暗闇には光のプレゼント
「さて。シヴァガン王都は暗闇に包まれてしまい、朝が訪れる気配はない──。
どのような獣人もこれまで嗅いだことがないような、不可思議な夜露のにおいがしている。街の人々は次々に眠ってゆき、ほどよく眠ってしまったものは夢遊病者となって街中をうろつき始めた。
それを制止させて秩序を保ったのは、街の警備隊たち。シヴァガン政府がこの事態を予測して持たせていた目覚めの魔道具により、長めに活動ができている。配られている特殊なロープによって夢遊病者たちを縛り、その制御率は街の人口の20%に達した──」
短距離通信魔道具を、泡の水魔法にたゆたわせながら、その振動によって一気に情報を聞き出し、的確にまとめ上げる。
なかなかの離れ業をしてのけた諜報部所属の魚護人ドリューは、先輩の方を得意げにみた。
「どうっすか」
「詩人かよ」
ため息をついてみせたのは樹人のクドライヤ。
「まさか、最近組まなかったうちにそんなキャラになってたとは……はあ……。まあ、後輩ウケは良さそうか」
「ですよね。こういう物言いをすると集中力のない後輩も聞いてくれるんで」
「魔人族たちは気になるものにしか集中ができない奴が多いからな」
「統率と事務作業が得意な影蜘蛛系とかは、かなり特殊ですよね。でも物語はみんなが好きですから」
「でも次は、先輩ウケも重視するように。今は俺とお前の二人組だからな」
「こえぇー。わかりました。ちなみに、イライラしてます?」
「まさか。久しぶりに表情筋を使わなくていいから程よくサボってるだけ」
「ここにサボりがいますよ〜っと、すみませんなんでもないっす!こわ! 手が動いてたらいいですし、諜報部はうるさい方が問題ですからね。黙りまーす」
こうして話しているうちにも次々に人々を昏睡させていくクドライヤ。その毒花から発される香りを吸い込んでしまえば、気絶よりも深く考える力を失わせる。これに対する特効薬はもうできているのだからと、容赦がない。
ドリューは先輩が昏睡させた人々を見つけるたびに、水魔法の中にロープを仕込んだもので包み、またたくまに拘束していった。ついでに花粉がついてしまっているなら洗い流した。それはさすがに毒性が強すぎるからだ。
思いがけず、このたびのクエスト【夢遊病者のすみやかな無力化】については、この二人の組み合わせが最優秀だった。
ドリューがまた水球を出す。
「えーと、そろそろ確認作業をはさみますね……。第一業務、警備隊による現場把握と安全確認クリアとします。第二業務、諜報部隊による”獲物”付近の鎮静化クリアとします。よっしゃ。あ、クリアはざっくりクリアです」
「それでいいよ。魔人族がその辺しっかり求めすぎりゃでかい群れがしめつけられて崩壊するからな」
クドライヤとドリューはすばやく周りを見渡す。
ひっそりとしていて、明らかに人が動く生活音が減ってきていた。
それぞれ、自分が生んだ葉の振動から、空中に浮かべた水球の震えから、探知をしている。
──今聞こえているのは、ただただ縛られて呼吸をするだけの音がほとんど。
──そしてささやかで足音とも思えないくらいの、諜報部が移動する音くらいだ。
(自分たち以外にどれくらいの人数が導入されたのかは知らされていないが……おそらく最も多い……少人数では対応しきれないと見られている……)
クドライヤは頭の中で状況を整理していく。
長年平和だったシヴァガン王国が、ここにきて大きな侵略を受けたのだから、国として備える体制に入ってゆくことが、必要な時期となったと言える。
もっとも強い魔物である魔王の”群れ”に入っているという条件が、この長い平和を保っていた。
群れは周りの小さな群れをのみこんで巨大な国となり、正面から戦いをしかけられたような歴史をシヴァガン王国は持たないという。
建国が成立した時でさえ、その戦いは、一体の魔物と魔物が、トップを奪いあったのだと記録されている。けして群れが戦ったわけではない。
魔王になる魔物というのは、突然変異で生まれた特別強いものが座することばかりだ。
自然界に生まれ落ち、たまたま絶対強者の素質を持ち、自然界で生きるために勝ち上がり、つまりは抜きん出た唯一たちばかり。
抜群の直感と攻撃的な野性の本能をもつ。
これに対して、もともと群れの中でていねいに育てられた血統種はどうしてもこの野生の王者よりも気迫が足りなかったらしい。
この強者たちは、強者であるゆえに、生活が不自由ないほど整ってしまうと、退屈が生じるそうだ。
そして弱いものをいたぶるような日々に退屈したとき、"群れの長になってみるのはどうだろうか"と、これはまたどこからきたのか分からない【新たな本能】が天啓のように降りてくるものらしい。
