【地底ダンジョン[土竜の領域]】
洞窟というのを深く深く解釈したような、複雑なくぼみの【地底ダンジョン[土竜の領域]】
その奥ですするような声がこだましていた。
ミミズがのたうちまわるような気味の悪い音だ。
「暗闇様、暗闇様、暗闇様ぁ〜…………と……ゲホゴホ。ふう。……あー暗闇様〜」
いかにもだるそうに岩の玉座に腰掛けた、木の根のように長い手足のヒト型。
どれかと言われればヒトに似ているけれど、けしてヒトではない、おそらくラナシュ世界に登録されている種族ではない”唯一の何か”である。
その末端である指先のようなものはつねに本数を変えて、うつろっていた。やる気がないらしい。
「あ〜なんで自分がこんなこと……本当に戻って来て下さるのかね〜……ゲホゴホ。引きこもっていたいし身体動かしたくもないしこのダンジョンそのものになって何も考えないでいたいのにさあ〜……。……。ゲホ……。ダンジョンマスターってこんなことまでやらなきゃダメ?」
一人で話しながら思考を整理している。
なにせ、他に誰もいないのだ。
この”ダンジョンマスター”、己の名前も忘れてしまったくらい怠惰でめんどうくさがり。なにかする用事ができようものなら、ずっと不機嫌に文句を垂れ流し続けるような者である。
それでも消滅するなんて考えたくない。
だから、このダンジョンマスターはしくみを完璧に作った。
ダンジョンに入ってこられる穴を、ミレージュエ大陸のあちこちにこさえて、ヒトや魔物が入って来やすいようにした。放っておいてもここに生き物が迷い込み、滞在するほどにその生気をダンジョンにしみこませる。連中が調べて持ち込んできたダンジョンマップを積極的に奪い、とりこめば、自分がわざわざ働かなくても知識は増えていく。
そうして問題なく生きていたくても、イレギュラーは発生する。
自分以外のものたちの動きに巻き込まれないわけにはいかないのだ。
できるだけ引きこもっているダンジョンマスターであっても、ラナシュの一部。はあ、とため息。
「暗闇様、暗闇様、暗闇様……」
少し前、ダンジョンにやってくる者の中には”アンデッド”が増えた。
そのせいで生体エネルギーは摂取しにくいわ、魔力は苦いわ、動きのデータも一定なのでまるで美味くない。
このイライラを募らせていたところに異世界人の少女がアクセスしてきたので、ろくに話も聞かずに拒絶してしまったところ、あとで他のダンジョンマスターに態度を叱られてしまったことなども不服であった。
「暗闇様、暗闇様、暗闇様……」
そして不運は続く。
隙をつくかのように接触してきたのが”暗闇様”だ。
それはどのような存在なのか、ダンジョンマスターならば近寄るだけで感じ取れてしまった。
己を吸収してしまう存在であると理解させられた。
ダンジョンマスターと聖霊が重なることによって、ラナシュ世界での神属性へと昇華する法則がある。その側には聖霊杯を携えた生き物がよりそうことになる。
それは自意識が生まれるとともに知っていた本能、喜び。
これに沿う物事であれば、ダンジョンマスターとして協力しただろう。
さまざまな生物や生態を理解した頭脳として、力ある聖霊と手を取り、方針を決めて神となる生き物に寄り添っただろう。
けれどあの暗闇様というものは、出会った時点ですでに古代神であり、完成している。
そこにダンジョンマスターとして沿える場所はなく、ただただ養分として吸収されてしまうのだからルールが違うのだ。
「暗闇様、暗闇様、暗闇様……」
吸収されたくなければ言うことを聞け、と押し付けられたようなもの。それは交渉ではない。命令に従うしかないのは当然のなりゆきであった。
厄介なことに、古代神には自意識があったのだ。
意志ある大災害なんて、ダンジョンマスターは笑う気にもなれなかった。
「はあ。呼ぶけどさ呼ぶけどさぁ、来なければいいのに来なければいいのに来なければいいのに……」
このダンジョンマスターの幸運値は底辺に近かった。
ダンジョン管理室に、光をすべて吸収するような息苦しい暗闇の靄がうずまく。
その中心には黒いキューブがいくつもくっついてヒト型をとったようなものが”立った”。
ダンジョンマスターは最近のアンデッドがやる敬礼のように、胸に手を当てて頭をうなだれさせた。
「暗闇様」
『──うむ』
ダンジョンマスターはぎょっとした。
(……言葉を覚えてきている!? 前は思考を直接頭に放り込んできていたのに。リアルタイムで馴染んできている。当世を理解し始めている。だからかヒト型なのかよ、くそっくそっ、あの女、あの女王だとか抜かしたあの汚らしい金と紫の女。余計なことを教えやがって。めんどくさいめんどくさいめんどくさいもう関わりたくない!!……)
