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ラナシュ最新式の逃げかた

 


 魔王国の中はどこもそれなりの治安が保たれている。

 驚くべきことだ、とモレックは呟いた。


(獣が長を中心に群れるような忠誠心など、ヒトには理解できません。ああ、誰かにこんな思考を覗かれないように注意しておかないと。魔人族には”視る”能力を持ったものが多いんですよね〜。なるほど、監視によって秩序を保っているところもあるならば、ガララージュレ王国ともちょっと似ているかもしれません。ちょっとね!)


 路地裏を、もっと暗く、もっと深いところへと歩いていく。

 足元には黒い霧がくっついていた。

 足音や足跡を残したりしないだけでなく、獣ににおいを嗅ぎ分けられることもない仕様だ。


 レナたちに先程まとわりつかせたものと同じ。

 とても便利なものなのだ。

 とても危険でもあるのだが……それは裏稼業を生業としているモレックにとって当然のリスク。


 ただの黒魔法でも、闇魔法でも、空間魔法でもない。

 そもそも光魔法適性のモレックには使えない技術だ。

 これを使えるようになったのはラッキーだった、と思い出す。ガララージュレ王国での研究の成果を──


 カツン、と小石がとぶ。


 アンが、足を引きずってしまったらしかった。

 一応、歩行を補助する羽織靴という魔道具を使わせているのだが、それでも負傷は影響しているらしい。


(これが、足をひっぱる。なんてね)


 モレックはめんどうくさく思いながらも、アンの手を引いた。

 ぞっとするほど冷たいアンデッドの手には何も感じない。とうてい人間などではない、異種族の世話をしているというだけだ。



「アン。あなたの体を治しましょうか」


 ちょうど物陰になっている場所を見つけて、モレックが指差す。

 アンは黙ってそこに行くだけだ。

 モレックの口調こそ丁寧だが、意見など求められていないのだから。


 アンが座り込むと、モレックが短い杖を、骨に沿って当てていく。

 とくに悪化しているであろう場所、それから氷の粒が入り込んでマーキングされている箇所を見つけた。


 マジックバッグから「パーツ」を取り出す。


 アンの皮膚を削って、新しいパーツをくっつける。

 芸術品でも作っているかのように形に気をつけながら。


 それぞれのパーツはヒト族のものではない。

 アンデッド系統の魔人族のものが多い。

 墓地から、自分たちが倒した者から、剥ぎ取ってきたものだと、ラベルに几帳面に記されている。


 モレックは虚空を睨むようにしながら、作業を進めた。

 そこに何があるのか、アンには理解ができなかったが、以前独り言を呟いていたところによると「情報を整えているんです」らしい。


 その情報とやらが、短い杖の先っぽでいじられるたびに、アンの体には痛みが走った。


 ズキ、ズキ、ズキ、と鈍い痛みから、ぎゅっと絞られるような苦痛までさまざまだ。


「ぐ……うう……!」


「そんなに声を上げないように喉を縛ってあげましょうか?」


「……頼む」


 アンが話せなくなった。


「しばらくして体が馴染めば、パーツの情報が”アンデッド”と上書きをされて、あなたを苦しめている痛覚がなくなるはずです。そうすれば出発していいでしょう。まあ百秒もあれば動けるようになるはず……」


 モレックは美術品を観察するような"モノを見る目"で、アンを眺めた。


「首から上を変えられないのが厄介なんですよねえ。まず、美しいのがお好きな青の女王様は、この顔を変えて欲しくないっていうでしょう。ライアスハート王家の血ってかなり美形になるらしいですね」


 髪を掴む。


「緑の髪の部分は、イヴァンの魔法を使えるようにするために必要だから変えられない。隠しておいてくださいね。これは不細工な仕様だからって、青の女王様の機嫌が悪くなりますから」


