ガララージュレ・エリア
ガララージュレ・エリア。そう呼ばれるところがある。
いわゆるガララージュレ王国の国家機能が集められている周辺一帯だ。
なぜこのような呼び名なのかといえば、これは、移動する。
ガララージュレ王国領土と呼ばれていた部分はずいぶんと流動的に、地表が黒いよどみとなりながら、すべるように移動するようになったのだ。
移動したあとの土地は土が漆黒になり、そこに陽光がいくらふりそそいでも明るくならない。作物が育たず、けれどその地中に滞っていた死体のいくらかが這い出してくる始末である。まさに汚れた地という表現がふさわしかった。
ガララージュレ国家機能が移動したとして、隙ができた土地を誰も欲しがろうとしない。
近隣の共有草原などはこれらの移動で汚されてしまった。
周辺の国々は、せめてガララージュレ王国勢が自国に来ないようにと、防衛ラインを作りはじめていた。
しかしその間、地中深くからラビリンスの隙間をのっとって、移動する勢力があることまではまだ気づかれていない──。
現在、ミレージュエ大陸の西側。
ガララージュレ王国が本来あったところから小国一つ分ほどずれたところで、そこの暮らしを呑み込んでしまい、ガララージュレ・エリアは──停滞していた。
シェラトニカ女王が倒れたためである。
……原因は、暗闇様がここを急に尋ねてきたことにあった。びっくりさせられたのだ。
側近としてモレックが走り回っている。
(おのれ〜! ただでさえ! シェラトニカ様がモチベーション低下してきて! 士気をとるのが大変だった時に! もうもう! キーーー!! でも神様にそんなこと言えませんし? だから頭の中で文句を言うことにします!)
”しゃかしゃか”と表現したくなる足運びである。
増えたアンデッドたちに厳格な指示をして戦力を伸ばしていたガララージュレ・エリアは、方針をシェラトニカ一人が担っており、誰にも譲らなかった。だからこその統率だが、倒れてしまうと当然機能は停止する。
アンデッドたちに衣食住のようなケアは必要ないが、そこかしこに突っ立っていられても困りものだ。もともと魂を降ろして使役されていたアンやデッドのような数少ないハイレベルアンデッドが、立ちっぱなしの部下や戦士をてきとうに端に寄せていた。
そしてやってきた”暗闇様”はといえば、でっかいベッドをご所望である。
なぜなのか?
淫魔のお宿♡のような、などという望みかたをする。
受肉した素のヒト族が俗っぽかったに違いない。
(あーこれにしましょう。古代神様のお望みだったから〜って言っときゃあ反論もできないでしょ〜)
シェラトニカ私物のベッドを、腹いせとばかりに差し出したモレックであった。
しかしその読みは外れて、のちにシェラトニカに「なに勝手にあげてんのよ」と結局八つ当たりされるもんである。
モレック・ブラッドフォードは元僧侶職、そして闇職の破戒僧としてもたくさんの人にかかわり、その傾向を見抜いてきた鋭い人だ。
しかしながら、その見解が外れることが最近は多くなっていた。とくにシェラトニカだ。
(シェラトニカ様が人ではなくなったからなのか。魔物の思考などほとんど本能と同等の単純なもののはずですが、人と魔物の間である彼女たちはどうにも意味不明な動き方をする。
やだなあ。私が見たかったのは人が苦しむ光景であって、滑稽なバグじゃないんですけど〜)
暗闇様をちょうどよくもてなしたモレックは、玉座に座ったまま気絶しているシェラトニカの側に行き、不敬にもその玉座の肘掛のところに腰かけて、つまらなさそうにため息を吐いた。
(とにかく今は、暗闇様になによりも早く帰ってもらおう。シェラトニカ様が滅びゆく道を進めようにも、あのような唯我独尊がいたのでは話にならない!
人は己がやらかしてしまったという意識によって傷つくのだから。誰かにやらされたという言い訳ができてしまえばその傷は浅くなるのだから。そんなのは最悪だ。傷を舐めて治そうなんて許せない、私はそういう奴らを破滅させるために破戒僧にまで身を堕としたんだから)
モレックが目を瞑ると、己の内側が視える。
どろりとした汚泥のようなもので魂の光が覆われているのが視える。ああ、しょうもない。しょうもないな。
目を開けると、暗闇様が覗き込んでいた。
ギャーーー!と悲鳴を上げてしまった。
モレックの内側の暗闇が心地いいのらしいのだ。
どこにいてもモレックの居場所を見つけてやってくることが暗闇様には可能であった。そのためガララージュレ・エリアに"それ"がいる時にはもっぱらモレックがお世話係である。
『──ギャーー、とは現代において何か?』
「感激の歓声のようなものです」
これによって、暗闇様は昂ぶった時に、ギャーーーーと叫んで周りに誤解されるようになる。
(どのようなご用件でこちらにいらしたのですか?)
