モスラ希望の魔王城
シヴァガン王国の魔王城。
黒灰色のレンガ造りの壁に、漆黒金属で施された窓枠などの装飾。上級魔物が暴れても平気なくらいに頑丈で、大型魔物が通れるくらいスケールが大きい。
訪れるものを圧倒するゴシックな雰囲気がある。
正面玄関から通されるのが普通であるが、レナたちは裏口から通された。
プライベートなので。そして、裏口から入れる方がよっぽどレアなのであった。
「秘密の通路みたいだよね。ちょっとワクワクしちゃう~」
「いつにも増して秘密の通路を使っておりますので」
(そんなはっきりとバラしちゃっていいんですか)
レナは信じられないものを見る目で、案内をしてくれた影蜘蛛一族のお姉さんを見た。
あちらはポーカーフェイスなのでその真意を知ることはできない。
「……オズくんの大親友グループって意味でー、みたいな?」
「それはいいですね。そのようにしておきましょう。魔王の息子が実家に訪問することは問題ございませんから」
(わーん! 真相は闇の中! そしてこのお姉さん流すのがうまい! そっとしておこう……)
レナはこくこくと頷いておいた。
このお姉さんは灰色の秘書服を身につけており、髪の色は赤みを帯びた焦げ茶色。乱れひとつなく髪を結い上げていて、額には蜘蛛の目が艶やかに光っている。紫のルージュが知的だ。
忙しくなった魔王国内政に人手を増やすために新しく育てられた影蜘蛛であることは、もっと親しくなってからレナは知ることになる。それにしたって彼女が心を開くまでの時間は随分と早く、レナは「魔物使いがマジ魔物使いなんだぜ」などとして職業の地位を高めていくのだった。
案内されたのは執務室だ。
宰相が使っている部屋なので扉に蜘蛛のマークが描かれている。
開けるのはモスラがしてくれた。
ノック、扉をあけて中をサッと確認、レナを中に誘導、と見事な執事の技を見せる。
この場ですぐに褒めてあげたくなったレナだが、さすがにこちらから訪問をお願いした手前、いったん我慢することにした。
見上げてニコリとしてくれただけで今のモスラにとっては主人エネルギーMAX数値になったので、このくらいで済んだのはちょうどよかったのであった。
「魔物使い藤堂レナ様。このたびはご回復おめでとうございます」
「サディス宰相……ありがとうございます。おかげさまで元気になれました。ひと月も経っているなんて自分でも驚いているんですけど、その間に魔王国の皆様にも随分と心配していただいたと聞いてます」
レナが頭を下げる。
これは、レナが先にやる必要があった。
主人のこのスタンスを見せられたらモスラが過剰暴走することはないだろうないよねお願い!!という祈りが込められている。
なにせ、ここに着くまで、モスラはずっとそわそわしていたから。不穏であった。
「これまでの我が国と冒険者レナパーティの皆様の関係性を考えれば、心配することは当然でございます。その後、足りないことなどございませんか。後ろ盾として力になれることは?」
「ええと。また相談させてください」
「かしこまりました」
宰相がさっきのお返しとばかりに、レナに向かって頭を下げた。
レナよりは角度の浅い会釈であったが、それでもこの低姿勢にはレナもびっくりしている。
なにせ出会った頃には”後ろ盾”をひっぱり出すのにも苦労したし、その後もレナパーティにはいつも対価のある約束事というスタンスを取っていたから。
ジーーーー、とレナを眺めるものがいる。
宰相の席の後ろにあるキングサイズソファに寝転がった魔王ドグマである。
その視線はレナを素通りして、さらに奥のモスラに注がれていた。
レナと宰相がお辞儀をしあったというのにピリピリとした空気があったのは、この2名が睨み合いをしていたからであった。
(ひいいいいいい)
「魔王様は本日、どうなさったんでしょうかーー!?」
声のひっくり返ったレナの物言いに、宰相は眉をピクリと動かす。
そして目元を少々やんわりと和ませた。
「なんということもございません。魔王様は本日分の仕事を終わらせてくださることが責務ですから、どこでどのように過ごすかは委ねられており、完了するならばどこでどのように過ごしていただくかは影蜘蛛の守備範囲では御座いません。魔王様がどこにいらっしゃるか私は存じ上げないのです」
▽宰相は 背後の魔王を黒子にする姿勢!
