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呼びこんだ薄闇

 


 ▽ピーチィの 夜のお誘い。

 ▽レナたちは 乗ってみることにした。

 ▽なぜなら 世界監視のプロ二人がここにいるからである(ルーカ・キラ)


 ▽それでダメなら 世界中のどこにいても防ぎようはないだろう。


 ▽だったら 淫魔の直感は当たる♡にかけてみよう。



 ズーズーは胸がむずむずとしているらしく、自分の爪で引っかいている。

 これを表す言葉をまだ知らないのだろう……と察したピーチィが、こうなのだろうなと耳打ちしてあげる。おそらく、レナたちが自分のために予定を変えてくれたことへの嬉しさと罪悪感が同時に押し寄せてきたのだろう、と。感情察しは百戦錬磨の淫魔族である。


 モクモク、とズーズーの鼻から灰色の煙が吐き出される。

 驚いているレナたちの前で、煙はラナシュ文字を形作った。まだうまく舌が回らないズーズーのできる精一杯である。


<ごめんね><ありがとう>


「いいよ。進化したてのズーズーさんも心配だったしね」


レナが微笑む。


「進化したばっかりってどんな感じなのか、教えてあげる!」……と、従魔たちがズーズーを囲って話しかけ続ける。これならば、浴びせられた言葉を自分のものにして、語彙が増えて話がうまくなるのもすぐだろう。進化したばかりの体調をどう表したらよいのかも、大先輩たちがたくさん教えてくれるはずだ。


 ピーチィが、ラズトルファを小突く。


「一応、あなたがこのフリをしておいて。これから愛称・・を付けてあげるわね。”ズーズーちゃま”」

「おい。何をしていやがるんでございますかお姉様?」

「愛称よ。ホラお返事をよこしなさいな。”ズーズーちゃま”」

「返事をしたら契約完了になっちまうじゃないですかねお姉様?」

「それが目的なんだってば。終わったら解放してあげるわよ。今夜だけ。ね?」


 ピーチィとラズトルファが話している図は距離が近くて艶やかなので、なんとなーく気恥ずかしくて目をそらしてしまうレナなのであった。


(ピーチィさんはどうしてそんなお願い事を? うーん、まあ、あとでわかるでしょ)


 ▽ご主人様は 空気を読むのが得意。


「せめて”さん””くん””殿”じゃダメなんですかねお姉様?」

「”ズーズーちゃま”」

「…………はい」


(仕事って大変だなあ。私からは従魔にこんなふうに強く言わないようにしよう。みんなとの家族みたいな温度感が仕事になっちゃうかもしれないから)


 レナは一人でうんうんと頷く。


 ラズトルファは、頭に「ズーズーちゃま」と書かれたハチマキをつけさせられた。これをすでに用意していたから呼び名をわざわざ変えなかったのかもしれない。

 従魔みんながそれを面白がって、ズーズーちゃま〜と呼んでいる。

 ラズトルファはヤケクソ気味に返事をした。


 当のネタ元のズーズーは小首を傾げていた。


 そんなズーズーをひょいと抱え、防御姿勢をお願いしてから、ラズトルファに抱えさせるピーチィ。


「淫魔の直感は当たる♡なのよ」



 ──外は夕方を超え、夜になってきた頃。


 ──街が淡い紫色に染まってゆく。


 ──それよりももっと早く、カーテンが閉められたこの一室は暗くなっている。ライトもつけられず、外の薄闇をもっと濃くしたような色合いだ。


「ライトは決してつけないようにしてちょうだいね。暗闇だけれどね……」


 ピーチィがそう口にした時、空間がぶわりと歪んだような感じがあった。


 レナはわざわざ飛び上がったりしないで静止したまま、目を見開いてみる。一見これまでとは何の変わりもないような暗闇の室内。ゆっくりと目が暗闇に慣れていったので、従魔たちがどこにいるのかという姿もぼんやりとシルエットに見える。

