暗闇のキューブ
▽暗闇色の キューブが現れた。
雲の中に浮かびながらたまにクルリと回転する。
おかしいものだとレナにもすぐにわかった。
それはおそらく、周りの天使族があのキューブに怒っている空気を感じ取ったから。この地元の人たちにとってキューブは異質なものなのだ、というところから異常を知った。
レナの手をクレハとイズミがきゅっと掴んでくれて、ルーカとリリーの気配が後ろから近づいてきていた。前方は、これまで案内をしてくれていたシュシュが振り返っている。
赤い瞳がキューブを見つめてから、レナを見つめた。
”アレだよ。どうしたらいいかな?”と主人に指示をおねだりするように。
けれど、少し眉尻が下がって、苦笑するような大人びた表情になった。シュシュはわずかに横に退いて、その場を天使族長に譲る。
そういう協調ができるようになっていたのだ。
あとでいっぱい褒めよう〜!とレナは悶えた。
「"アレ"が現れてから空の様子がおかしくなったのだ。雲の色が濁り、天界がよどんでいる。そして雲は日の光を通さなくなったようだ。下はひたすらに暗闇になっているらしいな」
天使族長は忌々しげに言う。
「雲が現れていないところの空であっても、雲と同じ高さのところで、日の光がプツリと消えている。これが異常なものであると判断し、そなたらの入界調査を特例で許したのだ」
「わかりました。雲と同じ高さのところで光が消える、というのは初めての情報だったので、さっそく助かります。みなさんが調べてくださったんですか?」
「それくらいは天使族の感覚で感知できる。天使族は[大空の申し子]という特徴を生まれながらにもつ尊き種族だからな」
▽従魔が[大空の愛子]であることは黙っておこう と思うレナであった。
▽ややこしくなりそうなので。
▽種族の誇りは 話が長い。
レナは、ノートにメモをする。
夢産のノートのクオリティは日本製並みなので、質が良く書きやすい。リングノートなのでめくったまま持ちやすく、シャープペンシル[如意棒]で無限に書けるという仕組みだ。
ナメられないように、良い物を使ってみせよう。
相手が満足する服装やアイテムこそドレスコード!
小さな気遣いのおかげで、天使族長がノートに釘付けになっている間は静かだったため、レナのメモが捗った。
冒険者パーティのリーダーであるレナの筆致だから信憑性が保証される。メモを繰り返し、精度が保たれた情報をのちに提出用紙にまとめることになるだろう。
冒険者ギルドには今回のような自由度の高いクエスト発注を続けてもらいたいので、レナはまずあちらの仕様に沿ってあげることにしたのである。
▽いざとなればキラの証拠動画も出すけどね!(オーバースペック物証)
「──いいや、これまでとは変わったのじゃ。下と上が分け隔てられて、天上の尊さがより示されたということ。これが世界の意志であるならば、尊く保たれなくてはならない」
ズン、と空気が重くなった。
呟いたのは長老会の中心人物のようだ。
(もー! せっかく調査していきましょうってところだったのに。ここで長話はちょっと)
<あのキューブの前で騒ぐのは良くなさそうですしね>
(そうなんだよ〜)
<大人数で意見を言った場合、影響を与えることがありますから>
(それってどこかで聞いた話……。称号取得とかでよく聞くやつ……)
<ラナシュ世界の構造的なお話ですね。さてどうねじ伏せましょう。おおっと、シュシュさんが乗り込んでいきました。リングの鐘入ります!? ──いらないようですねぇ>
これを納めたのは、他ならぬ天使族長であった。
危ないので、ということをものすごーーーく遠回しに装飾言葉で伝えて、長老たちを下がらせる。
天使族は名前がながーーいことなどの文化を見るに、大切にしていることを表すときに遠回しな言葉遣いをするらしい。
ディスがホッと肩をすくめて、シュシュが(やってくれんじゃん!押忍!)とディスの背中をバシバシ叩いた。
その砕けすぎた態度にも小言を言わなくてはいけない天使族長を見ていると、レナは、ヤンチャな若者と面倒な長老の板挟みになった中間管理職のような印象を覚えるのであった。
くたびれたスーツが似合ってしまいそうだ。
見た目が整っているからモデル風になるのだろうけど。
レナが脳内で彼にくたびれたスーツを着せていると、彼は不満そうに口をへの字にしながら戻ってくる。
「あれは、天使族一同の意志などでは、断じてない。そのように下に伝えておくように。そのための冒険者パーティなのだろうからな、誤解のないように……」
はあ、とため息をつく。
「ああはなるまい、と思っているのだ。……我々は変わらなくとも、世界の方が変わっていく。キューブが現れたように、若者が変わったように、ウサギからの天使族などというものが現れるように」
「……(だんだん口調が疲れていっている。うちのシュシュがご迷惑をおかけしたようで)」
「必要に応じて、そなたたちを迎えただけのことだ。お試しだ。受け入れられたなどと思い上がるのではない」
そんな話、してたっけ?