とは、思っていても聞くことができない。
おそらくそれを聞いてしまえば、暗闇様は断言を返し、それをやらされるしかなくなってしまうだろうから。
(これまでの暗闇様ではない)
と、モレックは思う。
お宿♡などと言い出したことにしてもそうだ。
現代の感覚というものを習得しかけているに違いない。
(まあ、人に近づくというならば)
モレックは人好きのする笑みを浮かべた。
額に冷や汗をかきつつも、そうと気づかせない。
(私の得意とするところですけれどね。前よりもわかりやすくなってくれそうだ。さて、そのためには最終目標をこの方がどのように定めているのかを知らなくては。思考する時、目標までの道をどのようにするのかという考え方になるものだから。
──なぜ復活したのかを私たちは知らないのだし)
それを聞き出そうとして、あわよくば利用しようとして失敗したのは苦い記憶である。
「そういえばあなたにお会いしたいと待っていたものがいるんですよ」
モレックがぱちんと指を鳴らす。
ショーの始まりを示すかのように。
神様に媚びを売るときに、これを毎度行ったことで、指を鳴らすことと神様の高揚を結びつけることに成功した。
何かが始まることを期待して、暗闇様はモレックが短杖で示す先を見た。
現れたのは黒い鎧に身を包んだ騎士のようないでたちの者。鎧は常にうっすらと靄に包まれて、普通の金属などで作られていないことがわかる。スキル[黒ノ霧]を凝縮させて作られた軽鎧だ。おもにこの人物の姿を晒さないことを目的としていた。
黒い鎧の中、瞳のところは青色の光が被せられている。
そして口は喋ることができないように器具をつけられていた。
”異世界人なのだから”食べなくても死にはしない。
アンデッドたちが住むガララージュレ・エリアと相性がよい。
「……」
『──ギャーー、と言わないが?』
「喋ることができなくとも私にはわかりますとも。なぜって、神様にお会いしたいと思わない存在がいるはずないじゃないですか! これからも積極的に各地に現れて差し上げては? はははは」
さわやかに笑ったつもりのモレックの、その顔が歪んでいることを指摘してやる人はここにいない。
暗闇様は間違った笑い方を身につけてしまった。
とても迫力がある。
モレックが再びぱちんと指先を鳴らした。
「”アラタ・トウドウ”」
黒い鎧の者が、さっと紙の束を取り出した。
後ろ手のポーズをしていたのは、ジャーン!とばかりにこれを取り出すためだったようだ。
どう?どう? と反応を求めるように左右に首を傾けたりなどした。
モレックが半目になった。
この黒い鎧のものの”おちゃめさ”のようなところが苦手である。喋らないからまだいいが。
「さあさあ今から”紙芝居”を始めましょう。現代の流行りなのですって。だから私たちも協力して”青の女王様物語”というのをいろいろと作ってみました! アラタ・トウドウがお送りするのはなかなか珍しいストーリーなのですよ。この男、あなた様を喜ばせる才能がありそうだ」
黒鎧のアラタが胸を張る。
むふん、という効果音が似合う。
紙芝居、まずは1枚目から。
そこには「※」という記号と、紙芝居から二メートル間隔をあけて体育すわりをする人が書かれていた。
黒鎧のアラタは紙を指差してから、ビシッと暗闇様を指差す。
どうみたって(倣うのです)であった。
アラタは喋ることができないようにされている。
よって、これを伝言するのはモレックとなる。
一瞬、モレックはムンクの叫びのようになった。
(ばかばかばかばかおばかさんー!? こうなりゃ私の社交技術を見せてやんよぉ。プレッシャーで潰れそうなれど、私は出来る人なので!?)
