ピーチィの交渉
▽お宿♡についた。
レナは、胸に抱いたズーズーに語りかける。
「ここでお世話してもらうことになるだろうね」
ショッキングピンクの電飾。そびえ立つ城のような外観。なんとなく空気に色気があるような気すらしてくる。
「…………。見た目が派手なところだけど、フレッシュで健全なお仕事もいろいろとあるはずだから、そういうものを頑張ってみて……!」
できるかな。
レナはついついシミュレーションする。
おっとりのっそりしたズーズーが、雑巾掛け、すべってころん。
こぢんまりとしたズーズーが、店の受付、ボンキュッボンな淫魔ばかり探すお客にスルーされる。
鼻をすすりがちなズーズーが、くしゃみ、周りを汚すかも。
▽愛嬌である。
▽レナにとっては。
レナは従魔たちを振り返る。
みんな、レナから離れたことによってさみしく過ごし、けれど立派に立ち直った。前よりも安心してそれぞれを見ていられる。
よし、とレナは頷いた。気分はオカンである。
「ズーズーさん。大変なこともあるだろうけど、動き始めたら、あなたが好むものと嫌なこと、許せるものと許せないもの、できることと苦手なこと、分かってくるはずなんだ。失敗もあるだろうけど、自分のことが分かるんだよ。そうしたらあなたらしい人生を……魔物生? まあいいや、未来が楽しみになっていくと思うから」
ズーズーはつぶらな瞳をパチクリさせるばかりだ。
まだ、レナと離れたら……という未来の自分さえ、よくわからない。
失敗ってなんだろう。楽しみってなんだろう。わからないということを、このときのズーズーは初めて「なんとなく自覚」したのだった。
「困ったらピーチィさんに相談するんだよ。お話をきちんと聞いてくれるはずだからね」
レナはズーズーを抱き寄せる。
不思議な夜のにおいがする後頭部のにおいを吸い込んだ。
毛並みが肌に触れると、とても感触が良くなっていることがわかる。
ここまで治ったのは自分のおかげだ、と思わないようにレナは努める。
そう思ってしまえば、ズーズーの未来に自分を差し込むようなことをしてしまいそうだ。やりたいからやったはずで、助けられたときの嬉しさをもうもらっているはずなのに、もっと欲しくなってしまうのだろうから。
すがるようなことは駄目だ、とレナは思う。
やるとしたら協力関係か、見返りを求めない親切でなければと。
そうでなければレナは抱えて守りきれないからだ。魔物使いの主人として。
「この子がズーズーです」
ただいま、とお宿♡の門をくぐるレナパーティ。
思わず「おかえりなさいませ」と返してしまった淫魔レディたちなのであった。
のちのメイド喫茶のタネであった。
「ズーズー様……えっと、夢魔様のことね」
シンデレラが12時の鐘で駆け出すような瞬発力で滑りこんできて、ぴしりと立ち姿を整えたピーチィはまじまじとレナの腕の中を見る。
ツヤツヤとした毛並みとふんわりした毛並みを併せ持ち、瞳はきゅるるんと潤ったおだやかな魅力のある魔物がそこにいた。
(まるで別の魔物だわ! 魔王様は一時期この子にモンスターブリーダーをさせようとしていたらしいけど、これは勧誘もしたくなるわよね。ネレネ曰く昔のゴリ押しみたいなものだったらしいけど。やんわりと魅了しながら勧誘できていたら…………考えたくもなるわよね)
そんな内心はみじんも悟らせず、ピーチィは優雅に微笑む。
「ズーズー様。それが夢魔様のお名前なのですね」
『ズー、ズー……』
「まだうまく話せないけれど、しばらくすれば魔人族姿にもなってよく話してくれるようになるんじゃないでしょうか。今はまだこうしたいって気持ちがおぼろげなようで、魔物の本能的なものも混血だからか控えめですし、まだ意思表示をあんまりしないんですけど、心が成長していったら自分のことを話したくなるはずです」
(なんですって?)
