おはよう夢魔
朝早く起きて、レナは周りを見渡す。
淫魔院直属のお宿♡のワンルーム(めちゃくちゃ広い)にしきつめられた布団に、みんなが思い思いの姿勢で寝ていた。リラックスしていれば悪夢は防ぎやすいのだとハマルは言った。
夢魔はまだ眠っているようだ。
目があったハマルからは『気絶って感じですねー。不安定な子ですー』ときく。
こくりとうなずいて、レナはポシェットを一つ叩く。
これは、もはや大人しアイテムと化している「マシュたん」がお気に入りの刺激だ。けしてマゾヒストの派生ではないと思いたい。まだ己をよく知らないマシュたんは、自分のマシュマロボディの感触が気に入っているのだそうだ。
レナがモチっと叩いたら、モチンっと押し返してくる。
(大人しくしていられそう?)
(出会う物事がゆかいであるため鑑賞、娯楽、恐悦至極)
(まーたそんな物言いをするんだから〜)
もうしばらくここにいるからね、とレナは律儀に声をかけた。
そして取り出したのは「▽分身体を元祖キラのようにしたスマートフォン」!
かなりの手間暇をかけて、分身体よりも高性能に、キラに近づけているキラ二号と言えるだろう。
現在、キラは赤の聖地に固定配置となっている。悪夢の侵入を許してしまったことから、もっと赤の聖地の精神的なセキュリティも向上させたいとのことで制御室に閉じこもっているのだ。
そちらではキラの頭脳(AI )が動いている。
こちらではキラの感情が働いているので、スマホをタップすると「いやん♡」なんておふざけも可能だ。
レナはあわててスマホを手のひらで覆ってから、周りをキョロキョロすることになった。誰も起きていないようだ。少しスマホを叱った。
そして「通話」を始めた。
今回が初使用。ちょっぴりドキドキしている。
<もしもし。こちらルージュですわ──>
<もしもし。こっちはレナでーす>
<はい。よく聞こえております。このように遠方から連絡ができるなんて。今の時代は便利ですわねぇ>
<うん。こっちの現状を話すね。私が感じたニュアンスのようなものは伝えるのが難しいからさ……>
<ええ。そちらの声音やどのような物事を長く話すのかなど、直接話し合いをさせていただいて、ようやく伝わるものです。ぜひ聞かせてくださいませ>
<ルージュは生体観察が得意だよねぇ>
<これがわたくしの魔物使いとしての現場の技術でしたもの>
ルージュは赤の聖地にて、懐かしげに微笑んでいた。
ルージュが得意としたのは<すべての癖を把握して、思い通りに誘導する>支配者としての魔物使いの生き様。
対して、レナの魔物使いとしての技術は<同等のコミュニケーションによる協力>である。
いつだってルージュは思い出す。まだ何も持たなかったレナが、食べ物ひとつたずさえて弱いスライムと友達になったというのだから恐れ入る、と。
己のギフトを把握していたというなら合理的だが、よくわからないうちからだなんて、レナの打算のなさにびっくりしたものだ。そんな心根の人がいるのかと信じられなかった。地球人とはそうなのか。
<──でね。あの子が悪夢を見せてしまっていたのは技術力不足だったみたいなの>
<レナ様はそれを信用していらっしゃるんですね。みたい、と言いながらも迷いのない声です>
<そう。信頼はしていないけど、信用はしてる。あの子に対してそう思った自分の感覚を、かな。まだ自分のことがよくわかっていない子特有の、迷っていて足元のおぼつかない感じ──>
レナのその判断へ、従魔が横ヤリを入れる様子もないのだ。
あれだけのレア魔物が、とくに感情面に敏感な従魔たちが、そろってOKと見逃してやっているならばレナは間違っていないだろう、とルージュはみた。
<まだしばらくそちらにいらっしゃいますのね。貴女様ならそうなさいますでしょう。ああ、さみしい>
ルージュは電話線をこねくりまわしながら、からかう。
赤の聖地にあるのは”固定電話”だ。スマホのように自由に持ち運べるものではなく、まるで装飾品のように飾られているアンティークの電話。金属と木材で作られている。
ダイヤルを回して暗証番号を揃えないと通信に応えられないというセキュリティつき。
<もう少しここにいるよ。たくさんの人に悪夢を見せることもできてしまうこの子を、放っておいたらいけない気がする。目の前で不幸になりかけていた子を、見捨てなくてもいいくらいの力を従魔たちに与えてもらっているから>
その手間は、巡り巡っていい回収ができるのだろう、そんなことはルージュにもわかっている。
