夢の世界★
[夢の世界]──
レナはここで半分だけ意識を起こされて、「マルク」に会った。
マルクはかつてルージュの屋敷に住み着いていた、夢属性の魔物。
(だからこの淫魔のお宿♡で悪夢事件が起こっていたのか)……とレナは考える。
あまりにも筋が通ってしまうからだ。
けれど、レナの隣にやってきたハマルは言った。
「ボクとお話ししましょー? やっほー。久しぶりー」
愛想笑いをすることなく、ちょこっと挙げた手をフリフリ。
媚びを売らないその様子は、ハマルが気を許しているときに出るクセだ。とレナは知っている。
(ハーくんと彼は……知り合いなの? 私が知らない事情があるのかも……)
レナは唇を噛み締めた。
何か余計なことを言ってさえぎってしまう前に、まずは従魔のやり方を見てみようと思ったのだ。
マルクからは奇妙な視線を向けられていた。
見られているけれど、ねっとりと観察するでもなく、睨むわけでもなく、レナの方を向きながらも微妙に目を逸らしているような、気まずそうな雰囲気。
(ど、どういう感情で見てるの?)
「マルク氏〜。お話、ちゃーんとあるよねー? だからボクたちの近くに来たんだと思うけどー。レナ様の夢に入っていったのは図々しいかとー……ね、謝っとこー?」
「 ……すまない…… 」
レナはまたしても驚く。
夢属性の魔物としてはナイトメア・マルクの方が強かったはずなのに、今や主導権を握っているのはハマルの方だし、あまりにしおらしい声で謝ってみせたから。
素直に対応されると、レナは弱い。
もともと境界線のうすい日本社会で生きてきたから、そのときのように心の距離が近くなってしまうのだ。相手が弱っているところを見てしまうと「困っている人は助けてあげましょうね」という学校教育すら思い浮かんでくる。
(今日は、前の思い出をとくに思い出しちゃうなあ……?)
しかし、ラナシュ世界での大変な旅路を振り返りながら、気を強く保つ。ここはラナシュ!!一筋縄ではいかない奴らだぜ!!
こくん、と一度頷くことでレナは返事とした。
悪夢を見せた一因であるという点への謝罪なら、受け入れようというつもりである。
どこかホッとしたような雰囲気になったマルクに、ハマルが構う。
「大変よくできましたー。えらいねー」
「…………」
(えらくはないのでは、みたいな表情してる……。このマルクさんって、ずいぶんと印象が変わったなあ。しょんぼりしたおじさまって感じ)
マルクが薄く口を開く。
「 ……私は伝えられることがあり、ここまできた。こちらから与えるものであり、そちらから奪うものではない……。また、こちらから干渉するものではなく、そちらからの恩恵を強制するものでもない……。こうせねばと思い、私だけの意思でここにいる…… 」
「!?」
マルクの周りの宵闇だけが、ぐにゃりと歪んでいる。
そしてまた元に戻った。レナはその異様さに顔がこわばる。
ハマルがレナの手を引いてくれて、少し下がらせるとと、金色毛布ですっぽりと包んで座らせてしまった。
この世界で心を乱すと危ないから落ちついていてね、という意味のようだ。
ハマルはどこからともなく杖 を取り出した。まるで魔法少女オモチャのようなもの。三日月と星の装飾がついているチープなピンク色。レナが黒歴史を思い出して「ゴフッ」と噎せた。無感動だった思い出喪失期と比べると、羞恥心がきちんとあるようでよきかな……。
ハマルは杖を振って、宵闇を混ぜるようにすると「ねじれ」が整えられてきれいな空間に戻った。
「あ、これは直接触れないようにしてるだけで道具はなんでもいいんでーす。ボクはこのマルク氏よりも勘”は”いいのでー、やりたいなって思ったことを見逃さずに自由に振舞っていくと〜ところによっては上に立てるんですよー。レナ様、誇っていいですよーぅ」
「え、えらいねハーくん」
「えへへー」
レナのところに速攻戻ってきて、杖を渡してくるハマル。
レナは察した。どうすればこの羊めが悦ぶのであろうか。こうだ。グリグリグリグリ。
「きゃーーーー♪」
「………………」
「………………」
マルクの目がだんだんと死んでいくので、かわいそうに思ったレナは話を振ってあげることにした。気分転換をして下さい。
「マルクさん。あなたはきっと、言葉を選びながら話さなくちゃいけないんですよね? ハーくんの奇行にも気ままにツッコむことができないくらい。えーと、このお返事がその通りならば、頷いてもらってもいいですか?」
マルクは頷いた。
「そこまであなたを縛っているものはなんでしょうか? もしよろしければこれを」
「……?」
▽フリップ!
