アンラッキーな……
──シヴァガン王城・魔王執務室。
▽ご主人様とゆかいな仲間たちが 空からやってきたよ!
▽オズワルドは 生温かい目をしていた。
「まだ、周りの目を気にするだけえらかったよな……」
……レナはどう答えようか迷った。
オズワルドがこんなふうに呟き近寄ってこなかったのは、どうやら照れ隠しをしているようなのだ。
正直、レナたちが空から来ようが地面から現われようがたいして驚きやしないのだろう。レナたちが来てくれることのほうが重要である。でもそんなこと言えやしない。
年頃の男の子なので。
というわけで、レナは迷っている。
そして、道化になることに決めた。
レナのほうが恥ずかしくなればいいのだ。そうしたらオズワルドが恥ずかしがっている暇もないだろう。これくらいの雑な思考が許される間柄にはなっていると自覚も自信もある。
▽さあ演技の時間だぜ!
「えらいだなんてそんなぁ~。オズくんの方を褒めに来たんだよ?」
「……それはどうも。じゃあどうぞ」
▽オズワルド 渾身の褒められ待機(自然体風)。
「よーしよしよし。おーうちのシャンプーセットまだ使ってくれてるんだね。お揃いの香りがする。いい毛並みだなーよくお手入れされてるねー。昨夜働いたあとに身嗜みを整えるなんてえらいっ。そもそもの働きもえらーいっ」
「……しばらく会ってなかった分、全部言うつもり?」
「機会は逃したくないじゃないの」
何人かが自立をしかけているからこそ、会ったときの時間をもっと大切にするのである。
レナの言葉を浴びたオズワルドは、ホッとした。離れていても気にかけてくれているのは、従魔だからものすごく嬉しいし、従魔じゃなくてもきっと嬉しいものだ。
▽褒められ褒められ褒められ。さらに続く……。
「よくもそう言葉が途切れないものよなあ……」
魔王は大きなあくびをした。
こちらは魔力を一気に消費したアドレナリンが切れてきたため、眠いらしい。
魔王は執務机に頬杖をついて息子たちを眺めていたが、やがてつっぷしてしまった。寝息が聞こえてくる。
来客があったときにすぐ通せるくらいに書類は整理されているため、レナたちがいきなりやってきても(あらかじめ動きの報告はされていたが)魔王が無用心に眠ってしまっても、問題ないのであった。
レナが、一仕事した〜という風に額の汗を拭うしぐさをする。撫で仕事である。
「ふー。言いたいことはだいたい伝えられたなあ。それでは先輩に交代です」
「「可愛がりじゃーい!!」」
「来ると思った!」
オズワルドと先輩たちが戯れ始める。
そちらは微笑ましく見守るとして、レナは、扉の側に控えていたレグルスを見つめた。
レグルスの後ろにカルメンとソレイユがいるので、おそらくこの二体を抑えるためにレグルスがここに配置されていたのだろう。では、レグルスを構うのは仕事のあとで。
余談だが、白炎に興味を持った魔王は、この聖霊の周りの空気を浴びることにはまっているらしい。しかし個人でのうかつなおしゃべりは宰相から禁止されている。魔王ドグマの物言いではカルメンたちの神経を逆なでするような事態が想定されるためだ。
(レグルスの横にロベルトさんもいるよね。聖霊対策本部、だから? もしかしたらこのお城の中ではロベルトさんに許可をもらってから聖霊に話しかけるシステムかもしれないけど、でも、私たちはもっと最初からの知り合いだし……カルメンたちよりも国を優先したのかって怒りそう。うん、カルメンにまず声をかけようっと)
力あるものに好かれている、というのも難しい立場である。
「カルメン、ソレイユ。オズくんと一緒にこの街を守ってくれたんだっけ。ありがとう。すごくかっこいいね」
▽言い方をよくわかっているぞ!
