オヤトモ
レナたちは天界からの帰り道。
「いた……」
何がって、冒険者ギルド職員のペチカが、である。
見つけたのは、ちょうど天界の出入り口と、魔王国の間くらいの位置であった。
白竜がそばに”伏せ”している。
どうやらこれに乗ってきたらしい。ずいぶんとしつけが行き届くようになってきているな、と驚く。レナは魔物をしつけることが得意な方だけれど、すべての魔物をしつけるなんて到底無理だとも思っているので、こうして品行方正な魔物が勝手に増えていくのは喜ばしいことである。
これからお行儀よくいてくれるなら、また白竜とたわむれることも悪くないな、とも思うのであった。
それはそれ。
なぜ、ギルド職員が待ち構えているのか、というところについて。
(大物扱いされてるようなのはやだな〜……。けど、大物扱いはせずに丁寧に接してくれとだけいうのも、過剰サービスを要求してるよね〜……。目立たずにきてくれただけありがたいと思おう……)
▽白竜にのってくるのは 目立たない(レナ観)
▽バタフライ便に比べたらね!
レナが手を振る。
ペチカは会釈を返した。
「おつかれさまです、ペチカさん。地上から仰いでも、空が明るくなりましたよね。一部ではありますけど……」
レナがぐっと上を向く。
分厚い暗闇に覆われていた空は、いつも通りのすきとおった青さを取り戻した。
しかし、それは一部のみ。天界の扉の付近から魔王国の半分にかけて、である。
依然として暗いところは残っているのだ。
レナたちが解決したところだけは、太陽の光がさしていて、そこだけが光の土地のように見える。
少し前まで、当たり前に全体が照らされていた頃には気にも留めなかったけれど、陽光で照らされるということのなんと綺麗で特別なこと。
今になってこそありがたみを思い知る。
「雲の隙間からおりてくる光の筋というものが束になって、一箇所にだけ集まっている。そんな光景が注目されるのは当然でございます。それを求めるものがレナパーティに群がらないとも限らないですから、直々に報告書を受け取りにやって来ました」
「お気遣いありがとうございます。それにしても、私たちが調査に行ったときよりもさらに、暗闇の部分が増えていませんか……?」
「その通りなんですよね」
<現在、ミレージュエ大陸の約半分と、ジーニアレス大陸の三割ほどが暗闇の被害にあっています>
(そんなに!?)
レナが震えたのを、ペチカは勘違いしたらしい。
「びっくりしますよね。もしかしたらシヴァガン王国周辺以外にもこの暗闇が広がっているのかも、とも考えられますから」
(あっ、それ以上の詳しい情報を聞いちゃいました……)
「現在調査中です」
レナは、ふかーーく息を吸った。
言ってしまおうか、しまわないでおこうか……。難題である。
けれどもしも言わないでおいたら、それによって被害が拡大してしまったら、それはレナの望むところではない。
(ルーカさん質問です)
(なんでしょう、ご主人様)
(あ、そういうモードで行くんですね。暗闇の拡大について言ってしまおうと思います。言ってもいいですか? 後押しが欲しいんです。自分だけで決めるには重いから)
(なんか、またそうやって頼ってくれるようになったんだなあって、僕はちょっと嬉しさがあります)
(カタコト! 本当に喜んでいるやつだ。だって、ルーカさんたちは頼もしくなってくれたじゃないですか。いざという時には頼りにしてますし、その分私は、いざとしない時には頑張っちゃいますからね)
(了解。いざという時には僕たちがレアクラスチェンジしたらいいんでしょ? まかせて)
(この人進化に積極的だなあ)
(はいはい、言っていいよ)
▽この間、見つめ合うこと2秒。
▽慣れたもんである。
「ペチカさん。うちの従魔が把握したことがあるんですけれど……」
「ぜひお聞かせ下さい。これをどうぞ」
「なんですか? 小切手?」
「買います」
「情報を!?」
よくあることなのだろうか。いや、ペチカの顔が青くなっているので、絶対に初めての試みだ。
冒険者ギルドが改革を進めたのは喜ばしいことであるが、ちょっと暴走している感じは否めない。
イケイケゴーゴーの性質を持たないと冒険者なんてやっていられないからだ。そういうものが集まっている限り、この荒っぽさはなくならないだろう。挑戦は評価しよう。
「ゼロっていくつまでつけていいですか」
「レナパーティのみなさんの良心的な範囲内で」
「たくさんゼロつけちゃおうかな」
「あまり良心を気にしていないですね。しまった。……まあ自分は持って帰るだけなので、お好きにどうぞ」
「そういう仕事の仕方をしますよね〜ペチカさん! んー、この場合はじゃあ、価格が=”情報の信憑性の責任をとる”だと思いますから、安めにしておきます。私たちは察しただけであって、証拠は出せないので」
