招かれざる暗闇の客
温水プールではしゃいだら夜はぐっすり。
上品に整えられているスカーレットリゾートホテルの部屋は、誰でも落ち着けるような空気感である。
これから担当淫魔がやってきたら、その担当ごとにコンセプトのある部屋にするという計画だ。
シンプルな部屋は従魔がくつろぎやすい。
大部屋のベッドを全てくっつけて、白金毛布をラフに広げて、思い思いに寝転がる。
それはそれは、心地のよさそうな寝息がくうくうと部屋に鳴った。
深夜。
ホテルの廊下を歩き回るのは、ラズトルファ。
(──どうしてこうしてるんだっけ?)
まるで夢遊病のように。頭がぼーっとしている。ちくりと首が傷まなかったら、ずっと気づかずに過ごしていたかもしれない。
腕の中にはズーズーがくうくうと。これのせいかもしれない。
それならばどのような問題を見せられるというのか、経験してやろうではないかとラズトルファは思ったのだ。
スカーレットリゾートホテルの窓は開かれている。
ひんやりとした夜風が入り込んできて、気持ちいい、はずだ。ラズトルファは肌になにも感じなかった。そういえばそよりとも髪が揺らがない。現実と己が乖離しているような、なんともいえない浮世感がじわじわと込み上げてくる。
(まずいかも)
ズーズーを抱く手に力を込める。
このくらいは動かせるものの、足を後ずさらせることはできない。
スタスタ。スタスタ。こんな時ばかりは、己の長くプロポーションがいい脚が恨めしくなるラズトルファであった。
(ここの先は、エントランスのはずだ。ほらやっぱり。淫魔のお宿♡系列のつくりを参考にしているんだな。いざとなれば脱出経路はあるが、そこに俺が行けるのかという問題がある。精神系統を縛られているときは外界からの衝撃か、もっと強い縛りで上書きをするか、朝の光も有効だが……)
首をなんとか動かして、夜空を見上げたラズトルファはギョッとする。
こんなにも廊下の薄明かりが美しい夜なのに、外は、すいこまれそうなくらいの暗闇なのだ。
精神操作に長けた淫魔族をやすやすと操ってしまうようなものが、この環境を作り出している。ここまでのことができるなら、大勢の思惑というよりも、単独犯だろうとラズトルファはアタリをつける。
おそろしく強い規格外の存在だからこのようなことができる、と思うのが普通だ。
規格外のつめあわせみたいなレナパーティみたいなものは異常なのだ。
ナイトメアのマルクでさえ、弱点は多かった。
それなのにこの暗闇のえらそうな圧迫感。
ラズトルファは舌に牙を突き立てて、舌打ちをこらえた。
反抗的であると知らせるよりも、従順なフリをして相手の出方をできるだけ引き出してやると負けん気を見せる。
ピンポーン、とチャイムの音。
よりにもよって、あのおそろしい暗闇の中から何者かがやってくるらしい。
<ここに入るための音はこれなんだね>……と言う、どこか遠い声。しかし扉越しにはっきりと聞こえすぎている。
<入っていいですか。冒険者ギルドです。用件があってきました>
(招かれなくては入れない、幽霊や怨霊の類のルールがあるのか? それなら俺は口を開かねぇ)
クスクスクス、ククククク、スススス……
笑い声が細い風の流れになって自分を包み込んでいるようにラズトルファには感じられた。
じんわりと全身に汗をかいている。一瞬で風邪をひいたように体が寒くなり、体と魂の境目がゆらぐ。
(ぼーっと……する……考えろ……。……冒険者ギルド、レナパーティは冒険者、用事がある、こいつらのため、仕事する…………)
ラズトルファの中で流れが繋がり、かちゃりと鍵が開くような音がした。
あれほどかたくなに抱き込んでいた腕を片方、ほどいた。
ドアノブをひねり、鍵を開ける。
立っていたのは、冒険者ギルド・シヴァガン王都本部の制服を着た者だった。
だらりと着崩して、裾を引きずっている。
こいつは急いできたんだろうな、とてんで見当違いのことをラズトルファは考えて当たり前のように納得した。
<ククク。ズーズーという貴重な魔物を預かってくるようにとのこと、デス。冒険者ギルドの方針として従ってもらわなければなりません、デス。従うということは、服従デス。そなたにその義務を授けてあげよう>
ラズトルファは一生懸命、思考した。
(レナパーティは冒険者、冒険者は冒険者ギルドで働く、従うということは服従、義務は果たすもの……。……???)
