海上の戦い
▽クジラが 暴れ始めた!
▽氷にヒビが入り 割れたものが海に流れる。
「あちゃー。耐久性は高かったはずだけど……いや……クジラが傷つかないようにしてくれたのかな。大精霊シルフィネシアならそうしてくれそうな気がするから」
「そう、だね、うわっ」
一番体重が軽いアリスが、ポーンっと弾む。
船に氷が当たったのだ。クジラの動きにより波が生まれ、砕けた氷が次々に船をかすめていったり当たったり、足場が悪い。
「おまかせを」
ノアが蜘蛛の糸でアリスの体を固定する。
「アリス・スチュアートさんとクジラのロープはこちらにお任せください。この船が沈んでしまってはせっかくの部隊も壊滅しますので自衛的にも、私たちが加勢します」
「ありがとうノアちゃん。えっと……」
レナはきょろきょろと辺りを見渡した。
レナがやれることはいくつもある。
例えば、クジラを仮契約することはもはや可能だ。クジラが暴れたのがどこかからの指令によるものならば、それよりも強い支配の力で従えてしまうのがてっとり早い。手段のひとつとして適切だろう。
他にも、船員たちの近くに行ってあげればいい。キラの観測によればレナが”グループ”に所属している時、そのレアクラスチェンジ体質はもはや影響を及ぼす。ヒト族を進化させてしまうことはないが、筋力の強化くらいはあるだろう。
他にも…………。
けれどレナは悩んだ。
いざとなればなんとでもできる、という余裕が、レナの即決を出来なくしてしまっていたのだ。
その理由をアリスは把握する。
長い付き合いなのだ。一緒にいる時間こそあまり長くはないとしても、レナの考え方は、レナに従うモスラの姿勢からよくみてとれるのだから。
「レーナーおーねーちゃんー!」
「わっ。アリスさん、声をかけたいなら彼女の近くに運びましょうか?」
「いえ、叫ぶのでいいですよ。スッキリしますしね。ねえー! 私が責任を取るからレナお姉ちゃんは無責任でいいからねー!」
腕で大きくマルをしてみせるアリス。
「”なんとかして!!”」
レナは励まされたような気持ちになった。
一番の最適解を悩むよりもまず、魔物使いとしてやっちゃえばなんとかなるのだろう。アリスが雇用したのはレナパーティ、魔物使いレナと従魔たちだから。
頭の中に浮かんでいた、ペチカやバルーン、後ろ盾役の宰相たちよりも、アリスの方だけを見て仕事をすればいい。
それならばシンプルでレナに迷いは生じない。
▽従魔の力で 打破しよう!
レナはキサに抱えられながら、同じく腕でマルを作った。
「狙うのはこの[横槍の指令]にする」
<毒電波といってもいいかもしれませんね。表現は的確に、こちらにとって都合のいい物言いをしましょう>
「勝ち負けが絡むことだもんね。よーし海賊に負けないぞー。こっちは手順にのっとってお行儀よく海を渡ってたんだもん。あっちが困った人たちなんだから」
<まったくです>
「あっちにも事情があるのかも、こっちには余裕があるから、って考えすぎちゃってた」
<ええ、ええ。私たちが強くなりマスター・レナが安心して下さるのは嬉しいですが、別の迷いが生まれてしまうのは心苦しいですからね>
「お行儀良くなってもらってから、言い分があるなら聞くでいいんだよね」
<他の誰が否定しても、私が最後まで寄り添いますとも>
「ありがとうキラ」
「妾も! 妾たちも寄り添い隊なのじゃ〜」
ぎゅ! とキサが抱きしめた。
ぐええ……とレナは呻いた。けれどこの力強さが誇らしくもある。
「キサ。私のこと運んでいってくれないかな?」
「やるのじゃ」
うきうきとキサはレナを横抱きにして持っていく。
細腕に秘められた力でレナが少々動こうとも体勢を崩さない。揺れる船の上なので、下半身はラミア系統特有のヘビに似た形状に変化させた。これならば二本脚の倍は早く動ける。
するりするりとすり抜けるように、戦闘員たちの間を抜けていくレナたち。
「うわっ!?」
「ひっ」
「なんじゃあ!? 綺麗所が逃げてきたなら、人質にしてやるぞ」
「お客さんらに手は出させぬ、沈んどれ!」
キサはその美しさで注目を集め、気を引かれた海賊もどきたちは、隙をついた船長たちに叩きのめされていった。
そうして海賊船の方に乗り込む。
「スキル[伝令]ミディ、海に潜んでおいて。追加の指示をしたらすぐに動けるように待機しててね」
『ハーイ!』
……とでもいうように、ミディは海中からイカゲソをふりふり。それをみてしまった海賊は「進化でもしたんか……?」と青ざめている。
(ミディはいつも通りだね。ってことは、これからクジラが海中を泳ぎ回るような予感はないんだろうし、その勘を信じよう。海上の大波はさっきよりマシになってる……ノアちゃんが女王蜘蛛の威圧感で少々抑えてくれているのかも)
