名前の目視
「おはよう。よく眠れた?」
レナたちが目を覚ますと、そこにはルーカティアスがいた。
ゴシゴシ、レナたちが目をこする。
みんな似たようなリアクションだ。大きく見開いた目を、けげんに顰めてから、ゴシゴシ、そしてまた訝しげに見るのであった。
けして(なんでいるの?)ではない。
仲間がいきなり現れるなんてレナパーティでは日常だからだ。
薄い布の塊であった。
彼がかぶっている薄い布はヴェールのようで、その向こうにキラキラした金色の髪とネコミミ。
(古代ギリシャみたい?)にゆったりとした布をいくつも重ねて、肩のブローチや腰紐で留めている。なぜか持っているのは水晶玉だ。
パチモンの占い師、という言葉がレナの頭の中には浮かんできた。
前提知識のない新人従魔たちにしてみれば、斬新超えて変人、でしかなかった。まだゴシゴシしてる。
「えーと。どうしてそんな格好をしているんですか?」
だからつい、レナはルーカティアスと認識してしまったのだ。
うさんくささが、出会った時を彷彿とさせたから。
うちの可愛い従魔ルーカのときはきちんとした服装をさせていたのに、どうしてこうなった。
ルーカはたっぷりと間を置いた。
なにやら事情がありそうでレナはハッとしたのだが、実のところ(久しぶりに主人に会うと幸福がすごい)からであった。幸福沈黙である。
「星占いを始めたんだよね」
「スピリチュアル〜」
▽スピリチュアル〜。
「だからここに来たってわけ。僕が洞窟で”視た”のは、レナたちのところに災難が訪れるらしいって”相”」
「待ってください。相はいったん置いときます。洞窟で? さては洞窟の泉に星空を映してみた、とかそういうことをしたんでしょう。引きこもったままで」
「さすがすぎる。──何かあったときには助けになりたいからさ。僕が対処できることなのかはわからないけれど、役立つチャンスを逃してしまったらずっと後悔するはずだから。離れていたり、急に現れたり、ワガママでごめんね」
レナは一つため息をついて、抱えていた夢魔をキサに任せた。
ルーカがなんだか申し訳なさそうにネコミミを伏せていたからだ。
▽励まそう。
「ワガママついでに……そうですね。もしもあなたがやりたいことに、力が足りなかったら、進化させてあげるので心配しなくていいですよ。あなたは私の従魔なんですから」
レナがビシッと指を差す。
「ね、”ルーカさん”! ネコミミしょげさせないの」
「いだだだだ。実力行使で来るとは……本当に強くなったよね……」
「ですねー。ラナシュにおいて、悩んで縮こまるよりも、こうしたいんだって言い切ってしまった方がかえって為になるという法則に気づいてしまったんですよ」
ふむ、とルーカが考える仕草をする。
ピン、とネコミミが立った。
「先に情報を固めてから、現実に反映させるのか。真理かもしれない」
「できそうですよねー。いや、できるってことにしましょう」
「そうだね」
<方針を確定しました☆>
キサが、夢魔を撫でながらこっそりと話しかける。
「いつでもどこでも、どこからともなく、レナ様には必要な戦力が集まってくるのじゃ。それはまぎれもなく、レナ様自身が育ててきたゆえ。そなたもその恩恵になっておくれ」
『ズー、ズー……』
「あのぉ、キサ先輩。まだ頷けないみたいだよぅ、だってね、恩恵になれる自信がないからぁ……」
