シヴァガン市街地の暗闇
時刻は夕方。
シヴァガン王国市街地──。
人通りが、昼間とは入れ替わりつつある。
昼職のものたちは仕事を収めて、現場をあとにした。その後飲み屋に出向いたり、食材を買って家に帰ったりと大通りからは姿を消す。
そして夜職のものたちが現れる。夜型の魔人族たちはシヴァガン王国の街に溶け込んでしまうような黒色の特徴を持ったものが多い。
シヴァガン王国の街には一足早く夜が来たように、上空から見た色が暗くなる。
そしてがやがやとしていた声が、次第にさわさわとひそめるような音になってゆくのだ。
ちょうどこの頃が、もっともトラブルの多い時間帯だ。
日中活動の魔物と、夜行性の魔物は、気性や習性が合わない事が多い。
したがって、シヴァガン王国の街の警備隊ももっとも多くの数が配置されている。
「しかし、本当なんですかね? 最近の暗闇騒動の原因が姿を現すかもしれない、って情報……」
警備隊の一人が口を尖らせてぼやく。
まだ配属されてすぐの魔人族だ。だから持ち込まれた情報の源が「淫魔のお宿♡の噂」だと言われてもイマイチピンと来ない。字面だけならいっそふざけている。
新人たちによくみられるのは、自分たちの部署の上司が確信を持ってとってきた情報こそを重視したい、という意向だ。どこぞの噂をもらうのではなく。
魔人族たちは自分たちのグループを「群れ」だと認識しているため、仲間意識が強い。
「まあ、お前もそのうちわかるようになるさ。もしかしたら思い知るのは今夜かもしれないぞ。当たるんだよ、淫魔のお宿♡の情報網」
「そんなもんすかねえ……」
「種族の相性が合わなくて行ったことないんだろ? 今度連れて行ってやるよ。あそこは普通に話して帰るだけってこともできるからさ」
「そうなんすか!?」
「まあ、俺の給料では平均ランクプランの数時間休憩コースしか無理だが」
「高級店すからねぇ」
ぱたぱたと遊び始めた新人の尻尾の様子を見て、彼の不信感が少々晴れたことを確認した先輩は、少し声をひそめた。
「まあほら。レナパーティの関わっている情報だから、何かは起こるぞ」
「そりゃそう」
▽そりゃそう。
▽新人も納得のこの単語「レナパーティ」。
組織をまとめている一番上はといえば魔王であり、その魔王ドグマが認めているというレナパーティの話であれば、本能的に「OKわかった」を出しやすくなっているのが魔人族の新人の最近の状態である。
さらに「新人育成のために魔物を育てる力をちょっとだけ貸してくれるらしい」となれば、興味を惹かれるのも当然のことであった。
最近グングンと力をつけてきている魔王の息子オズワルドや、レナの従魔を兼任しているレグルスの美しくも雄々しい振る舞い、たまに姿を見せる素晴らしい白炎の聖霊などがシヴァガン王城にいるため、身近な憧れも生まれている。
「うちに入ってくれないのが惜しいすよね」
「まあほら。強烈なものが入ると王宮内が荒れるから。有力者をスカウトした後のシヴァガン王城はよく壊れるじゃん、内戦でさ」
「でも可愛かったすよ。レナパーティ。ちっちゃくて」
「まあ………。………………どれだけのトラブルを呼び込む存在なのか、今夜思い知るといいと思うよ?」
「ヒッ」
▽ふと見た先輩の横顔は いきなり歴戦の戦士の顔になっていた。
▽街の警備をしているだけなのにとんでもないハードボイルドさだ。
▽レナたちがここに辿り着いた時からの シヴァガン王国内警備隊の仕事量(お察し下さい)
▽街が一見平和そうに見えているのは 彼らの尽力のおかげなのであった。
▽ハードワークゆえに離職者も多いが……
▽だからこそ 今回の有望な新人を絶対に逃がしたくないでござる。
▽先輩は ハードボイルドからクールフェイスに なってみる。
▽カッコイイ眼差し![目力][フェロモン][統率力]
▽後輩は尊敬した目で先輩を見た──。
──ビュウウウウウウ!!