けれど(変わってないはずがない)と信じられるくらいに薄ら寒いなにかが、ここに出現しているようなのだ。肌で感じる異様さ。


 レナは、ルーカやキラからの連絡を待った。


 やがて念話テレパシーが送られてくる。


(視えたよ。まるで天界にあったような空間のねじれが生じているんだ。ぐにゃって曲がってるとか一時的曖昧とかじゃなくて、ラナシュらしくない空間になってる部分がある。正直なところ天界で視たような暗闇のキューブ付近がもっとも近いってかんじだよ)


<おっしゃる通り。そして世界情報としても空間の一部が”喰われて”います。上書きされたわけではなく、圧縮されたわけではなく、ラナシュの空間情報が切り売りされて、そこに別の空間が出店してきたような感じですねー……。入れ替わりですこれは>


(暗闇キューブと同じもの……空間の入れ替わり……)


 レナは鳥肌をさすらないように気をつける。刺激しないように。みんなが息をひそめている。


 その手のことで一番心配なのは、従魔の存在が消えてしまうかもしれない、そうすればレナの前から容易にいなくなってしまうことだ。

 皮肉にもこの恐怖感をもとにして、レナの心には、日本で両親を失った時の喪失感と悲しい気持ちが、思い出の実感としてまざまざと戻ってきていた。

 あの時泣き尽くしてしまってよかった、と思った。

 今のレナはここにいる従魔を強く信じて、涙をこらえられるから。


 こんな状況にならなかったのが一番だけど、ピーチィの「淫魔の勘によりこうしたほうがいい」という証言を信じようと努力する。


 レナが見ている薄闇で、従魔でも淫魔でもない、知らない影が一つ、増えた。


 それは縦に細長いシルエットだった。


 タイトシルエットのドレスを纏った影色の女王のような──という感想を抱く。その頭部には冗談のように立派なトンガリをもつ冠が乗っているようであった。

 おとぎ話の絵本に出てくるデザイン的な挿絵のような、まだディテールが細かくないざっくりとした影。それなのに存在感はなんだかとても人間的だった。意志の存在を感じさせられるからだ。


(! あの薄闇はどうやらラズトルファさんに狙いを定めているみたいだね)


 ルーカはテレパシーで伝えてくる。

 ふとレナは、目を合わせていないのにどうやって……と思い至るが、キラを介して全員に意思を伝えつつ音声変換まで施すなど、方法はいろいろとあるのだろう。キラは凝り性だし。

 おそらくルーカの声でのテレパシーはキラの届け物だ。ありがたいな、とレナパーティは耳を傾けた。


(薄闇の質量は移動できるみたい。ほら、動いたでしょ。ラナシュの空気をかき分けるみたいにして前に進んで、一定の空間を自分のものにしたまま移動ができている……。あ、長い腕のようなところが伸びて、ラズトルファさんの頭をつかむよ)


 ルーカは少し先回りした予見が可能なようだ。


 大丈夫なの!?……とレナは心配して影を凝視する。


 集中のおかげだろうか。さっきよりもレナの目にもくっきりと映っている。


 みれば灰色の影が長くのびてラズトルファの頭に置かれていて、わずかに振動している。……撫でているのではないだろうか? とレナは気づく。なんで? と一応鞭に手を添えながら見守る。何ができるのかは未定でもなにかあったら動かねば、というもはやレナの癖だ。


(ああ、安全ではあるようだ。ラズトルファさんは攻撃的なことはされていない。それはラズトルファさんをズーズーちゃまというのに仕立て上げたからだろう。……っふふ。あ、キラ、僕が笑ってるところまで伝えてしまわないで。頭の中で衝動的になってるだけで現実的には笑ってないからさ)


<堪えててえらぁい♡ まあリラックスも必要かと思いましてね。ほらみんなの空気がちょっとゆるみましたし。

どうやらあの灰色の影はラズトルファさんに語りかけるべき音を探しているようですね。いくつか声のような音を鳴らしてみて、反応があったものを絞ろうとしている。みなさんの耳に聞こえているよりはるかに多くの音の情報が流れています。

あ、語りかけ始めましたね……翻訳しますよ>


(”ズーズーがこんなにも綺麗になってしまったのはどうして?”)