▽ペン!
ハマルを多めにグリグリしたら排出されたアイテムである。ハマルはこの状況下を愉しんでいるようだ。
「ハーくんがこれを出したってことは、マルクさんがここで筆記意思表示しても、悪い影響はないだろうって思ったんでしょう。うちの従魔が”勘がいい”というのを信じてもらえますか? あ、それとももしかして、あなたの友達の勘を……って言った方がいいですか」
「…………」
マルクは無言で書き始めた。
「”ガララージュレおうこくという、そしき” ……なるほど……。……そこには私も苦い思い出があります。接触してしまったところ、マルクさんの力を知られてしまって利用されている状況、くらいまで予想しましたが」
「”ちがう。チカラをしったゆえ、せっしょくがあった”」
「順番は逆だったんですね」
マルクが書いた文字は、地球でいうひらがなに相当する最も簡単なラナシュ文字だ。そこまでしか独学での学習が至らなかったのであろう。
そしてレナはラナシュ文字がスラスラと読めてしまう自分を改めて自覚した。転移者であるゆえに、異世界言語が自動翻訳されるという状態である。
「ガララージュレ王国が力を知ってから接触、ってすごく身に覚えがあるなあ〜……! うわあ……かなり強引なんですよね。私が昔された囲い込みよりももっと大掛かりになっているのかもしれませんね。今、マルクさんはその国にいらっしゃる?」
「”からだ、まるごと”」
「なんと……!」
「”わけられて、こちらに”」
マルクはこの世界の自らが着ている服の袖をまくり、縫い合わされた縫合痕を見せた。
レナには連想されたものがある。
ゾンビだ。つい最近、見かけたばかりだから。
狩りをするのは異世界生活の基本だ。レナたちだって獲物をぶつ切りにしたこともある。
でも、知恵あるものを知恵あるまま弄り回すのは、倫理観が「不快」であると拒絶を示している。レナは震えた。
「現状が不服で、私たちに助けを求めてきたのでしょうか?」
「 こちらから与えるものであり、そちらから奪うものではない……。また、こちらから干渉するものではなく、そちらからの恩恵を強制するものでもない…… 」
「あ、ああ、なるほど」
言葉を選んで話すしかないのだ。彼の声はどこかギスギスと軋んでいる。喉にも縫合痕がある。
(まるで謎解きみたい)
マルクから少々の情報をもらって、真実を知る。まさかこんな、夢の世界でクイズのようなことをするとは思ってもいなかった。
レナだって怖くてつらい。
けれどうずくまっている少女ではいられない。
挙手をしてからコミュニケーションを試みる。
「一番レナ、予想いきます。お手元のフリップでお答えください。
”現状がツラいなあ〜、だから誰かに愚痴りたいけど相手が居なくって困るなあ、おおっとそういえばこちとらナイトメアじゃないか! 夢通話しちゃお〜!?”」
「×」
「”こちとら囚われの身だっていうのに例のレナパーティはずいぶんと能天気に生活しているようじゃないか。物資を分けてもらえるように我が友ハマルに相談してみよう〜!?”」
「×」
「”ガララージュレ王国の手がこっちにまで伸びてきたけれどアグリスタやマイラたちは大丈夫かな? せっかく悪夢を介して入り込めたから聞きに行っちゃおう! 最近どうよ〜!?”」