「それではこの子を託しますね」
「……レナさん、涙」
「これは汗が目から出てるんですうっ」
「ベタね」
ピーチィが涙をハンカチで拭いてくれる。それは呆れたようであり、けれど極上に優しい手つきだった。ちょっと触れられただけでレナの頬がホワンと染まる。
従魔たちがゴクリと息をのみながら(修得したい)と前のめりにガン見してくるので、ピーチィは誘惑を中断した。
そしてズーズーを受け取ったものの、考えるようなそぶりを見せる。
「この子の語録はどうなってしまうかしらね……」
「うっ。たしかに」
「まさか魔人族として話せるようになるのがこんなに早そうだなんて思っていなくて。いろんな淫魔を平等につけていくつもりだったんだけど、みんなの口にする単語がお行儀がいいなんて言えないわ。嘘をつくのはキライなの」
そしてズーズーをとても可愛がるように撫でる。
これから何を話しても、けして邪険にするわけではないのだと、体で理解してもらうために。ズーズーの身体中の力が抜けていくようなソフトタッチであった。レナが主人体質で従魔をメロメロにしているとすれば、こちらは技術にものを言わせた力技である。
「そしてちょっと事情が変わったのよ。二点、相談をしてもいいかしら」
ピーチィがどれだけ夢魔のことを想いやっていたのかレナは知っている。環境の事情があるとすればよく吟味されたものなのだろう、と信用してレナは頷いた。
もちろん、とコクリと頭を傾ける。
ズーズーはそれを真似したし、後ろに控えている従魔にもなんとなくしぐさが移る。
ピーチィはぷるぷると震えて萌えをこらえた。
なるほどネレネとルルゥお姉様がハマるはずだ、と理解する。
「ありがとう。あのね、結論から言うわ。こちらのズーズー様をもうしばらくそちらの手元に置いてもらえないかしら。というのも……」
大きな声が聞こえてくる。
獣の絶叫のようであり、まさか淫魔のお宿♡で聞こえそうもない音だ。けれど近い。
ピーチィが舌打ちした。
そしてするどく口笛を吹くと、レナたちを窓に誘導する。
大柄なシルエットが淫魔のお宿♡から投げ飛ばされている光景が見えた。詳細は見せないようにとお客を影で包んだのはピーチィの機転である。
(えっと、この状況はピーチィさんを不機嫌にさせるもので、口笛はお客拒否の合図なのかな……)
レナはちらりとうかがうようにピーチィを見上げる。
桃色の麗しい眉がぎゅっとしかめられていた。
「……はー。お見苦しいものを見せてごめんなさいね。お宿♡は夢を与えるところなのにね。──ここ最近、やけにガラの悪いものが素性を偽って泊まりにやってくるの。そのせいでメデュリ・アイと警備役を臨時雇用しているくらいよ」
「大変ですね……。どうしてなんでしょうね」
「政府が調査しているから、しばらくすればわかるはずよ。現実で起こっている物事であれば獣の鼻が効き、過去の痕跡が残っていれば神秘の目が暴き、思惑があれば誘惑して聞き出せばよいのだから。あなた、いい後ろ盾を持っているわね」
「光栄です」
「ずるい手も使ったのかしら?」
「ちょっとだけ」
「ふふ。そういう子の方がいいわ。清らかすぎなくて素直なの」
話を逸らしていったのは、レナの緊張をほぐすためのようだ。
ズーズーをまた抱くには、腕に力が入っているといけないから。
すなおで無垢で周りに染まりやすいウブな魔物は、その環境によって不安を感じる。夢魔であるズーズーならとくに不安定になってはいけない。悪夢をまた呼び寄せたりなどしてしまうかもしれないのだから。政府による排除などさせてたまるものか。
であれば、政府が後ろ盾についているレナパーティにまかせて身内ごとにしてしまい、ズーズーを安定させてトラブルが起きないようにして、やりたくないのが本心であろう政府の仕事も減らせれば、WINーWIN ではないだろうか。
レナパーティの仕事が増えることについては、手厚く補填をするつもりだ。
ピーチィはレナの三つ編みをそっと尻尾の先端でいじった。
「レナさんも落ち着いたようね」
「はい。ズーズーさんをお預かりしてもいいですか?」
「あら。頼まれてくれるのかしら? こちらの状況が落ち着くまででいいの。できるだけ早く落ち着かせるからね」
「わかりました。乗りかかった船ですからね。ズーズーさぁん!!」
レナは受け取ると、スリスリとしてみせた。
ズーズーは目をパチクリさせながらも、これは嬉しいことなのだと感じ取っているように、リラックスしている。
ぱああっと顔を輝かせたアグリスタとマイラが、レナにぴとっとくっついた。
「この子を手元でケアできるの嬉しいです。ハーくんとも仲がいいし、みんなから後輩みたいに可愛がられているんですよ」
「嫉妬しちゃうわ……」
ピーチィ、正直なところはハンカチをかみしめたい気分であった。
可愛いがぎゅっと凝縮されたこのちびっ子の集まりを見ていると、みんなまとめて誘惑して手中に収めたくなってしまう。そして自分がコーディネートした部屋に連れ込みティーパーティを主催して可愛いが可愛いの様子を愉しんだり、という贅沢をしたくなった。
めでたくピーチィの性壁もこじあけたレナパーティであった。
「ピーチィさんはピーチィさんで、この子にとって特別だと思います」
▽レナの 友愛の微笑み。
「だってピーチィさんがきっかけで心が開けたんですよ。薔薇のお風呂でほぐしてもらったところからズーズーさんには変化が見られました。どうすれば魔物が和らぐのかピーチィさんが知っていたからこそです。害するつもりがないっていっぱい伝えるように接しているのが分かりました。だからこの子は、ピーチィさんにも心を許しているんですからね」
レナが近寄り、自分とピーチィで、ズーズーをサンドするように寄り添った。
ズーズーはかわらず安心しているようだ。
きゅん、とピーチィがときめいた。
いいサービスにはチップを弾むべき。
「リル」をねじ込もうとしたが、レナに断られた。かくなる上は。
「こっちからお守りを出すわ。いろいろと仕込んであるから活用してちょうだい」
「…………?」
「まあそう構えずにね。なにも関わりがなければそっちに投げるなんてことしないから。レナパーティの皆さんは輪を広げることには慎重だもの」
「はい」
そこまで察してくれるピーチィであれば、とレナは納得し、扉を眺める。
ものすごい勢いで電飾が輝き始めた。
キラが<よっしゃ>と反応して調子のいいドラムロールを鳴らす。
なんだかかわいそうになってきたレナ。どうかこのテンションを恥じらわない人がやってきますように、とレナは願ってあげた。
▽ラズトルファーーー!