働いた、などという言い回しはここではNG。
たちまちソレイユが発火しカルメンもヘソを曲げていただろう。聖霊は立場を気にする生き物なのだ。
ロベルトは涼しい顔をして頷いた。
ここで、ロベルトの心境を確認してみよう。
(よい言い回しだった。しかし、カルメン様・ソレイユ様への影響が大きい彼女だからこの対応でよかったのだ。聖霊にとって木っ端であろう自分たちが声をかけるなら……あれではいけない……。まだ信頼関係もできていないゆえ、何を言っても角が立っただろうな。昨日の夜の事案は、オズワルドとレグルスがいたから協力してもらえただけ。シヴァガン王国として力を借りたい事態が起きたら……どうすれば……。
いや、そんな企みはすぐ見通されるだろう)
考えながら、頭の中に報告書を作るロベルト。
なぜならここで起こったことを記録しておくべき立場の魔王が、爆睡中だからである。
しかし”魔物の国の王”に求められることなど、もっとも強い戦闘力を持つことなので、それ以外はぶっちゃけ「努力賞」でかまわない。
頭のレポートにそのようなことを一行ラクガキしてしまったロベルトはふと、ではレナの場合は、と考えを遊ばせる。
”魔物を使う女王”に求められることは……。……配下がはちゃめちゃに強い場合、その"やりたい気持ちを受け止めてあげること"なのかもしれないと考える。
レナと従魔がまだ弱かったときのこと、というシーンをロベルトは知らなかった。今や想像もつかない。
(聖霊嘆願にも関わることなのだから、彼女らについてもう少し考えてみてもよいだろう。まだラナシュでの立ち位置が定まっていなかった時期にこの国に来てくれて幸運だった。このような深い縁を得たのだから。
そこにオズワルドを連れて行った魔王様は当時批判もあったが、最善の結果を野生の嗅覚で引き寄せたともみられる。
──さて、そんな彼が許したのが、この場所への聖霊とレナパーティの来訪なのだから……。………)
いつも通りのなごやかなコミュニケーションといった空気だが、それがこの場所で行われるという点でいつもより特別だった。
ただの偶然というには、ロベルトは引っかかりを覚えている。
諜報をしていて得た経験からくる勘である。
(……ああそうか。彼女らの価値がさらに上昇したからだ。
今回、初めて聖霊が国のために協力したようにもとらえられる。その聖霊というのはレナパーティが連れてきたのだから、そこに介入したいものたちもこの先寄ってこよう……。
強力な従魔は今や自立を始めたが、聖霊はまだレナ藤堂のお願いに沿っているのではないか?……と思えば、思いたいものもいるだろうし、暴走する輩も出るかもしれない。彼女はまた注目されていく。
だから、"魔王様がいるところに全員を呼んだ"のだ)
もしこれからそのような噂が立ち上がるとしたら、小さな思い込みが種になるだろう。
ではその種の中に”魔王も共に?””協力関係?”など潜りこませたらよろしい。
少なくとも、魔王国近辺の噂は、それにて抑止ができるだろう。
ミレージュエ大陸のヒトたちの方はといえば、まだ聖霊がなんたるものかを見ておらず、あちらは大精霊が話題になっているのだから、物理的な距離感もあるため、まだまだレナに危害が及んだりはしないはずだ。
そこまで考えると、さすがのロベルトも疲労を覚える。
頭が熱くなった。
役職がつけば、考えなければならない範囲が広がって困るものだ……とロベルトは少々疲れた目元をこすった。視界の端でけして目を離さなかったレナが、いつしかまんまるな目でロベルトを見上げていた。
「ちょ、獣耳の先が溶けてますよ!? 大丈夫ですか!? 大丈夫じゃないですね!?」
「よくあることなので」
「あっちゃダメです。もーソレイユ〜!」
『姉上に邪な目を向ける気配があったからだ』
『あったっけ?』
「聖霊様たちはいつもこの調子なので」
『あっこらバカ者、この三つ編みちみっ子を煽るでない』
「ソレイユ? ここに君の聖霊杯がありますね?」
『やーめーろー!』