「……」
「あ、それもあったなあって顔しましたね今? よっしゃこれはアリ寄りのアリとしましょう。ご主人様嬉しくなっちゃう。つまり私ニコニコです。けどまだ本題は隠れているみたいだね」
「かといってマルク氏に話してもらうのはかえって難しそうですしねー。遠回りの表現でー、結局クイズ始まりそうっていうかー。レナ様ぁ、頑張れー頑張れー」
「よっしゃあ」
▽レナはクイズを出し続けた。
▽マルクは律儀に答え続けた。
▽ハマルはそんな二人を見て、(コミュニケーションを取ろうとする二人だから直接会わせるのがやっぱりよかったよね〜)と思うのだった。
大量のクイズから「アリ寄りのアリ」「ナシ寄りの微アリ」「ナシ」などを発見し、レナがつなぎ合わせた結果……。
・マルクは塔に囚われていたが、ガララージュレ王国に攫われてしまった。
・攫われたのはバラバラになった肉体と、つなぎとめられていた魂、それが縫合されている。
・いわゆるナイトメア・ゾンビとでもいうような代物である。
・所持者はガララージュレ王国そのものであり、言葉のキーワードに探知が潜まされている。
・行動や思想の制御はできない。
・本人を屈服させるしかない(今ココ)
………と聞き出した。
「そして、スイさんが同じく捕虜のようになっていると……。あの水色の髪の美少女だよね。だから逃げることはできずにいる、そんな感じなんですね?」
コクコク、とマルクは頷く。
このような縛りプレイ状況にも関わらず、予想以上にレナとの意思共有がなめらかだったので、驚いているようだ。
自由奔放野生は個性の魔物たちと触れ合ってきたレナはけっこうな異文化コミュニケーション・プロである。
「……これを伝えにきてくれたんですね」
こくり、とマルクは頷く。
「……聞けば、私たちが、悪い行動はとらないであろうと信用して教えてくれたんでしょうね。どこまでやるのか、関わるのかは無理強いはしないけど、と。でも気にかけてはほしいと。おそらく、マルクさんご本人よりもスイさんのことを、なんですよね」
「……」
「明言してなくたって分かりますよ。あなたはずっと、どんな時にも、仲間を大事にしている方でした。あなたにできる精一杯で」
「……」
「精一杯っていろいろですよね。でも大変な道を選ぶくらい余所に気持ちをかけられる人なんだ、ってことはわかりましたから。それだけは確かなんです。今、体調はつらくないですか? 正直にどうぞ」
「…………」
マルクは膝をついた。
それから、ぐったりとした様子で肩を落とした。ふう、とため息。
レナは座り直して、マルクの側にはいかなかった。
それを望まれているわけではないのだし、そうしたいと動くには危険な相手だ。背後にいる存在も。(ガララージュレ王国かあ……。後で考えよう……)
まずは同じ視線でいることにした。
レナとマルクは幾分やわらかい視線を交わした。
「また気まずそうにしてる。実は結構繊細さんですね? ムリに話そうとしないで下さいね。どんなところに縛りがあるのか分かりませんし」
「あ。今キラ先輩に調査依頼出してますー」
「ハーくんよくできましたっ」
「!?」
「”……手広すぎて驚いたな、でもあのレナパーティなら納得”……て顔してますね〜」
(どんな顔つきだというのだ!?)