▽レナははたして スルーできるか!?
▽魔王ドグマに スライムと羊と妖精が飛びかかった!
「ワアーーーーー!?」
レナが止めようとしたのも束の間。鞭を持った手をモスラに掴まれて、その接触にモスラが自ずからフリーズしてしまった。セルフダメージ! レナの手首はビクともしない!
膠着状態になってしまった。
『おーい魔王様ー。あーそーぼーっ』
「ふむ? この紫スライムは……」
『クー、イズ、が混ざってるのっ。って、どうやって魔王様に伝えようね……?』
『変身し直すのも面倒ですしねぇー。じゃー、スライムボディで文字を作るとかどうですかー?』
『『賛成!』』
「妖精に羊もか……フム? おおおお!? スライムの文字作りだと」
『クスクスっ。魔王様、楽しそう……ねっ。クスクスクス』
▽クーイズ リリー ハマルは 芸を見せている。
▽よく受けているようです!
「…………」
「…………(お子様をあやしてるかのようですね……)」
「…………(ああ、魔王ドグマくんじゃん……)」
レナたち3人は顔を見合わせる。
自分たちだけで話に集中できるであろうことを理解した。
先輩従魔ーズ、ファインプレー。話し合いに戻ろう。
「こちらを訪問したいとのご要望が御座いましたね。どのような要件でしょうか。モスラ様」
「シヴァガン王国の宰相サディス様にご挨拶申し上げます。貴国にて商業をさせていただいているスチュアート商会が爵位を有しましたので、少々雑談をさせていただければとうかがいました」
(そうなの!?)
レナが目を丸くしている。驚きのあまりぷくっと頬が膨らんでいて、リスのようだ。
こんなしぐさをしていても、レナが有望な魔物使いだからこそモスラがここに挨拶をする機会を得たのであった。
モスラは一歩前に出る。
「つきましてはこちら、ほんの気持ちでは御座いますが」
(ワイロを渡す時に言うやつぅ……)
「このたびは誠におめでとうございます。品物について説明をいただいても? なにせ見たことがない商品ですので」
▽モスラは 鑑定書を取り出した。
▽アネース王国の鑑定職人の保証書、ルーカティアスの個人的な鑑定が行われた悪魔文書
【空の王の鱗粉】……ヴィヴィアンレッド・バタフライから採れた鱗粉。艶のある漆黒と宝石を砕いたような紅色から成る。漆黒をまとえば闇夜に姿がまぎれて、紅色をまとえば陽光の中に姿が消える。大空の愛子の加護を受けているためあらゆる風に邪魔をされない。水で洗いながせば鱗粉が落ちる。
小瓶二つに、漆黒と紅色の鱗粉が詰められてキラキラと輝いている。
「「…………」」
「精製に苦労したのですよ。とくに、水で流せば鱗粉が落ちるようにグレードダウンしないと犯罪にも使えてしまいますからね。それでも商業格付け【☆6】ほどのレア品でしょうし、私が許さなければ市場に出回ることもございません。今の所、これのみなんですよ」
「大変貴重なものを贈ってくださり有難う御座います。私の役職と名において使わせて頂きます」
宰相の額の蜘蛛の目が、ジッ……と、レナとモスラを観察している。
レナは背筋がゾワゾワしてくるほどだった。けれど従魔が後ろにいる手前、背伸びしながら立ち続けた。
モスラが目を伏せて「戦わない」姿勢を見せて、宰相は少し肩を下げて「対立しない」姿勢を返した。
水面下のやりとりに慣れている二人の間にだけ、行われた無言の取引がある。
ひとつ、非公式の場でスチュアート商会に注目すること。それはプライベートではなく宰相職としての関心が望ましい。
ひとつ、アリス・スチュアートの爵位についてまだ基盤が万全ではないため、いざというときには取引回数が多い魔王国がその人柄を保証してくれると僥倖。
ひとつ、本人を伴わない場でこれほどの高慢な願いを示すためにふさわしいくらいの対価を提案していること。
そして、
