アンとガララージュレ・エリア
▽アンが 入店した!
以前、レナたちがシヴァガン王国で会ったことがある少女だ。レナよりも歳上だけどまだ女性というほど成熟していない。独特の雰囲気がある彼女は、以前のようにローブをかぶってはいなかった。
「アンだ」と分かるように顔を見せていた。
レナたちも、姿を変えていた。
▽バージョン・マダムミディファミリー!
アンは、自分の髪をくるりといじった。
視線はレナの白い三つ編みを見ている。
「わざわざ白くしてみせたの?」
さっきまでこの辺りでは珍しい黒髪だった。それをアンは、家屋の外から”視て”いた。だから、レナに話しかける気になったのだ。
そうでなければ、攻撃を仕掛けるという手札もあった。
「アンさんと会うならね」
「……。……マダムミディ・ファミリー相手ならば戦わなくてもいいかな……。そっちが襲いかかってくるぶんには仕方ないけどね」
「席、ひとつ追加しよう。となりにおいでよ。おーいパトリシアちゃーん、なにかいい香りのものを作って」
「花屋だからジャスミンティーでいいか?」
ゆったりとした空気。
──アンはナイフを手放した。
パトリシアのお土産だという、夜に光るタンポポの綿毛のような植物が卓上に置かれた。小さなブーケになっていて、ひだまりみたいな薄黄色の光がぽうっと5つ置かれた。
おどろおどろしいホラーアイテムは端に寄せられて、レナたちは「綺麗だねー」と光を楽しんでいる。
わざわざ椅子まで用意してもらって、この空気の中に入れてもらうのは、アンにとっては馴染みのない、それこそファミリーの一員になったような錯覚を覚えた。熱が通わなくなって久しい指先がマグカップの熱で温められていく。
「パトリシア。どうしてマグカップなんですか。いいティーセットを持ってきたでしょうが」
「こんな設備の悪いとこであんな高級品を私に使わせようとすんな。割れたらどうしようかって緊張して扱えねーわ」
「じゃあ私に頼めばいいでしょう」
「残念でしたー。レナが頼んだのは私でーす」
……などキッチンもほがらかに騒がしい。
なぜかメイドと執事がいる。
【レナパーティを相手にしているのであれば】──アンは、容赦をしないようにと言われている。シヴァガン王国で邂逅した後、あの目立つ集団のことをモレックが調べないはずもなく、目星がつけられていた。わざわざ追いかけて潰さなくてもいいが、情はかけるなと。彼はアンの弱点をよく知っている。
レナパーティに限らず冒険者パーティに油断をするなというのが総合的な指令であった。主に、青の女王様布教活動の妨げとなれば、幻覚でも誘惑でも武力行使でもして制圧せよ。それがアンたちに下されている命令である。
権力行使をしてもいいと言われているが……それはまあ(取引材料になるほどの権力を持っていると誤解しているのか)とアンが眉間に呆れるところである。
ジャスミンティーは味がしない。
アンは、味覚が存在しないので、当然のことだ。
しかし香りと湯気がいいかんじだった。
レナをチラリと見る。
アンがくることを予想していたような口ぶりだったが、それにしては、自分から何かを仕掛けてくるようではなかった。さっき持っていたナイフをしまうところを見せても、それほど驚かなかった。度胸があるものだ、とアンの方が驚いている。
しかし、レナの関心は一つだろう。
その証拠に、檻に視線を向けている。
(確かに、カフェで迷惑をかけて檻に捕えられている奴を追いかけてきた仲間にどう話しかけるか? しかも先の幽霊騒ぎで莫大な迷惑をかけているし、女はナイフを持って戦闘態勢だった。なんて、どう話しかけていいものかわからないだろう)
それなのにお茶を出しているレナもいまいちわからないが。
アンは、頭がぼーっとしてきた。
思考エネルギーがそろそろ枯渇しそうである。
考えることをやめた──。
「それ、いるか?」
投げやりにデッドを指差している。
「えー。いるかと聞かれたら、いらないかな……」
レナはひるんだ。ここで、嘘でも「いる」などと言ってしまった暁には本当に押し付けられてしまいそうな空気だったから。その勘はぶっちゃけ当たりだった。
アンはいつまでも不安定なデッドにほとほと困っていたのだから。眉を下げて軽くため息をつくその仕草に、思いが込められていた。しょうがないな、と呟く。
