カケラの宝物
ラナシュ世界では、天秤のように、よいことと悪いことが交互に起こるものだ。
そのようにマルクは記憶している。
その前提によってできるだけネガティブに計算された未来は、こうだ。
(この宝箱はレナという命を奪おうとするかもしれない。それを止めようとしたハマルは反逆的とみなされるかもしれない。反逆的になったハマルはおそらく他の従魔もまきこみ、世界をも敵に回すことができてしまうだろう。そうすればラナシュの天秤は、同じくらいの反対勢力を生んでぶつけようとするのではないか?
そんな未来に、スイが生きられるはずがないではないか)
ここまでわずか1秒の思考であった。
ネガティブなシミュレーションはおまかせあれ、なのだ。
「~~~!!」
(やめろ、とさっき口にしてしまったな……。これを打ち消すための言葉こそを口にするべきであり、こっちの感じた事情などを長々と説明しているヒマなどない。くそっ、どうしてこんなにもアクションが早いのだっ)
▽レナパーティとの体感時間はマッハである。
(どうやって伝えるべきなのか……!)
「あの。すみませんでした。不用心で」
「……」
(……そうか。言葉がなくとも、協力者が止めようとした。その事実からこの少女は察することができるのか……それならばラクになるな)
「でも大丈夫そうなので触ってみようと思うんです」
(ラクではない!!!!)
「マルクおじさーん。レナ様がやってみたいんだってー」
(やってみたい、で夢の世界での暴挙を許すものがあるか! 夢魔物としての危機感を持て! にんまりのんびりとした顔をしやがって!)
「だからねー。きっと大丈夫ですよー。レナ様がそう思ったってことはねー、きっとうまくいくからさー」
(なんて保証のない理由なのだ)
「ステータスがねー、[運:測定不能]なのー」
(あいかわらずのラナシュの隙か?)
「まあ、いいことが起こったあとに大変なことが押し寄せてきたりはするんだけどー」
(そうだろうな! そうだろうが!)
「でもー、ボクたち従魔が退けてあげたらいいだけですからねー。そのために従ってるんですもんー」
(保証が……がなさすぎる……)
危ない橋をできるだけ恐れて、すみっこをジリ貧の綱渡りしてきたのがマルクの人生だ。
危ない橋のど真ん中を、パレードのように大人数で渡っていくやつがあるか。
叫んでしまいたい。
けれどなんだかんだ真面目なマルクは、夢の世界で大声を出すという危険な衝動に身をまかせることはなかった。真面目でよかったかもな……と遠い目で思うのであった。
「……」
マルクは、レナの腕を離した。
手首には強く握った赤い跡がついている。
「ありがとうございます」
と、それでもレナは礼を言った。
(ああ、このものは結果ではなく行動原理に礼を言うものなのだ)
素直に分析したマルクは、なんだかその気をなくしてしまって、説得しようと仰々しく考えていたたくさんの言葉を、呑み込んだ。
マルクは”腑に落ちる”感覚を覚える。
さっきまでくすぶっていた疑念やモヤモヤしたものが、あっけなくまとまり、すうっと喉を通って腹に入ったような感じだった。
(現在をしっかりみているのだ。私とは見ているときの視点が違うだけ。であれば、しばらく前の戦いで勝ってみせたのは、別の視点を持つこの魔物使いだったではないか。同じ現実から判断したのであれば、この魔物使いの方が勝ちをつかみ取る力がきっとあるのだ。
私は、己を信用することなどできないしな……。己はもう半分しか残っていないわけだし)
「そんなにしょんぼりしないでください。マルクさんからの心配はガッツリ頂戴しましたので」
別に貴女を心配したわけじゃないんだからね、とツンデレのようなことを考えてしまったマルクであった。
マルクが心配したのは世界的な未来の方である。
そして、それはもうレナに託すことにした。
己への信用問題というネガティブな理由ではあるものの、ネガティブだからこそ、マルクの中ではしっくりと納得できてしまったからだ。
「よーし。何が出ても大丈夫なように備えるぞー」
▽ハマルは 電動ロボを出現させた!