「レナ様のお察しアイはすごーい。ンフフ〜」
レナはこのような雑談をしながらも、ときおり悩む様子を見せていた。
マルクがそれに気づいて、ハマルに(どうにか声をかけてやってもらえないか)と視線を送る。
どうしよっかな〜?と小首をかしげておちょくるまでがハマルのご愛嬌だ。ちなみにめちゃくちゃ可愛い。
「レナ様ー。マルク氏が今回は伝えにきただけだから、今気にしなくていいよって言われたらー、気にしなくていいですよー。あなたに降りかかる災難への予防はー、ボクたち従魔がともに心がけておきますからねー。シヴァガン王国からもー塔が崩れたって連絡もらってましたしー。答え合わせができたって感じですねぇー」
「えっ私、聞いてない」
「レナ様はみーんなに心配されてたんですよー。ちょうど一ヶ月調子悪かったですからー」
よしよーし、とハマルがレナを撫でる。
座り込んだままのレナは、なんだかされるがままである。
「!! ……」
「おーや。どうやら一ヶ月という点にも心当たりがある感じー? だったら儲けものですねー」
思いがけない話の流れになり、レナはギョッとしながら、ハマルとマルクの間を交互に眺める。
マルクはみるみる青くなっていく。なんだか体調が悪そうだ。
ゾンビになったというなら体調不良というのは適切ではないかもしれないが、このように夢の中で繋がり、話をするのは大量のエネルギーを消費する。
マルクは己を”靄”で覆った。
「しょうがないなあ。あ、レナ様ー、ただタイミング悪くエネルギー切れみたいですよー。こうすればー外からはー自分がただただ眠っているように見えますよねー」
シー、と口元に手を当てるハマル。
外から、エネルギー切れのマルクを通して何らかの観察がされないように、自らフォローしたスタイル、という流れらしい。
「バイバイ、マルク氏ー。また情報持って会いに来てくださいねー。今度はレナ様への悪夢はダメですけどー」
(だけどレナパーティで一番入りやすいのが主人だからだ!……とかツッコミしてるんじゃないかなあ)
「舞台はキラ先輩がきっと何とかしてくれるでしょうしー」
(アイデアマン、頼られてる……!)
レナが瞼をこすった。
ずいぶんと眠い気がする。
つまりはこの[夢の世界]から目覚める時間なのだ。
レナたちの周辺には朝焼けのような光が現れ始めている。
ポン、と。
マルクを包んだ黒い靄から、なにかが吐き出された。
くたびれた黒色。踏みつけられたような薄っぺらい四角で、持ち手がついていて、本を入れるための鞄。泥汚れが付着している。名札が横に貼られていて、「日本語」であった。
──男子学生用の、学生鞄だ。
──レナの兄の名前。
「どうして……」
レナが抱えて、唖然と呟く。
そしてもう、目を開けていられないくらい瞼が下がってくる。目覚めてしまう。
これを夢の世界に置いたまま?
嫌だ!! とレナの心が叫んでいる。
理性のおいつかない感情のほとばしり。
「うわあ。夢の世界に現実のものを持ち込んで運ぶなんてー……そんなの、夢属性をボクよりも極めた魔物じゃないとできませんー。むぅ。まだ向こうの方が技術力は上ですねー……でもこれから追いつきますしー」
ハマルはレナの背をとんとんと叩き、落ち着かせてあげた。
「これは現実に持っていけますよー。だいじょーぶ、だいじょーぶ〜」
「………………分かった。悩むのは、後に、する」
「はーい」
「ハーくん」
「なあに。叱って怒って叩いてもいいんですよー」
ハマルがここでマルクと引き合わせたことを。
そのせいでレナを傷付けたかもしれないことを。
すでに、従魔としていけないことをしたのだと、従魔契約がハマルのことを責めている。まあ痛みはご褒美なタイプですが。
「ありがとうハーくん」
「……はーい」
ああ我が主人だなあ、とハマルはため息をつくのだった。
いつかまた、思いっきり心のままに泣かせてあげたい。
すべて片付いて、レナの心配事がひとつもなくなってからがいい。
ぎゅうっとハマルが抱きしめてあげたら、金色のヒツジを丸ごとかぶったみたいになった。レナは少しだけ笑った。
目覚めた。
レナの手元には、兄のカバンが実際に存在している。
そしてもう一つ。
マルクが目的としていたのは「レナの夢」──そこに辿り着くまでに他の夢を渡ることもあったが、それにしてはまわりの悪夢の数が多すぎるようなのだ。
ハマル曰く、まだ別の気配がすると。
「ほかにも夢魔物がいるみたい」……というのが、このクエストの進捗である。
おそらく、まだ己の制御ができていない魔物が、夢の世界で迷ってしまって悪夢を撒き散らしているような。そういうものならば、レナの得意分野である!
▽夢魔物を助けにいってあげよう。