 コクコク、アンが頷いた。

 素直にフードをかぶる。


 これは少々の気配遮断もされますしねえ、とモレックが言いながら、自らもフードを被った。


「情報は知られないことが大事ですからねー」


 少量の情報からおそるべき読み取りと推測をしてみせるキラがいるとはさすがのモレックも思ってもみなかっただろう。

 ちなみに今、犯罪者として賞金がかけられているモレック・ブラッドフォード(中年の姿)が、先程の脚本家とよく重なる人物だとして、キラがこれへの賞金を100倍にしたところだ。



 アンを立たせる。

 歩き方に異常がないことを確認するために、その場で3回ほどクルクルと回らせた。


 そろそろ移動しようか、と索敵をする。おや……と口角を上げる。


「そして、知られている情報も大事」


(しらじらしい。知らせている情報、だろうに……)


 モレックたちに近寄ってくる気配が複数あった。


 その者たちに声をかけられる前に、くるりっとモレックは振り返る。営業スマイル全開で、それなりに人好きのする顔付きをしていた。紫色の三つ編みはフードの中にしまわれていて、白いローブを着ているという以外、特徴はとくにない。


「おや! もしかして見られていました?」


 返事を待たずに、モレックは続けた。


「こんにちは! ヒト族の聖職者、モナークと申します。みなさまの中で怪我などに困っている方はいらっしゃいませんか? 白・緑魔法で治してさしあげますよ。ここにいる女性ももう回復なさいました。ミレージュエ大陸で有名な教会の力をみなさまにもお分けしたいと思っているのです」


 ざわざわと複数人がざわめく。


(この気配の雑さは、おそらくふつうの一般市民ですね〜。それから水面が揺れるような音ということは、水棲魔人族なのかもしれない。内緒話をしているってところでしょうか。

 推測してみると……魔王国にはやってきたばかり。共通言語を話すことに慣れていなくて、魔物特有の音で身内の会話をしている。疲れている様子なので、疲労感を回復してもらいたいはず。アンを眺めているのは……私の話したことが聞き取りにくかったので、回復って言ってた?と確証を得たいためか。ふむ、おとなしくて引っ込み思案な種族のようだ)


 モレックにとってはちょうどいい相手だった。


「あの……」


 背が高くてすらっとしている魔人族だ。

 青みがかった白い肌はなめらかで品がある。唇が青色なところを見ると、流れている血は青など変わった色の可能性がある。鱗がないため、イルカやクジラのような水棲生物に近しいのではないかとアタリをつける。


「こちらへどうぞ。疲労回復もできますから。聖職者の回復は効きますよ〜」


「そ、そうなんですか?」


「助かります。もしかしてその少女が危ないのかもしれないって思っちゃって、急に声をかけてしまってすみません」


「まさかあ☆ でも危ない事件もあるそうですからね。みなさんも気をつけて下さい。ここは魔王様に守られていて安全ですけれど、もしかしてみなさんの経験では少女が怪我をするようなことも多かったんですか?」