まあいいや、ツンデレみたいなものだから。
「はい。わかりました」
「…………それでいいのか?」
天使族長も(あれ?こんな話していたっけ?)という顔をしている。
「人の気持ちって色々ありますよね。常識的な交渉をしてもらえるならそれで十分です」
「………………近頃の若者ってほんとこう!こんなのだ!誰も彼も、なんだか冷たい。”もにたぁ”だの”ちゃっと”だの、言う。もう、分からん!」
うがー!と頭を抱えている。
「ああ、まただ。近づきすぎるとこうなる。我々はもう、アレにはコレ以上近寄れん。言葉もだ、普段はこんなにも乱れないのに。アレの近くにいるとどうにも普段の自分じゃない気がする。いいや気のせいではないぞ。ここを見ろ」
「! 天使族の白い翼の先っぽが、黒く……」
「離れれば治るものだ。しかし不愉快で屈辱的である。この原因を解析し、全力を尽くすように。──アレに近寄ることを許可する」
「はいはい」
「……それでいいのか?」
「やれるところまでだけやります。ストップラインを見極めるための目と、いざという時にガードする力を、こういう時のために磨いているので。自分たちが保たれていても、世界の方が壊れちゃったら困っちゃうじゃないですか。協力していきましょう」
「そなたの口調もしだいに乱れてきたな」
「どちらかというと砕けてきた、かな。これは元々のやつで〜す」
レナが、行くよーと言い、鞭を持つ。
魔物使いとしていつでもスキルを使えるように。
ルーカとリリーが前に出た。
「徐々に近づいていこう。僕が"視"極めるから、みんな後についてきて」
「「あいあいさー」」
「はーいっ」
「キューブ……か。先に地上からも遠視していたけれど、現物を前にするとやっぱり視やすいね。これを観察するのは、僕とリリーとキラで。レナを守るのがクレハとイズミ、シュシュ。それでいいかな」
「はい。三人が視察に専念できるようにスライムボディで守ってもらうようなことも考えてたんだけど……」
「僕たちはそれなりに対処できるよ。離れている間にも修行してたんだから」
「クスクス。ご主人さまから……手厚いお守りも、たくさん、もらってるしね♪」
「なにそれシュシュも欲しい。欲しい欲しい欲しいっ」
「あとで一緒に工作しようね」
「わあい!!!!」
「シュシュ。はい、深呼吸して下さい、スーハー、スーハー、興奮を落ち着かせることができましたか」
「できた。シュシュ、天使族の注目の的だし、ご主人様の威厳の天空部門がシュシュに任されてるもん。えへへぇ」
「顔!顔!ひきしめて!」
「できた。ん、後方はまかせて」
▽シュシュは 取り繕った。
▽みんな 見て見ぬ振りをしてくれた。
▽威厳は保たれた(ギリギリセーフ)
シュシュたちの話が脱線した間に、ルーカたちはすでにざっくり視認をしたようだ。
そしてキラのホログラムが姿を現し、くるりと不審物の周りを巡ると「ふーむ」と顎に指を添えた。
なになに、というようにマシュたんが顔を覗かせる。
最近、好奇心旺盛である。
<……! マスター、マシュたんをしっかり抱えていてください。”これ”についてざっくり解析したところ、情報を変える力が非常に強い……。情報構成が、古代の聖霊やダンジョンマスターに近いのです>
「それならカルメンたちを誘った方がよかったかな? ああごめん、余計な口出しだったかも……」
<いえ、いい視点です。カルメン様たちのように閉ざされていた存在ではなく、ダンジョンマスターのように閉鎖されておらず、このように自分で現れている、より上位互換か、変異現象であると説明しましょう。カルメン様たちがいらしてもこれを消滅させる助けは得られなかったはずです。という、もしもの可能性から比較して、存在をより明確に理解することにつながるので>