「進化したから」


(おっと、ラズトルファさんは自分で答えられた。求められている働きを達成できて大したものだね。普段の勤務態度はけっこう反抗的だけど、お宿♡への感謝も大きいんだろう)


<質問形式に事実を答えるのはまあ問題ないでしょう。うまい言葉選びも彼なら得意でしょうし>


 レナはこの判断には疑問を抱いた。

 ラズトルファはわりと感情を公にしてしまうタイプに見えたからだ。


 けれどそれは心を解放してリラックスしていたということであると、この後のラズトルファの口八丁の物言いによって思い知らされる。ラズトルファの発言が制限されていてよかったと思うくらいの口の回り方だった。

 影からの質問をたくみにかわしている。それに得体の知れない相手にもっとも近いというのにビビった様子を見せもせず、虚勢を張れている。


 狙われたのがなぜかズーズーだとして、ズーズー本人ならばこうは対応できなかっただろう。


<”こんなに綺麗になってしまったならば近くにおいてあげてもよいな。” ──逆に言えば、醜いままだったら遠ざけておこうと思っていた、というふうにとれますね〜>


(面識があったようだね。ズーズーとあの薄闇の影は。けれどズーズーははっきり覚えていたわけではないし、危険物として認識していなかったから僕らにも連絡していなかったんだろう。今は、またアレに会ったことにびっくりしながらラズトルファさんに口を押さえられている。防御姿勢は崩れていない)


<あの薄闇の影は、ラズトルファさんの顔付近に集中しています。おそらくまだ進化したばかりで世界情報が曖昧なズーズーさんよりも、強烈に印象付けられたばかりの”ズーズーちゃま”の情報が濃いからです。

ああ、引っ張られようとしている。首をつかんだまま後ずさるとは失礼な影ですね>


レナたちの間にも緊張が走る。いざとなれば動けるように構える。


(”こっちにしばらく置いてあげる”)


「そうなんだ。それを喜ぶと思ってくれているんだなあ」


<”我々に求められて喜ばないものはいないからね”>


「でも今はいいや。まだここでやりたいことがあるからさあ」


<”それはなに?”>


「願いを叶えてくれるの?」


 とびきりの媚びた期待を乗せた声で、ラズトルファが甘く聞く。


(”矮小なそなたの矮小な願いの少々ならば叶えてあげてもいい”)


「素晴らしいあなたの素晴らしい力の少々ってこと?」


<”叶えてあげる”>


「アンタをこの近辺から遠ざけることだよッ」


 風もないのにブワ!と何かが吹き抜けていくような感覚をレナたちは抱いた。


 体感したものとしては、ジャパニーズユーレイが自分を通り抜けていったような感覚が近い。得体の知れない別次元のものが一気に遠ざけられたような感じだ。


 フウッッッ、とみんなが胸をなでおろした。


 いつの間にか呼吸を止めていたから。


「っだーーーー!!終わった!今日はもう働かねえ!閉店だ!」


 ラズトルファがハチマキをむしり取り、バシッと床に投げつけている。

 金縛りのようなものにあっていたようで、少し体をひねるたびに「いってー!」と愚痴を言った。


 レナが声をかけようとした。


 けれど、ぱくぱく、と口が動いただけだった。

 そのレナの後頭部を、よしよしと撫でるのはピーチィ。


 ピーチィが指を鳴らし、部屋のランプがいっせいにつく。

 部屋が明るく照らされたことでようやくみんなが真に脱力し、言葉もスムーズに話せるようになった。


「どーーーなってたんですかぁ、ルーカ先生ぇ、キラぁー……」


(……)


<ルーカティアスさんは現場検証を続けていますので私が言いますと、あの場にあった”何か”は意思を持ってズーズーさんっぽいものに語りかけていたわけですね〜。

込められている意思を私が解釈してみなさんに翻訳していたわけですが、どうやらズーズーさんが”良くなった”ので取り返したかったのかと。どうしてなのかといえば、これからわかると思いますよ>