そして影蜘蛛が強者たちを絡めとり、戦わせて、真の魔王をつくりあげていく。
シヴァガン王国。魔王が長になった巨大な群れ。
それはまたしても、近寄ってきたこのたびの強者をとりこんでいくのか、それとも異例のレナパーティのように共生するのか、もしくは叩き潰すべきものか……。
「──……」
「あれ、先輩ぼんやりとして、眠くなってきました? とおっ」
「生憎、水をかけられても嬉しくないタイプの樹人なんだよな俺は」
「いててててて! あーこっちも目が覚めましたけど、ありがとうございますって言いたくねえ!」
「やめとけよ。マゾヒストの称号つけられるぞ」
「わざわざ口に出していったら称号取得の可能性が高まるんだからやめてぇ!?」
「あっちもグループみたいだな」
ドリューに技をかけていたクドライヤが、目を覚まさせてやるためにもう一度こめかみにチョップをしてから、指先で”暗闇の影”を示す。
すぐに切り替えたドリューは口を引き結んでそちらを見た。
その暗闇の影の地面に接しているあたりに、ざわざわと動いている気配があった。
決してこのラナシュ世界のものだと認識することができない。どれだけ感覚を研ぎ澄ませても本能に訴えかけても、ダメだ。けれどあれは、複数の気配が合わさってできた”なにか”なのだろうという確信が、たしかに感じられる……あちらがそう認識せよとしかけてきた精神作用なのかもしれないが……。
ゾクゾクとする。
このような強大なものと自分が対峙している感覚が。群れと群れが、ぶつかろうとしている緊張が。魔人族の闘争本能を刺激する。
「ドリュー。お前もそんな顔するようになったか。いいじゃん。強くなった魔人族だからこそ、ピンチにワクワクするもんだから。ビビってた新人の頃よりも頼もしいわ」
「ありがとうございま…………でも任せてサボらないで下さいね!?」
「ちぇ。常に全力だと非常時に備えられないからそれもダメだろ。ちょーどいいんだよ気が抜けてるくらいで。のびのびするわー」
「最近ギルティアちゃんのお世話で忙しかったから反動すか……。主婦休みじゃん……すみません黙りますごめんなさい」
そろそろだ。シヴァガン政府からの作戦は。
ドリューはここから目を瞬かせずに、一瞬たりとも見逃したくなくて、自分の目を水分で潤わせた。こうすればしばらくまばたきの必要はない。けして健康に良くはないのだが、それでも。今だけはと思ったのだ。絶対自分の人生に影響を与えてくる夜になるのだろうから。
とても静かな街。
けれどほんの一瞬で、ずかずかと割り込んでくる足音──。
周りの静けさなど、まったく気にする必要がないのである。
見つかってもかまわない。だってその者は全てを倒すから。
足音は一つ一つの音の間がとても長く、飛んでいるかのように降ってきて、軽やかでもあるのに驚くべき重厚感を押し付けてくる。
注目せよ、これに。
絶対強者の覇気である。
爆発的に気配がふくらみ、シヴァガン王国中央の鐘の塔の上に、大きなシルエットが降りたった。
魔王ドグマだ。
シヴァガン王国の全員が認めた。
「ふはははははははは!!」
魔人族の笑い声にはちょっとガクッとくるけれど。
重なるように獣の唸り声が、二つ。併せて三つ。
三つ首の魔物デス・ケルベロスゆえ。
ドリューの心が震えている。従うべき群れの主人が、臨戦態勢に入ったのだと感じたら、底のほうから体も心も熱くなるのだ。
そして、魔王の存在感に紛れながらも、もう一つシルエットが現れる。少年と青年の間くらいの背丈だ。巨大な魔王と比べると小さくも見えるが。
おや、とドリューは意外に思った。
それから、口元がムズムズしてしまう。
「オズワルド坊ちゃんだ。もしかして共闘なんすかね?」
「もしかしなくてもそれしかないだろ。だから魔王様があんなに楽しそうなんだろうさ」
「……うーん。俺たちのこの気持ちの高揚って、親バカでも発動するんすね? 自分不信になりそうだ……」
「あの二人が出てくるくらいの”獲物”ってことなんだから、でかい群れ相手の狩りって点は変わらない。それを踏まえて油断をするなよ。お前はすぐに調子にのるから」
「気をつけます」
クドライヤもドリューに話しかけながらも、目はもう魔王の存在感に釘付けになって動かない。
訓練している二人でもこの有様なのだから、うとうとしていたただの街人など、引きつけられてしまってもう動けやしないのだった。
二人はこの時の状況を頭の中に記録する。
たとえ夢遊状態にあっても、シヴァガン王国民であれば魔王の闘気に共鳴して、自分勝手な動きをしなくなるようだった──と。