<……お兄様のカバンを手に入れたのだと聞きましてよ?>
<……んー、あれねぇ>
<あら困った声。さみしそうな声。泣いてしまってもよろしいのよ、赤の聖地にいらして>
<……ありがとうルージュ。けれどね、大丈夫なんだ。大丈夫なの。大丈夫じゃない頃の私は、もう旅のなかでなぐさめてきたから。がむしゃらに追いかけてお世話してあげなきゃいけないくらい弱い兄じゃないし。兄がいる故郷は安全だから、ここよりもよっぽど。……もしもラナシュに来ていたら……>
<……そう考えられたのですね>
<うん。どうしても可能性はあるでしょ。ちょっと出来事が重なりすぎだもん。もしもラナシュに来ていたら>
レナは深呼吸をする。
<──私に会いに来てほしい。いたるところにムーンライトな伝説を残してきたからさ>
<それが道しるべになっているんですわね。先見の明、感服致しました>
<あ、いや、あれは、たまたまと宣教師の悪ふざけ……>
<レナ様もたくましく成長なさいましたし、お兄様も、根性見せてくださいますわよ>
ルージュの声がころころと弾む。相手を安心させようと、特別優しい声音なのだ。
レナは胸のあたりがじわりとした。
手元にあったポシェットを抱きしめる。
たまたま手元にあったのも運命なのだ。
せっかくだから、この優しい空気を浴びて育て、マシュたん。
<お兄ちゃんにメッセージを届ける方法は私の事情を知っている人たちが探してくれているし。こっちに傾倒しないように気をつけるよ。今、ここにみんなをないがしろにしたくないから>
<愛しい人ですわ>
<照れる〜>
レナは通話を切った。
これで、赤の聖地の運営はとどこおりなく流れるだろう。
(ルージュが可愛かったから早く帰りたくなっちゃった。おっと、今はここに集中ね)
夢魔がもぞもぞとしている。
ズー、ズー、と鼻をすする音がする。
ピーチィがさりげなくハンカチを鼻のところに持っていった。
カモミールの柔らかな香りだ。自然に近しく眠りをやすらかにするというハーブ。
(眠ったふりが上手いんだなあ。ピーチィさんがまさか起きていたとは)
聞かれては困る通話はしていなかった。一応、その配慮をしていた己にレナは心の中で拍手をしてあげた。
──昼。
──夕方。
夢魔は寝続けた。
その間にみるみる毛艶がよくなっていく。
──夜になりかけた頃。
薄暗いままの部屋の中で、ほんのりと発光するくらいに夢魔の毛艶は治っていた。
つやっとハリのあるまっすぐな太めの毛質で、なでたら手触りがよさそうだ。長毛ではないため体のシルエットを浮かび上がらせるように生え揃っている。
ハマルともマルクとも違う様子。
たとえ毛並みをジーと眺めていても、レナは触れたりしない。
魔物はペットではなく支配するものでもなく、ともに生きるものだからだ。
……触って丸めこんでみせる自信があったピーチィだが、レナがそうしないので、やはり触れないでおいた。今回の問題解決は間違いなく、レナパーティゆえの成功である。
(不思議な子たちよね。よそから布団を買ってきたことも、自らの能力を押し付けるのではなく、目の前のことをよくみて取れる手を選ぶんだわ。伝統的な魔人族がつい忘れてしまいそうなことを、よくもまあ軽々と見せつけてくれる)
レナたちは夕食をとってきたばかりだ。
ここを長く離れるつもりはなかったので、軽くそれぞれの好物をお腹に入れただけ。こんな時だけの栄養バランスを気にしない食事だったのはちょっぴり特別感があった。
そういえば最後、チョココがレナの口にチョコレートを放り込んだのだった。
長く滞在する羽目になっているのでせめてものご褒美として食べられたくなったらしい。
それが、夢魔の嗅覚を刺激してしまった。
「クシュン””ッッ……ズー、ズー」
くしゃみ。
ただそれだけのことだから、何も問題ないはずだったのだが。
くしゃみとともに、黒い靄が玉になったようなものが吐き出された。
レナの目の前が暗くなる。
「……うわっ。……ぷはあ」
頭をフリフリして、レナはきょとんとしている。
わずかな間に意識の片隅をかすめたものは、間違いなく悪夢だった。
それも個人の苦い思い出を刺激するような内容だったような気がする。
けれどレナはそれに囚われたりはしなかった。
「なんともないよ。大丈夫」
テヘヘと屈託なく笑ってみせた。
パニックになって手足をバタバタさせている夢魔をチョココが拘束している光景を見てしまった。クーイズの影響を受けまくりである。
レナは平常心を保とうとしたが口の端がヒクヒクとなってしまう。頑張れ!