「そっか。アンさんは彼を引き取るつもりなんだね」
「そう……だなあ……」
「困ってるう~」
「だって、困るだろう。それ。まったく。少し目を離したらこれだ……いや、目を離すつもりはなかったのだが……勝手にワープするしなあ……」
「しばらく一緒にいたの?」
「私がこの大陸に戻ってきて一週間くらいは共にいた。いつも謝罪行脚だよ」
「飲みなよ」
「……もらう。代金は?」
「あとで面白い話でもしてよ。私たち従業員じゃないしそれでいいでしょ」
「さっきのメイドは」
「あの子私の友達なの」
「……なぜメイドと執事の服装を?」
「趣味かな」
「こーらーレーナー」
「ごーめーんー!」
キッチンに向かってレナが声をかける。
ここで緊張を保つことをアンは諦めた。
どうやらレナたちは、多少の親しみを持っている相手に対しては警戒を保つつもりがなさそうだ。さっきまで外から見ていた、デッドに対する態度とは明らかに違う。それがこそばゆくもあり、レナパーティの方が戦力が大きいという緊迫した現実でもあった。
「引き取るつもりはありそうだって思ってたんだ。助かるなーって」
「目をつけられたら面倒だからな。こいつと関わり合いにならないのはいい判断だったと思う。世の中には見た目のいい下衆もたくさんいるから気をつけてくれ」
「言うねえ。でもアンさんは、そんな彼のことを心配するんだね」
「……んー」
「どんな関係なの? 恋話しようか?」
『『きゃーっ』』
「からかわないで。そしてスライムもおとなしくさせて。デッドは、名前を聞いたら分かるとおり、私と同じ頃に生まれててきとうに名前をつけられた個体だよ。アンとデッド。くだらないでしょ。…………」
はあ、とアンの大きめのため息。
それから「これくらい語らないと対等な取引にならないだろうから」と律儀に宣言した。
レナたちは同情した表情になった。
アンだって そう思う。
「しょうがないだけなんだ。だけど、ほっとけない」
「パトリシアちゃーん。飲み物追加ー。ぷくぷくー」
「へいへい」
パトリシアがマグカップを下げていく。
「そういうの、あるよね」
レナはほうっと肩の力を抜いた。
前にさよならした時から、レナは思っていた。
アンはおそらく、感情が豊かなアンデッドなのだろうと。
もしくは、デッドがわざわざ語ったことを反映するならばゾンビなのかもしれないが、どちらにせよ、なんだか従魔のように育ちかけの感情を持っているなあと思っていたのだ。
ヒトよりも確固たる核を持たず、どこかおぼろげで儚いようなところがある存在。魔物が生まれたときのように、おそらく幼い頃に親が側にいなくて、本能をとぎすませることで成長してきたのだろう。まだ芯を見つけている最中で、教えられなかったことを必死に自分で探している。
この辺り、ヒト族は、生まれ持って弱いから親が側について育てるためひとまずの芯が作られているのだという。
じーーー。
「なんだろう。そんな目で見るな。気恥ずかしくされる」
『『レナのスケベ~』』
「そ、そんな。うそでしょ。私まさかアンさんのことを……?」
「先輩からかいすぎじゃ。レナ様がその気になったらどうする」
『『それはやーん』』
「微笑ましげに眺めていらっしゃいましたね。彼女とは親交が深いのですか?」
▽痛恨の 人選!
▽パトリシアは 給仕をモスラに譲っていた。
レナたちは青くなり固まり、ごくりと生唾を飲んだ。
ミディだけがのほほんと炭酸水に焼きイカを入れて謎料理を作っている。
モスラにはあえて詳しく話していなかった──。
青の女王様布教団体に乗り込んだときのこと──。
だって、ジーニアレス大陸での色々を筒抜けにすると騒ぎそうだし──。あの頃、すぐに駆けつけてきちゃいそうだったし──。
レナたちのそんな雰囲気から(ははあん)と察するモスラ。目つきがアリスに似ている。
モスラはこほんと咳払い。
「心配ご無用。私だって大人びてきているのですからね。さあ気兼ねなく」
「ちょっとこの蝶々外に連れ出してくるわ。私たちは屋根にいるからもーちょいティータイムしててくれよな。ほら来いお客様、屋根掃除の時間だぜ」
「一応客にさせることではないのでは?……しょうがないですね」
モスラは パトリシアに連れ去られた。
(ありがとうパトリシアちゃん……!)