「そうですね。故郷は自然豊かで」


「生き残るために毎日がサバイバルです」


「それでも僕たちは種族能力があって、一方通行のテレパシーを使って群れで行動すればほとんど危険もなく過ごせるんだけど」


「あっ。もしかして今、私がみなさんとスムーズに会話をできているのもそういう……?」


「はい。こっちからは声にテレパシーを乗せています」


「そちらの声は、僕たちに伝わりやすいようにわざわざ言葉を選んでくれているんですよね。わかりやすいです!」


「ふふ。みなさんと会話したいですから。伝わって嬉しいです」


 ほんわか。今のモレックの笑みを表現するなら、この言葉が似合いだ。


 アンがゴミを見るような目をモレックに向けた。逸らした。吐き気がしたので。


 田舎の海からやってきたという水棲魔人族を言うままに操るのは、たやすかった。たくみな話術で溶け込んで、布を敷いた地面にごろりと寝転ばせる。


 いつもの光景だ。

 アンはいつも通りに、周りの索敵をし始めた。


「おや。ずいぶんと肩が凝っていらっしゃるんですねー。足も疲れているようだ。水辺からここまで歩いてこられるのが大変だったようですね」


 まるでエスティシャンのように丁寧なモレックの接客術。これには、青の女王様への対応の経験が活かされていた。

 疲れさせない声音で。

 施術はじんわりと、相手に影響を与えていないかのように。

 それなのに治っていくものだから、安心と信頼を与えることができる。


 途中経過を知らせてあげることも忘れない。


「ゆっくりと治していきますからね〜。体の力を抜いてください。そう、意識をたゆたわせて。

 私の魂の色を見てもらっても構いませんよ。聖職者ですからね、おそらく綺麗な色をしていると思います。自分で確認をしていないのかって? まあ、なにせヒト族は特別な目を持つ種族ではありませんからねぇ──」


 ひだまりのような、穏やかな魔法だった。


「おや、眠ってしまわれましたね」


 それでは、とモレックが表情を消す。



 やるべき作業にとりかかかる。


 光を細く圧縮して、短い杖に添えて、まるでバイオリンの弓のようなものを作り上げた。

 光線を押し当てるようにして、腕を切り落とした。


 一人からは腕を片方。

 一人からは足を片方。

 一人からは頭についていたヒレを、削ぐ。


 それぞれの人物のちょうどいいところをカットしたのだ。

 防腐措置をして、それらをマジックバッグに放り込む。


「ゲット〜。まあまあの収穫ですね」


 必要なときまでは保管しておいて、あとで使うストックだ。


 そして傷口には、アンから削いだ氷の粒を押し付ける。


 傷口を閉じる。


 やったことは情報操作だ。

 もともとこのものたちの体がこうであったかのように、削いだ情報を整えた。手足が欠けていることこそ当たり前として、前提を錯覚しながら、このものたちは生きていくのだ。


 寝たままの水棲魔人族を、蹴とばして、水路に落とした。


 魔王国には至るところに水路が流れている。さまざまな魔物が生活するゆえであり、それを考慮されて作られた街という証がいたるところに見られた。


 思いやりで作られたものを活用してやったという皮肉な気持ちになったのだろうか。

 モレックは機嫌良さそうに鼻を鳴らした。


 アンは(ああ)とげんなりする。


(……鼻を鳴らすのは、こいつが不機嫌なときの癖でもあるんだ……基本的に嘘つきだからな。見た目通りに機嫌がいいときもあれば、尋常じゃなく機嫌が悪いときもある。わかりやすくて感情的なようでいて、本当に読みにくい男だ)


 不機嫌の方のようだ、と、このあとの独り言を聞いてアンは悟った。


 モレックは別の日陰に身を寄せてから、マジックバッグの中の「パーツ」を少し取り出して眺め、またしまい、歩きながら爪を噛んだ。


「まあまあよかったですけど。普通なんですよねえ。普通。……。ああもう、最高にいい素材を見たあとだと、どんなものも物足りなく思えてしまう。欲しかった、欲しかったですねええぇ……! コレクターですから私……!」


 何を考えているのかわかったアンはヒヤリとする。

 喉をまだ縛られていてよかった、と思う。

 アンデッドに呼吸は必要ない。モレックのやたらと歩調に合わせて後ろを歩く。


 ブツブツ言っていることに反応しないように気をつけた。


「私のコレクションに加えたかったッ! マダムミディ・ファミリーとかいう団体の「パーツ」を──。今までにないものを作ることができましたよ。パーツを餌にして青の女王様を改造してもいいし、取引を持ちかけても面白かったでしょうに。

 あれだけの人材がまとめていなくなれば問題が起こるからと、我慢していたのがもったいなかった。結局、獣に嗅ぎつけられて逃げるはめになったし、さっさと捕らえてしまえばよかったですね……。

