ガラクタの世界
夢魔の「中」は、さまざまなガラクタであふれていた。
がらんとした灰色の空間に、ガラクタが、転々と落ちている。かなりの数だ。それに大きさがこんがらがっていて、割れたガラス瓶は見上げるほど巨大だったり、泥団子がタワーオブジェになっていたり、かと思えばドールハウスのようなささやかなシヴァガン住宅があったりする。
まるで不思議の国のようだ。
かろうじてある通路を、レナたちはそろそろと進んでいった。
そうしないと、ふと何かにつまづいてこけてしまいそうだったからだ。
「気をつけてねーレナ様ー。ころんだら床に穴が空いちゃうかもしれません〜。この殻、脆いみたいですからー」
「傷つけないようにしなくっちゃね」
「マルクおじさまー、尻尾って頑丈ですかー?」
(……縫合はされているしブツッと切れたりはしない……だが、……はあ……)
▽マルクは尻尾を差し出した。
「感覚ってありますかー?」
▽マルクは首を横に振った。
「じゃあ大丈夫そーですねー。ありがとー。ハイ、レナ様への献上品ー」
「……………………背に腹は変えられない!ってなんとなく意味わかります?」
▽マルクは首を縦に振った。察する能力が高いとつらい。
「ご理解ありがとうございます!借りますね」
「わーい」
(わーい……?)
疑問の残ったままのマルクの心を置き去りにして、尻尾をつかんだレナを先頭に、三人で進むのだった。
尻尾くらいは貸しておいてよかったかもしれない、とマルクは考える。
現在のレナは、とにかくよそ見が多いのだ。
ふらっ、ふらっとあちこちを見上げていて、体幹がぐらついている時がある。もともと運動センスが良くない生き物なのかもしれない。そのため危険を回避させようと、マルク自らが尻尾を動かしてレナに注意をうながすことがたびたび生じた。
(まさか、自分の方が”便利”と感じさせられてしまうとは……)
何を考えているのだ。
と、マルクがレナの後頭部を睨んでいると、ハマルがひょっこりと視界に入ってきて、(しー)と口元に人差し指を当ててジェスチャーした。
そらおそろしいので、マルクは目元を和らげた。序列である。
ハマルは、レナが見つめるガラクタを指差した。
つられてマルクがそちらを見てみたものの、どうでも良さそうなゴミ袋だ。
シヴァガン王国の王国印がついた、透明なゴミ袋。その中には家庭ゴミのようなものが詰まっている。よくもまあそんなに鮮明にゴミのことを覚えていたものだ、とマルクが疑問に思うくらい、夢魔の記憶の中にさまざまなパッケージが残っていたようだ。
「すごく綺麗」
レナがそんなことを言うので、首を傾げさせられることになった。
パッ、とふりかえったレナの目が輝いていたので、マルクは気圧されて一歩下がり、ハマルは「かーわーいーいー」と身内贔屓1000%のべた褒めをした。
「あれすごいね。つやつやの袋に、汚れのあまりない箱をいっぱい入れて、袋の口はヒモで飾られていて、なんだかプレゼントみたいなの。元のイメージはゴミ袋だったのかもしれないけど、夢魔さんの心を通してみたらこんなふうに見えるんだね」
マルクとハマルは、思わず顔を見合わせていた。
マルクは苦虫を噛み潰したような表情。
ハマルは(うちのご主人様いいでしょー?)とにんまりしている。
