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レッツ・海上キャンプ生活

 


 クジラに会いに行けば、殺気が漏れていた。

 おそらくその真意とは、これまで負けたことがない自分が捕まるなんて!というもの。

 他にも、焦りが見て取れる。


 レナはおびえることもなく前に出た。

 これには船長の方が緊張したくらいだ。


「……彼女に任せても本当にいいのですかな? いや実力は見せられたあとですが、後ろ姿は可憐ですし、どうにも無防備なようで……」


「それが相手の懐に入れてもらえるもっとも適切なスタイルですよ? レナお姉ちゃんから私たちも学ぶといいと思います。つい見栄っ張りをして頭が硬くなっちゃうところ、などをね」


「否定はできますまい」


「でも仕事仲間を不安にさせるのは良くないかもですね。さてご一緒に、レナお姉ちゃーん! キャー! 張り切ってー!」


「アリス・スチュアート様!?」


「ほらパトリシアお姉ちゃんも」


「レーナー! 輝けー! 光ってみせろー!」


「な、なぜそのような歓声を?」


 ▽レナの Vサイン!


「オッケー任せて〜」

「応えられるとおっしゃる!?」


 船長の困惑もなんのその。


 声援を浴びたレナは「称号[赤の女王様]セット──」ばさりと赤のドレスをなびかせる。

 あ、従魔たちはパトリシアに預けておきました。


「〜〜〜っ初めまして、こんにちは、いいお天気ね、よろしいわ!」


 ▽レナは 高笑いを 堪えた!

 ▽それがなくとも成立するよう練習をしていた。

 ▽威圧感はすこし減っている。

 ▽ちょうどいい 女王様”っぽい”


『『きゃー! レナ様ー! 従えてぇー♡』』


 クレハとイズミが囃し立てるが、スライムの声は、クジラには捉えられない。ぷくぷくとスライムボディで弾ける泡がスライム族の声にあたるのだ。

 これがもし動物の鳴き声や音波だったら、このクジラには察する力があった。

 それであれば吊られて「従えて」など口走っていたかもしれないので、レナは突き放すこともできず、途方に暮れていたかもしれないが……喋ったのがスライムだけでラッキーだった。


 クジラの反応はといえば、ポカン、からの、体色をピンクに染めていく。ピンククジラだ。


(……ちょっと効きすぎたような気がする)

<奇遇ですね同意で御座います。しばらく様子を探っておきますね>

(レスが早いね〜キラ。分身体でもここまで電波届くものなんだなあ)

<恐縮で御座います☆>


 キラッ、とレナのブローチになっていた分身体が光ると、クジラは再び体色を黒紫色に戻し、警戒の色を滲ませた。


((レーナ、なんか来そうだよ))


「キラの電波が刺激になってしまったかしらね。怯えなくても大丈夫よ。けれど怯えるにふさわしい相手だとは知っておいた方がいいわ。……ホホホ」


 ▽レナは 高笑いをこらえた。

 ▽やるぅ!


 握手をしようとレナが手を差し伸べる。

 クジラが動くことはできないので、氷の塊に手を添えた。

 大精霊シルフィネシアの水を凍らせて作られた氷だ。これそのものが(オッケー・魔力は通しておくね♡)と伝導してくれたので、レナの魔力がクジラを包む。


「緑魔法[クリーン]」


 レナが気にかけたのはクジラの表面にいくつもの破片が食い込んでいたこと──。

 それらを”掃除”してあげた。

 古い破片が多く、岩のかけらや生活のゴミや機械のようなものまでさまざまだ。総じてゴミといえるものたちである。スキルレベルを上げた[クリーン]ならば、"ホコリと同等"という認識によりスッキリきれいに消してあげられた。


 ▽スキル効果検討中……検討中……


 ▽緑魔法[クリーン]……生活においてホコリと定義されるものを消去する。清潔な状態を保ちたいときに用いられることが多いヒト族開発の生活魔法。効果範囲はこめられた魔力量による。


 ▽情報アプデしておきました☆


 つるりとしたクジラボディには古傷が残るのみ。

 驚きとともに、徐々に心が落ち着いていった。

 さっきまでの殺気が薄まっていく。野生の魔物がここまで警戒心をなくすことは珍しい。上に立つべき生き物を前にしていることと、その生き物の庇護下に置かれたことを体感して、この変化につながったのだろう。


 多くの生き物にとって信用できる上位存在に従うことは心地いい。

 ヒトであっても有能な国王は褒め称えるものだ。


 クジラほどの上位存在が一人のヒトに使えることは本能的にはあり得ないが、レナがすでに数多の従魔を従えているという前提が、クジラの抵抗心を解いた。


 それにこのクジラはもともと操られることには慣れている。


 むりやりではなく本能から従いたい相手であることに、初めての衝撃を抱いていた。

 これを好意という。

 けれど胸の高鳴りがなんなのか自覚はできない。教えられていないから。


 警戒色の黒紫から、体が再びピンク色に染まっている意味を知るのは、レナたちだけであった。


 キューン、キューン、と勝手に声が漏れてゆく。


(──??? ──ナニ、コレ──???)


