どんな魔物タイプ?
▽魔王の城に レナパーティがやってくる。
▽メドゥーサが察知しました!
▽役員に教えてあげることにしました。
レナパーティが来ると聞かされた魔王国城は、尋常ではないまとまりをみせる。
宰相サディスの娘について、魔王ドグマの息子について、恩があるものをぞんざいに扱うわけにはいかない。とある重役が遠い目をして告げる。
「過去、今代の魔王様と宰相様はとにかく相性が合わず、崩壊寸前だったのだからな……」
魔王が仕事を放り出してどこぞに逃げ出すので、キレていたりとか。
宰相がおびただしい量の仕事をこなしてしまうのが嫌味だとして、キレていたりとか。
自由に在りたい野生児ドグマと、影蜘蛛一族に誇りをもつ優等生サディス。
むりやり一緒にいるという歪さは、だんだんとお互いの限界に達してきていたのであった。
「取り持たれて、今があるのだ」
何度でもこれを告げる。
首をかしげている新人に叩き込むように。
「レナパーティと不和にさせるべからず!」
「そんなに個人に入れ込んじゃっていいんですか?」
「いいんだ! 後ろ盾になったということは群れの身内だ! そのつもりでもてなせ! でも触れ過ぎないようにな各方面からの嫉妬すごいから!」
「実力あるってことですね! 強いものへの尊重はわかるっす」
「だからって戦いを申し込むなよ! 絶対申し込むなよ!」
──かくして、レナパーティは今日も何の問題もなく、魔王城に来ることができたのだった。
城の中を歩き回っていても不快な思いをすることはない。
レナはすれ違う人に常識的な挨拶をして通りすぎる。
それをまだ小さな従魔たちが真似をするというのは、微笑ましいものであった。
キサが抱えている布の塊については、門番に事情を話したらそのまま持たせてくれた。
レナたちがやってきそうなルートでは、
「どこぞの別の来訪者と会わないように案内するんだ」
「見物者がいないように気を配ってください。ヘンな奴を引き付けるフェロモン発してると思って」
「あーっ! そっちに行ってはダメですお客様ーっ!」
「陣形を組め!! プロジェクト・レッドだ!」
と、みなよく働いているのであった。
▽特別手当がついたそうです(経理部が許可しました)
魔王の部屋の扉をノックするレナパーティ。
もちろん前代未聞。
「まーおーうーさーまー。ドーグーマーさーんー。お話しさせてもらってもいいですかー?」
「……更に子どもっぽくなっておるな」
重厚な扉をのそっと開けて、魔王ドグマが顔を出した。
昨夜終わらなかった書類を片付けていたそうで、目の下にはうっすらとクマができている。
魔王たるもの常に最強の体でいるべきなのに、とちょっぴり凹んでいるところだ。
でも息子が書類を運んでくるなどという小癪な演出により、受け取ってしまった。
「どうした? いつもであればまず宰相を訪ねるだろうが」
「魔王様の方がくわしいような気がする事なので、相談したくって」
▽レナは ホットドッグを渡した。
「ふはははは! いいだろう! なんだ!?」
「お仕事の途中みたいですけど、いいですか?」
「どうせ少々の話なのだろう。後腐れのない短い話だから無遠慮に訪問してきたのではないか? そのあたりをよく考えるようなタイプだからな」
「わあ、正解です。魔王様のその”野生の勘”を頼りにしたくてですね」
「頼るとよい」
絶妙な言葉の選び方である。
相手の自尊心をくすぐって手のひらでころころ転がして、それを、子どもっぽい微笑みにより感じさせない。
それを自然に行えるようになったところに、レナの成長がみられた。
魔王が「そこ」とすすめたのは、かろうじて書類などが散らばっていない床。
ハマルが魔物型になってヒツジソファを作り、レナたちは腰掛けた。ふわふわなので油断するといつものように眠ってしまいそうだ。
そういう意味でも、短めに聞いた方がいいだろう。
「実は、夢属性の魔物を保護していまして。その子のくわしいことがわからないので、魔王様のご意見を聞きたかったんですよ。以前お話ししてくれた、魔物同士の交配についてっていうのが参考になるかなと」
レナは、布をはらりと解く。ワタの塊が現れる。
そのワタを取ってあげると、きゅうっと丸まった夢魔が現れる。
「これはまた奇妙な魔物だな。三つの血の匂いがする。別種の魔物がかけ合わされた結果の変異種だろう」
「早い! 三つって?」
「親そのものがおそらく魔物同士のダブルだ。ダブルとまた別種の魔物がかけ合わさり、さらに独自の変異種となっている。これはこの世に存在していなかった新種と言えるかもしれんな」