モスラは大人びた振る舞いができるし精神的に成長してきてもいるが、ふとしたところに細やかな地雷がある蝶々である。今、手厚くモスラのことを考えて上手に説明できる気はしなかった。レナがそれとなく言ったところでミディが真実をバラしてしまいそうでもあった。ウソはよくないが、ウソは方便でもあるという教育は、難しいものである。
アンは両手を上げている。
最後のモスラのひと睨みが効いたようだ。あれは、強大な生物だと本能に叩き込まれる。それがこの世代に生まれたものが持つ力だなんて信じられないくらいだった。
(これならば)とも同時に思う──。
アンが観測した古代の邪悪な力に引けを取らないのではないだろうか。アンデッドの体を使いこなしているとはいえず、曇った魔眼はどうしても力量を正しく測ることはできないが、少なくとも感じ取った迫力は大したものだったのだから。
レナを見るアンの眼差しに、すがるような色が滲む。
レナは気づいているが、アンが口にして望まない限り、先走って手を貸すことはしないでおこうと、すぐに動きそうになる足を踏みとどめていた。
アンの動き方には知性がある。
それも、言いなりではなく考えて選ぶことができる知性だ。
レナが助けるとしたら、そのアンの意志の部分だろうから。
「これきっとアンさんの口に合うんじゃないかな。どうぞ!」
「氷と……泡の水?」
「先に飲むね。怖くないよ。美味しいの」
パチパチシュワシュワの初めて口内に感じる感覚を、アンは気に入った。
「炭酸水、果実の香りつき」
「へえ……」
「作り方知らなかった? ミレージュエ大陸の昔ながらの知恵らしいよ。私は旅の途中で教えてもらったの。ぷくぷくの骨を沈めておくと水が炭酸水になるんだよ。果実はベリーがオススメ」
マグカップいっぱいの飲み物を流し込みながら、アンは頭の中を整理したようだった。
たくさんの重要なことが詰まっている頭の箱から、情報を慎重に取りだして口の中にいったん含み、レナの顔を見る。ただただ炭酸水にうっとりしていた。
ふ──とやわらかくアンの口元が綻び、なめらかに話した。
「話、聞いてくれる?」
「きくきくー。真剣に? リラックスして?」
「まあ話半分に。信じてもいいし、信じなくてもいいけど、有益に使ってくれ」
「わかった」
レナのまゆがキリリとする。椅子に座った背筋が伸びた。
ストローで炭酸水が混ぜられて、からん、と氷が揺れる音がする。
波打つ表面に映ったアンの顔は、たまたま穏やかな表情に映っていた。
「ガララージュレ・エリアのことは聞いた事があるだろうな。この辺りを騒がせているアンデッドたちの集まりだ。──アンとデッドはそこに所属している。正確にはそこから生み出された存在なんだ。
私たちがどうして怪しい動きをするのかと気になったことはないか? 所属により、私たちはガララージュレ・エリアに命令されているんだ。青の女王様の布教活動もな。
ただし、最近は意志が縛られていない。改めて信じるかはレナ次第だが、大きくなっている最中のガララージュレ・エリアだからこそ、許容量満杯となり停滞してしまっているんだ。元の命令は失効していないものの、司令塔が新しい指示を出せないために、私たちは罰則なくだらだらと周辺で活動しているというわけだ……。
これについてはどこにも出ていない情報だろう。だがしだいに明らかになってくる。動きがないのだから、はりぼての威厳はいずれ暴かれる。
さて、レナたちが欲しがっていた情報だといいが。
もしくはどうしても足りないというならば、そっちから提案してくれ」
「ほあ〜〜〜〜……。対価として考えるなら、ゴースト騒ぎと杖の奪取でどれくらい私たちが被害を被ったかってところだよね。実はデッドさんのゾンビの話もわりと聞きごたえはあったの。だから、今話してくれたことで私は納得しようと思ってる……。
みんなはそれでいいかな」
『『オッケー』』
<得るものがない予定から、思いがけず有益な話を聞けましたね>
<危険な噂ではないのか?>
<危険を知るのは、危険回避のために有益なんですよ。ただ危険なのとはわけが違いますからね。その差を忘れないでください>
<あいわかった>
「マシュマロは可愛いのう。妾も賛成じゃ。ふああ……もう眠い」
「ぐーーーー」
「部下は、一体何人いるのはやら。でもレナは従えるものを厳選しているようだな。欲張るなよ」
「うん。気をつける」
「──そうしてくれ。今の話を言った甲斐があるというものだ。制御できないくらいに手を伸ばしすぎたら悲惨な状態になる。私はそれを良く思わない。
……能力が下がっている青の女王は、私たちが止めておく。ガララージュレ・エリアがこれ以上の存在にならないようにするつもりだ」
レナは目を丸くした。そして、檻を見る。
アンの仲間を思い出す。あの中でアンが頼れそうな人はいなかった……。
「それは、デッドと、ってこと?」
「まあそれも含む。デッドは人格こそどうにもならんが、クセを把握すればわかりにくい存在でもなく、交渉することはできる。だから私のやりたいことを手伝わせたりもできる。なまじ力があるのでふと手綱をちぎってはどこかで迷惑をかけるのだが……」
「今回もそれかあ」
「すまなかった」
