確定と未来
▽ズーズーが 進化した!
▽まだ存在定義が 不安定だよ。
▽ときたま ゆらゆらとしている。
「うわわわ。早くズーズーさんの定義をしてあげたいけど、せっかくならピーチィさんにも相談してからにしたいんだよね?」
レナが尋ねると、ズーズーはコクリと頷く。
「じゃ、その方針で頑張りましょう」
「マジかよ!? 割増料金払って、淫魔のお宿♡から出張淫魔を頼むのがいいんじゃねーの……」
ラズトルファが独り言をよそおいつつ、助言をする。
出張淫魔 ──お宿♡グループの淫魔を指名して店の外に招待するシステムである。もちろん呼ぶまでに交流は必要だし、要件によっては切られてしまううえに、割増料金が通常価格よりも5倍+指名料だ。
しかしレナパーティの財力なら払える。
たしかにそれも、とレナは考えてみた。
ピーチィが来てくれたらすぐに相談もできる。
けれどズーズーを見ていると早く移動をしたそうで、その心はおそらく、お宿♡に行ってピーチィに今の姿を見せたいのだろうと思った。
それはなんとなくレナにはわかる心理だ。
例えば、従魔たちは進化したならまっさきにレナのテリトリーで変化を見せたいと願うだろう。旅生活をしていたゆえレナのテリトリーといえば自分周辺あたりだったが、今であれば「赤の聖地にいるレナの前で」という希望を持つ従魔もいそうなのである。
つまりズーズーは「従う者」の素質を持つタイプとも言える。
対してドグマであればたとえ幼くて実力が足りないときでも、誰かの下につこうとはしない「従える者」タイプであることが想像できる。
「ズーズーさん。お宿♡に早く行きたい?」
レナが確認すると、コクリ、と頷く。
「じゃあそうしよっか」
がくり、とラズトルファは肩を落とした。
めちゃくちゃ気を使うしめんどくさくて危険も伴う移動なんだろうなあと、頭を抱えたくなってしまうものだ。恨めしそうにちらりと横目で見たレナという少女は、「尽くすことにやりがいを感じるタイプの従える者」というレアケースなのだった。
淫魔のお宿♡──昼間。
そこは細やかな装飾が施されたお城のようで、清廉なお嬢様が住んでいそうな爽やかさがある。夜になるとショッキングピンクの電飾が輝くなど想像もできないたたずまいであった。
さて、昼の淫魔のお姉様というのは気だるい色気がある。
扉を開けたピーチィもまさにそれ。
いつもはセットしている髪を自然におろし、シンプルなワンピースにショール、お化粧をしていない表情で来訪者を出迎えた。
そしてラズトルファの腕に抱えられているのがズーズーであることを確認すると、ぱあっと目を大きくして微笑んだ。
「素晴らしいわ」
(──おおっと。彼女が放った言葉で、ズーズーの情報にて”素晴らしい魔物”という要素が強くなった。たくさんの支持を集めているであろう淫魔の彼女は、存在情報にも影響力があるんだよ)
レナの足元にいる金色猫がにゃあにゃあと告げる。
レナはしゃがんで視線を合わせる。
(よかった〜。ズーズーさんがどんな姿になっていても、ピーチィさんは良い言葉を選んでくれると思ってた……。うちの従魔と比べて評価を下げたりするような人も、けっこういるじゃやい? でもズーズーさんそのものが、より素敵になったって表現してくれたね。安心できたなぁ)
(彼女の定義でやりやすくなった。僕はあとで、定義を確定するからね。レナと淫魔族とズーズーで、話し合いをしておいで。ズーズーはなめらかには話せないけど、もう周りの言葉を理解して頷いたり首を横に振るくらいの知性はあるようだ)
(了解!)
レナが喉を撫でてあげると、金色猫はふにゃりとした。
猫としても快適に生きられているようで、レナは喜ばしく思う。
ピーチィがラズトルファの頭をからかって撫でると、シャー!と威嚇していた。
この手の対応に喜ばない性格だ。そして、よほどズーズーを変質させないように心配しながら布に包んで運んでくるのが大変だったのである。スライム触手に固定されているとはいえ、ドラゴン便だったから。
淫魔のお宿♡本館の一室に案内された。
やわらかなカラーで統一された部屋には安心感がある。前に来た時のように床いっぱいに布団が敷き詰められていた。ふわふわに包まれているような安心感と、ベッドはここと決められていないゆえの開放感がある。
ピーチィの[ルームメイキング]で作られたレナパーティの専用仕様。
わほーい!と床に飛び込んだ従魔たちに、レナはちょっと小声で声をかけた。
「みんなー。今はお口チャック、あんまり言葉を出さないこと。存在定義進んじゃうから。いいねー?」
「しー」……と、全員が口に指先を当てた。
ついつい一緒に飛び込んでしまった金色猫はバツが悪そうにペロリと舌を出して、毛づくろいした。
ここにいるのは、クレハとイズミ、リリー、ハマル、ルーカ、キラとマシュたん。
すぐにレナの言うことを聞けるくらい精神が成長している従魔がつきそっている。
騒がないようにと言われたみんなは、部屋の片隅でこっそりと集まった。
そして部屋の中央にそっと置かれたズーズーを、見守る眼差しで眺めてあげた。
▽ズーズーへの期待が 高まっている!
