カレースープと迷いコウモリ
──今朝、レナは寝坊してしまった。
「どうしてだろう」
と、不思議そうに首をかしげる。
レナは寝起きがいいほうなのだ。遅めの起床の時は、予定がない日だからのんびりしよう……などとわざわざ理由をつけている。”ただの寝坊”をするなんて。
日はすっかり登っているのだろう。窓からは白っぽい光が差し込んでいる。
まぶしさに目を細めた。それなのに起きなかったなんて?……である。
(寝室に一人きりなんて珍しいなー)
レナを寝かしておいてくれたんだろう。
従魔は最近それぞれに忙しいのだし。
トントン、扉がノックされた。妙に柔らかい音だった。というのも、ハマルの鼻先だったらしい。
『ばあ。レナ様~おっはよー』
「ハーくん。もしかして二度目寝かしつけてくれた?」
『いいえー。必要ないくらいレナ様ぐっすりでしたものー。ボクが嫉妬しちゃうくらいですー』
「ごめんごめん。まあこんな日もあるのかな〜」
『もしかして体調が優れないかなーってみんなと相談してですねー、心配だったからー、レナ様を元気にする朝ごはんを作るぞーってキッチンに集合してるんですよー。えいやっ』
ハマルは小さくなって、レナの背中の下に潜り込む。
レナに踏まれていることに歓喜している。しばらく堪能した。
そして、大きくなる。
▽ヒツジ騎乗が成功した!
「私、パジャマなんだけど?……まあいっかぁ、家だしー」
『はだけないようにしたら大丈夫ですよー。アリスさえまだ到着してなかったらー……』
「着替えます!すみません!衣装室に行ってくれる?」
『はーい』
▽トラップ発動!衣装室にはエリザベートとキサがいた!
▽着せ替え人形にされてしまった!20分ロス!
▽レナのお腹の音で コーディネーター達は正気に戻った。
▽レナとキサの相乗りで食堂へ。
こそっとレナが声を潜めてキサの耳に囁きかける。
「またこれからよろしくね」
「あ、あわ、わわ……もちの、ろん……!」
「もちのろん。もちろん?」
「そそそっ、そうじゃ」
「嬉しいな」
着せ替えの楽しさで己をごまかしながらレナに近づく、というキサの作戦がうまく行ったのはここまでのようだ。なめらかに回る蛇の舌をもってしても、音を噛んでしまうくらい動揺してしまう。
主人が近いということを意識してしまう。
ふだん無意識にしている仕草ができなくなるほど、意識してしまうこと、それすなわち”恋”であるとキサに教えたのはラミアの里の姉たちだった。そういう縁には溺れなさいと言ってくれたものだ。
動揺したキサがよろけた時、騎乗技術を学んだレナが支えてくれた。
レナの肩にことりと頭を預けたキサは(溺れるっていいなあ)と浸るのだった。
また一緒に日々を始められそうだ。ゆるんでしまう表情を美しく取り繕えなくたって、レナはキサを受け入れてくれるとわかったのだから。
朝……というか昼前の軽食は【カレースープ】。
従魔それぞれが放り込んだ豊富な具材を大鍋で煮て、どうなることやらという味をモスラが見事整えてみせた。
さまざまなスパイスは悪魔ニスロクが貿易上で優遇してくれたので、彼もちゃっかりとやってきて、卓についている。ニスロクがいると大柄男性の圧がすごい。
いつもの大食堂ではなく来客とともに食事をする喫茶スペースにみんなが集まった。
ニスロクを味見に招いたらスパイスの配合を盗まれるのでは?という点については、レナパーティとしてはウェルカムだ。
スカーレットリゾートだけでカレーを販売したらお客が押し寄せて大変なことになるだろう、とアリスが予測した。
「その客足を、魔王国王都にて分散してもらおう。それでようやく適度な客数にサービスができる。それにカレーはスパイスでの表現が無限にあるし、具材だって工夫ができるんだから」……とのこと。
なによりもレナたちは”カレーライス”を目指しているのである!