「でもね、でもね。理解しているってことなの。この子は賢いし誠実だと思うの……」
「頷かないからって怒ったりしないのじゃ。大丈夫。まだこの者が知らなかった恩と義を、妾が教えてあげようとしただけ」
キサは投影した。
もしもレーヴェなどがいてくれなかったら、自分は、と。
もしもレナパーティが来てくれなかったら、自分は、と。
そうしたら、つい、おせっかいな口を挟みたくなっただけなのだ。
レーヴェを見て育ったから、おせっかい焼きの世話好きになったのだろう。
今回のことに自分も携わらせてもらえてよかったと、キサは穏やかに撫で続ける。
夢魔の体はまだ栄養失調の痛々しさが残る。ケアをしたとはいえ(生命力が弱い)と、美容を嗜むキサにはつぶさにわかる。せっかくなのでチョコレートパックをしてあげよう。あたたかなチョコレートボディに包まれて、砂風呂かのように夢魔は気持ちよさそうだ。
キサはレナのポシェットから、マシュたんをつまみ出す。同じようにチョコレートボディにまみれさせたら、チョコマシュマロである。これが見たかった。
▽レナたちの微調整が終わった。
「──さて。ルーカさんにも夢魔さんを紹介しますね。私は、この子を強くしてあげたいって思っているんですよ。あ、物理的な強化というよりも、今のままではちょっと弱々しいので、生きやすくなるようにしてあげたいって感じなんですけど」
『そーそー。夢の中で頑張っちゃいましたー』
手のひらに握りしめていたものを、レナが見せる。
「そのためのカケラなんだね」
「はい。あのー、視察料は?」
ネコミミがピンと立つ。
これはすなわち、仲の良いたわむれで、この視察をしてくれたならば何かお礼をあげよう、とレナは言っているのだ。
「夜にはオムレツが食べたいな」
「いいでしょう。腕を振るいます!」
布の塊が、じりじり、夢魔に近づいていく。
アグリスタとマイラが、恐れおののいている。どうしたらいいのかと、きょろきょろとルーカと夢魔を見比べている。夢魔の両脇に立ちながら。
(うん。そうやって迷いながらも、手の内のものを守る姿勢ができているね)
これでこそレナパーティだとルーカは微笑んだ。
鬼教官のレッスンはもう必要なさそうだ。
「ルーカ先輩よ、妾にもその微笑み方を教えてほしいのじゃ。今のはたいそう綺麗であった」
「えーと。これはいわゆる感情由来のものだから。感性を磨いて嬉しくなったときに出てくるものかな?」
「心得た」
キサはそっくりの笑みを浮かべてみせる。女優のよう。
▽展開が先に進まない。
「こここの子はまだ起きたばっかりで、治ったばかりで、急な刺激はしないほうがいいと思いますううう」
「あの、まだ触れ合ったことないですよね……だったら急展開すぎるかもしれません……」
マイラとアグリスタがしているのはいわゆる、実体のない心配。不安だけが膨らんだもの。
(でも自分が感じている心配を、そのまま外に出せるくらいに己を信じ始めている。ここでは発言が許されると安心もしている。いわゆるレナフィールドだよね。いい傾向)
▽展開が先に進まない。
▽レナの スキル[従順]!
▽みんな興奮を抑えようね 悪いようにはしないから。
▽興奮を納めてもらうという快感を 従魔は思い知った。
▽先に進もう!