 ジワジワと地下に誘導してやる予定だったのに。

 魔王国の連中に保護される前に地下に落とせたから、やったあと思ったのに。

 それなのに! んもー運がいいですよねえええぇ! キーー!」


 こうなると、長い。

 モレックという男は、不機嫌が、細く長く続くタイプなのだ。


 アンはスルーしつつも、レイナたちに被害が及ばなかったことを(よかった)と思った。

 振り返りもせずに言葉が投げつけられる。


「アン。よかった、と思っているでしょう」


 モレックに、そんなことはバレている。

 アンはわりと感情が素直なのだ。人付き合いをろくにしたことがない人生だったので、演技はできないしウソも下手。


 シンプルに、コックリと頷いた。


 ハン、とモレックが鼻を鳴らした。


 こうしたところで無駄な八つ当たりをしない男だとは知っているから。

 やるとすれば、この先どうすればアンが苦しむシナリオになるのかと構成を練る、ねちっこい男なのである。


「アンにはまた大事なものが増えたようですね。それもたくさん……お気の毒様ですねぇ。こないだ連れてきた特別な声を持つ少女も、そうやって気にかけちゃってるでしょう?」


 これはチクリと痛かった。


 アンがジト目になったことを察したのか、モレックが口角を上げる。


「さーて。青色の噂も放ってきたことですし、国に帰ってやりましょうかねえ」


 アンへの嫌がらせはここで終わりらしい。


「ああ、上司に言わないで欲しいですか? マダムミディ・ファミリーとやらのこと」


 こくり、とアンは頷いた。

 ここは素直に。

 意思を表示しなければ、取引はできないから。


「そうしてあげましょうかね。特別なパーツが欲しいからまた行って来い、なんて命じられても嫌ですし〜。頭の片隅に置いておくことにしましょう……将来、縁があったらまたちょっかいをかける候補で留めておきます。

 アン、[トライ・ワープ]を」


 アンの喉が解放された。


「あー、んー」と発声を練習をささやかに行ってから、尋ねる。


「手ぶらで帰ったら荒れるのだろうなと、推測するんだけど」

「ううっ。あの方の女心、もとい関心を欲しがる子供心、めんっどくさいですからねー」


 モレックは遠い目で上を眺めた。

 細い路地を歩いてきたので、上には洗濯物であったり、橋の裏側が見えていたり、景色がごちゃごちゃしている。レンガの隅にカビを見つけたモレックは「やれやれ」と言った。


 自分たちには、すっきりした青空なんてものは似合わないのはわかっている。

 空模様もビミョーな曇り空だ。


「土産に何処かでアクセサリーでも盗っていきましょうかね……」


「[トライ・ワープ]」


 あの水路の流れとは逆方向に、街の壁のそばに近づいてゆく。


 そこでモレックはブツブツと唱え始めた。


 なぜこの国で大胆な活動をしようと思ったのかといえば、逃げられる算段があったゆえ。

 この世界でもとびきり珍しい、あるいは前代未聞の技術が手に入ったからこその大胆な手だったのだ。


 たまたま発見した新たな力は、モレックたちと相性がよかった。


「暗闇様、暗闇様、それではどうかお願い申し上げます、暗闇の夜霧で我々を連れ去ってくださいませ…………」


 暗闇がまたたくまに二人を包んで、ラナシュから隔離しながら、連れ去っていった。







読んでくれてありがとうございました!


次はレナパのターンです。

少しずつラナシュ世界を明かしていきますね。



★来週のレアクラはおやすみです。

 子の遠足や引率を頑張ってきます!(`・ω・´)ゞ


今週もお疲れ様でした。

よい週末を( *´꒳`*)੭⁾⁾

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 今回も楽しく読ませて頂きました。 突然の(?)ホラーと言うかサイコパス要素が!? ……ふむ、相変わらず(?)モレックがゲスでよかった……。 そして、因縁の相手(レ…
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