そんなふうに考えながら食べた、カレースープのつけあわせはコーンパン。
ぴりりとしたカレースープで刺激された舌に、コーンの甘さが嬉しい。デザートには牛乳寒天が出される。リゾートレストラン用メニューの試作品。牛乳寒天ではあるもののババロアのように”ふるふる”としていた。また試行錯誤の必要がありそうだ。だってご主人様の思い出の品だから。
また素材を取りにいかなくちゃ、とマイラが気軽にいうが取引先は、かの海底ダンジョンである。
食後、お皿を片付けていると、ルージュがレナを呼び止める。
『レナ様。サキュバスのお宿♡グループのコウモリが迷い込んで来ましたわ』
「そうなの? ああ、首輪とタグがついてるから間違いないね。……届けてこようかな。リゾートグループ企業とは親睦を深めておくといいんだもんね。
一緒に動ける子、だーれだ?」
行き先は淫魔サキュバスのお宿♡……なので、かえって子どもらしい容姿の方がよい。
成人した魔人族の姿だといかがわしい誤解をされかねないので。
レナの従魔たちは小さくて可愛らしくてもとっても強い!ので、自衛力は心配いらない。
最近では、遠方からのルーカティアスアイとキラGPSの稼働も安定している。
ただ街中にいるだけでも、魔王国の後ろ盾が活躍してくれるし。
「それでは。魔物姿で来てくれるのはチョココ、ハーくん、魔人族姿はアグリスタとマイラ、見守りお姉様はキサ。いいかなー?」
『はーい!!』……と元気に手を挙げたのはハマルだけだ。
カレーの隠し味になるために参上したチョココはビターにたそがれているし、アグリスタは「チョココ先輩と出かけてみたい……」とそっちに気を取られている。ちょこんと手を挙げているマイラ。そしてキサはレナに慣れるために今日は一緒にいておきたい、とのことだ。
ルージュがレナに助言をする。
『このコウモリを従えることはできますか?』
「……? うーん、倫理的にダメかなあって」
『よその契約を上回ることで魔物使いとしての魅力が計れるのですけどね。では、またの機会に』
「こらこら」
『心配しなくてもちょこっと魅了してすぐ解放してあげたらいいのですよ。昔はよくあるマウント合戦だったのですが、レナ様には合わないようですね。けれど覚えておいてくださいませ』
「もー。すきあらば私を育てようとするー。ありがとうね」
『はい』
ニコッ、としたルージュに悪びれている様子はない。
ときたま、このように時代の差による非常識が飛び出すことはあるのだ。
地球の常識を語ってしまうことがあるレナとは、お互いさまだ。
▽魔物使いは マウントを取り合う生き物!
▽主人力を上げて [仮契約]して見せつけよう!
▽またの機会にね!
「じゃあちょっとしたおつかいに、行ってきまーす」
▽フラグが立ちました。
淫魔のお宿♡グループの代表店【淫魔のお宿♡】──個人名がないのが特徴である。
いわゆる総本山というわけだ。
外観はまるで城のよう。
ピンク。ピンク。ピンク。たまに黒。
このゴシックカラー主体の魔王国において異質な存在感を醸している。
種族の特徴推しというのは魔人族の誇りなのであった。
ハマルは商業上の挨拶回りでたまに訪れることがある。
小さなヒツジを持っていけば、受付のサキュバスたちはすぐに理解してくれた。
扉を閉めてわくわくと見つめると、小さなヒツジが美少年になるのだ。「きゃーっ」と黄色い歓声が上がる。
ちなみに今日のハマルは桃色のカツラをかぶっている。白金毛を天国桃の果汁で繰り返し染めたあと髪の毛のようにまとめたものだ。気持ちをリラックスさせてくれる効果がある。
淫魔サキュバスにとってもやんわりと作用して、彼女たちは口元がふにゃふにゃになってしまった。
いつもはキリッと口角が上がるセクシーな唇が、今だけはあどけなく半開きになっている。
(ハーくん、こんな裏技まで駆使するようになっているとは……! 恐ろしい子!)
「お姉様方〜こぉんにちはー。あ、この綺麗なお姉さんはボクの従魔仲間でキサっていうのー。身内に誘っちゃダメだよ〜。それから後輩のアグとマイラは恥ずかしがり屋さんなのー優しくしてあげなくちゃダメー。こっちのチョココにはねぇ、プレゼントのチョコレートを隠しているんでーす」
ハマルがチョココをとろんと持って、ふりふり。
おみやげに持ってきた籠の中にチョコレートが散らばった。
これにもまたサキュバスたちが目を輝かせる。
にっこり、とハマルが微笑んだ。
(恐ろしい子……!)