 ▽目覚めだよ!

 ▽ようこそ。


「これは……なんと……。いや、優しい魔法でしたね」


 船長がまじまじとクジラを眺める。しかしその大男のささやかな存在感などクジラは歯牙にも掛けないようだ。

 力を示してみせたレナのことしか見ていない。


「そうですね。あの[クリーン]すごかった。レナお姉ちゃんは魔力量も多いし、観察眼と思いやりが優れているからクジラにとって不快だったもののみ消せたのかと。大事なものは消してないはず。スーパーラッキーガールなのでレナお姉ちゃんの判断は正解になることが多いですしね」


「ラナシュで生きるために産まれてきたような方ですね。やはり高貴な生まれなのですか?」


「二人ともさっきから解説でもしてるのか?」


 ツッコミがパトリシアしかいない。

 口を出せないでいた船員と蜘蛛たちは、親指をぐっと立てたほどだ。


 ▽クジラは 次のアクションを待っているようだ。


 ▽もっと見せて!


 ▽べ、別にそんなこと思ってないんだからね。


 レナは称号を解いた。


 いつもの花の咲くような少女の雰囲気に戻る。


 クジラに話しかける。


「敵意を控えてくれてよかったよ。ありがとうね。私の言ってることわかるかな? ……うーんこの子とは目が合わないし、ルーカさんを連れてきたらよかったかな〜。でも修行中かもしれないし、私たちだけで本能コミュニケーションしましょう。ニュアンスを受け取れるように頑張るね」


(──!?!?!?──)


「ここから陸に行くまでおとなしくしててほしいの。それができなければまた実力行使になっちゃう」


(──……──)


「私たちの目的はこの船を陸まで持っていくこと。あなたにも目的はあるのかな。けれど今はステイです。大人しくしてちょうだいね」


(──陸……ダメ……)


 クジラは思い出す。

 自分に与えられてるプログラムを。


(──ナンデダッケ……)


 海の底にある秘密に気づかれてはならない。

 その付近にヒトも魔物も近づけてはならない。

 だから海を荒らす怪物が必要であり、最適解として作られたのがこの”クジラ”である。

 絶滅したクジラ種を模した生き物であり、現在ラナシュにあるクジラ種はすべて開発したものである。それに気づかないうちに品種改良は達成される。じわじわと海の底から、地上に向けて。1000年の悲願をかけて──


 暗所でクジラが聞いた声。

 幼体の自分が胎内のようなぬるま湯に浸かっていた時に拾った音の震え。

(──ソノヨウナ音──)

 なつかしい。ほとんどの単語の意味はわからなかったけれど。

 生まれたときの母からの呼び声のように感じて、覚えていたのだ。思い出した。それに応えて鳴いた時、キューン、とクジラの口からは音が生まれた。これは愛しい時に鳴らす音だということを、その感情は理解はできていなくても、感覚が同じであることを、思い出した。


(──ガッデム、デモ、痛ミガ──アレ……?)


 痛みはない。

 初めてのことだ。これまでは指示されている動き以外のことをすれば痛みが生まれた。

 だから、あっちへ行かなくては、こっちへ行かなくてはと、クジラは行動を試すごとの"痛みで、自分の生存海域を教え込まれていた"のだ。


 痛みがないのなら。

 それを失くしたのが目前の少女なら。

 クジラの目は船近くに寄れず、鼻先にいるレナの姿は音波でしか捉えられないけれど。


(……キューン……)


 それは安心した音だった。


 レナは額の汗をぬぐうしぐさをする。


「ふう。通じたみたいです」


「お疲れ様、レナお姉ちゃん」


「ここでキャンプをさせてもらってもいいですか? 私が近くにいた方が心変わりを起こさないでしょうから。氷はそうそう砕けませんが、コレごと動かれてしまったら船の損傷は避けられないと思います。それは嬉しくないですよね」