▽ハマルは 防御魔法陣を出現させた!
▽ハマルは 影の魔物を出現させた!
……
(それくらいにしておけ!)
「ストップかかっちゃったのでこれくらいにしまーす。ジェスチャーの動きでなんとなーく分かるものですねぇー。マルクおじさまの動きおもしろーい」
▽あせらない、あせらない。
▽ひと呼吸、ひと呼吸。
▽スウーーー!
▽もう呼吸の必要もないマルクが ゾンビ化して初めての 意識をした呼吸であった。
「いくよ」
レナはまるで声をかけるように、呟く。
宝箱から返事があるわけでもないのに、何が嬉しいのだろうか、ニコリとしている。
思えばいつでもこんな調子だ。
だから、勝つのだろうとマルクは思った。
「あっ」
何かが飛び出してきた。それは小さな獣のような形をしていて、けれど愚鈍な夢魔のようではなく、さっとすばやい動きで走り抜けていってしまう。
ハマルがマルクのことを見ていた。
マルクは首を横に振った。
(あれはおそらくラナシュ世界による罠のようなものだ。だからその危機がなくなったことこそを、喜んでいい。どうしてだか知らないが、災いは、魔物使いレナを避けて通っていったということなのだから)
通り過ぎていったものは、そのまま消失したようだ。マルクにもハマルにも、残滓は感じ取れない。敵意もない。であればこれ以上気にしているだけ無駄である。
レナは宝箱を覗き込んだ。
そこから輝きが漏れていたのである。
輝きの正体は、小さなカケラだった。
薄紫の魔道具サングラスをかけるレナ。おかしなアイテムではない。
手袋をつけるレナ。安定安心の桃色雀の装備である。
カケラを摘まみあげるレナ。なんと、ドジをしたりしないんだよなあ!それくらい気を使ってこのカケラを扱ったのだ。
カケラがやんわりと輝きを抑えたことを(あ、まるで安心しているみたい)とレナは感じた。
薔薇の花びらのように繊細なカケラは、鱗のようにも見える。
「これはきっと重要アイテム……だよね?」
「んー。おそらくそうかなー?」
「……(こくり)」
夢の殻の中は、そのものの思想そのもの。
だからこそ千差万別で、宝箱の中にあるから宝具であるとも限らないが、どこかしらには”宝物のような気持ち”が隠されているものだ。
それは形ある物の時もあれば、魂の番人をするドッペルゲンガーの時もあるし、ふわふわととらえどころのない雲に映るイメージビデオに現れることもある。
「夢魔さんに、これがあなたにとって大切なものだよって、伝えてあげよう。どんな意味があるのかはわからないけど……きっと心に響くはずだよね。ショックを受けたりはしないかな……?」
「んー。魔物的に言わせてもらいますとー」
(危ない。このハマルがあまりにも的外れな一般論発言をした場合、私が止めなくては)
「ショックは受けませんー。己を知ることはー、魔物にとって生き延びる力ー。それを発揮できなくて非力に死んでしまうことが最も不幸ですー。だからねー、魔物使いがボクたちの可能性を引き出してくれることってー、幸福なんだよー」
(……フン。合格といっていいだろう)
「ありがとうハーくん。マルクさんも同意ですか?」
(こ れ を 肯 定 さ せ る な)
「…………
………………(こくり)」
「ようし。安心しました」
はあ、とマルクがため息をついた。
ドンマイというように背中を叩きつつも明らかに面白がっている様子のハマルである。羊耳がぴこぴこしていたので落ち着かせるために押さえつけてやったら「今度レナ様にやってもらおうー♡」などと言い出したのでもうこいつがわからない。
ちなみに夢の中だからこそ許容しているが現実で触れられるのはNGだそうだ。
「マルクおじさーん。お願いしまーす」
(こくり)
レナが持っていたカケラに、マルクが手をかざす。
すると”実体を持った”……レナにはそう感じられた。
さっきまではあくまでも夢の中のカケラ、そう思っていたのに。だからこのアイテムの形などを、伝えよう、と思っていたのに。
