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夢魔捕獲劇

 


 ▽布団をもって 夢魔を囲め!

 ▽そーーーれ!


 ▽夢魔を やわらかく捕獲することに成功した!



 布団で包むようにして、アリクイのような生き物が捕らえられている。


 アルマジロのようにも見える。

 とにかく背中が丸まっていて、あまり見たことのない見た目だ。毛が固まっているのか、鱗なのか、土汚れがひどくて皮膚の質がわかりにくい。


 もぞ、もぞ、と動きがにぶい。


「あっ」


 あまり暴れないからと手を緩めたら、布団の隙間から逃げようとした。

 マイラとアグリスタの間はガードが薄い。


「まかせるのじゃ。ラミア族の尾はしなやかに離さぬぞ」


 キサがしっかりと押さえてくれた。

 夢魔は観念したのだろうか、すっかりと大人しくなった。


 近寄ろうとしたレナは、しかしピタリと動きを止める。


(うーん。諦めたような淀んだ目なのが気になるなぁ……まるで初めて会ったときのマイラたちのよう。気になっちゃう……)


 マイラたちのよう。だから見放せない。私情だけれども。

 レナは、できるだけ丁寧に対応をすることにした。


「お話をさせてね」


 しゃがんで目線を合わせて、微笑みかける。


 [友愛の微笑み]は使わなかった。

 今スキルを使うと警戒をされるかもしれないし、このタイプの相手にはそもそも効きづらいだろうから。微笑みを受け入れることができるのは環境が保証されている時だと、レナは思っている。


 例えばレナだって、赤の聖地という居場所ができたからこそ他人の好意を受け取る余裕ができたのだ。逃亡旅のときだったら、失敗を警戒して他人から離れてしまいがちだった。


 だから、レナと夢魔の間は1メートル離れているし、主人の意図をなんとなく感じ取ったキサも、布団越しにしか夢魔に触れないようにしている。


「お話をさせてね」


 二度目、できるだけ柔らかい声音でレナは言った。



 ──淫魔たちが困っていること。その理由というのが、意図しない夢魔の”悪夢”のせいであること。これから君はどうしたい?……ということ。


 レナは言葉を尽くした。


 おそらく魔王国の誰よりも、配慮のある言葉をかけてあげたと言えるだろう。


(話し合いだけで収められたらいいのにな)


 レナは祈るような気持ちで眺める。


 しかし。


「ミ”ーーーーー」


「……」


「ミ”……ミ”ミ”ミ”……」


「……」


 見つめあうこと、しばらく。

 夢魔は、ヒト型になって意思疎通をするそぶりはない。


 もぞもぞと喉を動かして鳴き声を漏らすばかり。

 ……ハッ、とレナが気づく。


(魔王国に入国してるくらいだから、魔人族なんだろうって思い込んでた!)


「……種族が違うから言葉が通じないってことだよね? うわあ、うっかりしてた。私だけ一方的に話しちゃってごめんね」


「ミ”……」


「不思議な鳴き声だね。話を聞いてくれてありがとう」


 わかっているのか、いないのか。

 ……理解はしているようだ。


 レナの言葉に対して反応をしているから。

 アリクイのような鼻がひくひくと動いている。たまに、クシュン、ズーズー、と鼻をすすっているのでキサが改めて布団で包みなおしてあげた。


(この子の精神段階・・・・はおそらく……魔物から魔人族に成長するまでの間、ってところかな。魔物にしては知能が高くて、けれどまだ共通語を話すことはできない、ってところがあるから)


 レナはマイラを呼ぶ。


 マイラは存在感が希薄であるため、警戒心を抱かせにくいという特徴があるのだ。

 マイラにハンカチを渡し、夢魔の手に握らせてもらった。すると夢魔はずんぐりした前脚でハンカチを動かして鼻を拭いていて、やはり知能が高いらしい。魔人族の真似事ができる。


 こそ、とハマルからの耳打ち。


「仮契約させちゃいますー?」


(わお。ハーくんはずいぶんと合理的になったよね。進行と決定への迷いのなさが、強化されている感じ。ほんとにこの子は商人向きなのかも)