これは、のちに重要な発見として評価される。
塔の上の二つのシルエットは、暗闇の中にあってもよく目立つ。
艶やかな漆黒の毛並みが、少しでも動けば紫がかって、もしくは青みがかって、それはそれは美しいのだ。
しかしながら二人は何やら話しては小突きあっているようである。
ここでまた、がっくり、とさせられながらも、そのおかげで二人の過剰な闘気は抜けていった。
クドライヤとドリューは、魔王とオズワルドの両方をよく知っているからであり、それを知らないものたちは、あまりの闘争心ゆえにお互いに鼓舞しあっているのだろうと緊張を強めていたが……。
親子の登場によって、もうこのあたりで自由に動くことができるのは、訓練された部隊以外は、魔王とオズワルド、あやしげな暗闇を連れてきた影のみだったので問題なかった。
────獣の遠吠え。
「オズワルド。明かりによってこの影は勢力を減らしていくようだ。わかるな?」
「当然。まあアンタは勘でわかってるんだろうけど、俺は、歓楽街の明かりであいつが近寄れなくなってたところから察したな……。それに暗い所の方が気配が濃いから。つまり、暗闇で強化されて・明るみで弱体化することが確定した」
「そういうことで」
「アンタややこしいからって説明聞いてなかっただろ。まあいいや。火力、間違えないでよね(・・・・・・・・)」
「いいだろう!」
「「炎魔法[フレイムボール]」」
「……それから[重力操作]」
またたくまに高熱の炎球が現れた。高密度の魔力でゼロから作られており、もしも触れたら鱗も岩肌も毛皮も溶けてしまうようか代物だ。魔力の差にあてられても気が触れるかもしれない。
そんなものが街の中央にいくつも。
これを重力操作で浮かせているオズワルドのプレッシャーも相当なもののはずだが、心を乱すことなく、とても自然に調整をこなしていた。
炎球はそれぞれ、濃い紫と、青白炎。
めらめらと燃える炎の間を、白炎の聖霊たちが遊ぶように駆け回っていく。
潜みながら眺めていた諜報部は、今この時、心を殺すタイムに入った。
そうでもしないと逐一驚かされて仕事になりやしないだろうから。
オズワルドがまるで超能力を使うかのように、腕を回したり指を曲げたりして、炎球を操っていく。
炎球はすべるように地上すれすれを道路に沿って走り、暗闇の影の足下の、複数の気配がうごめいていたあたりを明るみにさらした。
そうすれば「ギャっ」「ギギィ」と軋みの音を立てて気配が減っていった。
足元のうごめきを減らして、炎球の列で囲むようにしてやれば、それが光の鎖のようになり、もう暗闇の影は動くことができない。シヴァガン王都の広場に足止めをされた。
魔王ドグマは集中しているようだった。
ちなみに、その状態の魔王を下手につついたら噛みつかれることもあり得る。オズワルドが強くなった今だからこそ、そういう事故が起きる可能性を宰相から聞かされていた。
ただし、この呼びかけなら大丈夫だろうという対処法も聞かされている。
「あのさ父様。そろそろ敵の存在箇所は嗅ぎ分けられたの?」
「──ああ。この辺りだな!」
魔王が大きく息を吸い込む。
それに合わせて、白炎聖霊たちが移動していった。影の周りをぐるりぐるりと旋回し、もし万が一があった場合は周りの炎を吸収するという手はずだ。
『確かに高濃度の炎や熱は我らの好物ではあるが。こうもあきらかに"使われる"のは我慢がならないという感覚も沸き起こりますね。姉上』
『そういうな弟よ。これは炎の祭りだとでも思えばよいではないか。暗闇に炎が映えている、それを我らが食うための儀式にしてしまえ』
(ありがとうございますカルメン様……)と、聖霊組を見守っていたレグルスは、深く感謝したのであった。同時に、たとえカルメンであっても面倒を見るべき存在が現れたのならば精神的に成長するのだな……と感心もしていた。
オズワルドとレグルスは、従魔同士、近くにいさえすれば、お互いの心がざわついているのか・落ち着いているのか、ということがよくわかる。
二人ともが落ち着いているということは、魔王の動向への備えができたということ。
オズワルドはふと、このような場面であっても、もっとも気にかけているのが敵ではなく魔王ドグマだということが、少し面白く感じた。
「「「──── ──── ────
──── ──── ────
──── ──── ────
──── ──── ────
──────!」」」
魔王ドグマの唱える晶文。
それは三音が混ざる特殊なもの。そして獣の咆哮のようでもある。