▽ルーカは カケラと夢魔を ”視”比べた。
「さて、君と話そう。名前は?」
尋ねられている夢魔は、ぼーーっとルーカの方を眺める。
チョコレートホールドによりリラックスできているようだ。
初見の相手に対しても、警戒することなく心を開いている。夢の世界に入った後、心の殻をきちんと閉じたので(マルクが)精神的にも頑丈なはずである。
しばらくレナは夢魔を抱かないように、とルーカは告げた。
これから夢魔のことを聞き出していく中で、レナが近くにいれば、影響を与えすぎるかもしれないからとのことだ。ラナシュが誤解してしまわないように。
それくらいルーカが話すことは真実にきわめて近く、真実の中に妄言が混ざれば、まとめてこの世界の真実としてしまいかねない……という状況が発生するらしい。レナがいて夢魔を想っていれば確率が跳ね上がるそうだ。
(レナはこの世界に祝福されてしまっているから、ラナシュヘの影響が強すぎる)
律儀に、お口チャック!しているレナ。
これくらいしておけば安心と言えるだろう。
そしてルーカが慎重に言葉を選ぶ。
「”ズーズー”……それが名前なんだね。君は何者かにそう呼ばれたことがあるんだ。自身も覚えていないぼんやりとした思い出のようだね。……けれど、これまでその名前を大事に抱きしめていたから、消えてしまわずに存在できていたようだ。だから大事にしているままでいいよ」
まるで世界を解き明かす探偵のよう。
ルーカは昔、ぽつりとこぼしたことがある。祖国を飛びだして広い世界を探索したいのだと、蠢く人心などではなくてこの世界の成り立ちを”視て”みたいのだと言っていた、その夢の姿に似ているなと、レナは思った。
ずいぶんと遠回りをして、天の岩戸のように閉じこもったりしながらも、ルーカも己を改めて見つめたのかもしれない。
やったね、とレナは両手を挙げて喜ぶ。
真面目な話の途中なので指先をパタパタさせるだけにとどめた。
「ズーズー。”君にふさわしい、存在意義を与えよう。親は**、親は**、混ざりあってズーズーとなる。その力を示す数値は、体力が20、知力が20、素早さが20、魔力が20、運が20。スキルは[夢喰い][夢吐き][殻こもり]、ギフトは[呼び声]。その種族を新生夢魔と定めよう。ここにいる全員と、魔眼授かりしルーカティアスが証明する”」
ルーカの声がろうろうと空気に染みるように響く。
不思議な音だった。聞き分けられない音もあった。けれどルーカ自身は確固としたイメージがありこのように発したらしかった。集中しているためまばたきもせず、額には汗が流れているのにぬぐう様子もない。
夢魔の体はほんのりと光を発して、それから光は収まった。
「……今のって……」
レナがやっと小声で尋ねると、周りはみんな聞き耳をすませたが、ルーカは口元に人差し指を当てた。
なるほどと黙ってくれたレナパーティはお行儀がよい。
ルーカはレナに瞳を合わせる。
ヴェール越しに紫の目が見えた。
テレパシーが伝わってくる。
(今のは晶文になりかけのもの、という感じ。まだ文章は研究途中なんだ。──魔物は自然に思いつくらしいんだけれど、僕はヒト族の割合が多いからね。それらしさの尻尾をつかんで、いくつもパターンを試しては、自分になじませているところ。
やりたいことがあるんだ。消えそうなものに存在意義を与えられるような晶文がいい)
「もしも助けが必要なら言ってください。私が側に行きますからね」
「ありがとうご主人様」
ルーカはカケラを受け取ると、夢魔に食べさせた。
夢魔は本能的にそうすればいいと知っているように、カケラを咀嚼する。
存在として確立させてから、強化をするという手順をとった。
カケラは砕かれて小さくなってのみこまれていく。
「魔物を産み落としたときに、弱い子どもが生まれたとする。そういうときに魔物の親が、自身のエネルギーを凝縮したものを食べさせることがあるらしい。そういう文献を読んだことがある。みんなに伝わりやすくいえば、エネルギーリーフのような物質かな」
「どうしてそれが、夢の中にあったんでしょう」
「この子はおそらく、両親の愛情の痕跡みたいなものを感覚として覚えていたんじゃないかな。宝箱に入っていたのは幻のようなもので、夢魔物がそばにいたからふさわしく形にできたんだ。更にそれを現物として持って来られるなんて、夢魔物はすごいね」
ハマルがふふんと鼻を鳴らした。
あとで、マルクをめちゃくちゃ使い倒しました、と言ったらルーカには怒られそうだ。上等である。バトルだ。
そして改めてハマルは(夢魔っ子は強くならないとねー)と思う。