 レナは少し考えてみてから、首を横に振る。


「アグリスタにお願いしようかな。[共感]してあげてほしいんだ。私たちは害さないつもりだよ、って思っている"感覚"を伝えてほしいの」


「やってみます……その……えっとぉ。ボクも同じ気持ちだから、害したくないから、ちゃんと大丈夫だよぅ……はぃ……」


 アグリスタは小声だったが、勇気を振り絞っていた。

 尊敬する先輩のビターチョココにグッジョブサインをもらったので嬉しそうだ。


 マイラの隣に、アグリスタが体育座りをする。


 並び順は、キサ、夢魔、マイラ、アグリスタという具合。


 アグリスタからマイラに、マイラから夢魔に、寄り添うことで[共感]が伝わっていく。

 チョコレートの甘い香りでさらにリラックス効果が高まった。


 ▽夢魔は 眠り始めた。


 ずーー、すーー、ずーー、すーー、と長めの寝息が聞こえる。



「あらら。寝ちゃうとは……」


 レナがまじまじと眺めても、起きようとしない。

 深い眠りの中にあるようだ。


 不安そうに目を潤ませていたアグリスタの頭を撫でて、これでよかったかも、とレナは口にした。


「ですねー。安心したんでしょー。だいじょーぶ、安心してるときの深い眠りならー悪夢を伝達させたりしませんものー。このまま寝かして体調回復させるのがいいかなーって思いますー」


「ありがとう。睡眠診断してもらえるから、ハーくんがいてくれて心強いよ」


「えへん」


 自慢げなハマルの頬をつねる。ご褒美なんです。


 レナは周りを見渡す。

 他人の気配はない。

 ということは、この夢魔はほったらかしにされていたのだ。


 店の廃品が置かれているゴミ捨て場の近く。空気は埃っぽくてちょっと喉が痛くなる。木が湿って腐っていくようなにおいが漂ってくる。

 こんなところで、保護者がいるでもなく、迷子なのでもなく、体が砂や泥で汚れるくらいに長いこと、路地のすみっこでうずくまって悪夢を見ていた。


 さみしいことだなあ、とレナは思う。


 余所者だからこそ、ストレートに判断する。


「この子を、淫魔のお宿♡本部に連れていこう。同意を得る前に連れていくことになるけど……置いていったほうが良くないって思うから。

 ピーチィさんには個室を用意してもらって、あまり構わないようにして、夢魔さんが害されないってことを直に感じてもらうのがいいんじゃないかな」


 ようするに、居場所を変えたばかりのペットへの対処法と同じである。


 野生にいる魔物は”動物”に近いのだ。

 これまでいろんな魔物に触れてきたレナは確信をもっている。

 ラナシュ世界のおよそ誰よりも、交友できるだろうかという視点で魔物をみてきて、野性味あふれる従魔をここまで育ててきたのだから。


 この”しっくり”くる感覚は確かである。


「もし連れて行くことが国のルールとしてまずかったら、このシーンを見張っている方々が声をかけてくれるでしょうっ」


 レナのこの発言を聞いて、見張っている方々=諜報部と白炎対策本部の面々は冷や汗をかいていた。


(上手いこと生きるようになってきたナー)(感心してる場合じゃないっすよ。誰か法律詳しいやついねーの?)(最近法律がめまぐるしく変わっているから再確認した方がいい。城まで走れ)(チクショー!)

 ……と、周りがほのかに騒がしくなり、また静寂に戻った。



 シーーーン。


 としているのを、レナは確認して。


「とりあえずいいってことで!」


(((屁理屈……)))