▽ペチカが ドラゴンスナギツネ顔になっている。
▽だって いつもキラのビデオ映像とか証拠に出してたじゃん。
「証拠をここで出す気はないので〜。末端でのお手伝いはしますけれど、渦中は遠慮したいですからね。まずはこの金額を」
「頂戴します。……まあまあ高いですね」
「お子様のイタズラだと思われては困るので、これくらいは。そして情報についてですが」
「はい」
「”現在、ミレージュエ大陸の約半分と、ジーニアレス大陸の三割ほどが暗闇の被害にあっています”」
「……金額にゼロを足しておいてもいいですか?」
「だめでーす。悪魔の小切手だから契約し直しはないでーす」
レナがニコッとすると、ペチカは苦笑した。
しかし二人とも、冷や汗をかいている。
正直、この仕事をしたくない。
けれど……
なんとなく二人同時に空を見上げた。
従魔たちもそれにならう。
暗闇の雲が覆う空。
レナたちが浄化したところだけは「ぽっかりと晴天」であり、振り返ってしばらく先には、これまで通りの青空が広がっている。
明るさと暗さがくっきり分かれている。
現状はここまででとどまっているが、この先に、暗闇の雲がラナシュ全土を覆ってしまうかもしれないと思う。
誰もがそのような妄想をして、不安になっているだろう。
なにせ、この状態になるまでたったの一夜だったのだから。
いつもどおりに1日を終えて夜が来て、朝になっても光が訪れない。
雨も降ったら雲がなくなるかと思うのに、雨はないし暗闇はいつまでもとどまっている。
朝も、昼も、夜も、感覚がなくなってしまう。
かろうじてラナシュには時計がある。
シヴァガン王国のような都会であれば、時計を見ながら1日らしい生活もできなくはない。
しかしそれもいつまでもつのか。
田舎の農村の者たちなどは、パニックになり、震えて家屋の中に引きこもるか、村の冒険者ギルドもどきのところにつめかけて「あれはなんだ?」と回答を求めているらしい。いつ、世界すべてがこうなるのかわからないのだ。
「ああ、ほら、暗闇のところにたまに走る細い線……あれは太陽の光でも、雷でもなくて……ラナシュ世界のエラーの証みたいな気がします……」
レナが指差す。
「上手いこと言いますね」
「暗闇キューブはまるでラナシュ世界の構造から外れている存在みたいだ、って報告を上げてきた冒険者、もういましたか?」
「なんですかそれ。上手いこと言ったんじゃなくて現実的な話だったとは……フィクションにしてやりたい……貴重な休暇だったのに。クソっ」
「ペチカさん本音が漏れてます。どうどう、です」
「このたび結婚しまして」
「えー!おめでとうございます!そんな時にこの仕事はイヤですよねえ……」
「イヤすぎます。正直退職してやろうかと思いかけました。けれど、夫として父として、環境の基盤がそもそもないと生活することもできませんからね。この暗闇の空を直してから、一軒家を買うと決めているんです」
「……フラグ発言になっていませんか?」
「内輪の言葉のようなので、意味をうかがっても?」
「”絶対大丈夫”って言うと、絶対を崩しにこられるようなところありませんか。ラナシュって」
「ああそういうことですね。ありえます。では、子供が生まれたら見せ合いっこしましょう」
「魔物使いにとっての従魔ってうちの子みたいなところありますもんね。把握が正確で安心します。ぜひ、見せ合いっこをしましょう! ……でもこれもフラグっぽいです!」
「まだ卵なので、ドラゴンの孵化を見せて差し上げます」
「見たいかも。楽しみですねえ」
「ええ」
うんうん、とレナとペチカが腕を組んでうなずきあう。
しっくりくる井戸端会議であった。
▽レナと ペチカは 親友になった。
ちなみにペチカの結婚相手こそ、伏せをしたままぶすくれている白竜の、"姉" なのだそうだ。
かなり年上の姉に頭があがらない弟は、こうして通勤ドラゴンのお務めをしているのだとか。
新婚の嫁ドラゴンは、くすんだ灰色のたてがみがなんとも柔和な色あいなのだと、ペチカはろうろうと語る。
それから、スッ……と揃えた両手を差し出した。
小切手が乗っている。
レナはもう納得した顔で、それを受け取った。
さらさらさらりとゼロが書かれていく。
「私たちは可愛いうちの子のために、その子たちが安心して住めるような土地のことまで、考えてあげないといけないですね。
用心してラナシュ世界でかなり安全な”場所”を選んだけれど、甘かったです……ラナシュこんちくしょう。世界のメンテナンスもしていくとしましょうか」
「助かります」
「幸い、うちの従魔に、そのような作業が好きな子もいますから。キラの夢も叶うといいね」
▽叶っちゃっていいの!?