レナが言ったとおりの視点で見てみると、なるほど、この空間の見え方が変わってくる。
割れたガラス瓶がとても大きいのは、あそこの中に入ってみるようなイメージをしたからかもしれない。
かじられたリンゴが落ちていて、ふんわりとしたパステルカラーの三色靄がかかっているのは、甘酸っぱい匂いのイメージなのかもしれない。
その辺に落ちていそうな石は、ところどころがツヤツヤしていて宝石のような色が覗いている。
割れた鏡には、きらめく夜空が貼りついていた。
そういえばここはゴミ捨て場のようなのに、不愉快な気分にさせられることはない。
ただただ、そのような場にありそうなものばかりだ、というだけで、空気はどちらかといえば心地いいくらいだった。
「あの子を見つけたのってー、綺麗な場所じゃなかったですけどー。でもー、夢魔さんはあそこの中でも周りを”善く”見る努力をしてたんですねー。生きているためによく頑張ってましたねー」
「希望を持っていれば生きられるもんね……」
「生存本能をそこにかけてたんですねー」
美しくもあり、もの悲しくもある事実だった。
ここが夢魔のすべてだったのだ。
このような夢の状態を、マルクは痛いくらいよく知っていた。
頭をかすめたのは、夢組織の末端の子どもが新しく連れてきた”新入り”たち。中には、どこかに押し込めるように隠されていて、ひどく視野が狭い子どもがいた。
そういうものは暗闇の悪夢をみていた。夜中、うなされていた。
けれど起きると、けろっとして、いい夢を見たような気がするというのだ。その夢の殻の中に入ってみるとやはり汚れているのに、マルクにとって不思議であった。
今のレナの感想を聞いてみて、ようやく合点がいった。
これはその子どもにとって、いい夢を”見ようとした”のであった。
体がどれだけ震えていても、暗闇に怯えているはずであろうとマルクが観察しても、そのものの心の中は、そのものの努力によって最大限の”綺麗”に保たれていたのだ。
マルクは思い出す。
アグリスタの夢の中にあった、古めかしい馬小屋と湿った藁の山。
マイラの夢の中にあった、あちこち壊れている部屋に空の皿が並ぶ食卓。
むなしいだけのものだと思い、忘れるようにと言葉を投げつけた。
それを言われたアグリスタとマイラは、たしか、ほんのわずかに悲しげな表情をしていたと思い出す。その結果、マルクと二人の間には友情というものは芽生えなかった。なりゆきでともにいることになった、という以上のものはなかった。
(この少女はなぜ、わかり合ってやれたのか)
そこをどれだけ考えても意味はないのだろう。
けれどマルクは嫉妬していることを自覚する。
そしてそれを、押し隠すことは得意だ。
(わかり合ってやれたから、アグリスタとマイラには居場所ができたんだろうな)
ここでマルクは、考えることを打ち切った。
いつまでも暗い思いに囚われていては、この夢が、真の悪夢に変貌してしまうかもしれないからだ。それが本来の、夢属性の魔物の戦い方である。圧倒的アドバンテージとして相手の「殻」に入り込み、心を靄で覆ってしまうのだ。そうすれば戦意などまたたくまに消失させられる。
まちがっても肉食獣を体当たりでふっとばす草食獣などありえないのである。
▽レア・クラスチェンジ!