広い部屋の中央にぽつんと置かれたズーズー。
そしてピーチィが寝そべって、観察を始めた。
(……はあぁ。夢魔様に見惚れちゃうわね。ええと、特徴をみて魔物として新しく定義するお手伝いをすればいいのよね……光栄だわ)
ジーーーーーーーーーーーー。
ピーチィの視線にズーズーはわずかに緊張しているようだ。
それを目ざとく感知する。羞恥心が生まれているということは、精神の成長がみられるし、とても好ましい。まるで身だしなみが気になる思春期のようだ。繊細な頃を守ってあげなくてはいけないわ、とピーチィは思う。
ズーズーには小さなコウモリのような翼が生えている。
これは血統なのかもしれないし、もしかしたら淫魔族にお世話になった影響を受けたのかもしれない。なんにせよ「夜」をつかさどる者の証だと見える。
他はほとんどスタイルが変わっていない。
大人が余裕で抱えられるくらいの体積に、長めの鼻、ずんぐりと短めの胴体、つぶらな瞳。
とくにつぶらな瞳がいいのだ、とピーチィは注目した。嫌味で欲がある大人は瞳周りの皮膚が歪んだり引き吊れたりしているけど、ズーズーのあのまるっとした瞳は、いい。
しかしそのままでいいとは言ってあげられない。ズーズーはそろそろ幼さに浸らず、自分はこうしたいのだと目標を持ち始めたほうがよい、という狭間の時期でもあるだろう。
(ズーズー様の、これから至るであろう未来を”誠に”察してあげて、愛情深く引き出してあげるのが、おそらく私に求められていること……。それはとても難しくてやりがいがある)
これについてはピーチィはプロフェッショナルである。
彼女の慧眼は有名で、彼女の愛に包まれて導かれたオスはかならず出世すると言われているのだ。
ピーチィの好みに従うということは、彼女のタイプの「出世男子」になるということ。
こちらを望んできてくれたならばとびっきりのサービス♡を、とピーチィは導きを決意するのだった。
ふと、ただ見つめ合うというだけのピュアなコミュニケーションは久しぶりで、ピーチィはくすりと笑ってしまった。ほんの少しの口元の変化で、それでも淫魔の隠しきれない色香が漂う。
さあ、伝えよう。
「ズーズー様はさまざまなことを吸収する、受け入れてくれる広い心をお持ちなんだわ。そのやわらかい鼻も、削ったつめ先も、丸みのある体も、誰かを傷つけたりせずにとても優しい印象。けれど受け入れすぎることを自覚してね、受け入れすぎてあなたが傷ついてしまわないで。そうしたらこのピーチィが毎晩涙を流してしまうわ。それをきっと労ってくれるはずよね」
ピーチィは微笑んだままひとしずくの涙を流す。女優のようだ。
ズーズーは引き込まれている。
コクリと頷く。
ルーカが虚空を視つめるようにしているのがレナは気になった。これまでは対象物そのものに集中して視ていた。けれど今は、どちらかといえばズーズーの上の虚空を眺めている。……そこに情報があるのだろうか。
ルーカの自分の能力への探究心や努力をまた知ったような気がした。
やがてルーカが背中の金毛を逆立たせる。
(すごい……! 今の言葉は、よけいな影響を与えすぎず、ズーズーの気持ちを自然に動かしたよ。のんびりやなのに決意するのが異様に早かった)
(さっすがピーチィお姉様なんですね〜。ところで彼女の詩的な言葉がですね、あのー、私には抽象的でよくわからなかったんですけど……)
(”ズーズーは受け入れる”……つまり惹きつけるフェロモンの魅力を磨いて、けれど防御力を上げておいて、そうすれば近くにあるものの中から目的を果たせばいいじゃない、って感じかな。
夢魔物として比べると、例のマルクが旅人型、ハマルが突撃型、ズーズーは呼び込み型)
(ああ、それわかりやすいです! くっきり明確に分けたほうがラナシュに根差しやすいんですか?)