「アンさんからはそれでもういいですよ。彼は悪いことしてたけど、指導してくれる人がいてくれるのはむしろ助かります。だって、無かったことにはできないし、ここに存在しちゃってるのは事実ですからね」
「殺してしまおうとはならないのか?」
「えー……。私は決断したくないことですね。あーそれも無責任なのかなあ。でも食べるための食物連鎖以外では、そういうことしたくないなあ……」
「お前らしい」
アンは口の端をわずかに吊り上げた。
「彼と協力してたってことは、かけだしの埋葬呪術師というのは、アンさんのアイデアでもあったり?」
「ああ。いずれ、アンデッドとしても生きられなくなった残骸を光魔法で魂だけでも還してやれたらとな。せっかくアイツは白魔法の適性がある体なのだから、どうせならその道で使いたい。デッドは今回のように悪用することもあるが、どうせ誰かを壊してしまうなら、白魔法で分解されると”いい感じ”なんだ」
「いい感じ……」
「証明されたものではないんだ。けれど、私が……一度死んだ経験があるから……その時に、空気中にある魔力に包まれたんだが、白魔法の魔力がもっとも心地よかったんだ。根源的な生命力に関する力なのかもしれない」
「信じてみたいです」
「ああ。そう……うん……。うん……」
アンは何度も頷いた。
「それと、かけだしの埋葬呪術師というのはデッドの存在を”固めて”やるためでもある。こいつはどこにいても、何をしていても、すぐに有名になるやつだろう。だったら轟く名称くらい決めておいて、いずれその名称に引っぱられて生きてほしいものだ。死んでるけどな。
まあ、二つの意味があるんだ」
「よく考えてあげてるんですね」
「こいつの力は必要だからだ。食いとめるために。……って、お見通しのような目をするな。……。…………私は、こいつのことを、弟のように思っているみたいだよ」
「ですね。そういう気持ち、私は好きですよ」
レナはクレハとイズミに「お願い」と言った。
スライムたちはなんだか「ぽかん」としていてスライムボディに泡も沸かないくらいとろりとしていた。レナがもう一度声をかけると、己を取り戻したようにぷるんとした。
(んー。クレハとイズミは昔もイヴァンに会ったし……。故郷が復興しているキサよりも、拒絶反応があるかもしれない? でものりこえてくれたみたいかな)
クレハとイズミは、錠を[溶解]した。
アンが中に入っていって、デッドを担ぎ上げる。
腕力があるようだ。レナたちが「おおー」と拍手をすると、困ったように首を横にかしげた。
「それぞれの場所でがんばろう。ああ、ジーニアレス大陸の祭り、スカーレットリゾート計画だったか……。その騒ぎは私も聞きつけているところだ。行くことはないが、おそらく愉快な噂が流れてくるのを、楽しみにしているんだ」
「わかった」
これは、計画を進めなくてはなるまい。
また会えるかどうかわからない遠い知り合いのためにも、としようか。
心地いい時間を過ごせたのだから、それくらい寄り添ってもいいだろう、レナはそう思った。
(ルーカさんから預かった広報用の仕掛けの使いどきかな)
レナはアンに囁いた。
アンは少ししゃがんでくれた。
抱えているデッドの体はレナの反対方向にしてくれている、そういうちょっとした気遣いがアンといる「心地いい」の正体なのだろう。
<魔法の呪文>だ。
アンは理解して目を見開いた。
この言葉には、ただの言葉というだけではない、声に出したとき、魔法が発動するようになっている。新しく定義された言葉だ。ラナシュになんらかの方法を使いこの言葉を認めさせたのだろう。
「私たちの広報を遠く離れていても見ることができるよ。その目の片方に、プロモーション映像が映るしかけなの。自分が楽しむためにしか使えないし、他の人が覗き見することはできないもの。ただ唱えたら、スカーレットリゾートのハッピーさが届く──」
現在、未来視の技能も磨いているらしいルーカは、こうなることを予想していたのかもしれないな……とレナは思った。
魔法開発について聞いたときは、この広報はいるものだろうか? と不思議だったが、このような使い所ができるとは。
下手をしたら、情報が大陸をまたいでガララージュレ王国にまで漏れるような代物だ。
しかし「がんばろう」と声をかけ合ったアンは、そのようなことには使わないだろうと思ったから。
ただ挫けそうなとき、己を慰める夢を見るのだろう。
”ゾンビ”が手に入れられるはずもない光の満ちた幸せに、誘われたような夢を。
「……それじゃ」
アンは、レナのおさげ髪を片手にとり、口付けた。
「さようなら」
「またね」
友達は朝焼けに溶けるようにいなくなった。
▽朝までこんなところでオールしちゃったよ……。
▽デッドの話長かったし アンも何気に話好きだった。
▽アリスを待たせている。
▽アネース王国行きの荷馬車準備を手伝おう!
▽ついでに 名誉称号受け取っとくか!
読んでくれてありがとうございました!
先週は夏フェンリルも更新していますので、そちらもよろしければ₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
3月になりましたね。
か、かふん、花粉に気をつけていきましょうね涙
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