「わかりやすかった」
<えへへぇ♡>
「あー!それシュシュのやつー!」
「落ち着いてください。別にシュシュのやつでもないですし、ご主人様に褒められたい欲求が強すぎます」
「獣人はこれだから。欲が強くて下品で……」
「うるさいです長老は黙って!」
暴走しかけたシュシュをなだめつつ、遠くの長老の小言にも素早く反応して、ディスは短いレスポンスを鋭く放っていく。こちらも頼もしい。
と天使族の方を眺めつつ、キラと会話の続きをするレナ。
「キラ。もしかしてマシュたんは影響を受けやすいの?」
<ええ。危機感を抱いてもらうために一番酷い言い方をします。あの媒体が【己をこの世界に表現するための、依代にされるかもしれない】ということです>
「!?」
レナはびっくりして肌が粟立つ。
「これまで大事に懐で育んできたマシュたんなのに、そんな盗られ方をする……?」
声のトーンが下がっていく。
見た目がそのまま残っていようが、中身がいじられてしまったら、それはきっとマシュたんが望んだ自分ではないのに。レナなら、いつかマシュたんが望んだ通りに、成長させてあげることだってできるのだ。
<マシュたんがどうして影響を受けやすいのかといえば、”バージョンが規格内”で、たくさんの保存容量があるまっさらなハードディスクみたいなものだからです。かろうじてディスクの名称は”マシュマロ”ですけど、一人格としてラナシュにまだ認められていなくて、存在が弱い。ここに侵入してくる外部ウイルスがこの暗闇……という感じです>
「よくわかっていない内に、変えちゃえ、ってこと?」
<そうです。どう思いますか?>
「すごく拒否感があって嫌だ!」
<ですよねー☆>
キラが満足げにホホホホと笑う。誰かのために怒る主人は圧倒的な魂の輝きを放つ。(その輝きの影響ってどうです?)とルーカに目配せをして(幸運の天秤はこちらに傾いているよ。いい感じ)と返答をもらう。感情を使うのはズルイけど、きっと主人は従魔がやりたいことなら許してくれちゃうし。
今はどうしても必要だからだ。細心の注意をはらって向き合わなければいけないのがこのキューブだから。
「マシュたん。あなたをまだ守っててもいい?」
独りよがりにしないように一応意思を確認してくれるご主人様が好き。
マシュたんは満足げにミニ扇を広げた。ちなみに赤色である。
「良きにはからってたも」
「私が壁になってみせましょう!」
▽レナは 燃えている。
▽レナの 抱きしめガード!
▽シュシュが 嫉妬している。「誰あいつ…………」
▽嫉妬するのを控えたらあとで叱られずに同等のおねだりができるよ!
▽説得により 落ち着くことができた。
<そうしてあげてください。マシュたんの器を経験で埋めてあげるには、まだまだ手間がかかりますからね>
「マロ、もうひとりで色々できるもん」
<冗談はよしこさんですよ! まだまだ独り立ちなんて許せませんねえ!>
▽第二のオカンが誕生した。
▽レナパーティのオカンは ボスオカン・レナ セカンドオカン・キラ の二枚看板になった。
ルーカとリリーが目で視た情報を言う。
暗闇キューブの周りを、ホログラムのキラが何周も通り抜けた。
「あんなに近づいても己を見失わないなんて」
「どのような精神力をしているのだ……」
ざわざわとした長老を背後に、ディスがふと声をかける。
「従魔の心は、主人がいてくれるかぎり頑丈だそうですよ。柱なんです」
「ちなみに心にいる概念ご主人様でも大丈夫だから。遠く離れていてもお側にいても、シュシュはもうくじけないの」
シュシュはしっかりと仁王立ちして、レナの背後を保っている。
そう、マシュたんを見せつけられても、奥歯を噛み締めて突撃をひかえ、今必要なことを優先できるようになっていたのだ。
▽えらい!
