お久しぶりのアリスとモスラ★
もっふり。ふかふか。もこもこ。フワフワン。
ハマルが動くと着ている白金毛布が揺れながらレナを包むので、そのままうたた寝してしまいそうに心地よかった。
右腕にへばりついてスリスリしているだけなのだが、とんでもない威力。ヒトの眠気を全力で誘ってくる。
「くううっ。負けそう。このモコモコに負けてしまいそう……!」
「おやーお昼寝しちゃいますかー? いいんですよー? ボクは歓迎しますからねー。対価を払ってくれるならー」
「正気に戻った」
「ちぇー」
くすくすと笑いながら、ハマルはまったり微笑んだ。
見ている全員が幸せを分けてもらえるようなとろける微笑みだった。
ハマルに場所を譲ってあげたえらーい先輩のクーイズが、不思議そうに尋ねる。
「ねえ。ハーくんはそういえばレナに久しぶりに会ったのに影響が薄いよねー?」
「そう、よね……? どうして、なんだろう?」
「ンフフー。それはねー。おそらくなんですけどねー」
「ぱふぱふー♪」
「そう言われたら教えて差し上げましょー。あのね、どれだけ普段から我慢していたかだと思うのー」
「ふむふむ」
「ボクはレナ様にやってほしいこと、ぜーんぶ我慢しなかったもんー。ダメって言われることでも、やって欲しかったら言っちゃうのー。溜め込んでいた気持ちが少なかったから爆発しなかったんじゃないかなー?」
「……クーイズに心当たりあるかも☆」
「……もっと血を要求しちゃおうかな♡」
「こらこら」
「あとねー。夢の中でちょっとずつレナ様に会いに行ってー、慣れていったんだー」
「「いいなあ!」」
「寝てる時間に寄り添うだけじゃなくて一緒に過ごせるなんてー、この種族になってよかったですー」
「レナ。次の進化先はナイトメアスライムがいいな?」
「ご主人さま。私は、ナイトメアフェアリーにして?」
「こらこら」
冗談めかして言うのはかまってほしいのだと、わかっている。
レナが困ったような微笑みを向けると、クーイズとリリーはペロリと舌を出した。
それからレナをぎゅっと抱きしめる。
今は従魔二人の方が背が高いので、頭を抱きしめる係と、腰を抱きしめる係で役割分担すれば一度にレナを愛でることは十分可能だ。
「見えない! 前が見えない! 進めない!」
「普段ならこのまま戯れて帰っちゃってもいいんだけど、今日は可愛い後輩のモスラがいるから妥協してあげようかなー」
「そうねっ。ご主人さまをみんなで分けられるのが……従魔の、えらさ!」
「えらさ」
えへん!と言い切ったリリーの言葉をレナが繰り返した。
……まあいいのだ、人型の背が高くなったって、マイキューティ従魔チャンズはいつも可愛いのだから。
「ここだよー。あのねー布地の商談はそろそろ終わってるはずー」
ハマルが我が物顔で扉を指す。
妙に慣れた感じがするのは、ハマルがなかなかの頻度でエルフィナリーメイドに訪れていたからだ。
所用あり、白金毛の取引に同席していた。レナはそのことを後で聞いた。
コンコン、コン。
ノックは3回にしてみた。
「どうぞ」
アリスの声。この部屋の主人はアリスであるらしい。
……エリザベートの店のはずでは? と思いながらも、レナはアリスに主導権があることに納得はできる。
(しっかりした声! 前にあった時よりもすましたような大人っぽい声だ。アリスちゃんはどんなレディになっているんだろう。なんかドキドキする。けして叱られるようなことは……どちらかと言えば労ってもらう立場だろうしぃ……うんセーフ。きっとセーフ。心の準備オッケー。いきます!)
▽レナは 扉を開けた!