(あああざといのじゃあ〜! ラミアの里でも見かけないあざとさ……!)
ハマルはレナに目配せをする。(待っててねー)……というところだろうか。
ここまで"パフォーマンス"を見せると、受付カウンターの奥にある扉が開いた。
扉の向こう側が一瞬見える。
まるでラビリンスのように奥行きのある空間が広がっているように、見えた。
すぐに、出てきた最上級淫魔に目を奪われる。
どこまでも”奪われる”という表現が正しかった。魔人族の雌としての魅力の全てがここにあった。
艶めくベリーピンクの髪に血色のよいなめらかな肌、長いまつ毛が影をおとす闇色の瞳。みごとな曲線を描くモデルルックス・ボディに面積の少ないドレス。
あますところなく見ていたい。見れば見るほど注目するポイントが見つかる。やたらと語彙力が湧き出してくる。レナの体温も2度上がって胸がポカポカだ。
「こんにちはお姉様〜。こちら紹介しますねー、世界一すってき〜なボクのご主人様、レナ様ですー」
(ハーーーくーーーん!?)
この超絶美女淫魔を前にしつつ、世界一ステキとはおこがましい、と思ってしまうレナであった。
サキュバスレディがレナをちらりと見てから、挑発的な笑みを浮かべる。
(嘘っ!? こんな人がハーくんの言ってることを真に受けて、嫉妬したとか? こうやって敵意に似たものを受け取るのって久しぶりだ……!)
いや、そうでもなくレナは敵意に慣れすぎているだけである。
これは珍しいタイプの敵意……もとい好奇心だったのでレナは気になっただけだ。
そろそろ知性体の好奇心をフルコンプリートしそうなレナであった。
「あのっ、うちの従魔が、私を好きすぎまして!」
「……あはっ。そうね。その通りよ。うかつに謝ったりしなかったあたり、いいお姉様のようね」
(いい”お姉様”……? あ、サキュバスの方々って敬意をお姉様って表現するんだっけ。ルルゥさんもお姉様って呼ばれていたはず)
「ルルゥの推薦ももらっているんだとか」
「はい」
「じゃあ身元は確かね。わざわざカードを見せてくれてありがとう。大事にしまっておいてちょうだいな。あなたたちのこの場所への滞在を許しましょう。いつもならお客様が来るところで長話はしないんだけれど、夕方までならここにいてもよろしいわ」
ツンっ、と効果音が聞こえてきそうだ。
デレ、だと言えるのはレナを”いいお姉様”と表現したところくらいだろうか。
(なんだか対応が気になるなあ。私、なにかしちゃったのかもね。でも受け答えはしてくれてるんだし全然いいや〜)
▽ご主人様はポジティブ。
レナはコウモリのことを相談した。
すると驚くべき答えが返ってきた。
「淫魔のお宿♡グループのお客様が悪夢を見るという事案が増えているのよ。サキュバスがそばにいる間そんな夢を見るはずはないのに。夢の匂いをたどるように、このコウモリにはしつけていたの。それなのにあなたたちの住処に辿り着いちゃったのね?」
じい、と闇色の瞳がレナたちを”視よう”とする。
チョココがガンをつけて、アグリスタが「ひいっ」と震え、マイラをキサがなだめている。
(夢の話?)
レナとハマルは顔を見合わせた。
読んでくれてありがとうございました!
お知らせというのは、TOブックス書籍版レアクラシリーズのことです。
とても皆様に見守っていただけたシリーズでした!
だからこそ詳しくお話ししますね。おかげさまで満足のいく本を作る事ができました。
こちらは【7巻完結】ということになりました。
1/7 で、ちょうど7巻から1年になります。
この日にお知らせをできてよかったと思います。発表できるようにTOブックス現担当さんが頑張ってくださいました。
宣言しておきますが、
WEB版レアクラスチェンジはしっかり続けます!!
支えていただいたお礼をまだまだ返せていません!
これからもレナパーティに期待して下さい。
ひとまずここまで(`・ω・´)ゞ