魔物はその進化のステージがあまりにも違うとき、まるで違う種族のようだという判定になるためか、たとえ似た獣人系列であっても、お互いの音声を判別できなくなる。
魔王ドグマは現在魔人族の姿にあってなお、オズワルドたちに声を理解させない、その条件を引き出してしまうほどのポテンシャルがあった。
思い知らされるようだ、とオズワルドは思う。
こういう時は自分の成長段階を自覚して、これからまだまだ伸びてゆくはずの成長曲線をイメージすることで平常心を保てば、父の背中を追い求めていた幼少期のように引きずられてしまうことはない。呼吸を整える。
魔王ドグマが放つのは紫の業火。
火災そのものの火柱が湧き上がる。
けれど(あれ?全く熱さを感じない……ってことは………)オズワルドはキラに聞かされていたことを思い出す。
<敵は、別次元の存在という可能性>
別次元、というのは、ラナシュ世界とは本来重ならない情報のことなのだという。
そこにたどり着く方法を本能的に嗅ぎ分けることによって、魔王ドグマは魔法を辿り着かせることができたらしい。
絶対に勝ちたい、その執念で導き出した最適解。
どのように?と聞いたところできっと説明なんてできないのだろうけど、できてしまう者が魔王なのだ。
紫の炎はおかしな動きをみせる。影の形状内に膨張しているのだ。それによって、ぼんやりとしていた暗闇の影という姿を、くっきりと映し出してみせた。
それは【巨大な顔】だった。
大きな頭に、巨大な冠、首から下のあたりは蛸のようにうねうねとしたものがのたうちまわっていた。
無表情。そして今の時代のヒト族や魔人族とはまた違う種族のようにみえる独特の顔の造形。
「この世のものではないな」
と、ドグマはあっさり言った。
ああ父様が帰ってきた、よかった、と少々肩をなでおろしたオズワルドだった。
なんとなく、近寄りすぎたらあの別世界に取り込まれてしまうのではないかという怖さがあったのだ。
「ふむ。ダメージは入っているようだ。我はもうアレを攻撃する気が起きないからな」
「そうみたいだね。じゃ、天使族に終幕の手伝いを頼もっか……シュシュに連絡ができるようにしてあるんだ。そこの鐘を鳴ら……」
▽ゴイーーーーーーーーン!!!!
「説明の途中はやめてくれる!? いっつぅ、耳塞ぐの遅れたし、こっちからの準備もあってさあ……」
「早い方が良い状況だ」
「じゃ、そーなんだろうな!! レグルスっ」
「了解。炎獅子たちを連れてきている」
レグルスは実家からの刺客を返り討ちにした結果、その実力に憧れを持って寝返った数十名を配下として引き込んでいた。
炎獅子は太陽の光をあらかじめ吸収しておいて、たてがみを輝かせることができる。
地上からの光、炎球の鎖、そして天からの天使の歌唱──
「[衝撃覇・弓]うらああああああっっっ」
巨大な光の弓が堕ちてきてドーム型の暗闇空間に突き刺さり、目をくらませるほどの光を拡散させやがった。
▽シュシュ お役に立ちたいお年頃。
▽まだ制御できない大技だけど 光を送るだけならできるじゃん!と遂行。
▽ゲーミング特攻隊長は 現実においても最先端であった。
▽どうせこうなるだろうと思っていたオズワルド!
▽サングラスを着用。
▽シヴァガン王国従業員に今朝配られていた謎の配布物サングラスが 活かされたのであった。
▽間に合わなかった者は 今後上層部のおしえをよく聞くように。
▽癒しの類の光なので 害はないです。
──地上に太陽が生まれたかのようなまばゆさだった。
──これには暗闇の勢力も敵わなかった。
<撤退を確認しました>
淫魔のお宿♡にて、ブラックフィルターを自らの画面に施したキラが告げる。
「これ後始末、大変そう。あの子たちが上手にできるかなあ……私も手伝ってあげていいかな……でもその前に褒めなくちゃね! いやあの子たちも成長しているのにもしかして過保護にしすぎ……?!」
レナのささやかな悩みに、ピーチィは程よく脱力した。
そしてズーズーとレナを撫でながら、こう言った。
手は、もしかしたらという怖さで白くなっていたけど。ここにいる少女たちを怖がらせないように微笑んで。
「めでたし、めでたし」
▽レナパーティは ズーズーを守り抜いた。
──シヴァガン王都には朝がきた。
▽街に 行ってみよう。
▽頑張った従魔たちを褒めたりもしなきゃいけないからね……!
読んでくれてありがとうございました!
引き続き、風邪などには気をつけて夏をすごしましょう(`・ω・´)ゞ
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