▽クジラは 女王推しに目覚めている。
「船長室らしきところを目指そう。キラ、道案内して」
<かしこまり☆ 船の構造ってだいたい同じですからね。舵を取りやすいところに船長室があるものです。あらゆる船情報をネット網羅している私にお任せ下さいませ。右、左、右、まっすぐ>
キサがすり抜けてくれているものの、妙に狭い船内通路だ。
まるで潜水艦のよう。
見た目も潜水艦に近いものだった。もちろんキラはそれも前提計算に入れている。
「……ちょ、ざけんなよぅ、どうやってここまで潜ってきた!? グアア目があああ」
「レナ様の後光は眩しいからのぅ〜」
「こんなに暗いところで曲がり角から急に眩しいものが出てきたら目も痛くなるよね……。ごめん、私つい目立っちゃってるけど大丈夫かな?」
「引きつけて刺す、はラミア一族の得意技なのじゃ。ほれほれ[氷の槍][氷の槍]」
「ひゅー」
キサは急所を外して槍を突き出し、壁に縫い付けるように氷漬けにしているようだ。
ということを、自らが発光していて周りが暗闇という状況のレナは視認できないため、キサから口頭で聞いた。
ジメッとしていた空気が、ひんやりとしてくる。
まるでキサの領域になったかのようだ。
「キサかっこいいね」
「愉悦〜」
などと、照れをごまかすのであった。
「スキル[伝令]クレハとイズミ、運搬商品を守ってくれてありがとう」
やる気でちゃうわ〜!と聞こえるかのよう。
「スキル[伝令]モスラ、海賊船に移っておいて。指示をするかもしれない」
どがあああん、と壁を突き抜ける音が遠くで聞こえたのでモスラは問題なく到着したのであろう。
▽船長室だ!
到着するなりレナは異質を感じた。
鉄錆のにおい、硬質な機械が発するぼやけた熱。ギイギイと金属がかすれる音がする。これまではどちらかといえば生々しさを与えていたラナシュ世界において、レナがみたこともないような文明だった。
いわゆる小世界だ。
そこにしかない異質な環境。
それを制御するものがこの船にいるというなら、ダンジョンマスターに等しい。
……と、ここまでレナはつらつらと頭に浮かべた。
"浮かんできた"という方が正しい。
あまり鋭い方ではないと自覚しているレナなので(なぜ?)と疑問を持つ。(なぜこんなにも腑に落ちているんだろう? 誰かが私に正解を与えてるみたいだ。正解の種が自分の中にあるような違和感……)
「レ……ご主人様?」
名前を言わない方がいいかもしれない。キサはそう勘付いたのだろう。
レナのことを関係性でのみ呼ぶよう切り替えた。レナはそれに倣い、キサのことを名前で呼ばないように気をつける。
呼ばれた返事としてただキサの頬を撫でた。
船長室には複数人の気配があった。
キサは「4人」と口にする。
4人はレナたちが入ってきたことに気づいていないようだった。金属の板をとりかこんでいて、ジグザグと横に動く線を眺め続けている。つめ先から魔力を流し、この線を操作できるようだ。モニターのよう。
でもそれだけ。
(キサ。威圧感はある?)
キサは首を横に振る。ということは、彼らの戦闘力は警戒しなくてもいいのだろう。
ラミア一族は洞窟で侵入者を意識しながら暮らしてきた魔物だ。息を潜めることと、侵入者が有害なのか無害なのかという実力を測る勘にかけては、キサは十分頼りになる。
「じゃ、いっちゃおう。スキル[鼓舞]」
「[氷の息吹]!」
またたくまに室内は氷漬けになった。
四人も今や氷の中だ。
<マスター・レナ。その金属板に分身体を近づけていただけますか? そうすれば毒電波の解析も可能になります>
「わかった」
キサに覆いかぶされるように守られながら、レナは金属板に分身体を近づけた。
キラの魔力が編まれた線がケーブルのようになり、金属板に差し込まれる。
はるか赤の聖地から、キラとマシュたんがごにょごにょ相談している声がうっすら聞こえていた。二人がかりになっているのは、キラは論理的に世界理解をするのに対して、マシュたんは本能的にピンとくるひらめきが多いからなのだろう。組み合わせたら最強だ。ここに生物感情の理解を成すルーカを合わせたら向かうところ敵なしである。
待ち時間はそうかからないはずだ。
もし難解そうならば、そのようにキラは一報いれる性格だから。
レナはそろりと、周りで氷漬けになっている四人を下から仰ぎ見る。
おじいさんだ。
顔にシワの刻まれたおじいさんたち。
けれど妙な違和感がある。シワの刻まれ方がおかしいのだ。よく笑うなら笑いシワ、怒るなら額にシワがあるはずなのに、ただただ肉が垂れたみたいで不気味なのである。
「磨く気になれないヒトじゃ」