いつも通りに始まったシヴァガン王国のにぎやかな宵の始まりに、不気味な風が吹き抜けていった。
きた、と二人は体を固くさせる。臨戦体制へ。
それは同じく待機している警備隊全体の姿勢であろう。
風はとてつもなく巨大な布がさらりと街全体を撫でたかのように、不自然な横広がりの風で、そして風なのだろうと頭では認識しているのに、体はまったくの”凪ぎ”を感じて、意識と体幹の齟齬がおそろしい不快感を生んでいた。
市民は腕をさすっている。
そして景色は一気に暗闇になった。
星も月の光もない宵闇のようなものが、何らかの意思をもってシヴァガン市街地にやってきたのだ。得体の知れない夜である。
▽街の空気が一変した。
「いくぞ。お出ましだ」
「先輩! これってなんか……”昨日までの夜の違和感”がちょーハッキリ凝縮されたやつだと思います……。まるで知らない土地の夜露のようなにおいがする……シヴァガン王国では嗅いだことのなかったにおい、でも夜の湿ったにおいだと思う……」
すんすんと鼻を効かせ、眉根を寄せる新人。
「でかした。おそらくそれが来るだろうと聞かされていたから、ドンピシャってことだな。そしてこれからの働きも予想されている、まあ当たるだろう」
「えー助かる。噂ってすげーのかな。そこから、どうなるんすか!?」
「"まずは悪夢を見る市民が現れる。それはやがておかしな夢遊病者になる。夢遊病者を解放するには、そのものを気絶させること。意識が浮上してこないくらいに昏睡させること。"だそうだ」
二人はまず、控えていた路地裏に夢遊病者を見つける。
それは昼から酒を飲んで寝こけていたのであろうウエイターだった。まあ、このような場所にいるのはマナーが悪い輩だ。
彼はふらふらと立ち上がって歩き、こけそうになると腕を前に出してバランスをとった。まるで生まれたてのアンデッド族のよう。このような不自然な行動をする例は、ここ最近の宵闇によって見られ始めている。
警備隊の二人は協力して、このウエイターの首筋に手刀を落とした。そして縄で後ろ手に拘束する。
こうすればバランスが保てないので立ち上がって歩き始めることもない。
と、これもまた淫魔のお宿♡から伝授された「束縛技術初級編」である。
「今朝の縄結びの研修ってこれのためだったんすねー」
新人は自分の腰にストックしていた縄をまじまじと見て、感心したように呟いた。
”淫魔からの情報”をもうかなり信じたようだ。
(んー。先輩が教えてくれる”こうなんですよ”を素直に信じすぎているとこは将来気をつけさせないとなあ。まあ、新人の頃はがむしゃらに先輩の言うこと聞いて技術を身につけてから自分で考えるのが、伸びやすくもあるのかな。個々をよく見る、そうすれば育ちそうだって、レナパーティを見てるとついやってみたくなるんだよね)
先輩は屈伸をして、ぐっぐっと足の筋を伸ばした。
足が走鳥類のそれに変化する。ダチョウのような特徴を持つ彼は驚くべき瞬発力を持つ。
彼のダッシュについて行くべく、後輩も走りながら半獣人化した。
スタミナには自信があるオオカミの特徴が生まれ、あっという間に走るための息が整う。先輩を追いかける。
二人が駆けて行く街中では、次々に、夢遊病者を目撃する。見つけたそばから手刀を打ち込み、時にはスキルを使ったり魔道具で昏睡させたりしながら意識を断たせて縛っていく。
街中にはイモムシのように転がされた人々がいっぱいになった。
それを気味悪がったり、警備隊に文句をつけてくるようなものはいない。
だんだんとみんなが眠気を感じ始めていて、うつらうつらと船を漕いでいるか、夢遊病状態になって縛りあげられるという状態だからだ。
弱いもの、疲れが溜まっているもの、精神的干渉を受けやすいものから眠っていくようだ、という傾向がみられる。
縄で縛るのはそう難しいことではなかった。