「久しぶり。レナお姉ちゃん」
アリスは優雅に腰掛けていた。
足首まであるレディ用のかしこまったドレスを見事に着こなして違和感がない。内巻きのクルンとした髪はいつもより落ち着いた雰囲気で、さりげないスタイリングにも品がある。つまさきまで磨かれた靴がピカピカしていて、一瞬で目を奪われた。
それでいてにっこりとすれば少女らしい可憐さがある。
顔を合わせてこの姿を見せつけられたら、たいていの人は興味を惹かれてやまないだろう。
「久しぶりアリスちゃん。──でもね!?」
レナにはそれ以上に興味を惹かれることがあった。
興味というべきか、恐ろしいものを見てしまったというか。
「取引相手は縛りつけるものではないと思うの……!」
椅子に縄で縛り付けられているエリザベート。
ご丁寧に口にはハンカチが巻かれていて、黙ることしかできないようだ。
「なぜそんな姿に……。いやわかるかも。エリザベートさんの虹色の目が血走っているあたり、さては私たちが来ると踏んで取引をすっぽかそうとしたんでしょ? だから縛られちゃったのかな。おそらくお婆さまの許可をいただいて……」
「わあ。レナお姉ちゃん大正解だよ」
「非常識なんだろうけど常識を取っ払えば察せちゃうもん」
▽常識を取っ払うのは危険です。
「まさか部屋に入ってすぐにこの光景で度肝を抜かれるとは……。私たちが驚かせるつもりでアリスちゃんたちに会いに来たんだけどなあ」
「あはは。エリザベートさんはこっそり手紙を書いてたもんね」
▽手紙は案の定泳がされていたようです。
「でもしっかり驚いてるんだよ。モスラがね」
「モスラも一緒に来たんだよね? この部屋にはいないけど……」
「お婆さまと一緒にお菓子の支度をしているの。そろそろ来る頃だと思うよ」
▽扉の向こうに気配を感じる。
▽けれどなかなか現れない。
「……」
「……全く仕方ないなあ。さあティーセットの用意を」
パンパン! とアリスが手を叩くと、扉をあけてワゴンを押したモスラが現れた。
こうしたら作業するとしつけられているのだろう。執事の習慣。
相変わらず完璧な立ち姿だ。一筋の乱れもなく整えられた黒髪、つくりもののように綺麗な肌、彫刻のようなバランスの体。執事服が非常に似合うモスラ。
ただしレナの方を見ない。
十中八九、禁断症状の従魔である。
(ほーう)
今のレナは記憶を取り戻しかけている。
つまり、こうしてあげるべきだ、という大人の常識よりも、若者らしいその場の楽しさを優先するようなところがあるのだ。
このタイミングで会ってしまったモスラは不運というべきか、かえって幸運だったというべきか。
▽レナは スカートの裾から鞭を取り出した。
▽モスラが ぎくっと動きを止めた。
▽絵面がひどい。
▽アリスはもう笑いを堪えている。
「スキル[従順]落ち着くように」
「「「や〜さ〜し〜い〜」」」
▽先輩たちもニヤリとしてからかうつもりのよう。
▽ビデオスタンバイしました。
「久しぶりだねモスラ。元気にしてたみたいでよかった」
▽レナの 声を掛ける攻撃!
「一ヶ月も心配かけちゃってごめんね。その間に不安だったと思う。反省してます」
▽レナの 謝ってみる攻撃!
「だから今日はモスラとも一緒の時間を過ごしたいな。たくさんあなたのこと話してね!」
▽レナの 友愛の微笑み!
▽モスラは取り繕いきれない!
▽耳の先まで真っ赤になってしまった。
モスラは終始「はい」「いいえ」「はい」のようなポンコツAIのような返事しかできなかった。完全に思考が処理落ちしているようだ。
通常であれば「私も非常に心苦しく感じておりました。これからまたレナ様を慕わせていただけることを光栄に思います」くらいはスラスラと口にしただろうに。
「あっはっはっは! レナお姉ちゃん最高。あーもう本当に良かったよぅ……モスラはずっと一人遠くで我慢していて、表情も少なくなってきていたし、壊れてしまうんじゃないかって心配だったの……。こんなにも表情豊かなモスラを見るのもずいぶん久しぶりなんだから」
「でもね、それにしてはモスラはまともだなーって感じるよ。モスラが自分を保てていたのは、もう一人の主人のアリスちゃんが居てくれて、自分が決めた場所で働けていたからだと思うんだ。いつもありがとう」
「いえいえ。レナお姉ちゃんがいてくれるからモスラももっと執事業を磨かなきゃって努力してくれるし、そうするとスチュアート商会にもプラスだから感謝してるんだ。本当に優秀でどこに出しても誇らしい執事なんだから」
「もともとモスラとそれほどの絆を結んでいたのはアリスちゃんだから、モスラならどこにいても自分を高められる蝶々でいたと思うよ。わー、今日の紅茶もすっごくいい香り。モスラがトイリアで作り置きしてくれているご飯をマジックバッグからたくさんいただいてるの。ごちそうさま」
▽レナと アリスの 褒め殺し!
▽魔物使いの主人が側にいるので 情緒解放180%!