「あーいますよね、新種」
「そんなにいっぱいおらんものだぞ、新種は。まあいい。どのような血を継いできた魔物なのか当ててやろう。それを把握できれば、この夢魔の名付けもやりやすかろう」
名付け、とは、すなわち定義づけるということだ。
どのようなものかわからず、ラナシュ世界においてふわふわとしていた存在を、地に足つけさせるための行為。それをするのだろう、と魔王は察した。
レナは小さく拍手していた。
やりたかったこと、までこうも早く正確に辿り着くとは。
勘が鋭すぎる。
まさにそれを目的としていた。
「みたこともないし妙に”視ることができなかった”」とルーカが告げた。
キラにしてみれば「情報が揃っていなさすぎて定義が難しい」とのことであった。
かといって「心を開いていないので動かないしー、夢の殻も硬いしー」というのがハマルの意見。
むりやり戦って動作データを取るというのは、今のレナパーティの方針ではない。
そのため、親情報から知りたかったのだ。
どうしてルーカでも断言できなかったのかと思えば、まさかそこまで複雑な血筋だったとは。ルーカの瞳は世界に刻まれた情報を視るので相性が悪かったのかもしれない。
魔王ドグマが、鼻をスンと鳴らす。
それだけで現実を正確に嗅ぎわけることができる。
「まずは獣系だ。これは濃い血のにおいがする。四肢を力強く動かすために瞬発的に血が濃くなる、そこに魔力が集中する、そんなにおいがする」
「つぎに魚系だ。水をはじく鱗特有の潤ったにおいがする。体表にある鱗がそのにおいの元であり、おそらく何日も飲まなくても蓄えた水分で生き延びられる。陸と湖をすみかとするにおい」
「もっとも強いのがフェロモン系だ。淫魔や悪魔など、精神面にアクセスしやすくする誘惑の魔力を持つもの。ごくわずかなにおいしかないのが逆に特徴的であり、これを他所に忍び込ませることで影響を与えるフェロモンのにおい」
ほえー、とレナの口が半開きになる。
まさかここまで把握してみせるとは、予想以上だった。
感覚で知ったことを他者に説明できるくらいの語彙力を身につけているのは、宰相の血の滲むような努力のたまものなのだろう。
魔王はさらに続けた。
「このようなものは生まれることが珍しい。まず性質が混ざらなくて子の形にならないことがほとんどであるし、子を成してからは魔人族として、腹に子を抱えて育て、産むことになる。そうしないと魔物同士の性質が混ざっていられないからだ。そして産むときには……。……まあ、おおよそ死ぬ」
魔王はジトーッとした目になって、わざわざ夢魔の耳のあたりに布をかけ直しているレナを眺めた。
「ええい、わざとらしい。このようなものの言い方にも配慮をさせようとは。魔王を動かしている自覚はあるのか?」
「あっ面白がっているでしょう。普段は魔王の座の高さなんて振りかざさないのに、もう。そりゃあだんだんと話の雲行きが怪しくなっていったので、この夢魔さんのウィークポイントがどこかもわかっていませんし、気をつけてあげたいんです」
「こだわりが強いことだ」
「そうでなければ魔物使いなんてできませんもん」
▽愛されている自覚を得ている従魔たちが照れている。
▽ハッピー!
「魔王様にも、最後まで話させてしまってすみません。もっと早いところで話を止めるべきでした」
「まてまて。もしや亡き妻のことを指しているのか? 生態のことで思い返さなければならないほど、我が弱そうにみえるのか」
「いいえ。それでも、もっと大切に話してもらうべきところでしたから」
「……うむう。どのように返したらよいか、わからんな」
魔王はがしがしと頭をかいて、眉を顰めている。
それから、はーー、と大きく息を吐いた。
「ここで悩むようなことは性に合わん。魔物使いレナよ、我の妻についてお前が思いを馳せたことに礼を言う。誇らしく思っているぞ! それほどの出来事に我は立ち会ったのだからな!」
「はい」
レナはこっくりとうなずいた。
大笑いしている魔王はさっぱりとした顔をしている。昔を思い出して楽しげで、さっきまでのお疲れモードもふっとんでしまっているようにみえる。
(夢魔さんが生まれたときも、きっとそう)
たくさんの困難を越えて生まれたのだ。
だからレナは祈るように夢魔を見つめた。
まだ、綿越しにしか触ってあげられないけれど。
綿がずれたので直そうとすると、夢魔は身をよじる。
(え?)