(あちゃーー)レナは顔がひくっとひきつっていた。
目を丸くしたアグリスタとマイラが、飾り付けられているラズトルファを見上げている。
ハワイのような花の首飾りにシャンパンゴールドの衣装、一人お祭り野郎であった。
「「ラズ兄!」」
「……よう」
重い口を開くラズトルファ。
ぎゅむ。とピーチィが尻尾をつかむ。
「ズーズー様が怖がっちゃうでしょうが。優しく柔らかく、お客様をお迎えするときのようにね」
「この子ずぶといですから、問題ないですよ」
昔の自分を知っている者の前でニュー・デビューを見せつけるのは絶対きついのだ。しかも本意ではなさそう。
レナは昔の自分を思い出してしまい、学校で美少女戦士デビューをしようとした赤歴史に悶え苦しみ、心に滝のように汗を流した。あれは自分が望んでノリノリだったからよけいにしんどい。
それくらべたらラズトルファは仕事として命じられたようだった。
己の殻を破らせて淫魔のお宿♡らしい柔らかさを引き出そうとしているのかもしれない。ピーチィが設定した教育なのであれば、相手の心を芯から折るようなことはしないだろう。ラズトルファにとってはギリギリ許容範囲なのやもしれない。
▽ラズトルファは 花の首飾りを床に叩きつけた。
▽スパァン!!
最新版ラズトルファを見てビビっていたアグリスタとマイラは、それを見て逆に安心したようだった。ああ本質は変わっていないらしい、と。
レナに許可をもらってから、とてててて、と走り寄っていく。
▽録画しました。
「ラズ兄が来てくれるの?」
「あのね、ラズ兄に、食べてほしいごはんがあるの。見てほしいスキルも、あるの。いい……?」
「……」
「「お願い」」
「……お前ら、生きるの上手くなってんなァ。……行くよ」
「「嬉しい」」
マイラとアグリスタが手を取り合って喜んだ。
嬉しい時には笑うのがレナパーティのお約束なのだ。
▽レナからの好感度が上がった!
▽従魔を喜ばせてくれたから!
▽逃してたまるか。今のうちに約束をしてしまおう。
「ラズトルファさん。こちらピーチィさんが提示してくれた必要事項の書かれた悪魔契約書です。よろしくお願いしますね?」
「………その件について………承知しましたァ…………」
(こいつも絶対生きるのうまくなってやがる!!)
「ラズトルファさんは丁寧なお返事を心がけてくれました。これが言えるのなら、うちのみんなとも適度な関係が築けると思います。お宿♡からのお手伝いのラズトルファさん、こちらで引き受けさせてもらいますね」
「少々因縁があるとも聞いているんだけど、その調子なら大丈夫そうかしら?」
「過去より今ですから!」
「ふふふ」
ピーチィはレナに唇を寄せる。契約が完了するまでの簡易なマーキングだ。
そういえばラズトルファの首元にも同じものがあり、すでに手は打ってあったらしい。
「それではピーチィさん。問題の解決を祈ります」
「ええ。いろいろとありがとう。あなたたちの今が幸せであるように、こちらも手を尽くすわね」
未来のことを語るのではなく、今について、ピーチィは語り会話を締めた。
適切な話術に感心しながら、レナはさしだされた手を握り握手した。
▽Next! やってきたお手伝いさん
読んでくれてありがとうございました!
レナさんが更にしっかりしてきているので、作者としてはとても書きやすいです。対話がスムーズなのは心地いいですね。ともすれば、最後の方はスムーズすぎましたけども(笑)
丸ごと許している、という意味の言葉ではありませんでしたが、許すことにして一緒にいましょう、というのがレナさんのスタンスのようです。
そういうこともできますもんね。
それでは次回もお待ちください!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