「もちろんですな。が、嬉しくなさそうだから、で守っていただけることに驚いております……」


「さっきアリスちゃんが、仕事仲間を不安にさせちゃダメだよねって話していたので。私たちは身内で動くことが多くて、どうしても説明不足にしてしまいがちなので、気をつけていきますね」


「それほどの実力があれば思い通りに行動してしまってもいいのでは?」


「いいえ。私は初心を忘れたくないんです。何もできなかった時にでも力を貸そうとしてくれた魔物やヒトたちの知る、愛嬌のある私のままでいたいですから」


「レナ、自分で言うー?」


「あはは。言うー。愛嬌のおかげでみんなが構ってくれるところあるからさ。高飛車風はときどきでいいかな」


「アレはアレで便利だもんな」


「困ったことにそうなんだよねえ。警戒はされたくないけど、舐められたくはないっていうの?」


「面白い女だよレナは」


「ありがと!」


 パトリシアとレナがハイタッチする。


(これが今時のピチピチギャルなのかもしれぬな)と船長は頷くが、誤解である。けして一般的ではないものだ。しかし、船長がレナたちを受け止めるためのジャンルができた。これからは驚きすぎずに会話してくれそうだ。


 レナたちは、荷物を持ちに部屋に行きたいと思う。

 けれど、わずかでも離れると、クジラの殺気がまた生まれた。

 長年をかけた本能だ。気をつけた方がいい。


 というわけで、「女王様に屈する」という共通点を利用し、レナのマントを貸してもらったノアがしばらく甲板の端でふんぞりかえった。影蜘蛛の女王なので、わずかな間であれば誤魔化すことができるようだ。


 その間にレナたちが荷物を持ってきて、甲板のすみに、テントを張った。


 ▽海上キャンプ生活 スタート!


 ▽アリスが集めていた 新規収集品です。


 ▽がっしりと床に接着されるけど ぷよよんと剥がれる!


 ▽ミレー大陸ではスライム研究がプチブームなのだ。


 甲板からは、クジラの頭部分が収まった氷山が見えている。

 船の帆の根元近くから垂れる太いロープが、クジラを引っ張っているのだ。もちろん強化魔法がかけられているし船の予備魔法も全力稼働している。

 岸が近づいたときまでに、どうするか相談をしよう。それまでにレナたちと話がつけば無害になったクジラをまた放流してもいいのだし。


 レナたちは氷山を眺めながら お弁当を食べた。


 もうジーニアレス大陸ははるか遠く、かなり小さくなっている。けれど小さく見えているのだ、ずっと。


(ん? ということはこのラナシュ世界は平面……ってことなの? もし地球みたいに丸くなっているなら、だんだんと大陸が見えなくなって水平線のみ見えるはず。前に海を渡った時はそんなこと考える余裕もなかったけれど……不思議だなあ……)


 レナはナツメジャムパンをもぐもぐと頬張りながら、小さく見える大陸と、その上にかかる白い雲、登っている太陽と、うっすら姿を現わしつつある月を、順に眺める。

 氷は海水に浮かんでいるし、船が進めばおだやかな波が生まれる。

 空気が移動すれば風になり、ともに自然の魔力が吹き抜ける。


 ひさしぶりにやることがなく、同じ場所にじっとしている時間だ。

 従魔たちも育っていてむやみに話しかけてくることはなく、キサがよりそってくれているが、他のメンバーは船内を散策している。


 ひまができれば、普段考えないことを思うこともある。


(どうなっているんだろう。ラナシュの地理って)


<調べておきますね☆>


(助かる〜)


 もはや、レナの環境と経緯と心音によって、言いたいことがわかってしまうキラである。


 慣れているから心をみられたって問題ないし、レナはただただ、助けられたな、という気持ちだ。


 隣にキャンプ椅子を並べているキサはとくにレナの思考を察することなく、ただただ主人を独り占めしていることに照れているのは可愛い。


(のどかだな〜)


 ▽藤堂レナ 大物になったものである。



 ▽ラッキーの後には 天秤が傾くもの。


 ▽前方から 海賊船が現れた!

 ▽荷物を 狙っているようだ。





読んでくれてありがとうございました!


ラナシュ世界開示進めていきますね。



11月から年末年始はやることばかり多忙ですから、倒れないようにみなさま頑張りましょうね! ご自愛ください! ファイトです……!


今週もお疲れ様でした。

よい週末を!




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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 禍福は糾える……。 海賊? ……あぁ、ボーナス(お宝)の事か!
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