絶望を与える強力な力を持つ代わりに、希望を与えることはできないのが夢属性の魔物であるとマルクは思っていた。呪いのようであると。その呪いを打破しようともがいていた結果として、夢組織が成った。
夢属性の魔物というのは、他者を覗いてしまうがゆえにマイナスな性格になりやすいと結論づけている。他人の真髄というものは、けして素晴らしいものではないからだ。
それなのに、
「レーナー様〜。ここ綺麗にしちゃいましょー?」
「緑魔法使っていいかな?」
「それくらい良さそうでーす」
「緑魔法[クリーン]」
「きゃーっレナ様ーっあこがれるうーっ。踏んでくださいーっ」
「床が脆いんだからダメだってば」
これである。
──これである。
ガラクタにくっついていた暗闇色の靄を、レナが、綺麗にしてしまった。
綺麗なものでありますように、というこの夢魔の夢の殻の性質とも一致する。そのため害はないと、ハマルはいともたやすく感じ取ってみせたのだ。
表面的にさらっと掬っていくだけなので、このヒツジにはそこまでの悲観的情緒は生まれないらしい。それにしたって自己の判断についてずうずうしいくらい楽観的であるが。[鈍感]ヒツジであるということをマルクが知るのはもっと後のことである。
長年、夢属性について研究してきたマルクであったが、そのような執着を捨てることにした。
新時代だ。
新時代がここにはあるのだ。
夢魔がこれから育とうとしていて、それにまたしてもレナが介入していることから未来を察する。
珍しいはずの夢魔物。悲観的なはずの夢魔物。
それらは、このラナシュに難なく順応していける存在になっていけるのかもしれないと。
あまりにも多い情報変化を受け止められているのは、ひとえに、マルクの今生がもう終わっていて、己への執着が薄くなっているからにすぎない。若い頃であれば嫉妬に狂ったことであろう。
「綺麗になったねー!」
「良かったですよねぇー」
(そうですな)
とか、内心で相槌を打つこともできる。
こうやって、レナとハマルが軽やかにこの夢の殻にいるからだろうか。
夢魔の夢の殻は、マルクの補助がほとんど必要ないくらいに安定していた。
普通、許可なくよその夢の殻に入ったときには、もっと不安定になるものだ。そこに夢魔物が存在してはいけないのだと言わんばかりに、ラナシュ世界は夢属性の魔物の存在を調整しようとする。己が危うくなる前に、殻の外に出るというのが、[夢の世界]の暗黙のルールであったのだ。
その制約があってこそ、かろうじて、夢属性の魔物が在ることが許されていたのだから。
(なぜ、この二人は許されているのだろうか。軽快であることが、それほどに、存在許可の理由になるものだろうか)
マルクはラナシュ世界というものを信用していない。
おそらく、不信用者としてかなり上位にいるという自覚がある。
だから、反応が早かった。
(あれは……!!)
レナとハマルが軽やかにいく先。
自らの尻尾が引っぱられていく先。それにしたって長く伸ばすことができる己の尻尾がこの時はうらめしかった。
うめき声が聞こえる木箱がある。
鍵の穴から、「ズー、ズー、ズーー」と鼻をすするような音が漏れている。
レナたちはそれに触れようとしている。
(罠だ)
ラナシュ世界は、均等に保たれるようになっている。良いことも悪いことも。だったらこの夢の殻の中が”良いもの”であふれていれば、レナがさっき汚れを綺麗にしてしまったなら、その分どこかが汚れているに違いないのだ。
急にあの音が現れたのだから、”ソコだ”とマルクは考えた。
瞬間、手を伸ばす。
「それに触れるな!!」
間に合った。レナの手首を掴んで、マルクはなんとかかんとか、ため息を吐いた。
読んでくださってありがとうございました!
レナさんの進むルートが骨太になってきたなあ、と書きながら思いました。はじまりの頃は同じような雰囲気であっても、状況にふりまわされていましたもんねぇ。
頭脳派チート従魔の理屈と、感覚チート従魔のなんとなくによって、レナさん自身がかなり"ラナシュ世界をとらえられて"きたなーって、感慨深いです!
捕らえるじゃなく、捉えるです(笑)
わけわからないものって、怖いですもんね。
分かってきたら、きっと歩みがしっかりするんです。
レナさんは世界への理解が進むほど、全部を出来るとは思わないから、自分自らが手を出すところを「従魔と身内」とやはり決めてます。
日本で心地よい家庭に恵まれたから、ホームを大事にするんだろうなあと。
レナパーティが手広くなってきたように見えるのは、従魔たちもそれぞれ出来ることをしているからですね。隙をぬって会いにくるみんなの、近況を聞いてみるのもまた楽しいです!
これからもレアクラを楽しんで下さい₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
ちなみに、「悪条件が重なったラナシュIF」は感想欄にかるく書いてあります。気になるなーってご感想をいただいたので。
すぐに返せないことも多いんですけど、とっても嬉しいし、できるときにはお返事させて下さいね!ヾ(*´∀`*)ノありがとうございますー!
では、今週もお疲れ様でした。
よい週末を♪