価値のあるものを、周りがどんな目で見てくるのか、ここにいる全員が良くも悪くもよくよく知っているのだから。
ルーカも夢魔に触れた。
会話したことにより、夢魔は心を許したようだった。
「毛艶が良くなってる。これからは見違えるように頑丈になっていくはずだよ」
レナも早く触りたくてウズウズしているようだ。ルーカはクスリとする。
「この子は従魔にしなかったんだね?」
「本人が望んでいないようだったので。うち以外にも、この子を気にかけて迎えようとしてくれるところもありましたし、この子自身がまだよくわかっていないうちに契約をするのは気が勧まなかったんです。契約の跡も魂に残るんですよね」
「あー。今は曖昧というか……」
「そんなバカな!? オズくんの時はそう言われたじゃないですか」
「ラナシュ世界は曖昧なんだよね。これは僕自身、最近よくよく気にかけるようになってからわかった傾向なんだけど。曖昧なところが増えているようなんだ。物を”視た”ときに僕の視界にはそれがよく現れていて……”視て”みる? 感覚共有をさせてね」
パチリ、とルーカと目があう。
それからはフィルターがかかったように世界のみえ方が変わるのだ。
「本当だ……。……いろんなものに白い靄みたいなものがかかってるの、不自然ですねえ……。無機物にも、生物にも、私たちにも少しずつ靄がある」
「だよね。これは、薄まっている、曖昧になっている、という感じかな。……僕は継続して周りを眺めていたから、この白い靄が増えていることに気づいたんだ。確実だよ。けれど悪いものかと言われたら、まだわからないかな。あらゆるものに対しての現象だから、誰かの意図あるものとは思えないかも。季節風邪のようなものかもしれない」
「季節風邪」
ラナシュの季節風邪。なんだかとてもしっくりくるフレーズだ。
この世界は曖昧ですっとぼけているようなところがあり、季節風邪という語感が似合っているようにレナには感じられたのだ。
何はともあれ、と、レナは手持ち部沙汰だった手を伸ばした。
夢魔がまだダメなら、ここに金色子猫(ヒト型)がいるではないか。ナデナデ。
「よくできました」
「褒められるところ?」
「わからない、ってことがわかれば、それは上出来だと思います!」
「じゃあ褒められておきます」
どこか照れているような声だった。
長く伸びた二股の尻尾が、ぱたん、と大きく地面につけられた。
ノックアウトされたとでもいうように。
「……主人成分を取りすぎたみたい。そろそろ僕は行くね」
「主人成分って何ですか。まあいいたいことはわかります。感覚共有してもらったので。これはまあ……巨大感情!!!!」
「そんなやつだよね」
「ブワって爆発するようなやつですねー。情緒がやばいです。100年さまよい生き別れた兄妹に会った時かのような感動です」
「100年以上生きられる長寿魔物の話でもしてるの?」
「とっさに出てきた例えというか」
なんとなく、お互いに抱いている気持ちは同じだ。
「「ありがとう!」」
ケラケラと笑う姿はよく似ていて、そういえばまだ感覚共有をしたままだったなと、瞳を同時に閉ざして、つながりを終了した。
それからは、そのままのレナとルーカティアスに戻った。
「もう夢魔に触ってもいいよ。かなり情報が安定したようだ」
「はい。むーまーさん! お名前呼んでもいいですか?」
「オッケーなら頷いてみて。嫌だったら首を横に振るんだよ」
ルーカが教えると、夢魔は頷いた。つまりは名前を呼ぶのもオッケーのようだ。
「ズーズーさん」
『ズー、ズー、ズー……』
夢魔も、ルーカに手を振った。
夢魔にとって二人目に話をした特別な人であったのだから。
そこまで見届けてから、ルーカは踵を返した。
子猫の姿になって、駆け出していく。たっぷりの布は装飾保存ブレスレットにしまったようだ。
ニャア!と鳴く。
『あ、また夜にくるから!』
「夕飯、一皿多く支度しておきまーす! いってらっしゃい!」
『うん。いってきます』
金色のしっぽがリズミカルに跳ねる。
▽Next! 子守任されるラズトルファ
読んでくれてありがとうございました!
ややこしいところなので、できるだけイメージをそのまま伝えたいなあと、文章見直しをしていたら時間がかかってしまいました(。>ㅅ<。)汗
わかりにくかったら感想欄などで質問して下さい〜!
さて、今週もお疲れ様でした。
よい週末を!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑眠い……




