天使族の里にて
▽天使族の里に やってきた。
里まで歩いてゆく間には、ぽつりぽつりと”雲の寝床”がある。
たまたま見つけた”天界だけで咲く花”畑にて、花をパトリシアに持っていきたいというと、しおりにするくらいなら、と小さな花束をもらった。
歩くレナたちの後ろを、ぞろぞろと天使族が行列していった。
口には出さなくとも、すっかりと白く清く戻ったこの天界の様子に、天使族たちは感謝しているようだ。
レナが強力な浄化をみせたことも影響しているだろう。
もこもこ立ち昇っていた雲の壁をさらりとかき分けていくと、家らしきものが見えてくる。
地上の建造物にそっくりで、壁や屋根、窓がある。しかし近くで見ると、ふしぎな素材で作られていた。一見白石のようなのに、やわらかくもあるのだ。お菓子のギモーヴを積み重ねて作ったかのよう。けれど触れるとひんやり冷たい。風を吸収してしまうので家屋に適しているらしい。
レナたちが招かれたのは、ディスたち若者のうちの一人の家だった。
寿命が長すぎる天使族たちは、ほとんどが気ままな一人暮らしだ。
「はいはーい、ご長老たちはここまでにしてくださーい。だって全員収まりませんもーん。ディスリーダーとウサギパンチさんが場を調整してくれるので、ご安心下さーい」
「その呼び名は辞めるのだ!」
……とだけ注意をして、長老たちは帰っていった。
正直、もっとまとわりつかれると思っていたレナは、驚いた。
すると若者はちらりと目線をよこす。
「いやあ。ウサギパンチさん……シュシュ様のご威光がありますからねぇ。この方が天界に来てくださって、自分たちは喜んでいるんですよ。若者はゲームという娯楽を教えてもらいましたし、中堅層はディスリーダーにいい影響があったことを感謝してるし、長老たちは、なんだかんだ次世代の天使族であるウサギパンチさんに興味津々なんですよね。あ、しまった、またウサギパンチさんって言っちゃった」
「もう長老たちいないし、シュシュは、ウサギパンチさんって呼ばれても問題ないよ」
「押忍! あざーす!」
繊細な容姿の天使族が、まるで空手のようなごついポーズを見せる。
いいのだろうかこれで……とレナは考えかけた。
いい悪いの判断をするのはレナではないのだから、と思考を手放した。
ディスが苦笑する。
「あはは……。さあみなさん、休みましょう。危険な調査をおつかれさまでした。ゆっくりなさってください。ここは私たちがよく集まっている家屋ですから、広さもありますし、本もゲームもありますよ」
▽隠し扉だ!
▽扉を開けると 本棚とゲームが現れた!
「これを贈ったのはキラかな?」
<布教は大事♪ 赤の教団ではゲームを推奨しています>
「「あざーす!」」
……ちょっと自分にも判断の責任があるのかもしれない、と思うレナであった。
もしも天使族から抗議が来たらそのときに考えよう。
(今日はもう疲れたなあ〜……)
ゲームで言うところのMP切れ、という体のダルさをレナは感じていた。
たくさん魔法を使ったし、緊張もしていた。
くたりと体の力を抜いて座り込んだところ、サッッッッと隣に滑り込んできたシュシュの肩に頭を預けることになる。ほかの先輩従魔たちはこのときばかりはシュシュにその座を譲ってあげた。
「ご主人様♡♡♡ シュシュの肩を貸してあげるね。そして額を見てほしいの」
「綺麗なカーバンクルだね……」
「♡♡♡よーく見ててね♡♡♡」
▽レナは 体の力が抜けていった。
▽なんだかわからないが 幸福感があふれている。
▽今ならなんだって 許されているような気がしてくる。
▽シュシュの [天使の祝福]。
綺麗な天上の声がすらすらとレナの耳にすべりこんでいく。
「”貴女には悔い改めたいことがありますか。悩みも、疲れも、愚痴も、後悔も、不安も、すべて天使に委ねてごらんなさい。さあカーバンクルを見つめて──”」
▽先輩たちは ジト目でシュシュを眺めている。
▽けれどこの空気を壊さないほうがよさそうだ。
▽レナは心地よさそうにしている。
▽ネコにマタタビ、のようなものだろう。
▽納得、納得。
「シュシュ。晶文としては不安定だけれど、50パーセントくらいの効果はありそうに視えるよ」
「むう。あとで完璧に調整してちょうだい、ルーカ」
「うーん。用途の安全性を確保してからね……」
シュシュがレナを癒したいならば、晶文として問題ない使い道だといえるだろう。
しかし使い方によっては、誰かの弱みに付け込むようなことも可能にしてしまう言い回しである。
どのような効果が現れるのだろうか、というのが肝心だ。従魔たちはレナの様子に注目する。
唄ってみせたシュシュも、この言葉を使うのは初めてだったのでドキドキしていた。
この言葉が降りてきていたのは主人愛の賜物である。
(すげー……自分たちのリーダーを実験台にしてるぜ……)
(やべー……あれを受け止めるリーダーもやべーよな……)
((イカス!))
