キラの堪忍袋の緒的なもの
キラがにらめっこしている。
「むむぅ」
片方の眉がピンとはね上がる。
「あ、ちょっと!」
マシュたんが足元で遊び始めてしまった。
しかもキラの真似事をして世界情報をいじるので、あわててキラが取り消す。
小さな”ラビリンスの種”が消失した。見よう見まねでえらいことをしてくれるものだ。しかしマシュたんが成長するべき道でもある。
いじいじ。
取り消し。
いじいじ。いじいじ。
ちょっと喧嘩。
「こんなの一緒にやってられるかですよ!!」
▽キラが 食堂に走りこんできた!
▽さすがの並列思考も 子守相手だとエラーを起こすようだ。
「うわあんマスター!!」
キラはレナの膝にすがりつく。
「ぴえん……マスターってすごい」
「おーよしよし。いつもキラは頑張っててえらいねえ。つまりは頑張りすぎだよ。おやすみしなさい?」
レナは椅子に膝をそろえて座っている。
少しお行儀が悪いけど机の上からおやつのシフォンケーキをちぎって、キラの口に当ててあげた。もぞもぞと食べるキラ。レナのスカートに粉をこぼさないように気をつけている。
よしよしと頭を撫でられる。
元気が出たようだ。
「そのつもりで溜まっている仕事を片付けようと思いまして」
キラはびしりと指差す。そのさきは、ズーズーがいた。
しきりなおして、キラがこほんと咳払い。
「最近ズーズーさんめがけてウイルス的なものが飛んできているんですよね」
「風邪か何か?」
「違います。世界情報が故意にいじられようとしているんです。あの黒いキューブにあった暗闇の痕跡と、ズーズーさんの中にあった痕跡が一致しました。つまりは世界的に狙われている存在ということです」
『『おっどろきー!』』
クレハとイズミがぽよーーんっと跳ねた。
宝石の核が輝くあまりのまぶしさにみんなが「目がああああ」と抑える。
けれどこの輝きのせいで(おかげで)いつも眠そうだったズーズーはぱちりと目が覚めたようだった。
「……で、ズーズーへの干渉をどうしたいって方針になったの? キラならそこまで固めてから話を持ってくるでしょ」
レナが促す。
「そうなんです聞いてください褒めてください! ズーズーさんを一段階進化させたいな、と思いまして」
「ん?」
キラにしては強引な発言である。
そのさきの理由をレナたちは待つ。
だって、キラが自発的に他者を変えようとするなどよほどのことだからだ。情報の大事さ、繊細さを誰よりも毎日眺めているのだから。
けれど、ラズトルファが口を開いてしまった。
「勝手にあんたらのもんにしてもいいってこと? って俺は不愉快なんすけど?」
「でしたら不愉快を解いてもらっても大丈夫ですよ。私が求めるのは、ズーズーさんが一段階進化するということだけ。
なぜなら、その暗闇の痕跡はズーズーさんに変化をうながそうとしているからです。あちらの思うままにされてしまう前に、先手を打つことが望ましい。さあ天秤にかけてみてくださいな」
ラズトルファの頭の中で天秤が揺れる。
がこん、と傾いたのは、レナパーティ側で進化させるということだ。
ただそれで納得はするけれど、脳内に現れたシュシュが勝ち誇った顔をしていたのでなんだか面白くなかった。
手を振るような仕草をしてイメージを払拭する。なんだか従魔たちがみているアニメに仕草が似てきているなあ、と思うレナであった。
「俺は決定権はないけど……。淫魔のお宿♡に連絡しなくていいのか?」
「ビデオでつないでいますよ」
「リアルタイム……」
「天界のためにオンライン研究をようになった経験が活きましたわねーーッ!!ホホホホホホ!!」
キラが高笑いする。
追い詰められたとき、その者の本質が現れるのだという。
つまりは、自分たちは最近あまり追い詰められずに過ごしていたんだなあ、とレナは生活環境をありがたく思った。
それに、問題が出てきても余裕をもって対応できていることも大きい。
キラはもともとの「らしさ」が出ているということは、昔と同じくらいの精神的負荷、であれば乗り越えられるだろう、と納得する。
病んだりしなくてよかった。今の従魔たちは、例の一ヶ月によってハードに鍛えられていたからよほどのことがあっても折れないはずだ。
『──へえ。事情はわかったわ。それならそっちで進化させてあげてちょうだいな』
ウィンドウに映ったピーチィは色っぽい表情で言う。
画面外で何が行われているのかはそれぞれの想像におまかせだ。
キラは深く頭を下げた。
レナも同じように、真摯に向き合った。
『──大丈夫。幸せにいたしますわ』
ピーチィは美しく微笑む。
通信が切れた。
ほへーー……としばらく色気に当てられてから、持ち直したレナは、ズーズーに優しく声をかける。
「きっとピーチィさんは、どんな姿になったとしても、縁ができたズーズーさんのことを大切に幸せにしてみせるって伝えてくれたんだろうね。淫魔族の皆さんはお世話好きで、人情がある人が多いと思います」
「ヒトじゃねーけどな。そこ種族的に大事なんで」
「はーい」
ラズトルファは顔をそらす。耳の先が赤くなっている。
レナパーティとともに生活すると、このゆったりした空気に当てられて、感情がいつでもあらわれやすくなるからいけない。油断するとあらゆる素顔を晒すことになる、とラズトルファは気を引き締める。
「ズーズーさんにお願いします」
レナが声をかける。
状況が変わっているなら、対応も変わる。これまでの旅路、ズーズーとの日々が頭をめぐる。そして決意をもって、すばやく判断した。
