戻りくる日常★
キラが部屋にこもって1週間が経った。
その間にレナたちは破いた服についてエリザベートに手紙を送った。すると今すぐに向かうという手紙がボロボロになりながら飛んできて、すぐあとにエルフィナリーメイドから「仕事"後"に向かわせます」との追伸手紙がやってきて、拘束されるヤンチャ娘エリザベートを想像しながら、レナたちはのんびりと待つことにした。
本日、お屋敷の屋上でピクニックを行なっている。
日差しもちょうどよく、ここちよい午後だ。
従魔たちはそれぞれ魔物の姿になって、まったりとくつろいでいる。
レナは気ままにレジャーシートの上を行き来して、ブラシを手に、ブラッシングをしていった。
クレハとイズミのスライムボディには冷たいお茶を注いであげたりと、特性に合ったふれあいをしてあげる。
レナがあちこちにいくのは、ちょっとした旅のようだった。
太陽の光をあつめたレグルスがふと立ち上がって、ふるふると体を揺すると、吸収されていた日の光があちこちに散らばって、光の雨のように降り注いだ。
まぶしくって、レナたちはよく笑った。
▽キラが 飛びこんできた!
▽パンドラミミックがまっすぐに飛んで来る軌跡は 弾丸のよう。
<マスター・レナ! できました〜!>
「おめでとう!」
<何がって内容を聞いてくれないんですかっ?>
「キラがそんなに嬉しそうにしているんだから悪いものじゃないんでしょ。それに、心配してたから出てきてくれたことがまず嬉しいので」
<きゃー! 信用と愛情が押し寄せてきてオーバーヒートしちゃいますぅ>
「あはは」
レナは手のひらに乗せたキラを、よしよしグリグリツンツンといじり倒した。
リリーがすっと何かを渡してくれる。
▽宝石製の タッチペンだ。
▽値段がつけられないくらい高価!
「そりゃそりゃ」
<キャッキャッ>
▽ごほん。
<パンドラミミックの蓋を開いていただきたく存じます。マスター。さあさあ。さあさあ>
元のスマホらしさを残した、長方形の金属の箱:パンドラミミック。
よく磨かれた蓋の部分を、レナがそっと開けた。
そこには鏡があり、キラウィンドウのようにデータの表示が行われている。
ずいぶん横長の図形があり、端の方にわずかに赤色がついていた。
全体の中の40%くらいの面積。
「なんだろう? ゲージ?」
<ええ。これはマスターの"記憶感性"についてのゲージになります。ここ数日、脳波を計らせてもらっていました>
「ちょっ。それかっ。寝ているときにふと目が覚めたら目隠しをしたルーカさんが横に立ってた夢を見た気がしたんだけど、現実的に脳波を測ってたってこと? あれ、めちゃくちゃ怖かったんだからね!?」
<検査をしていたとはいえ驚かせてしまってすみません>
「メデューサさんがやたらと壁や門の隙間からこっちを覗いてたのもそれかー!」
<検査をしていたとはいえ驚かせてしまってすみません>
「……キラ? これについては、事前に教えてくれなかったことを怒りますからね」
<わあい!!!!>
「わあい!?」
<マスター、マスター。ゲージを見て下さい>
表示がたしかに変わっている。
「ちょっとゲージが伸びてる……」
<そうなんです! 記憶感性がすこし向上したということです。ここしばらくのマスターであればさっきのようなことを私が申し上げても叱らなかったでしょう。事情があったんだろうから……系の返答をされていた確率が99%です>
「まあ、言ってたかも」
<でしょう? 失礼な言い方を挟みますと、事情があったのだろうから……と許してくださるのは妥当でお優しいのですが、躾ではないのです。叱るという行為は非常に教育的で、そして、内容によっては嫌われるかもしれないという恐怖を生じるものですから、適切な叱りをするためのバランス感覚こそはマスター・レナが幼い頃にもらっていた躾の記憶感性からきていたのです!>
「えーと。つまり私は記憶がないときと、記憶が戻ったときで対応が変わっちゃうのね」
<はい>
キラも妥協したくないのだろう。
苦笑いして、レナはここまでのことを受け止めてあげた。
レナは胸に手を当てる。
「私が両親からもらっていたものは失くしたのではなくて、忘れていただけだった。ここにあるなら、これから思い出していけるんだよね」
キラが視覚的に作ってくれたゲージを見て、クスリとすると、実感が湧いてくる。
<あっ。叱られるのは叱られた方にダメージはありますので……>
「ああ、そういえば……私が小さい時に叱られたあとにはね、両親はかならず口に出して教えてくれてたの。私たちの可愛い子、こっちにおいでなさいって両手をひろげてくれていた光景を覚えているんだ。きっと小さな私が叱られて落ち込んだままにならないように、嫌われちゃうって勘違いしないためにそうしてくれたんだろうなぁ」
恥ずかしくてこんなふうに両親との思い出を語れなかったかも、とレナは今、思う。
この思い出にはまだ思い入れが蘇っていないから、だれかの幼少期を語るように説明できたけれど。
▽レナの 感性ゲージが上がった。
「今っ!?」
▽ギュン と恥ずかしくなった!
赤い顔をしたレナは、キラを空に放り投げる。
そして両膝をついて、腕をめいっぱい横に広げた。
「おいで!!」
▽愛情は勢い!!