▽天使族の若者からの 支持が上がった。
レナはまず、うとうとと舟をこぎ始める。
それから「ふにゃり」と表情をくずす。まるで幼い子がむずかるような様子である。
シュシュの膝にダイブした。シュシュが喜びのあまり「おうふ」とおかしな声を上げる。
レナはぐりぐりと額をすりつけた。
「うああああーん。ラナシュ世界のこと、ややこしいよーう。やるべきとか、立ち向かえとか、責任とかぁ、大人って大変だよーう。わーん!」
そりゃ、そう。
レナが今抱えさせられている周りからの期待は、できることばかりではあるが、負担になっているはずなのだ。
レナはいつも努めて、自分の弱音を吐くことをあまりしていなかった。
期待や責任が増える中で、それを抱えたまま達成するために、もともとあったポジティブで前向きな性質をひたすらに保っていたのだ。
シュシュは、レナの耳に、自分の思い出話を囁き続ける。
自分がどれだけ天使族の里で頑張ってきたのか、できるだけドラマチックなストーリーで囁く。その根源にあるのはレナへの愛情だったのだ、ということも繰り返し伝える。
▽泣かせにかかっている。
レナはたくさん泣いた。
天使族の家でよく使われる雲で織られた天空の羽衣が、涙を吸ってしっとりした。
すうすう、とレナが眠り始める。
「シュシュはね。ご主人様が、暗闇キューブを前にした怖い時でも泣かなかったから、今、泣かせてあげようって決めてたの」
シュシュはレナの頭を撫でながら、満足そうにいう。
その心意気により、雰囲気が柔らかくなった。
『『それにしても泣かせすぎだったけどね〜』』
クレハとイズミが、ぷよぷよそろーりとシュシュの顔を覗き、それから仲間の方に向かってスライムボディを罰印にした。
『『キケーン!』』
レナのいつもとは違う面を見て、ゾクゾクとしてしまったシュシュ。根性炸裂の漢女は、求めるものをつきつめるという癖があった。そのうえご主人様禁断症状をガマンしている最中である。
戻っておいでー、と妖精姿になったリリーが軽くキックする。
ハッ! とシュシュは我に返った。
どちらかといえばこれは身内の恥というタイプの物事であろう。
そう判断したルーカは、ささやかに天使族に頭を下げる。
「すみませんみなさん。身内の騒がしいところを見せてしまって……」
「えっ。すごく面白いです。続けてください」
「……」
天使族は閉鎖的なので娯楽が少ない。
うっかり自分たちが娯楽にされてしまわないように気をつけよう、と思いつつ、寸劇でもすれば良くハマってくれそうだなあ、とも算段をつけるルーカであった。
▽レナは 眠ってしまった。
▽本音を出し すっきりとした表情である。
▽このことは 内密にと約束された。
▽天使族は 頷いた。
天界には地上の食事らしいものはあまりないのだという。
食料庫から出てきたのは、ものすごい高エネルギーの塊だという雨の結晶。雲の実。陽光のカケラなど。
味はささやかなもので、ひたすらに魔力と空腹感を満たしてくれるという物質だそうだ。
「天使族は、地上で食事をしてはいけないと言われています。ふだん食べているものが味気ないため、濃い味の嗜好品にハマって帰ってこられなくなる天使族がたまにいるんですよ。もちろん、禁止されていても、みんな隠れて食べていたりしますけどね。罰として塔にしばらく閉じ込められます。同族と繋がりを絶たれるということが、天使族がもっとも恐れることであり、同族とまた繋がりを得るためならば、もうしませんと謝るからです」
自分にも覚えがありますよ、とディスは軽く言った。重い話題だ。
シュシュは雨の結晶をカゴからとると、はい、と仲間たちに渡していった。