▽かなり大胆だよ!?
▽いいのーーー!?
▽レナの 包容力が上がった!
▽キラの 可能性が上がった!
▽レナの オカン度が上がった!
小切手ひとつにつき、情報を渡す。
それをどのように活用していくのかは、冒険者ギルドの腕の見せどころだろう。
最近、ロベルトとクドライヤが、冒険者ギルドSランクの仕事もよく請け負っているそうだ。その後ろをついていくレグルスや、オズワルドやギルティアの姿も、たまに見られるのだとか。おまけで従魔の活躍話も聞けたレナはニッコニコになった。
ペチカはレナのツボをよく押さえている。
▽報告書を提出した。
▽レナは ペチカに頭を下げた。
ペチカは驚きに目を見張ったが、すぐに冷静に努めて、レナに頭を上げるようにいった。
「何事かというと、私たちにもまた冒険者ギルドの仕事をください。あ、ペチカさんが選別したものを教えてもらえると助かります。
何度でも繰り返しますが、私は、従魔のためになるような環境を保ってあげたい。そのお礼をいつも従魔がしてくれるから、私だってきちんと幸せになれている。レナパーティってまとめてもらえているみんなで、楽しく暮らしていたいんです。
暮らしがおびやかされていることが、今回の話し合いでよくわかりました。
すべてを即解決できるような万能力はありませんから、私たちにちょうどいいお仕事を、ペチカさんが教えてください」
「わかりました。自分が繋ぎます」
ペチカは、レナの首元を指差す。
「白竜が中二病……失礼、初恋によって渡した”呼び笛”があるそうですね。首にお持ちでしょう。それを鳴らしてもらえたら、かき集めた書類を携えて、すぐにでもクエストを相談しに行きますとも。
大丈夫、義弟のドラゴンボディは優秀です。スタミナもあるし険しい場所も飛んでいけます。かっこよく飛ぶ練習をよくしていたらしいので」
『やめろおおおおおお……!!』
「失礼。ドラゴンの言葉がわかったりはしないですよね? 魔物使いはテイムした魔物の種族の言葉だけを聞けるようになるとうかがっていますが。ああ、彼がちょっと口汚いことを言いましたので」
「まあわからない状態なんですけど、察することはできちゃいますよ。ほどほどに」
「ですね」
二人は仲が悪いのかもしれないが、謝ってお互いが呑み込むことが出来る間柄ではあるようだ。
去ろうとするレナたちを、ペチカが呼び止める。
「すぐに何かこなそうとしないでくださいね。これから先は、魔王国の武闘大会と、スカーレットリゾートの開業調整でお忙しいでしょう。それをこなしておいてくれるのが、もっとも助かります。今が暗闇に包まれていても、エンターテイメントの楽しみが未来にあるというだけで、心が救われるものですよ」
「わかりました。気をつけます。そして、頑張りますね!」
「息切れしないようにゆったりと。したいものですね…………」
「本当ですね……。まあ合間になら出来るんじゃないですか? うちにお茶でも飲みに来てください。親友なので」
「いいですね」
レナたちは手を振って別れた。
天界からはシュシュの見送りの歌声が、いつまでもいつまでも、やわらかく降り注いでいた。
読んでくれてありがとうございました!
ペチカとはオヤトモになりました。
ドラゴンの孵化シーンが楽しみです。
ご感想もありがとうございます!
時間を見つけて返信させていただきます(*´ω`*)
今週もお疲れ様でした。
よい週末を!