「…………どう、いたしまして……身に余るほどの光栄でございます…………」
「「そんなことないって〜。相応しい褒め言葉しか言ってないから」」
「……台本でもあるのでしょうか?」
あまりにレナとアリスの息が合っているので、モスラは辺りを見渡した。
そんなふうにして視線をそらしてしまっているのが二人にはよくわかる。
なので、揃って下から見上げてみる。
「降参です……。今、胸がいっぱいで、おそらく幸せすぎて直視を恐れているのだろうと思います」
モスラは胸を大きく膨らませて深呼吸してから、観念したように下を向いた。
眉がハの字になっていて、レナも初めてみるような表情で、よほど心配させたのだろうなとわかった。
そして謝られることはもう望まれていないだろう。
「ただいまモスラ。また貴方にも会えて嬉しいよ」
「お帰りなさいませ。この時を心待ちにしておりました」
モスラは膝をついて恭しく頭を上げると、二人の主人の手をとって、薔薇色の微笑を捧げた。
「──それでね。従魔さん経由の商品をお求めいただくことが増えたから、スチュアート商会はけっこうな尊重をされるようになっているの。信用できるお客様は信用できる方を紹介してくださるから、秘密の会合でのみ取引されていたりするのよ。プレミアム会員の方がいらっしゃるなんてバイヤーにとって名誉なことなんだから」
「んも〜アリスさんてばすごいやり手なのよね〜。白金羊毛なんてどこにも卸せないと思っていたのに、きっちりと売ってくるもの。それも適正価値を決めるのがとてもうまいのよ。金額に直に示すのはまだ危険だからって、骨董品との物々交換をしているの。エルフの里との交渉も見事の一言だったわ」
アリスとエリザベートは意外にも息が合うようだ。
お互いに家業にまっすぐで、さっぱりした性格がちょうどよいらしい。
すでに腹を割って話せる間柄のよう。
……エリザベートが服変態として暴走しそうになったら、アリスが手綱を取るのが上手い。
いいコンビになりそうだ。
今も、エリザベートが服のことについて暴走しかけたので、レナに「破れたっていう服を出して」とお願いをした。どこ情報なのだと聞きたくなるが、キラやモスラや独自情報網などさまざまな線がありそうだし、考えてもキリがないので素直に従った。
破れたレナの服を与えられたエリザベートは、奇声をあげると、糸がたくさん入ったカゴとレナの服を持って、作業部屋に閉じこもってしまった。
エリザベートの祖母が呆れ顔で横目に見て、レナたちに一言謝罪をしてからともに退室した。
「さて。ティータイムにしましょう」
アリスがマイペースに進める。
「モスラ。夢にまで見たレナお姉ちゃんへの給仕だね?」
「それはもう。誠心誠意勤めさせていただきます」
レナたちの前にアフタヌーンティーセットが並ぶ。
ワゴンにはもともと全ての皿やお菓子などが乗っていて、そこから出されていく様子も美しい。
音もなく盛り付けられていく皿を見ていると、とたんに甘いものが食べたいお口になってしまう。
気分から盛り上げる、それがプロ。
本来なら商談の邪魔にならないようもっと気配を消して行うのだが、今回は己の仕事をアピールしておきたいので。
レナたちが目をキラキラさせて眺めてくれるので、モスラはたっぷりと褒められたような心地になっていた。
美味しいプチシューを食べながら、紅茶を飲む。
「アリスちゃんたちは商業で順調みたいだねえ。すごいよ」
「当然。レナお姉ちゃんの友達でいるならそれくらいできないと恥ずかしいでしょう? 私、いつまでも泣いてお願いをするだけの女の子でいたくないもの」
「すごく素敵なレディになってるよ」
「おほほ」
「あははっ」
「バイヤーとしての技量を上げたくて商業ギルドでのランクも伸ばしているの。ランクが上になるほど発言権が増すから、自分でパーティを開いたりして、そこで立派に振る舞うことを学んだり、経歴ある方々の振る舞いから学ばせていただくこともたくさんある。私に足りないことも様々あるけれど、威厳に関しては、モスラがいてくれると大体納得してもらえるんだよ」
モスラがにこりとする。これは仕事用の笑みだ、とレナたちにはわかる。
クーイズがひゅうーっと口笛で囃した。
「素晴らしい執事がこうやって隣にいてくれるとアリス・スチュアートって侮れないでしょう? まっとうに話を聞いてもらえるのって駆け出しの商人にとって大切なことだから。まず見た目から入るの。たまにレナお姉ちゃんがプレゼントしてくれた赤の衣装を着ているんだよ?」
「もうー」
たまにそうやってからかいながら。
アリスは自分の近況をたっぷりと話した。
なかなか会えなかった分とレナが眠っていた一ヶ月の間分、この世界の情勢がわかるようにそれとなく情報を交えながら。
巧みな話術で楽しませながら負担なく聞かせてしまう。
レナが全て理解している必要はないからだ。
伝えておいたなら、そのときの言い回しを聞いたレナの反応とともに、優秀な従魔たちが記憶して気をつけてくれるだろう。
たくさん話したアリスが咳払いをして、ちょっと休憩にしようか、と告げた。
満腹でハマルが隣にいるためにレナがウトウトしかけていることに気が付いたからだ。
ティーセットの片付けを手伝うと言って、アリスも台所にともに向かう。
パタン、と扉を閉めた後、モスラがふと視線をよこしてきた。
そして自分の口元に人差し指を当てて「黙っていますからね」とジェスチャーする。
「……。……レナお姉ちゃん、私のことすごいって。すごいってえぇ……」
「よかったですよね」
「うん……」
そうなの、とか細く呟いて、アリスは真っ赤になった頬をそっと両手で包み込んで、ほうっと肩の力を抜いた。それは努力が報われたゆえの表情だった。
にじんだ涙は嬉し泣きである。