 遠くの方で長く響く声が鳴った。

 窓の向こう、シヴァガン市街地側のほうから、悲鳴が聞こえてきたのだ。

 なにかにびっくりしたような悲鳴が、いくつか。そしてしだいにざわめきが広がっていく。


 あの遠ざけたものの影響とみれるような、タイミング。


「外はもう夜になってしまったようね。はい、お宿♡の外壁電飾マックス!!夜遊び通りの街灯もぜーんぶつけておいてね」


 投げキッスとともにピーチィが呟くと、その指令が、この近辺にいる淫魔仲間には広く届くようだ。


 あっという間に外がショッキングピンクに明るくなった。


 これならばこの近辺にはあやしいものは近寄らない……ということだろうか。少なくとも魔除け的なナニカは発生しそうなある意味異空間である。ピンクみが強い。


 ラズトルファと小突き合いをしてあげていたピーチィが、鬱憤にそれなりに付き合ってあげたと判断したらしく、容赦なく彼の首の後ろに手刀を落とした。こんな技術もあるらしい。


「ええと、ピーチィさん……ラズトルファさんはここからお休みってことですか?」


「ええ。よく働いてくれたものね。消耗してもこの子は表に出さないタイプだからこうでもしないと無理して付き合ってくれちゃうもの。淫魔は仲間を大事にしているのよ」


 まだ防御姿勢をうまく解けないズーズーの背中をハマルが撫でてあげている。興奮しているおでこの発熱をイズミが冷やしてあげて、冷たくなった指先はクレハが温めてあげた。


 リリーが窓のところに行き、ひょっこりと外に顔を出す。

 遠くを”視る”ためにまばたきを止めて集中すると「あっ」と、成果をみつけた子どものようにレナのところに戻って来た。


「あのねっ。眠っている魂が、動いているの。まるで……起きているかのように。でも寝てるの。街の人、夢遊病なのかなっ? ハーくん……どう?」


「そうだなー。夢遊病ですかー。ボクはねー、ズーズーみたいに悪夢を見せられる魔物ならー、その夢遊病の元になるやつをいーっぱい作れたんじゃないかなー? って思っちゃいまーす。当たってると思いまーす。

おっと、クレハ先輩イズミ先輩、お耳のお塞ぎはオッケーですかー?」


『『ズズりんには聞こえてないぜ!』』


「ありがとー。ごめんね迂闊だったよー。知らない方がいいこともありますからねー。悪用の方法はまだ気づかない方がいいですー」


 こしょこしょと耳をからかわれてズーズーはくすぐったそうだ。


「じゃあ私たちはこれから……ひゃっ」


 レナの固くなった肩をピーチィが揉んでくれた。

 さすがの指先テクニックですぐにふにゃふにゃにされてしまう。


「つい、冒険者として呼ばれることに慣れちゃってないかしら? 淫魔のお宿♡本館にいるのに無粋よね」


 それは確かに、とレナは鞭をみる。


「レナちゃん。たまには街の警備隊だって働かないと腕が錆びついちゃうわよ。ここで待っていることで彼らが経験を積むお手伝いしてあげましょうね? 私、それがいいわ。ねえお願いよ、この国一番のお姉様のお願い。イイ淫魔は動きすぎないものなんだもの。夜を遊びましょう」


 レナはいつのまにかワイングラスのようなものを握らされていた。中でたゆたっていたのは濃いブドウジュース。

 ひとまず、乾杯。

 ひと息つくくらいの暇はレナたちにもあるはずだ。



 ▽Next! 街のみんなも頑張れー!

 ▽シヴァガン王国警備隊の暗闇退治






読んでくれてありがとうございました!


今日から我が子は夏休みです。できるだけ夏休み中も執筆時間をとれるようにしてみますね。


今週もお疲れ様でした!

よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 ピーチィ「淫魔の直感は当たるのよ」(ズーズーを抱きながら) ズーズー「……本当だ! ご主人(レナ)と違って当たってる!?」 レナ…
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