「私たちは、あなたに進化してほしいなって思っています。そのための手助けはします。聞き入れてもらえませんか?」
ズーズーはラズトルファに抱えられている。
ふすふす、ズー、と鼻をすすって、しばらく返事をためらった。
いつもはなんでも聞き入れるズーズーが時間をかけている。それだけしっかりと言葉が届いて、ズーズーが決断をしようとしている証なのだ。
「待ちましょう。キラ、その間はウイルスへの対処が続けられそうかな?」
「マシュたんを預かっていただけるなら! 一人でできなくてごめんなさぁいマスター……!」
「何言ってるの〜いいのいいの。なんのためのパーティなの。一人でできなかったら、他の人が助けたらいいじゃない。私、どの従魔に助けを求められても嬉しいよ。いつも助けてもらっているから」
『『従えてーーーっ!!』』
レナのところに従魔たちが集まっていく。
もともといたクレハ・イズミだけでなく、別室にいた従魔たちも何かを感じ取り、集まってきた。
ドカンと扉をあけて、窓から滑り込むように、煙突からやってきたのに汚れひとつない完璧執事はモスラである。
「いつもながら見本市みたいだな……」
とラズトルファは呆れながら呟いた。
ズーズーは、ジーーーーと従魔たちを眺める。
それぞれが素敵な姿をしていると思う。そして美しくてかっこいい。それはわかる、憧れもする。
けれど自分を変えてしまうということは、自分の中にある暗闇の形跡もきっと消えてしまうのだろうと思う。
昔のことはまったく忘れてしまったと思っていたけれど、レナたちに会うよりももっと前に、死んでしまいそうだったときに拾い上げて、あの魔王国の中まで運んでくれた存在がいたようなのだ。暗くて、ひんやりと冷たくて、夜の匂いがする手だったような気がする。
ズーズーの鋭い嗅覚はそれだけは覚えていた。
そして聴覚も鋭かった。
あの暗闇が言ったのだ。ズーズー、と名前をつけていた。消えそうだった命に名前をつけておいていったのだ。
そんな思い出があったのだ。
頭の中がもやもやすることもなく、すっきりと受け止めることができていた。
自分の夢の中にあったという不審な影をレナたちが消してくれたのだという。
あれ以降、日に日に、ものごとを考えられるようになっていた。
「ズーズー」という名前は残っている。
それならば、いいか、とズーズーは思った。
とてとてとてとて。
「……お。そっちに行くのか……従魔のみなさんに踏みつけられるぞ……」
ラズトルファが忠告するが、ズーズーは歩き始める。
短い手足だ。それに速度も遅い。これがどんな風になるだろう。
アグリスタのようなすらりとした脚? ジレのようなたくましい脚? オズワルドのようなモフモフの脚?
鳴き声はとても小さくて鼻にかかっている。これがどんな風になるだろう。
リリーのような鈴の笑い声? モスラのような滑舌のいい声? キサのようなゆったりと美しい声?
視界はぼんやりとしていて、視力が弱い。これがどんな風になるだろう。
レナやラズトルファの顔がはっきりと見えるようになるのだろうか?
ズーズーは振り返る。
「怖気付いたか?」とラズトルファが腕を広げているような感じがする。ぼんやりと見えている。
「お願いします。私からも」と、声をかけてきたのはキラのようだ。
あまり接したことがない。けれどレナパーティというグループの一人一人はカラーが豊かだから、覚えやすかった。キラは銀色にきらきらひかる星のような存在だ。
星というものをどうして知ったのだったか。
思い出せないが、少しだけ綺麗な言葉をわかることは、ズーズーにとってほんのわずかな喜びだった。
だから、どうしてを考えすぎなくても、喜びが心を安心させてくれた。
キラによじ登る。
汚いとか、醜いとか、そんなことは言われない。
大事に抱えられて、進化することに不安などあろうものか。
キラはレナのところに届けに行く。
「ズーズーさん! 進化する気になってくれたんですね。改めまして、レナパーティの藤堂レナです。職業は魔物使い。基本的には従魔の進化しか受けていませんし、プロではありませんが、家族のようなあたたかさをもって成長してもらえるように頑張りますからね!」
『『ヒューヒュー♪』』
家族とはなんだろうか。
たまに聞く言葉。なんだかあたたかな響きの言葉。
自分も口にしてみたい。うまくしゃべるようになれれば、そんな素敵な音も叶えられるだろうか。
ズーズーはこくりとうなずいて、レナに手を伸ばした。「お手」のようである。
「ようーーし! 頑張りましょうズーズーさん! まずはダンジョンに行って従魔の背に乗って魔物狩りです!」
▽元祖レナパレベリング方法!
「やっぱレナパーティに頼んだのは間違いかもしれねーんじゃねーの……!?」
なんとなくピーチィにぼやくように、ラズトルファが独り言を呟いた。
もちろん君もいくんだよ。
▽【ダンジョン・深海の遺跡】にゴー!!
読んでくれてありがとうございました!
先週はお休みをいただきました。そのぶん盛りだくさんに今回の話をお送りしました。楽しんでいただけたら嬉しいです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
現在多忙ですので、返せる時にご感想に返信させていただきますね。ありがとうございます!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