しかし、
「数が多すぎますね。無限湧きじゃないすかこれ。かなり用意してきたとはいえ縄が足りなくなるんじゃ……俺たちは果たして任務完了できるんでしょうか、先輩の見解はどーすか!?」
「命じられているのは夢遊病状態のものを制圧すること。まあ人数ノルマとかはないし、朝になるまでが時間制限だから、見回りを続けて大きな問題にならなければオッケーじゃない? すべて完璧にはできない。でもできることをやる。それが仕事」
「ぎゃ!? 攻撃してきましたよこの夢遊病者サンっ」
「悪夢を見ているのかもしれない。スキルを乱発しているけど目は閉じられていて、俺たちへの攻撃意思でもないようだ。苦しそうな表情をしてる。協力して意識を断つぞ」
「っす」
こうしてまた一人の市民が地面に倒れる。
さすがの警備隊の二人も息が上がってきた。
夜が全く動かないのだ。
暗闇のとばりがおりたまま、これ以上夜が深まることはなく、かといって朝がくるような気配もみられない。
そうなれば、いつまで続くのかという気力の勝負にもなってくる。
なぜ、と考え始めたら心が折れてしまいそうだ。
だから、今は、成し遂げるために、上の命令を完了させることに集中する。
次第に無言になってきた二人の上を、いくつかの気配が通り過ぎていった。
仲間だ──とは、その動き方でわかる。
「おー。諜報とか上層部の方々がここまできてくれたな。城の付近は片付いたのだろう。眠気覚ましの魔道具を持っている俺たちでさえも体調が不穏な時に、彼らがいてくれたら心強い」
「えーっ。別の部署の奴らが活躍して成果を持っていかれるのかもってムカつきます」
後輩は眠気を我慢しているためか、かなりイラついている。
「今だけは絶対に魔王国内が喧嘩したらダメな時だ。鼻で、耳で、尻尾で、感じるだろ? もっと大きなものを相手にしてるのかもしれないって──。だからまあ、今みたいな愚痴は言ってもいいけど、成果の取り合いや喧嘩腰はやめようぜ。あっちもそんなつもりじゃないはずだからさ」
「うっす」
口を開いてぜえぜえと呼吸していた後輩は、やっと口を尖らせるくらいの余裕ができたようだ。愚痴は言ったものの、内心、自分たちの手に負えないところを手伝ってくれる勢力があることに安心もしているのだろう。
完璧な後輩ではないが、じゅうぶんな働きだ。それにまだスタミナもありそうだ。
先輩はわざわざ踵を返した。
「さっき別部隊が走っていった方には近寄らないほうがいいだろうなー。俺たち程度ならば眠気に呑まれちまうかもしれない。ちょっと離れたところで引き続き市民を安全に縛り上げる」
「っす。言葉の矛盾がウケるっすね」
「縄がまだあるからな。この縄は朝日に当たったら”とける”仕様だ。霧状になって空に登り、雲になる。自然なんだよな」
「自然っすね。ウケる」
また二人は働き始めた。
朝日がいつか光ることを願って。
遠くの方では「ヒュウウウウウウウウー」と風が吹くような音がしている。
けれど反して、全く空気が動いていないこともわかる。まるで自然じゃない。
「さあ警備の気合を入れっぞー」
「あ、非常時のドリンク飲んでいきましょ」
「キラキラフレッシュ☆エナジードリンク。こんな時にこそ飲ませてもらうとしますかー」
「お仕事頑張りまーっす。ごくごく」
目をキラキラに輝かせた二人組が、街の端まで駆けていった。
▽がんばれ♪ がんばれ♪
▽Next! 街の奮闘劇2!
読んでくれてありがとうございました!
ここはどんなキャラに語ってもらおうか悩みました。客観的な方がいいかなと、この組み合わせになりました。
雨と晴れでおかしな気候が続いていますね。
みなさまも体調お気をつけください〜!
では、今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