ラズトルファは義務という言葉が世界で一番大嫌いだった。
両手でズーズーを掲げた状態で、ピタッと動きが止まる。
冒険者ギルドの服を着た者は、ことり、こてり、左右に首を傾けた。
──パシン!
空間が弾けた。
どっと肺から息をはいたラズトルファは、しばらく息を止めてしまっていたらしく、いきなりの働きの再開に体が驚いて、ゼーハーゼーハーと息をする。
急につけられたエントランスのライトも眩しくて目が眩む。
背中が撫でられていて、ようやく息が整ってくる。
しめりけでまばらになった前髪から見えていたのは、
「うちの子に何してたんですか?」
▽モンスターペアレント・レナが現れた!
寝室からそのままやってきたのであろうレナは、長い髪を下ろしている。
いつもよりは少し大人びていて、けれどプクッと頬を膨らませていた。
懐にはズーズーを抱えている。
ラズトルファが落としかけたものをキャッチしたらしかった。
さすがご主人様、ピンチの時にはドジは見せないんだぜ!
「ラーズートールーファーさん??」
▽レナの 眉間をグリグリする攻撃。
「いてててて! こらやめろ! それよりあいつだろ!?」
「どいつですか? お一人で玄関にいらっしゃいますけども……」
(そんなバカな)
ラズトルファは睨むように周りを見渡す。
淫魔族の気配察知も、天使族の心の目も、どちらも使用すると左右の瞳の色が変わる。
しかし何者も見つけることはできなかった。痕跡すらもない。
まるで悪夢でも見せられたかのように、現実感が薄れていく。記憶にさえ霞がかかってしまった。もうどのような言葉を交わしたのかも思い出せなかった。
(そういうことか……。そういう次元のってことか……くそ……結局何の成果も得られなかった……)
レナが遠慮がちに声をかけた。
「私たち、ラズトルファさんの異常行動を後ろからつけていたんですけどね?」
「俺の異常みたいになってんの納得いかねえ……」
「まあまあ。落ち着いて。これが映像なんですけど」
「いつのまに撮ってんだよ!?」
「撮影無料即時可能なもので。ではこれを見てくださいね。ご感想をどうぞ?」
客観的に己の姿を見せられたラズトルファは、額を押さえる。アンニュイなイケメンが映っていた。
「……こいつァ不気味だなぁ……。糸で引っ張られるみたいな足取りで、迷いなく玄関直行かよ。目ぇ半開きだしやべーやつじゃん……イケメンなのが取り柄なのになんてこった」
「あー。んー。うちのメンバーしか見ていませんから大丈夫ですよ? それよりもこのときの心境などありますか?」
なるほど自分の容姿にナルシストなタイプらしい、というところはスルーしてあげた。
「俺は、精神的なとこを何かにいじられていた。何かと接した気がするんだ。それを防ごうとしていて、行く先を見てやろうとも思っていて、俺はダブルの血筋だから……淫魔側の黒魔法属性に作用していても、天使族の名残りが防ぐし、逆も然りで……いけるだろうって、そう思って。なんの話をしてたっけ…………」
「あちゃー。目つきがあやしいです。まだ作用が続いてるのかな……キラ。ルーカさんと繋いで」
<了解しました>
▽ウィンドウが 現れた!
