいのは、種族の王様になって、種族のモムを生んでみること。そのモムたちをアンさんの助けにしてあげたいのかな」
「いいのかな……」
「レナ、おかしかったら絶対に言って」
「どうして、そんなに不安なの?」
「「まだわかんないよ〜」」
「そっかあ。おかしくないよ」
クレハとイズミは怖がっているようだ。
レナは背中を温めてあげた。二人の心が落ち着いていく。
主人と従魔は近くにいるほどシンクロするのだ。レナが落ち着いて包んでくれているのがわかる。
「「そうなんだあ……」」
「でもそんなこと」
「しちゃってもいいの?」
「「って一応、レナに聞くようにルーカにもキラ先輩にも勧められたからなの。方法はわかるけど、社会常識はレナの方がくわしいからって」」
「なるほどね。それもあるのか。社会常識っていうか町の雰囲気に合うような行動になっているかを教えるのがいいんだろうね。大丈夫。アネース王国はその辺り柔軟性があるし、パトリシアちゃんやアリスちゃんが常識破りをすでにしといてくれてる国だからさ」
「ちょっと〜。レナお姉ちゃん?」
「レーナー?」
「うわ、布団めくられた」
「「えっちー!」」
「はいはい」
「お邪魔しました〜」
▽ツッコミを終えた二人は 布団を戻した。
▽レナは 笑顔を向けた。
「楽しみだね。進化するの」
「「うん」」
▽クレハと イズミは 安心した。
▽やる気が ぐーーんとみなぎった!
読んでくれてありがとうございました!
進めつつ、人が薄くならないように書くよう気をつけております。
急に感情ギュンときりかわっちゃうと、レアクラの雰囲気に合わないのかもなあと。でもそれを知ることができるのは、一度なんか違うと失敗してからなので、続く物語で生きてくれるレナさんたちには申し訳ないんですけども…。
書き方がイマイチなところがあっても、彼女たちの物語はどこも失敗ではないようにしてあげたいです。勝ち続けるというわけではなく、意味があるように。
いつもつきあってくださり本当にありがとうございます。
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