 懐から小さな箱型のものを取り出して、ツンとタップする。


 キラの分身体だ。


「もしも夢魔を帰すならこのポイントに、って地図に記しておきたいんだ。よろしくね」


<トゥルルル……かしこまりー☆>


「さあ帰ろう。キサ、私が抱えていこうか?」

「いや、妾にまかせてくれぬか。側にいるときには力になりたいのが従魔というもの、そして褒めてほしいのじゃ」

「ありがとう」


 レナとキサが見つめあう。

 ばっちりと目が合い、どちらも照れたようにテヘヘと笑った。

 しばらくぶりに会ったら、お互いがさらに素敵になっていたものだから主従の愛情がとまらない。


 ▽夢魔を 布団でくるんだ。

 ▽布団からとびでた尻尾を ハマルが掴んだ。

 ▽ハマルとアグリスタが 手を繋いだ。



「おお〜アグリスタの感覚伝わってくる〜。張り切ってるんだねえ、頑張ってー」

「はいいいぃ……っ」

「チョココをあげるから落ち着いてごらんー」

「あ、じゃあ肩にください……」

「ふふ。先輩も後輩も可愛らしいことじゃ」


 キサ、ハマル、アグリスタ、チョココがお行儀よく並んでいる。

 レナはもともとお行儀のいいマイラの手を繋いで歩くだけでよかった。


「こうなるまで、長ーーーーかったなあ……」


 と、遠い目をしてはちゃめちゃ従魔との旅路を懐かしむレナは、育児経験豊かなオカンそのものであった。







 淫魔のお宿♡は夜になるとライトアップされる。きらびやかなピンク!ピンク!ピンク!


 レナはなんとなく夢魔の額にそっと手を添えてあげた。熟睡中なのでしばらく起きそうにない。アグリスタとマイラも早めに目を逸らさせてあげようと、別館に移動する。


 ここにくるようにとピーチィに言われていたのだ。


 別館の合言葉は、


「ボン、キュッ、ボン」


 である。


 レナが失言したこのフレーズを淫魔に気に入られてしまったため、これからは入室のたびにコレを口にすることになってしまった。レナは先ほどとは違う意味で遠い目になっている。


「あら? 早かったわねぇ」


 ピーチィはお風呂に入った後らしい。

 薔薇風呂だったらしく全身から華やかな香りがただよってくる。


 視線は、包まれた布団へ。


 この中にあるものが少々の腐臭を放っていようと、顔をしかめることはなかった。

 さまざまなお客様が訪れるのがお宿♡であり、サービス♡で満足してもらうことが淫魔族の誇りなのだ。


「私が使っていたお湯がまだ残っているの。少々の傷なら沁みたりしないわ。洗ってさしあげてもよろしいかしら? もし問題なければお体をゆだねてくださいな」


 くたり、と夢魔が淫魔の胸に抱かれる。


 レナは違和感を感じ取った。


(……あ。今、淫魔契約みたいなものを結んだのかな? リリーちゃんの契約とか、悪魔契約書を書いたときに空気が似てたよね。となると、こんなにカンタンに約束されちゃうなんて、淫魔族のみなさんのスキルって強力すぎ! みなさんが悪い人じゃなくてよかったあああ)


 ぶるりとする。


 淫魔族の契約魔法というものは、言葉の自由度は高いが効力は弱い、というもの。

 気持ちをすこし誘導するだけのものだ。


 少しでも警戒されていたら契約不成立となるため、きびしい自然界ではほとんど使い所がない。

 淫魔族が社会の中で認められて相手の信頼が生じていてこそ、この淫魔契約は有益となっているのだ。


 これをたくみに使っていくと、やがてピーチィのようにキスの刻印でもう少し効力の高い契約を使うこともできる。


(私につけられていたキスの刻印、消えたみたいだ。クエスト完了ってみなされたのかな)


 ホッ、とレナは一息ついた。


「手伝いますよ。ピーチィさん」


「……? あら、もう裸の付き合いをしたいだなんて。なかなかせっかちじゃないの」


「はいぃぃ!?」


「一緒に入浴したいってことか、と。ちがったようね。失礼したわ。じゃあレナさんに見てもらいながら薔薇湯で洗い流すだけにしようかしら」


「そそそ、その方がいいと思いますっ。ピーチィさんが裸で長風呂ってなっちゃうと、まだその子と意思疎通できているわけではないので、驚いて起きちゃったりとトラブルになるかもしれませんし……」


 レナは事情を説明した。


「そういうこと。連れてくるとよく判断してくれたわ」

「置いておくわけにはいかなかったので」

「ピュアね」

「恐れ入ります」


 レナは会話をしながらも、夢魔から目を離さなかった。


 どうか不安になりませんようにと。


 そして薔薇湯で洗い流すときには、指先で体毛をほぐしてあげた。


 夢魔は柔らかい甲羅が背中にあり、手足はふっさりとした獣の毛で覆われていた。爪は短くて、尻尾がひょろりと長い。どこが過敏なのかわからないため、気を使って触れた。


 さっぱりと洗ったあとの夢魔は、さまざまな特徴が込み入った混合生物のように見える。珍しい魔物だ。


「布団店で買った布団があるんです。まだ何者のにおいもついていない布団の方が落ちつけるかと思って。あともし質が合わなくても、さまざまなバリエーションの布団を買ってありますから。どれかは気にいるはずですよ。