(そう。……いい傾向がズーズーに見つかってよかった)
金色猫がとことこ歩いて、ズーズーの隣に行く。
なんとなくピーチィが後退してあげた。猫の尻尾が少々ふくらみ、緊張状態だったからだ。猫のときは女性恐怖症がマシとはいえこの配慮はありがたいものである。
金色猫が青年の姿になる。
▽ルーカティアス・占い師の姿風。
唱えるのは彼が試行錯誤している”晶文”。
「ズーズー。”君にふさわしい、存在意義を与えよう。惹きつけの宵香、くもらない瞳、混ざりあってズーズーとなる。その力を示す数値は、体力が20、知力が40、素早さが20、魔力が40、運が40。スキルは[夢喰い][夢吐き][殻こもり][たゆたう眠り]……[灰色の夢]、ギフトは[呼び声]。その種族を灰色夢魔と定めよう。ここにいる全員と、魔眼授かりしルーカティアスが証明する”」
ルーカが唱えたことで、ズーズーの体がほのかに光る。
レナの、できるだけ本人の進化の希望に寄り添ってあげたいというスタイルと。
ピーチィの、しっかりと出世する伸びやかな進化をさせてあげましょうというアドバイスと。
(両方に巡り会えた君は幸せ者だ。そしてこれからも幸せに──)
ズーズーの光はやがて、灰色になっていく。
みんなが思いがけない”灰色夢魔”とルーカは唱えていた。
(──ルーカさん? これが最も最適なズーズーさんの確定……なんですよね?)
▽レナは戸惑っている。
▽他の面々も、疑問はあるようだ。
ズーズーの光が収まり。小さなコウモリのような翼はグラデーションの灰色になった。
ルーカは片手を上げてから、説明する。
「どうしてこれなのか。まずは効果から説明していこう。
【たゆたう眠り】……歌声で眠らせる。とても心地いい睡眠状態となり、自分では起きられず夢魔に主導権を握られてしまう。
【灰色の夢】……この夢を見ている間だけは、全員の魂が灰色の状態になる。白い魂を持つものは我慢を吐露し、黒い魂を持つものは良心の呵責を得る。夢から覚めたら魂の色は元どおり。
……という能力だよ」
「「「…………」」」
▽やばいね?
▽使いようを間違ったら 悪用可能。
▽レナたちにさえすぐに イタズラの方法がいくつも思いつくくらいだ。
あらあら、とピーチィがズーズーを抱き上げて膝に座らせる。
「それなら、色々な遊びができそうでときめいちゃうわね?」
かろやかな部屋の主人の声に、レナたちは救われた気がした。
自分たちが育てるわけではないズーズーが、スキルを上手く扱えなかったらどうしようと心配したが、ピーチィがいてくれるならきっと大丈夫だろう。ラズトルファもしばらく見守り係を続けるはずだ。
カーテンが脇に寄せられたステンドグラスの窓から、綺麗な光が差し込んでいる。
リラックスするように、ルーカは足を崩して座り直した。
「もともとの強烈な可能性を、うまくほぐして解釈させてもらったって感じ。ベストな対応ができたと思う。ズーズーは無害なただ珍しい夢魔だよ」
ポンっと金色猫に戻った。
<ピーチィさんのような”ものごとを良くみる”タイプは、理を変えてしまうことが得意なんですよね〜!>
パンドラミミックがきらきらと点滅している。
(キラ)
<マスター・レナのポジティブであったり。ピーチィさんの綺麗な言い換えだったり。ルージュ様の努力を信じる力だったり。魔王ドグマくんの絶対出来る自信だったり>
(どうして今ドグマくんって言ったんだろう……。あんまり好きじゃなさそうだもんな……。からかったんだろうな)
<けっこうアポなしで赤の聖地にくるんですよあの魔王!>
(それはキラが嫌がるやつ。ていうか仕事は)
キラとこっそり話して悶々としていたレナのところに、ズーズーがやってくる。
そして片脚をトンと置いた。
『あ、り、が、と、う』
膝にチュッとキスを。鼻先で。
ピーチィ式である。
レナが半目でピーチィを見て、どうしましょうねと訴える。
ピーチィは投げキッスを返してきた。
物事の成長速度は、種族による──。レナは新たな悟りを得た。
従魔たちはズーズーにちょっぴり注意しながらも、わいわいと技能について話したり、お互いの自慢のレアクラスボディを見せ合ったりしている。
ピーチィは見守りながらも何か考えているようだった。
そして夕方。
ピーチィは帰ろうとしたレナたちを引き留めた。
窓のカーテンを閉めると、意味深に言った。
「今夜、泊まっていかない? きっと早く知っておいたほうがいいわ。自分を守ってあげる力を育てられたズーズー様なら、ここで夜を過ごしても大丈夫なはずだから。──こう誘ったほうがいいかしら。レナちゃん、育った魔物のイイトコロ見ていかない?」
「勝ち戦ですね!」
▽レナたちは お泊まりを決めた。
▽ズーズーは ステンドグラスの向こう側を見つめようとしている。
▽暗闇を 克服しよう。
読んでくれてありがとうございました!
なんだかとんでもない日になっちゃって疲れましたね汗
なんとか気持ち保っていきましょう〜(。>ㅅ<。)
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