今は「早く、”見せてあげたい”」なんて信じられてしまうのだ。
「マルクおじさんくらい夢属性を極めますとねー。なーんと、夢の中のものを持ち帰ることができるんでーす。ボクもできなくはないですけどー、それって”再構成された物”だったでしょー。もっと極めるとー、”そのもの”になるんだってー」
「へえええ! すごーい!」
「すごーい」
かゆそうにしてみせるマルク。
光属性からの賞賛なんてものを、死んでから与えないでほしい。なんて毒づく。
「じゃあこれを渡してあげよう」
「えいえいおー」
(良いものだろうから蓄えておこう、ではないのだな。当たり前に返してみせるのだ。そして、またこれと同等以上のものくらい得られるはずという自信もあるだろうな。なんとも純粋で、痛い目にあえばいいのにと思ってしまいたくなる。しかし口には出すまい)
そのレナたちの思想を利用しているのがマルクなのだ。
それくらいはわきまえている。
今回、望ましい結果を掴んでみせた。
運[測定不能]なのだという。
それならば、スイとの縁が現れたときにはどうにかしてくれるのではないか。
マルクは、これにて、とりとめのない思考を終わりとした。
──いや無理。
レナは宝箱に代わりのものを入れてあげようとしているし、
(身につけているものを他人の夢の中に置いていくんじゃない!)
ハマルは現実化したカケラをいじり倒しているし、
(まだ情報が繊細なんだからつまむのをやめないか!)
なにやら意志のありそうな小さな生き物が周りをうろつき始めた。
(魔物使いのポシェットから出てきた白くて小さな生き物はなんだ!? 聞いていないぞ!)
それぞれの首根っこをつまんでひっぱり、集合させて、おとなしくさせることに努めた。
おかしい。夢組織の子どもよりめんどくさいぞ。
──さっさと起きてしまえ。
マルクは三人をまとめて夢の殻から引きずり出し、一回ずつ頭をポコンポコンポコンと叩いて起きさせた。夢の探索、強制終了である。
三人が現実で目覚めたようだ。
ふっ、と姿がかき消える。
そして安寧の退屈な暗闇がマルクの中に戻ってくる。
そうなってからようやく、気づくことがある。己はいつも気づきが遅いのだと、マルクは自分にげんなりした。
(そうなのだ。ただただ悪いものが通り過ぎていったと思ったが、もしや”カケラ”を手に入れることの方が”大変”として、ラナシュの吊り合いが取れているのではないだろうか?)
そうであれば、こんなにも馬鹿な話があるものかとマルクは憤る。マルクならばそう考える。
けれどレナの去り際の顔つきを思い出す。
”大変な手間”を手にしたはずであったが、なんとも嬉しそうであった。
(勝手に楽しくなってしまうのだろうな、レナパーティは)
世界がどれだけの困難を用意していようと、その心意気ひとつでスタイルを決めていく。
世界の顔色なんてうかがわない。身内の笑顔の方を見ているからだ。
ふ、と軽く息をはくマルク。
(ざまあみろ、ラナシュ)
と、胸が空いた気分なのであった。
読んでくれてありがとうございました!
これはどんな働きをするんでしょう?
意味はメモしてあるんですけれど、詳細はまだ妄想しきれていません。だからレナさんたちと相談しながら続きを書いていきますね!
そういえばマルクにはイヴァンのかけらが入っているんだっけ。その光景をもしもイヴァンが感じ取っていたら、どのような感想を抱くのかなーと、そこもまた……これはラナシュ世界にご相談ですね。
今はデッド。アンに雑に扱われています。
レアクラの進行をキャラクターたちと相談するときは、ものによって相談先が違います。
どこかの思い通り、にはならないように、さまざまな思惑がからみあって世界が進んでいくというちょっぴりのリアルさを、レアクラでもお楽しみ下さい。
心地よい読了感はこれからも目指していきますので!
では、今週もお疲れ様でした。
よい週末を♪₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