「このような座り方で臨まれますとよりいっそうお楽しみいただけるようですよ☆」
暗闇様は姿勢を変えてくれた。
モレックも、肘掛に座っていた姿勢から一転、黒鎧のとなりに立って、粗相をすればひじでつつくことができるポジションに移動した。
「それでは第一回。”青リンゴから生まれた青リンゴ・タロー”……女装してオーガを倒しに行く話から……」
暗闇様がまた常闇に沈んでいき、ガララージュレ・エリアには静寂が訪れる。
3日後にアンとデッドが帰還し、デッドはシェラトニカ女王陛下のブチ切れていた血管を繋いだ。血管に赤い血はもはや流れていないが、青く澄んだ魔力がこれを通って体を動かすので、血管の修復はアンデッド族にとっても必要であった。
シェラトニカが気絶している間、ブチ切れた血管からは青の魔力が垂れ流され続けていた。
そのぶんを補給する必要があった。
シェラトニカが目を覚ました時、周りにはアンデッドの体が雑に重なっていた。
これらのものは貯蔵の役割。
シェラトニカの体を再び青の魔力で満たすために使われた抜け殻である。
「……。……ふう。暗闇の古代神は帰ったのね」
「シェラトニカ様おはようございます。けれど間違っても、本人がいる前では暗闇様とお呼びくださいね。彼がもしもまた、古代神として力を持ってしまったら厄介ではないですか。認知はさせないようにしなければ」
「……。……あー、そうね。ん、彼?」
「さすがですお気づきになられましたか。ガララージュレ・エリアとして、あの方のことを彼と呼ぶようにいたしましょう。性別のようなものがあればシェラトニカ様の美しさの前に平伏す未来もあり得るでしょう。ガララージュレ・エリアとしてこれを行うことを承知してくれますか?」
「……。……んー、アラタはいないの?」
「休んでおりますよ」
「……。……じゃ、承認」
シェラトニカはプイと横を向く。
「かしこまりました。それではエリア内全ての部下たちにそのように呼ばせます。そうすれば影響力は増していくでしょう。この世界はシェラトニカ様の天下になりますとも〜!」
モレックは恭しく礼をした。
シェラトニカはそれを睨む。わざとらしいわねと。けれど怒りは長続きしなかった。
再び、ぼーっとした顔つきになる。
それでも大事な場面では意思を手放さないのは、元王族としての底力だ。良くも悪くも我が強く、まわりに染まることのない人だからこそ、シェラトニカはアンデッドとして上位種族へと変異できた。
驚愕させられたら血管が切れることはあろうとも、時がたつほど体も馴染んでいくだろう。
一時期崩れかけだった体は、その恐るべき執念により、腐敗を乗り越えて、進化しようとする兆候すらある。
モレックはいずれ種族進化の制定の儀を求められるだろう。
──ところで、モレックは下唇を突き出していた。不服ゆえに。
以前、意思が強いシェラトニカであっても騙せそうなタイミングがあったのに、あのアラタが、身振り手振りでピエロのようなことをし始めて、諸々の結果、モレックの悪企みがバレたという小事件があった。
そのことをシェラトニカは覚えているのだ。
ずっと。
ずっとずっと。
だから勘が働いたタイミングでは、彼を呼ぼうとする。
(面倒ですねえ。けれど今のところ利用できる部分の方が大きいから置いておくしかない。というか殺そうとしても死なないですよあのステータスは。化け物だ、化け物)
ふらふらと休憩所に行こうとするシェラトニカをモレックは引き止める。そりゃもう必死で。まだベッドメイキングができていませんやめて待っていかないで。
「シェラトニカ様ぁ! この食用アンデッドたちをどうしたらいいでしょうか。捨てるところにもこだわりたいのではありませんか」
「……。……? いつも通りでいいわよ」
「そうですか」
アンデッドの中にはシェラトニカの両親もいた。
かつて彼女が泣き叫んで激昂するほど心を寄せていた相手。
その末に殺してしまった相手。死体をいつまでも手放せなかった相手。冷凍保存なんてくだらないコストを割いたほどの相手。
その二体が混ざっている事に気付かない娘。
”服が剥ぎ取られて汚されているとしても身内に気づく美しき愛”にはならなかった。
モレックはそれが嬉しかった。
またひとつ、悲劇コレクションが充実した。
「さて。目の届かないところにアンデッド放りっぱなしで地面を汚す、完了〜。働いちゃいましたねえ。
では、暗闇様の目的調査も細々としていきましょう。あの方が暴走してラナシュがめちゃくちゃに壊される、なんてことになれば私も消えてなくなっちゃいそうですもん。やだやだ。
生活の範囲内でちょっとした悪事を働くくらいの小さな男ですよ私は──冷静で優秀なだけのね」
後日、アラタがすべての遺体を埋葬し直していることが発覚してキレ散らかす男である。
Next! アリスによる貿易警備クエスト
読んでくれてありがとうございました!
間に合ってよかったです汗
楽しみの少ない回が続いてしまい申し訳ないです。次からはまたさわやか可愛いレナパターンにしてみますね。世情的な謎もそそっと解きながら。
レナたちの生活をお楽しみいただけますように。
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