レナはぎくりとした。
拒否されたように感じたのだ。があん。
最もそれらしく思い至ったのは、デリケートな親魔物の生死について気にさせてしまったのではということ。もしかして聞こえていたのでは。
「たったそれだけで会話の音を防げるはずもなかろう。獣の血が混ざっているうえに、フェロモン系の魔物の特徴として地獄耳なのだから。会話を全て理解するほどの知性は育っていないようにみえるがな」
魔王が夢魔の首の裏をつまみ上げ、ぶらんと宙づりにしたまま目を合わせる。
注意しかけたレナだったが、魔王は意外にも「ちょうど掴んでもよいポイント」を絶妙の力加減でつかんだようだ。野生の勘、すごい。
「ふむ。美しいと言えるだろう」
「……」
「……」
「……」
ずんぐりとしたアリクイのよう。まだところどころにストレスハゲのある毛並み。ジタバタする短い手足。ズーズー、と鼻をすすっている。
美しい、という言葉の定義にふさわしい見た目ではないのでは、と従魔は沈黙した。
「可愛らしいんですよ!」
えへん、としたレナの主張。
従魔はとりあえずコクリと頷いておくことにした。これは個人の主観によるので。
「このような種族として一匹しかいないのであれば、種族一の美形とも言える。すなわち魔人族姿にしてやればひんそうな魔物であっても化けるだろう。ほれ、早く育ててみよ」
「まってくださいよ。この子、淫魔院のみなさんからの預かりっ子ですからね。それに本人の同意があってどんなふうに育っていきたいのか聞いてからじゃないとダメですっ」
「ただの一匹の魔物だろう。その辺で拾ってきたのだから、さっさと進化させてしまえ」
「あーっそんな風に言わないでくださーいっ!」
「魔王を殴るな」
ポカポカ、とレナが魔王の腹を叩いている。
そこまでのじゃれあいができるようになったということであり、従魔が加勢しなくとも安全な場所を得ているということであり。
それでも一応「レナ様ーボクらもお手伝いしましょうかー?」とマジの打診を持ちかけたりもするのだが。
「まてまて。この夢魔をみよ。そちらに行きたがっているようだろう?」
「あっ」
夢魔が手足をバタバタさせて、視線が向かっているのはレナの方であった。
それはおそらく初めての、夢魔からの興味だ。
レナの”守ろうとする意思”が本物であると、ここで確信を得たのだろう。
不安にはさせてしまった。
けれどそれを越えてきてくれたようだ。
「ほれ」
「ちょっ丁寧にっしてくださいっ」
ドッヂボールの球を受け取るように、両手で抱えこんだレナ。
かつて日本ではこのまま球を落とすところだったが、今のレナはここぞというところでドジはしない。
レナの腕の中で、夢魔はおとなしい。
魔王がわざと悪役になってみせたのは、明確であった。
夢魔は親とろくに関わっておらず、悪さを知らなければ、レナたちがどれだけいいものなのか?もわからないものなのだ。
魔王はこれを本能でやってのけた。
「ほれ、さっさと連れて行かねば、小腹が空いたのでその夢魔を食ってやるぞお!!」がおー!
「きゃーーーー!」
レナパーティが楽しげな悲鳴をあげながら逃げてゆく。
軽やかにかけていく足音。
廊下を走ってはいけません! ととっさに注意したのは宰相であった。
「……何があったのですか、魔王ドグマ様。レナパーティと接するときには私も同席させて頂かなくては。そのように向こうの管理職にも頼まれております」
「魔物使いレナが従魔に言うよりも過保護な奴よな」
「ややこしくなる例えをしないで下さい。上機嫌なようで尻尾が揺れていますよ」
「そうか。見ておけ」
「……。彼女たちに傷はないようで安心しましたが、食ってやるぞ、とは?」
どうしてそのようなことを口にしたのか、意図はなんだったのか、覇気は調整できたのかなど、確認していくと呆れながらも宰相は納得した。
魔王ドグマの精神の成長は著しい。オズワルドに戯れをしかけて気絶させていた数年前が嘘のようだ。
今のドグマとであれば付き合っていける、として、宰相はため息だけで済ませた。
「ちょっと父様! 主さんが来てたのに引き止めてくれなかったってどういうこと!?」
オズワルドが正装で飛び込んでくる。せっかく着替えたのに。
ドグマがむしろ追い返したのだと知って、親子喧嘩が勃発した。一戦するくらいは、午後の息抜きにちょうどいいだろう。
ともに子どもの話をするにはまだ、ドグマは拙い。
そのため宰相は二人を鍛錬場に放り投げて、自分の職務に向かう。
種族証明が完了したら、夢魔に住民権を用意してやるために。