遠くの空間からルーカが”視”つめてくれて、口をぱくぱくと動かす。
キラが字幕をつけた。
<痕跡、感知されず。
可能性として、この世界に今認知されていないもの。新種、珍種、古代滅亡種、聖霊、ダンジョンマスター── などの関与が想定される>
「わからないのかよ、結局」
「はい。わからないことで、既知以外のものであると範囲が絞れましたね。ルーカさん、お疲れ様でした。大変よくできました!」
頷くルーカの獣耳がピコピコと嬉しそうだ。
ウィンドウが閉じた。
ラズトルファは得体の知れないものを見る目で、レナを眺める。
「変態的なポジティブ思考だ……」
今ここにあるものを抱きしめて、そのさきに進もうとする姿は、ラズトルファには眩しすぎた。
「まあ侮辱もからかいも褒められるのも慣れてますから? ストレートに受け止めましょうかね」
レナは軽く返し、ズーズーを優しく撫でた。
こちらはあっさりと眠ったままで、近くに寄ってきたハマルが感じとっても、異常は見られないそう。レナはほっと息をつく。成体のラズトルファよりも、幼体のズーズーの方が精神面が弱いはずだからだ。まだそちらを狙われなくてよかった、と思う。
ジーとラズトルファを見上げるレナ。
「一応、お祓いをしておきましょうか。魂の召還!」
「なんだそれ!?」
レナたちを包むようにクールな光の柱が現れた。
雲を突き抜けて天界を驚かせたほどであった。
「はい。これで、できることはやりました」
まだラズトルファは不満そう(不安なのだろう)な顔をしている。すぐに顔に感情が現れる人は助かる、その人らしく居るのか、干渉が行われているのか、気づきやすいからだ。
ラズトルファはすでに己を取り戻しているように見える。
では、なにが不満なのかという点だ。
希少な魔物ゆえに狙われたり、うとまれてきた夢組織の出身だから、レナたちとよく似た不安があるだろう。なんにでも答えてあげた方がいい。現状最善で安心できるところであると、ピーチィお姉様にも伝えてもらうためにも。
レナから尋ねてあげることにした。
「なにか心配な点がまだありますか?」
「セキュリティが甘いんじゃねーの?」
『それは聞き捨てなりませんわねぇ……!』
▽ホログラムの ルージュが現れた!
「どわあ!?」
いいリアクションだなあ、とレナは思った。
急にルージュの声と映像が現れたわけだが、おそらくキラと整えた防衛システムなのだろう。それを披露しようとした矢先に、事件発生、そしてあの発言だったわけだ。せっかくのお披露目を台無しにされてしまったルージュは超笑顔。つまり超怒っていそう。
▽合掌である。
▽舌戦でめためたに倒された。
▽赤の聖地に帰還した。
▽ラズトルファは めちゃくちゃのめためたに 驚かされた!
ぐったりと床に倒れて、それをマイラやアグリスタ、ジレやギルティアが眺めている。
「きゃっきゃとしやがってお前らァ……たくましくなった……な……」
「あ、気絶しちゃいましたね。疲れたんでしょう」
『敵を疲れさせるほどの装備だったということで。いかがでしたかレナ様!』
▽動く階段! 転がってくる大岩! 植え込みにはマッチョマンフラワー! スウィーツモムでお腹いっぱいになーれ!
「すごいよルージュ。最善、最善」
『お褒めいただき光栄です。まだまだアップデートいたしますわ〜!』
「そうしよう」
レナは頷いた。
「なんだか良からぬ手が近づいてきていたのは事実みたいだし……。狙われちゃうんだよね。うちの子たちは貴重で美麗で可愛いからさぁ。でもあげたりしないんだからっ」
▽モンスターペアレントが 覚醒した。
「ルージュ、防衛強化をお願いします!」
『きゃーっ! レナ様ーっ! 従えてーっ!!』
▽予防しよう!
▽赤の聖地の防衛力が 上がってゆく!
▽目指せ要塞!
▽冒険者ギルドと商業ギルドのはちあわせ to 赤の聖地のエントランス
読んでくれてありがとうございました!
初期の頃から比べると、暗さのふきとばしかたが変わりましたよね。
初期にはレナのヤケクソパワー、
現在は自信のあるポジティブパワーというか。
いろんな経験をしたレナの言葉には、予測や予防にも実感が伴っていて、おちついてきたように感じます。
頼もしい!従えてー!になりましたヾ(*´∀`*)ノ
トラブルは急にくるけど、
レナさんたちはじんわり成長しています。
次に急成長することがあれば、各々がそれぞれの意思とイメージをもって、進化していくのかなあと。
どういう自分を想像して望んでいくのかなあって、従魔のこれからが私も楽しみです(*´ω`*)
今週もお疲れ様でした!
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