「……ミ”ゥ”……!?」
なんてことなさそうなレナに気づいた夢魔は、唖然としている。
(そういえばずっと唖然としてたな、この子)
おそらくレナに魔法が及んでしまったことも、本意ではなかったのだ。
「ひぇぇぇ……そんなことをずっと続けてたらそりゃあ、嫌われちゃうよねぇぇ……」
「……昔を思い出して寒気がします……」
アグリスタとマイラが共感してしまっている。
青くなって震えている二人は、誰よりも、夢魔の心の状態をよくわかっていた。
昔のことは乗り越えている、だからようやくあの頃のことを見つめられるようになっていた。昔、ひどい生活をしていた頃、どんな心境だったのかを今の二人なら言い表すことができる。
「き、嫌われちゃうの、自動的に。いつもどうして嫌われるのかはわかるけど、そんな力を持っている自分を見たら潰れちゃうから、見ないようにするの……虚無に、虚無になっちゃうの……」
「うぁぁあのね、好かれたいとかじゃないんだぁ……好かれたことなくてぇ、訳分かんないのぅ。ずっと訳が分からなくて、自分がぼんやり在るだけなのぅぅ……でも、ずっと辛いんだよぉぉ」
キサが二人を包んでいる。
オーラのある羅美亜に抱きしめられることで安心感が得られるのか、二人は勇気をふりしぼっている。いつになく饒舌に、もろくてまだ癒えきっていない心をさらけ出す。
キサの美しい幅広袖の上にぴょこんと顔を覗かせるようにして、アグリスタとマイラは精一杯語った。
「「このまま悪い方に落ちさせないで!」」
「そうだよね。私もそう思う」
レナは夢魔に向きあった。
「君にも届いているはずだよね。言葉を理解するよりももっとわかりやすい、まっすぐなアグリスタとマイラからのメッセージ。あの二人が気持ちを溢れさせているのは君に語りかけているからだよ。同じ視点から、届きますようにって思いながら。まだ間に合うから」
──暴れないで。歩み寄るから、そこで止まって待っていて。
──傷が深い子には、まずはここから。
今のレナパーティがとれるベストな方法だ。
「プレゼントフォーユー」
レナが渡したのは、水である。
もっとも無害なもの。
すべての生き物が必要とするもの。
(まあこれをいらないってことはないでしょう。
ちなみにシルフィーネ製のどえらいレアウォーターにしておきました。栄養たっぷり。シルフィネシアではないからまだセーフでしょう)
▽判断がザル。
▽けれどこれくらい直感的でないと 夢魔が警戒するから。
チロリ、と夢魔が舌を伸ばす。
喉が渇いていたのだろう。
長めの舌がチロリ、チロリと水を舐めた。
(やったあ)
にこにこするレナを、(この子懐柔の塩梅がちょうどいいわ。職を失ったらうちでバイトしてもらおうかしら)とピーチィは目を光らせて見ていた。
「君のことをきっと解明する。この世界に繋いであげる。だから身を委ねてほしいな。縁があったからラッキーなんだよ」
レナがぽつりと呟いた。
スマホが、静かに震える。
(?)と思いながらレナが通話をすると、ルージュの弾んだ声が飛びこんできた。
<魔物使いとして花丸ですわ!>
▽スマホがレナの名言を爆速で書き出して赤の聖地に届けたようです。
▽Next! 夢魔の”生みの親”はだーれ?
▽魔物の繁殖事情を魔王様に聞いてみよう!
読んでくれてありがとうございました!
書き始めたらルージュの保護が手厚くて、じつは私が驚いておりました。コミュニケーションが上手になりましたね、みんな。
上手く話し合って、思いやりをもって友達と繋がりたいと思うから、キレたり気を引いたりせずに、伝え方を努力するんだと思います。
小説の派手さとしてはおとなしめになっちゃうけど(。>ㅅ<。)
でも、これでいきます!
人柄の成長を後退させたくはないですからね。
いろんな大変なとこに行ってもタフにいられるので、さらに動いてくれる展開にもできますもん。
まだまだ、来週も書きますね!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