「……このたびの遠征お疲れさまっした。さて、何か望むことはおありですか」
これは命乞いだ。みじめだ。
ダンジョンマスターであるという絶対優位で、もぐりこんできた生命体たちを資料にし、生き永らえてきたからこそ、途方もない絶望感がこみあげてくる。
こういう時どうすればいいのかわからない。顔色をうかがうしかできない。ここにやってきたアンデッドたちがあの女王に対して見せていた、絶対服従をすれば消されない……かもしれない、という可能性にすがる方法しか知らないのだ。みじめだ。
『──湯を』
「は? ゆ?」
『──そう、湯。ゆ……湯浴び? 赤いカケラが浮かべられ、特殊な匂い……外壁をあたためる』
「……」
引きこもりのダンジョンマスターはこれまで得た知識を総動員した。
ダンジョン内に持ち込まれた文化風俗的なもの。そんなものHな本くらいしかない。絶対違うし怒らせて消されてしまう。よって「オマージュですが……」と独自路線を貫くことにした。
ざばーーーー、とアツアツの湯を滝のように浴びせる。
赤いカケラは赤鉱石の原石を落とし、硫黄のにおいをたちこめさせた。
ダンジョンマスターは鼻をつまんだ。
(うーん、こんなものが本当にほしいのか……?)
『──違う』
「すんませんした」
暗闇様は、周りの環境を勝手にいじった。
滝のようだった湯をくぼみの温泉のようにしてしまい、赤鉱石は薔薇の花びらに、においはかぐわしく。
ズーズーが淫魔のお宿♡で受けた接待とそっくりの光景が作られた。
背中を流すことを要求されたダンジョンマスターは(????)と頭にハテナを飛ばしながらも言われた通りに動く。
(ああ気持ち悪りぃ。自分でやれるなら働かせるなよぉ、でもこっちの領域を触られたくないから勝手にやるな。ああ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だなあ……)
『──ざわざわする』
暗闇様は繰り返した。
『──胸がざわざわする。というのが該当する。この時代に喚び起されてからというもの初めての感覚。しかし懐かしい感覚だ。どのように懐かしかったのだっけ。これは好ましいということはわかる』
(まずいまずいまずい! 絶対ロクでもないやつだ。でもどうやって話題を変えたらいいのかわかんねえなんとかなれよどうすんだよ〜〜)
『──あの夜以降だ。そういえば聖霊がいた』
「おっ聖霊! 聖霊すか? 聖霊……聖霊なんていたんですますねぃー。あーそうですね、どんな見た目をしてましたか」
『──見えていない。情報だけ。まだ視野を作れていない』
「すんませんした」
『──なぜ聖霊が外に居られる? ああも自由にそこに在った? あれも古代の遺物だろうに』
時に軽い言葉を使うかと思えば、急に神のように知りたがる。
この安定していない言葉遣いは、いろんな情報を取り込みすぎて、暗闇様のなかでも混乱があるのだろうと、ダンジョンマスターはかける言葉を模索した。
「あー。古代とはルールが変わってるかと。古代では、大勢の支持者の中心でしか聖霊は存在し得なかった。自由な移動など、みな考えることもなかったでしょう。
ところが今、そもそも聖霊は存在しなかったので新しく定義された。ただただ広く噂され、信じられさえすれば聖霊も存在できるのかも」
『──。──。──理解はした。納得には至らない』
「うーんうーん、おそらく外は平和になっていますですねぃ。古代よりもはるかに豊かで”すがる”必要がないです。
あっけなく信じることができるし、それが壊されたとて恨む気持ちも古代ほどは強くないのでしょう。一度は豊かさに触れられたから、このラナシュへの感謝があるらしいですますねぃ」
『──納得には至らない』
「自分も又聞きなので納得はしていませんし、他の説もあるかもしれないです」
(しまったー本当のところ話しちまったよー。ごまかして嘘を言うってどうやんの? 知らないぞ? 引きこもってたからコミュニケーションスキルが低いんだよもう誰か代わってくれよこんな役割向いてねーんだわ! 最後の最後でごまかせたか? 頼むから他の説ってもんに頼ってくれよ〜暗闇様そこんとこどうすか……)
ダンジョンマスターはその"信用して感謝する"最たるものを最近見たことがある。
魂が輝いているレナの心を見たばかりだ。
(それらしい真実を教えていきやがって〜。恨むぞ!)