▽恥ずかしさがなんぼのもんじゃい!
<マスターーー♡>
『ご主人様っ』
『『レーナ!』』
『レナ様……!』
ぴとりっ。
ぷよよんぽよん。
もっふーーーん!
と従魔が殺到する。
▽レナは [異世界人]の称号を発動した。
▽42%で出力された。
▽従魔たちを持ちあげて愛でる分には問題ないぜ!
<マスター。記憶感性を思い出すこと、これからもおきばりやす>
「急に方言どうしたの。まてよ……キラが特徴的にふざけるときってしっかり思考してることが多いんだよね。なにを企んでいるのかなー?」
<上、上♡>
「うえうえ?」
自分にのしかかっていた従魔を、えっさ、ほいさ、と降ろしてあげたレナ。
自らの頭上を眺めた。
▽ゲージが現れている。
「ゲームキャラか!!」
<イキのいいツッコミありがとうございますー♡ はー、1週間マスターに会えなかったものですからどうしても濃くて新鮮なマスターオーラを浴びたくて懇願してしまいました>
「懇願の方向性」
<うっ、新しい扉が>
「だめ、だめ!」
<ぱっかーーん>
▽パンドラミミックの蓋が開いて 紙吹雪が飛び出した。
▽「かみつかい」の期待値が 上昇した!
▽ムダがない。
「まったくもう。──おかえりキラ。これからもよろしくね」
<はい♡ ではよろしくついでに、よろしく案件を片付けにまいりましょう>
「多い」
レナたちはガーデンに向かった。
廊下を歩いていくと、ルージュがバスケットを持たせてくれる。
ガーデンで食べられるようにちょっとしたお菓子が入っているそうだ。
焼きたてなので、マジックバッグに入れるよりも手渡ししたかったそう。
レナはお礼を言って、バスケットからクッキーを一枚取り出すと、ルージュの口にくわえさせてニコッとしてみせた。
▽ご主人様のご主人様度が高すぎる件。
▽ルージュは幸せそうにハンカチを鼻に当てた。
歩きながら、キラが語り始める。
<マスター。さっき約束したことを守りますね>
「えらいっ」
<エヘン♪ ガーデンにはギルティアさんとマシュたんがいます。そして二人にはとあるものを渡し、そのアイテムとの親密度を上げるように伝えてあります>
随分と不思議なものいいをする。
レナたちは黙ってすべての説明を待つことにした。
<黒キューブを得ましたよね、青の製本所で。そのものについての解析が終わりましたので、渡してあります。あれ自体には思念がなく、また暗闇魔法の再現などに使うこともできません。けれど内包されている情報の痕跡には価値があります。マシュたんの学習教材にもなるでしょう>
「…………」
『『…………』』
レナの額からたらーりと汗が流れていった。
従魔たちは(配下が強くなることで主人の支えになるならよし)という沈黙である。
レグルスなどは(教材で強化されるのは頭脳中心であれば、レベルが高くなりすぎて魔物使いの負担になることはあるまい)と先々の予想もたてている。
<黒キューブが保有していた情報というのは古代文字が含まれており、このせいで私にとっても解析が厄介でした。カルメン・ソレイユ様の白炎信仰に対して、このキューブの場合は黒魔法・闇魔法の系統をもつといえるでしょう。その情報が現代らしく使われていたという点、今は抜け殻であるという点において、マシュたんへの教科書のようなものになり得ます。すでに力がないため爆発するようなことはありません>
ほっ、とレナは胸を撫で下ろす。
沈黙の一ヶ月を後悔しているキラは、最大限注意してこのようにしているはずだ。
<危なくないものを使い、危なくならないように備えようということです>
「やりたいことはわかったよ。それで、親密度って?」
<情報を読み聞かせることはできても、理解ができないと己の力にはなってくれません。だから黒のキューブそのものにも触れながら”解る””悟る”をめざしてもらっているんです>
それがギルティアとマシュたん、ということらしい。
(マシュたんは神様のことをこれから知っていくべきだし、種族的に適性もある。ギルティアはあの黒キューブを取り出したんだから知ることができるかも、っていう期待値なのかもね)
「誰かが見守ってくれている?」
<見ていない方がギルティアさんが素直になれますし、私の分身体はこの赤の聖地を見守っていますよ>
「ありがとう。助かるよ」
レナはそれを聞いて、ガーデンの正面に向かっていた足をピタッと止めた。
そろりそろりと低木のそばを低姿勢に歩いて、隙間からひょっこりとのぞく。
他の従魔たちも面白がって真似をした。
ガーデンには小さな白いふわふわがふたつ。
タンポポ綿毛のようなギルティア。
マシュマロボディのマシュたん。
両者の間を、ぽーん、ぽーん、と何かが行き来している。
黒くてちいさななにか。
黒くてちいさな、なにか……。
(ちょっとまて)
▽レナが 飛び出した。
「そんなふうにボールにしちゃいけませんっ!?」
<いい判断です>
「言うてる場合じゃないでしょう」
ギルティアたちはちょっとしたイタズラが成功したような顔をして、振り返った。
それができるということは、マシュたんはもうすでに少々この黒キューブがなんたるかを理解し始めているのかもしれない。
まったくもう、とレナが苦笑した。
平和な午後である。
(もしやこれをあとで報告するのか?)とハッとしたレグルスだけが、そっとこめかみをグリグリした。