「藤堂レナ様が不調だったひと月ほどの間、シヴァガン王国のみなさまにも随分と気にかけていただきましたから。私からのお礼です」
モスラは本心からの微笑みを浮かべた。
モスラの周辺だけ薔薇色になったような、この執務室でそこだけが光っているかのような華やかさであった。
宰相の5徹目の疲れ目に沁みた。
レナは感動して、ブワッと目に涙を溜めた。
モスラの手を取り、ブンブンと振っている。その状態で宰相に話しかけた。
「うちの子が、うちの子がえらいです……!サディス宰相もうモスラとのターンは終わりましたか? 美味しいお菓子があるんですがうちの子談義をしませんか? 是非、ノアちゃんが好きなスイーツもありますので……!!」
「私が作りました」
「そうなんです! モスラはプロ執事なのでお菓子作りも上手いんですよ! しかも素材はチョココのチョコレートです」
「……休憩にしましょうか」
「はい! ほら魔王様も、オズくんのこと語って!語って!聞きたい!」
「何やら元気だな、魔物使いレナよ。そのような魂の形になっているのは随分と久しぶりに見たな。ああ、従魔のことだからと振り回されている姿はいつものことだが、従魔"に"振り回されているようなのは久しぶりだ。魔物使いよ、よく励め」
「うわあ、父親として丸くなってる……やっぱりオズくんの成長に思うところがあるんでしょう? ほらオズくんのこと聞かせてください。あっレグルスもしばらくここにいますけどレグルスのことも見てますよね? 語りましょう。イカ焼きマヨネーズもありますよ」
「いいだろう!」
「……では皆様、こちらに」
執務室には隠し扉がいくつか存在する。
城の外に通じる道も、城の内部を歩き回るための道も、影蜘蛛だけが利用する蜘蛛の休憩場所もある。
その中でも珍しい、緊急来客があったときに秘密裏にもてなす部屋にレナたちは招待された。
宰相職が代々使っていたのだが、サディスの代になってからは未使用だった。
まさか己がここを使う機会があるとも思っていなかったので、埃が溜まっている。
「緑魔法[クリーン]!」
レナは久しぶりに魔法を使い、えへんと誇らしげだ。
がんがん連発して、成長を続ける従魔たちに追いつけるようにしよう!
ガヤガヤとしたお茶会の最中に、魔王ドグマは気になることをレナに言った。
「魂が広がっているようだ。ヒト族としての器がでかくなったというか」
そしてノアがやってきて、レナに抱きつく。
「レナさんが隙があるようだっていいんです。こっちも助けがいがありますからっ。うわーん!!」
宰相が(従魔がわざわざ作ってくれた恩の場所、ですね)と距離感を測りつつ、ノアが最近いい成績を収めているのだと愛娘のことを語った。
顔を真っ赤にしてやってきたオズワルドにどつかれるまで魔王ドグマは話し続けて、レナは従魔それぞれのいいところを波のように話したのだった。
▽商業的訪問 1日目終了!
▽モスラが暴れなくて ホッとひと息。
▽レナパーティは 商業界隈でも知られ始めた。
▽Next!冒険者ギルド離れ?
読んでくださってありがとうございました!
モスラも大人びましたねぇ(しみじみ)
支え合いも高めあいも話し合いも傷の舐め合いも、コミュニケーションをとろうとする行動は尊いものだなあと感じます。
ともすれば自分たちだけで引きこもりになりそうなレナパでしたが、それではレナのピンチで崩壊してしまいそうだったと今回学んでいて、コミュニティの柱を増やしたみたいですね。
魔物使いはたくさんの責任を負いますが(とくにレナさんは放り投げないから)その責任をともに背負って強くしてくれる存在がいるから、これからもきっと大丈夫です!
今週もお疲れ様でした。
よい週末を₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