完全な言いがかりであった。
遠くの方で、レナは小さなくしゃみをしただろう。
ザバァァ、とお湯から暗闇様が立ち上がる。
あきらかに肌が滑らかにヒトのようになっていることにダンジョンマスターは”冷や汗をかく心地”を体感した。
『──行く』
「そ、そうすか」
『──また呼び続けてくれ。いつでもここに来やすいように。そうでなくとも来るけれど』
(労働負荷って言葉知らねーんだろうな〜〜)
『──保存してある人体をくれ』
「うっす」
なぜそれがあることを知っているのか、どうしてそれを欲しているのか、聞く気はなかった。くれてやらなくてはならない、ということだけを理解して作業しているのが効率的に追い出せる、ということをダンジョンマスターは察した。
早く一人になりたい。もう疲れた。
ダンジョンマスターが指先を揺らすと、ダンジョンの端の保管室に置かれていた死体が、この空間に現れた。スキルとギフトのレア度が高くレベルも高い冒険者を、とっておいたものだ。気が向いたらこれを吸収してオート解析にかけるつもりだった。
これは、仲間を守ろうとしていた奴のはずだ。
であれば、この死体を吸収するならば、暗闇様はせめて苛烈にはならないだろうと願いを込めて。
すべては己の保身のために。
ダンジョンマスターはゴマをすった。
『──んぐんぐ。ごっくん』
暗闇の霧がこの死体を包み、のみ込んだ。
やがて曖昧だった存在が、受肉する。
『──現代人っぽいだろうか?』
「それはもう」
嘘だ。取り込んだのは濃い顔の青年だったが、古代人特有ののっぺりした顔立ちの美人に変貌している。彫りが浅く、青白い顔に、しなやかな曲線の目や鼻を持つ古代人。腕や足がのろりと長い。
どうしたって古代の思想から抜けられやしない証明のようで皮肉だった。
これならばヒトに扮していても分かりやすいぞ、とダンジョンマスターは内心舌を出していた。
もしも思考が読まれているならとっくに消されているのだろう。ならば隠せているであろう内心だけでも反撃をしてやりたいではないか。
このもの、屈指の陰湿さを持つダンジョンマスターであった。
『──では』
「行ってらっしゃいませ〜」
『──呼ぶように』
それ以降、暗闇様はダンジョンを通ってミレージュエ大陸を移動し始めた。
そして陰鬱な呪文じみたイライラとした声がダンジョン内に響いてゆく。しかしそれを聞くものはいなかった。
【地底ダンジョン[土竜の領域]】──只今閉鎖中。どの穴を通ろうとしても入口付近で閉鎖されてしまっている。
その内部は古代神がしばし残した莫大なエネルギーでゆたかに保たれているものの、ダンジョンマスターは満たされることがなく、強いられた作業を唱えるごとにガリガリと精神性を削られているのであった。
古代神の中でも暗闇様は自由であった。
有名な自然物である”暗闇”があるところならば、あらゆるところが居場所になるためだ。
とくに、暗闇が澱んでいるところを好む。
「暗闇様」と呼ばれる声を後ろに保ちながら、ソレは、ダンジョンの通路を勝手に伸ばして移動する。
彼女とも彼とも呼べないもので、在るのも曖昧だが、それでもこの時代に呼び起こされた。
とある強大な存在感が、ことさら暗闇を怖がったことを、再来の媒体にした。
喚ばれたからには役割があるのかとも思い尋ねたが、そうでもないらしく。
確定されないゆえに曖昧なままで、だから消えないように、各地に爪痕を残してみたりもしているのだが。
依然としてとくにやりたいこともないのだった。
やらせたいことはあるようだったが、それは媒体者でもなく。
金と紫の色を持った、とある女王が望んでいたのだけれど。
いざ行ってみるといつもこう言うのだ。
「こンの忙しい時にーーーーーッッ!?」
キーー!と金切り声をあげられる。
女王は幸運値が限界を下回っていた。普通そんなものは死に至るが、それでもアンデッドだから存在できているのだろう。
ガララージュレ・エリアに暗闇様が現れたが、それはお邪魔なようだった。しかし今の暗闇様は話せるので、さて、口論するつもりである。
読んでくれてありがとうございました!
まだまだ伏線下手ですが、分かるように気をつけて書き足していきますね……!!頑張りますー!
それでは、今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