レナは何枚もレポートを書いた。
ぶっちゃけ、こんなことあっていいの? という内容である。
断片の情報が多く、それをふまえた仮説が多いのだが、軽く無視できるような内容ではない。
レナパーティこそがこれまでで最も思い知っている。
レナの記憶が奪われたこと。
ダンジョンマスターに遭遇したこと。
マシュたんが生まれたこと。
カルメンやソレイユ、氷の聖霊に会ったこと。
曖昧なラナシュの世界で、これらの偶然を、運命だとしてつないでみたら──
やってらんない仮説が浮かび上がる。
けれどそれでも、レナたちはできることをして、出来るだけ笑っていられる時間を増やすだけだ。
そうやって生きていこうと即決するくらい、従魔たちは可愛いのだから。
「可愛いってすごいんだよ〜」
「すごいのか」
「すごい」
マシュたんにレナの感覚が流れ込んでくる。
”愛”なのだ、つまりこれは。
▽レポートが 完成した。
暗闇キューブのイラストと、読み取れた情報の中で確実性の高いもの、そこから導き出される仮説の中で地上への影響がまずそうなもの、をまとめた。
なんとも危険な写生大会であった。
「終わり。いったん帰ろうか」
「お疲れ様です。じゃあ我々が天使族の里に案内し──」
「──レナ、くるよ、伏せて!」
ルーカたちが帰るフリをしたのは囮だったようだ。
暗闇キューブから、まるで触手のようなものが一本伸びてくる。
リリーのアクセサリーの盾をすり抜け、ルーカの魔剣をすり抜ける。
クレハとイズミが[超硬化]で壁になり立ちふさがるが、これは通り抜けた。
ラナシュ世界の構造物として認められていないため、かち合うこともできないのだ。
「ご主人様を守る!」
シュシュが全力の[浄化]をするが、これもだめ。
シュシュの顔が絶望に染まる。
けれどシュシュが取り乱さなかったのは、レナの心が折れていなかったから。
「どうせいずれか来るかもしれなかったこと。今、やれるだけ、振り払う!!」
▽持ってる称号・アイテム・祝福全部載せ!
▽レナは わけのわからない情報集合体になった!
▽世界一濃い情報の塊が マシュたんを覆っている!
▽暗闇触手が 止まった。
「おりゃ!」
パシリ!とレナが力いっぱい弾いた。
左腕には羽虫をはじいたような軽い感触、暗闇は霧となって霧散する。
けれど得体の知れない気味の悪さが残る。
▽レナは 考えた。
「かみふぶき!」
▽レナは 細切れの”かみ”を拡散した!
「魂の浄化!」
▽天界の 相乗効果!
▽浄化が 強化されます。
▽太陽並みの光が 空に満ちた!
▽暗闇キューブが 消滅した。
「……あれ!? 証拠品消しちゃった。しまった……」
<マスター・レナがご無事で何よりです。それ以上のものはこの世に御座いません!!>
「「うわーん!レーナ〜!」」
「ご主人さまー!」
「よかったぁ……」
▽レナは 従魔に囲まれた。
「ご、ご主人様。シュシュ、頑張る。頑張って強くなるんだ、天使族にそれ、いっぱい教えてもらって強くなるからっ」
「シュシュ……。そういう気持ちでここにいたんだね。つらくはない?」
「こう思えるのが幸せの証なんでしょ。シュシュは知ってるの。誰かを愛せるシュシュは幸せ者なんだよ。幸福なウサギなの」
レナに覆いかぶさるようにシュシュが跪いたので、前髪が風に吹かれて、カーバンクルが赤くキラリと光った。
「マシュたんも無事でよかったよ」
「”マスター・レナ以上のものはこの世に……”めも、めも」
「メモする経験そこ!?」
なんにせよマシュたんは通常運転のよう。干渉を受けなくてよかったと、レナは胸をなでおろした。
「みなさん。詳しく話し込むなら、天使族の里にいらして下さい。ふふ、長老たちもさっきの浄化に驚いたようです。
明るく見えますがもうすぐ夜の時刻、みなさんは長らく集中していたため疲れたはずです。今なら、そこで膝が震えているパーティリーダーを抱えていくというご褒美もありますよ」
「ディスさん、いい性格してるじゃないですか…………」
▽レナは 運ばれていった。
▽原因物質は 消滅した。
▽レポートが 完成した。
読んでくれてありがとうございました!
昔の話を読み返しております( ˘ω˘ )
プロットを作れなかった時期や、スランプで必死だった時期のはちゃめちゃさが適合性がきびしいです。゜゜(*´w`*。)°゜。
あの頃より、今の方が把握能力は上がってると信じて、わかりやすくまとめられるように頑張りますね。
キャラのイラスト見てみたい!のリクエストありがとうございます!
少しずつ描いていきますね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
今週もお疲れ様でした。
よい週末を♪