「食べてみるといいかも。話のネタにね。ここで下の食事を広げるわけにはいかないし。一応ルールだから」
みんなが小さなカケラを口にする。
マシュたんの口にもリリーが入れてあげると、シュシュは一瞬、ものすごい目つきをした。
「その子さあ……ずっと……ご主人様のそばにいたね……ずっとずっと……。……それが必要だったんだよね。シュシュはご主人様の力になる。守られるだけではなくて、いざという時にご主人様がすがってくれるようなウサギになるんだ。天使でもいい。どっちでもご主人様はシュシュのことを愛してくれるから、シュシュは安心して最適な自分になるの」
ばさあ! とシュシュは翼を広げた。
今だけは、翼の中に主人をひとりじめだ。
背中から生える二対の翼が、4つ。
頭のあたりにある一対の翼が、2つ。
どうなっているのかとリリーが覗き込みに行くと、シュシュの人型の体に密接している箇所に、光の輪が現れていて、輪のところから翼が生えている。頭も同様だ。つまり体から翼はわずかに離れていて、骨格として骨で繋がってはいない。
もともと天使族として生まれたディスは骨格として翼があり、魔力により非常に軽やかに飛べる。
シュシュの場合は、翼そのものが魔力とも言える。
「へええ〜。面白いねぇ。……ん? 前は体に繋がってた、じゃない?」
「シュシュはご主人様が眠っているときに、この状態になった。きっと新種だから、存在が危うくなって翼は体から離れてしまった。ご主人様が起きたときにシュシュでいられないと嫌だから、ディスに助けてもらったの」
「そうなんだ。私からも、ありがとうっ!」
「どういたしまして」
「あの頃、シュシュたち必死だったもんね。リリーが髪を乱してることも気にしてあげられなかった」
「お互い様、ね。……あのときは、ご主人さまのことしか、考えられなかったもんね……」
「うん。それからご主人様が復活して、ようやく、不調だったときにシュシュたちを助けてくれた存在に気がついて、お礼を言えてさ」
「一緒だー。私はね……宝飾職人さんたちに、壊れそうな心を、助けてもらったの」
「今度はシュシュたちが、いざという時に助けてあげようね。恩は返すものだもん」
コツン、とシュシュとリリーが拳を合わせる。
そこにスライム触手がにゅーんとやってきて手を合わせた。
誘われたルーカも、控えめに手のひらを置いた。
『『「「えいえいおー!」」』』
「おー」
「こんなに頼もしいことってないですよ。シュシュさんから連絡をもらったとき、正直、自分たちで守ってあげられるだろうかって不安もありました。見ての通り天使族の里は排他的です。もしかしたらシュシュさんが来たときに塔に閉じ込めてしまうかもしれなかった。そうしないように、と長老に反抗するには勇気が必要でした」
「「ゲームから勇気をもらいました」」
<ゲーマーの鏡ですね。正しく娯楽を愛していて、ナイスです>
「「押忍!」」
天使族の里はうっすらと青紫がかる。窓から外を見るだけでも、雲の世界が淡く染められていて、その中で天界の花々が光りはじめ、それはそれは幻想的だ。
このつかの間の夜は3時間ほど続くのだそう。そしてささやかな黄色に染まる朝と夕があり、ここちよい光に満ちた昼間がある。
浄化されたさわやかな空気が天使族を癒し続けるのだ。
▽宵の間にも 暗闇キューブは復活しなかった。
▽消滅を 確定とした。
▽クエスト完了の報告をしよう。
読んでくれてありがとうございました!
風邪を引きました……
早めにねまーす……₍˄·͈༝·͈˄₎◞
みなさまもお大事に!
今週もお疲れ様でした。
良い週末を〜!