 淫魔のお宿♡のベッドはどれも高級でいい香りがするので、今回の初動に関してはこの案がおすすめと思いますっ」


「まっすぐな方よねえ」


 ピーチィは、ふう、と艶っぽいため息を吐く。


 レナのまっすぐさはピーチィにも伝わった。


(ここまで誰かに入れ込めるのは才能だわ。彼女、魔物使いが適正職業だというのにも納得させられる。

 入れ込みすぎるところが心配ではあるけれど、そこは自立した従魔たちがうまくフォローして負荷をかけすぎないようにしているようだし。奇跡的なバランスをもつパーティなのね)


 薔薇湯の手際がよかったのでなぜかとレナに聞いたら、従魔を洗ってあげることも珍しくないからなのだとか。獣にはブラッシング、鱗には研磨とコーティング、食べられたい食物には捕食もするというのだから恐れ入る。覚悟のキマった主人だ。


「個室を作るわ。[リメイクルーム]」


 ピーチィのスキルで部屋が生まれ変わる。


 香りの一切ない、家具なども必要最低限に片付けられたシンプルな部屋がつくられた。


 レナがマジックバッグから次々に布団を出していき、アグリスタが「なんとなく」共感したものに夢魔を乗せてあげる。うとうと半目になっていた夢魔が、また眠ってしまった。



 レナたちはここで一晩を明かすつもりだ。


 クエストのアフターフォローもバッチリ。


 ピーチィは観念したというように口元を緩めて、レナに封筒を渡した。


「貴方がたのスカーレットリゾートに帰ったら、開けてちょうだい」


 不思議な物言いをするなあ、とレナは首をかしげる。


 けれど笑顔で受け取った。


 愛嬌がある。


 ピーチィはレナの鼻をつついた。


「隠すのもいやらしいから言っておくわ。実はね、ここが悪夢被害に苦しんでいるときに貴方がたが夢魔のことを伝えに来るなんて、タイミングが良すぎてレナパーティの皆さんが仕組んだのかしらって疑う気持ちもあったのよ」


 そういえば私って超幸運なんですよ、とレナは思う。


 はたから見たら「変」なのだろう、タイミングが。


 それでも受け入れてもらえたようで素直に嬉しい。


 従魔とともに働いて得た価値だということが、さらに嬉しい。


「貴方たちって見ていて心地いいんだもの。生き方が誠実なんだわ。なんだかずるいくらい」


「そうさせてくれるくらいに、周りの環境に恵まれているからです。誠実でいても騙されたりしないくらいに、みなさんが守ってくれているから、鏡のように返せるんです。できる限り鏡以上に好きな人には返していきたいですけどね。

 淫魔のお宿♡のみなさんにもたくさん手を施していただきました、いつもありがとうございます」


「……」


 ピーチィは口元に手を添えて、ハッとした顔をする。下唇を噛み締めるしぐさから感情がまざまざと伝わってきて、芸術作品に命が吹き込まれたかのようだ。表情豊かさが魅力になる淫魔、というすさまじいものを見て、レナはうっとりと見惚れてしまった。


「ヤダ……やっぱりルルゥお姉様から"そういう"手解きを……!? 隠すのもいやらしいから言っておくと、ジェラシーだわ」


「違います! 違います!」


 ▽油断しているとこういうことになるよ!


 ▽ピーチィも泊まり込んだ。

 ▽すみっこによりそって。

 ▽誰も悪夢を見なかった。


 ▽夢魔からなんとか事情を聞いてみよう。




読んでくれてありがとうございました!



少しずつ書き溜めて、なんとか今週も更新できて嬉しいです(*´ω`*)


来週に向けてまたコツコツ溜めて行きますねー!


今週もお疲れ様でした。

よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑



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[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 「御用だ御用だ!」「引っ捕らえ~い!」 ……って、何処の時代劇だ!?[藤堂捕物帖]
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