聖霊の依り代であるアイテムをリボンで飾りつけるフリをするレナ。それを阻止しようとするソレイユ。腹を抱えて笑っているカルメン。レナならこうしたいのだろうと察したのか携帯氷魔法機を渡してくれたレグルス。
氷属性なのに背骨が凍えさせられた気すらしたロベルトである。
こわい。ますます怖いもの知らずになっているレナに、レナパのじゃれ合いを覚えつつある聖霊、こわい。
▽ロベルトは感情のスイッチを切った。
▽いいレポートが書けそうだなああ。
▽業務が終わってから怖がろうっと。
▽同僚と家飲みでもすればいいだろう。
▽宰相が おぼんを片手に登場した。
「これよりエレクトリカルルーレット・デザートを開始します」
「なんですって!?」
とっさにレナが反応できたのは、扉のすぐそばにいたからである。
宰相は軽く会釈した。
入ってくるなりこれである。
彼は常識人ではなかったのか。みんなが少し、シン……となった。
ことり、と来客用のローテーブルにおぼんが置かれる。
置かれたクッキーはどれも美味しそうな香りがする。
けれどそれがもうおかしいのだ。
(((エレクトリカルルーレット……)))
つまり、地球でいうロシアンルーレットなのだろう。どれかはハズレということ。それなのに形・色・香り・おそらく持った時の重みまで全てが完璧に一致。工業製品もびっくりな出来栄えである。
宰相が入ってきた扉の隅からひょっこりと顔を出しているのが、グルニカとニスロクというところも心配だ。そこまでしてエレクトリカルルーレットをやりたかった……その心とは?
そろりとレナが手を挙げた。
「食べないという選択肢は?」
「私からの祝いの品を拒絶なさると……?」
「えええうそでしょ!? サディス宰相そんな悲しそうな顔できたんですか!? けっこう子猫みたいな雰囲気出てましたよ! はあ、演技力にビックリです……ちょっとそれは、負けてあげてもいいかなと思っちゃいました……貴重な画だ……」
「ありがとうございます」
「死にませんよね?」
「絶対死にません」
死なせてなるものかである。
レナパーティおよびレナにはそれはもう長生きしてもらいたいくらいなのだ。従魔と聖霊を健やかに善い状態に保ってあげてほしいお願いします何でもしますから。そこまでいえる。
ローテーブルの周りに全員が集まり、そろ……そろ……と指先がクッキーの上を行ったり来たりした。リリーの妖精眼でも何事も視つけられないという驚愕の仕様だ。
「一番! レナ! いっきまーす!」
▽ファイトーーー!
▽レナは 赤くなった舌を 空気に晒した。涙目だ。
「辛い!…………私がアンラッキー、ですって?」
「ああよかったです」
「よかったです??」
「これでアンラッキーを一つ経験なさいました。こまめに発散してまいりましょう。皆さんは仰っていた。辛いことがあろうともその中で小さな幸せをいつも掴むと。そのうえ最近ではありがたくも魔物の成長にも貢献なさっている。淫魔族の元に預けられた夢魔物ズーズーの件も良く収まったと聞いております。感謝とともに、このクッキーを」
「…………ありがとうございますなんだけど、ありがとうございますって言いたくないなあ?」
レナは苦笑した。
ラナシュのラッキー・アンラッキーのバランスを心配してもらったのだ。
思惑がわかれば、辛いクッキーも別に嫌じゃない。うそ、ちょっとだけ嫌。でも嫌だけど、まあいいや、にできる。
「ご心配をおかけしました」
「はい」
▽一件落着。
▽みんなクッキーに手を伸ばした。
▽どれも辛かった。こういうことね!
▽アンラッキー・クッキーの法則を共有した。
▽細かく発散させていきましょう。
▽宰相がしに来た話はそれだけではないようだ。
お待たせしました!
先週は夏フェンリルを更新しておりました。
しばらく週一更新にさせてもらっていましたが、そろそろ、金曜日更新に戻させてもらいますね。
コロナ長引きましたが、咳がでなくなって嬉しいです(*´ω`*)
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