とキサはいう。
老若男女、どのような年代の魔物でもヒトでも磨くことが好きなキサがそういうからには、磨いたことによって救える部分がないヒトたちなのだろう。キサが好きな”磨く”とは、見た目が綺麗になることで心に喜びが灯るところまでをいう。
けれどそこに至らない存在に会うこともあった。
見た目が綺麗になったとしたらそれを利用することしか頭にないであろう、悪人だ。現在のラナシュにおいて魂が黒いと判断される人物を前にすると、キサはどれだけ乞われても磨くすべを教えたりしないのであった。
長く魔物とともにいるレナであっても、しばしば野生の勘には驚かされる。
レナにあるのは強運からくるラッキーなので、腑に落ちるという感覚に至ることはあまりない。
でもさっき……と、レナはヘソのあたりをさする。
「お腹が痛いならあとで魔眼で視てもらうとよいのじゃ」
「それは間違いない診察だなあ。アリかもね」
キラから連絡が来る。
<解析完了でございます☆>
<マロも手伝ったぞ☆>
<通信をジャックするのと私の真似事をするのはおやめさない。まだあなたに早いことを口走ることもあるんですからねっ、メッ!……おっと、こほん。クジラの脳に作用する毒電波をここから送ることができちゃったようですね>
できちゃったようなのだ。
<非常に限定的な魔法です。魔法科学と言ってもいいかもしれません。魔力を流せるようにした科学装置なので。その関係性から察するに、クジラとこの海賊は長く深い縁があったと言えるでしょう>
「クジラの脳波みたいなものが完全に解明されちゃってて、この人たちは海洋研究者みたいな……?」
<研究者には間違いありませんね。さっき指の魔力で会話を成していたのは、私たちでいうタブレットメッセージ、つまりは口を使って話すことをしない引きこもりタイプです。身内だけで研究共有としてのコミュニケーションしかしていなかったんじゃないでしょうか。船上の海賊はおおよそ制圧されたようなので、こっちはならず者を雇っただけのようです。黒幕はその4人ですよ☆>
<マロもそう感じたぞ☆>
「お疲れ様」
<やるべきは、クジラの体に埋め込まれた受信装置を壊すこと。頭に近いどこかにあるでしょう。
空気中の魔力が電波を妨害するラナシュ世界でこれだけの音波を人造したのはすごいことですが、私たちが扱うものよりはまったく精度が低いです。微弱な毒電波はクジラに近づかないと届かない。よってクジラが捕まったタイミングで、どこかの砦から船を出したのでしょうね>
「ごめーんキラ、情報量が私には多いから、あとで聞かせてね! 今やるのは受信装置を壊すことか……」
<この子の教育のためにもと説明しすぎてしまいました……すみません。壊す方法について希望はありますか? 合理的なのはクジラをスキャンして該当箇所を"切り出す"ことです。しかしそこまでのことはマスターの望みではないでしょうから。私たちは普段自由にさせてもらっている分、マスターのご意思あるときは従いたいのです>
「ありがとう。じゃあ、ふと思いついたんだけど、音波を逆に流したら受信機械がバグって壊れたりしないかなぁ」
<マロはみてみたい☆>
<やりましょう>
キラからはデータが送られてくる。
毒電波の逆再生、それはまるで譜面のようだった。
「──スキル[伝令]モスラ。バイオリン構えて」
▽出来るよ!
▽海賊船の屋上で モスラは マジックバッグからバイオリンを出した。
▽構えて。
▽弾いた。
キラが出力した電子ウィンドウに映された譜面はあちこちに音域が散らばる難解なものだったが、完璧執事の手にかかれば、まるで音楽そのもののように耳に心地いいメロディーになったのだった。
バーサーカーのごとく戦っていた船長たちも我に返った。
サイレンのスイッチを止めることにした船員は英断だった。
ノアたちの張った蜘蛛糸を伝い、慰めのバイオリンの旋律は深く深くクジラに浸透していった。
▽クジラの痛みがなくなった。
▽ぐにゃりと体の力を抜いた。
▽プシューッ、潮が吹き上がると 壊れた機械が溢れでた。
▽壊れた機械は海底に沈んでいった。
▽制圧完了。
▽今度こそ岸に向かおう。
▽捕虜にした海賊たちも連れて。
▽Next! グレンツェ・ミレー港出張ギルドへ GO!
▽オラオラオラ 成果だぞー!
読んでくれてありがとうございました!
アリスの依頼とクジラ関係はそろそろまとまります。楽しんでもらえたら嬉しいです(*´ω`*)
25日なので夏フェンリルの更新もいたしますね。
よろしければ合わせてどうぞ!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




